七月の七等星

七草すずめ

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七月二十五日|キラキラ

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 キラキラ系女子に擬態したわたしのキラキラ大学生活は数ヶ月で幕を閉じた。ツイッターをやめてインスタを始めたし学食の牛丼を我慢して五百円のコーヒーで腹を満たしたしアニメ断ちをしてドラマと恋愛バラエティ番組ばかり観たのに、やっぱりわたしはキラキラ系女子になれなかった。
 この間までいっしょに行動していた女子四人が、二の腕をさらけ出しながら学内を歩いていた。わたしはつい気付かないふりをしたけれど、彼女たちはわたしを見つけて無邪気に両手を振った。あの子たちは優しくいい子たちだった。悪いのは、あの子たちのようにキラキラしていなかったわたしだ。
「そもそもどうしてわたしはキラキラしたかったんだろう」
 牛丼を食べながらつぶやくと、向かいに座って坦々麺をすすっていた岡田が吹き出した。
「キラキラしたかったんだ?」
 岡田は、わたしが先月までキラキラ系女子たちと行動していたなんて知らない。わたしがグループのノリについていけず徐々にフェードアウトし、一人で行動するようになったあとに知り合ったからだ。
「……実はわたし、六月の頭までネイルサロン通ってたんだよやばくない?」
「え、なんで? そんな金あったら推しのグッズ買うとか言いそうなのに」
 岡田とわたしは同じアニメ番組が好きだ。知り合ったのも、岡田がわたしの推しキャラの絵を描いているのを見かけ、思わず声をかけたのがきっかけだった。岡田は坦々麺の上のほうれん草をつまみながら、興奮した調子で言った。
「てかそんなことより明日だけどさ、何時に着くように行く?」
「いやいやそんなこととか言わないで」
 言いながら、確かにわたしがネイルサロンに通っていたことなんて「そんなこと」に過ぎないなと思う。なにしろ、明日は楽しみにしていた劇場版アニメの封切り日なのだ。でもわたしは、なんだか手放しで楽しめない気分だった。
「……わたしさ、中学生のときからずーっとこのアニメ好きなんだけどね」
 箸を置き、机の上に置いたスマホケースを指でなぞりながら独り言のように言った。岡田は麺をすする音で応える。
「でも、それを封印してまでキラキラした女子になりたかったんだよね。結局ついていけなかったけど」
 なんとかキラキラ系女子に擬態しようとしていた頃のわたしは、このお金があればブルーレイボックスが買えるのにな、と思いながら高い服やアクセサリーを買っていた。そんな思考こそが偽物の証だった。だけど岡田は、坦々麺で赤くなった唇を拭い、なんでもないような声色で言った。
「でも楽しいことも見つかったならよかったじゃん」
「え?」
 顔を上げたら、箸でつまんでいた紅生姜がぽとりと落ちた。
「いやさ、ネイルは楽しかったから続けてるんでしょ? その爪、マニキュア塗ってるよね?」
 岡田は先端の赤い箸でわたしの爪を指した。おとといの夜に塗り直した、薄ベージュの爪だ。
「……たっかいコーヒーはまずいし恋愛バラエティはありえんほどつまんなかったけど、爪がきれいなのはわくわくしたから」
 キラキラしたあの四人についていくのを諦めてからは、ネイルサロンに通わなくなった。でもそのかわり、マニキュアで自分の爪を塗るようになった。
「いいんじゃないの、キラキラ系女子になれなくたって。爪キラキラしてるし」
 言いながら、自分の言葉におかしくなったらしい岡田はケラケラ笑った。わたしは自分の指先をじっと見つめた。
「爪、キラキラしてるわ、確かに」
 あの子たちにはついていけなかったけれど、だからってわたしがキラキラしていないわけじゃないのかもしれない。そう思うと、視界がひらけたようだった。坦々麺をとっくに食べ終えていた岡田は、頬杖をつきながら「ね」とだけ言った。
 翌日、駅のホームで岡田を待っているとき、反対側のホームで手を振っている人たちの存在に気付いた。目を凝らしてみると、それは例の女子四人だった。
「おーい!」
 笑顔の四人に、わたしは思い切って手を振り返した。すると四人ははしゃぐように大きく手を振りかえしてきたから、負けじとわたしも大きく大きく手を振った。昨日の夜に塗り直したレモン色の爪が青い空を切った。
「キラキラしてんじゃん、なんか」
 声をかけてきたのは、いつの間にかうしろにいた岡田だった。
「ま、自分なりのキラキラを模索してるとこなんで」
 言い返してみて、キラキラという言葉の軽さに自分で笑えてきた。それは空虚でバカバカしくて、それでいて愛おしい言葉だった。
「それより、映画、推し活躍するかな? 緊張してきた」
「わたしはランダム特典なに当たるかドキドキしてる」
 わたしと岡田ははしゃぎながら、劇場版への期待を語り合った。こんな毎日もキラキラしているっちゃしているよな。そんなことを思いながら、ホームに滑り込んできた電車に飛び乗った。
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