七月の七等星

七草すずめ

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七月十二日|スイカの種

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 夫がスイカの種を飲み込んだのに、のんきに眠っていられるはずがなかった。だけど当の本人はいびきをかきながら熟睡しているという有様で、あまりに危機感がなさすぎてため息が出る。
 もちろんわたしは、種を飲み込むことがないよう細心の注意を払いながら食べた。命を守るためにはそれぐらいするべきだろう。そもそも、わたしはできるだけスイカを避けて生きている。今日だって、夫がわたしのために買ってきたスイカでなければ食べなかった。
 病院に行った方がいいよ、と心配するわたしを見て、夫は声を立てて笑った。
「それ本気で言ってるやつ? かーわいいなぁ」
「ねえ、真面目に言ってるんだけど」
 わたしがいくら怒っても、夫はまともに取り合わない。種を飲めば、へそからスイカの芽が出るんだよ。わたしの先祖はそれで死んだの。いくら真剣に言っても、夫は楽しそうに笑うだけだ。そしてあろうことか、
「俺のへそからスイカができたら、おいしく食べてね」
 そんなくだらないことを言って、先に眠ってしまった。
 夫が種を飲み込んでから、五時間が経った。今のところ異変はないようだ。日付はとっくに変わっていて、わたしもさすがに眠い。だけど急変する可能性だってあるから、自分の頬を叩き必死で意識を保った。
 わたしの先祖はスイカにしゃぶりつき、勢い余って種を飲み込んだせいで命を落とした。小さい頃から何度もお母さんに聞かされた話だ。お母さんもおばあちゃんに聞いたと言っていたから、我が家に伝わる言い伝えなのだと思う。死因は伝わっていないようだけれど、へそから芽が出たというのだから、スイカに栄養を取られて死んだのではないかと予想している。いつか子供が産まれたら、わたしもその話を聞かせるつもりだ。
 初めて夫にこの話をしたとき、わたしたちはまだ恋人同士だった。彼はわたしの打ち明け話を聞き終えると、ちっとも驚かないどころかおなかを抱えて笑い出したので、わたしはその瞬間に別れを決めた。でも結局は、そのあと彼が言った「俺が守るよ、いろんな困難からも、スイカからも」というプロポーズで結婚することになった。それが、結婚二ヶ月にしてこのありさまだ。わたしを守ると言っておきながら、自分が種を飲んでいたらどうしようもない。
 少し寝ていたらしい。自分の口からよだれが垂れていて、慌てて手で拭った。半分寝ぼけたまま夫の方を見ると、なんとも気持ちよさそうな顔が目に入った。うらやましいくらいの熟睡だ。ほっとするような憎らしいような、複雑な気持ちになる。
 と、異変に気付いた。いつのまにか、夫がかけている布団の一部が不自然にふくらんでいるのだ。まさかと思いおそるおそるめくると、そこにはまんまるに実ったスイカがあった。気を失いそうになりながら夫の腹部を確認する。案の定、スイカの蔦はへその緒のように、夫につながっていた。
「ねえ、大丈夫? 生きてる?」
 声をかけた途端、夫の呼吸は荒く苦しそうなものに変化した。少しずつではあるが、体調が悪化しているのは明らかだった。顔も知らない先祖の苦しむ姿が思い浮かぶ。
 気がつけばわたしは目の前のスイカを叩き割り、赤い果肉にかじりついていた。甘くみずみずしい味が口いっぱいに広がる。そのまま咀嚼したくなるのをこらえ、口の中のものを眠っている夫の口に流し込んだ。スイカに取られた栄養を少しでも夫に戻そうと思ったのだ。もちろん種が入らないように気をつけて、だけどできる限り急ぎながら、果肉を運び続けた。
 ベッドの上がスイカの皮だらけになった頃には、夫の呼吸は穏やかなものに戻っていた。これで命は助かっただろう。安心したら急に眠くなってきた。シーツも顔も果汁でべたべただったけれど、睡魔には抗えず、そのまま目を閉じた。
 次に起きたときには、となりに夫がいなかった。シーツは真っ白で、顔のべたつきもない。食い散らかしたスイカの皮の形跡すらなくなっていた。
「全部きれいにしてくれたんだね、ありがとう」
 先に起きてリビングでくつろいでいた夫にお礼を言うと、「何が?」夫は不思議そうな顔をした。わたしはひらめく。そうか、本当にへそからスイカを生やしてしまったことが恥ずかしくて、全部夢だったことにしようとしてるんだな。そう思うとおかしくて、知らないふりをしてあげることにした。夫は素知らぬ顔で言った。
「ていうか、俺、今日は朝ごはんいいや。なんかおなかすいてないんだよね」
 それは、わたしがたっぷりスイカを食べさせたからだ。そう思ったけれど、それも言わないであげることにした。かわりにあとで、お母さんに電話しようと思う。我が家の子孫のために、種を飲み込んでも助かる方法を共有するのだ。
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