七月の七等星

七草すずめ

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七月十七日|あの子

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 最初は、その名前がほしいだけでした。ほんとうにそれだけでした。あの子がわたしのものにならないなら、名前だけでも手に入れたいと思ったのです。
 べつに、自分の名前が嫌いだったわけではありません。でも、自分があの子の名前で呼ばれているところを想像したら、不思議と心が満たされました。わたしは仕事を変え、誰も自分を知らない場所で、あの子の名前を使って暮らし始めました。あの子の名前が聞こえ、自分が振り返る。それはとても幸せで穏やかで、失恋の痛みも癒えていきました。
 だけどそのうち、それだけでは満足できなくなりました。次はあの子の髪の毛がほしくてたまらなくなったのです。わたしはたっぷり時間をかけて髪をのばし、それからストレートパーマをかけて、同じ髪型にカットしてもらいました。
 美容師さんは、わたしが「この髪型にしてください」と差し出した写真を見て、聞きました。「お友達の写真ですか?」むっとしたわたしは、少しぶっきらぼうに答えました。「恋人ですよ。元ですけど」すると美容師さんは、なにか触れてはいけないものに触れたかのような顔をして、「じゃあシャンプーご案内しまーす」とはぐらかしました。なんて失礼な美容室なのだろう、とわたしは呆れかえりました。あの子の行きつけでなければ、あんなところ二度と行きません。
 髪型があの子と同じになると、今度はあの子と同じ服がほしくなりました。わたしはこっそりあの子の家に侵入し、クローゼットの中身をチェックして、同じものを購入しました。服が手に入ってしまえば、次はアクセサリー、食べ物、と歯止めがきかなくなりました。その頃には、わたしはこう思うようになっていました。あの子がわたしのものにならないなら、わたしがあの子になってしまえばいい。
 最後、あの子の顔がほしくなったわたしは、かき集めた大金を持って美容クリニックへ行きました。め、はな、くち、ほね……すべての手術が終わったそのとき、鏡の中にいるのは、紛れもなくあの子でした。わたしはあの子になったのです。もう誰も、わたしを以前の名前で呼びません。
 ここまでが、わたしがわたしでなくなるまでのお話です。以前のわたしはもうどこにもいません。きっと、あの子に振られたときに死んでしまったのでしょう。言っておきますが、今さらあの子とよりを戻したいなんて少しも思っていません。あの子として生きることが、わたしにとって最大の幸せなのです。
 ただひとつ、気がかりなことがあります。それは、この地球上にあの子が二人いるということです。これでは完全にあの子になったとは言えない気がするのです。そう思うと夜も眠れません。なにかいい方法があるといいのですが、ご存知ないですか。
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