七月の七等星

七草すずめ

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七月九日|風神と陸上部

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 うちの高校で「風神って知ってる?」と聞けば、誰もが「ああ、あの人ね」と共通の人物を思い浮かべる。わたしも入学後、何度か風神を見かけたことがある。噂どおり、大きなうちわを持って陸上部の練習を見ていた。
 風神と陸上部の関係について調査し、「風神と陸上部」というサイトで研究結果を公開している人がいるのだと、あるとき先輩が教えてくれた。サイト運営者の調査によると、風神が入学した年から陸上部はいきなり強くなり、その翌年には三人がインターハイに出場したのだという。以前に比べ大幅に記録を伸ばしたその三人は全員がトラック競技の選手で、幅跳びや高跳びなどフィールド競技の選手は目立って記録を伸ばしていない。そのことからサイト運営者は「風神がうちわであおぐと速く走れる」という説を導き出しており、今も引き続き風神の調査をしているらしかった。
「ね、これだけ調査してたら信憑性あるでしょ。風神は都市伝説なんかじゃないっていうのが、雷神の主張」
 風神のファンである先輩は、暇さえあればわたしにそんな話ばかりしてくる。ちなみに先輩が言う「雷神」は、例のサイトの運営者のことで、先輩が勝手にそう呼んでいる。「風神のあとつけて調査してるとか、雷神じゃん」と言っていたが、別に風神と雷神はあとをつけあったり調査しあったりする関係性の神々じゃないよな、とわたしは思う。
 あるとき、先輩に誘われて陸上部の大会を見に行った。会場に向かうバスの中で、先輩は何度も「風神いるかな」と繰り返した。わたしは陸上に詳しくないので、これから見に行くのがなんの大会なのかを先輩に聞いてみたら、「わからない」という返事が返ってきた。先輩にとって、メインは陸上部の応援ではなく風神のようだった。
 競技場は、一度はぐれたら再会できないほどに広かった。だけど「風神は必ずスタート位置の後方にいる」という先輩の言葉どおりに探してみると、風神の姿はすぐに見つけられた。先輩は風神を見て喜び、一眼レフで何枚も写真を撮った。わたしもつられてスマホを取り出したが、風神のファンというわけでもないし、そもそも隠し撮りをするのはどうかと思ったので、一枚撮っただけでスマホをしまった。
「今日、雷神も来るんですかね?」
 なんとなくわたしが聞くと、先輩はファインダーを覗きながら「そりゃ来てるよ」と当たり前のことのように答えた。「雷神の信頼度高いですね」と言うと、先輩はカメラからわたしの方へ目線を移し、「そりゃまあ同じ風神ファンとしてね」と笑った。
 その日の陸上部の活躍は、すごかった。いや、風神の活躍がすごかったのだろうか。とにかく、うちの学校から出場した八人、全員が入賞を果たした。もちろん八人みんながトラック競技の選手たちで、フィールド競技に出た五人は全員が予選落ちという結果だった。
「こんなのもうさ、風神のおかげじゃないと説明つかなくない?」
 帰りのバスで、先輩は大はしゃぎだった。でも正直、それにはわたしも同意するしかない。なにしろ、風神がうちわであおぐたびに選手のスピードがあがり、他の学校の選手と差をつけてゴールする、という場面をさんざん見せつけられたのだ。あのうちわが選手に追い風を送っているとしか思えなかった。
 それから数ヶ月が経った頃、風神が陸上部の応援をやめた、という噂が耳に入った。ちょうど期末試験直前だったので先輩とはしばらく会っておらず、その噂を教えてくれたのはクラスの友達だった。慌てて先輩にメッセージを送ったけれど、いくら待っても既読にならなかった。
 いてもたってもいられずに、わたしは教室を飛び出した。頭の中には、いつも風神を追いかけていた先輩の姿が浮かんでいた。せめて、風神に応援をやめてしまった理由を聞きたい。風神のいる教室を訪ねようと一段飛ばしで階段をのぼりきって、足が止まった。そういえば、風神は何年何組の生徒だったか。
 仕方がないからまずは先輩のクラスへ行こうとしたところで、足が動かせなくなった。そういえば、先輩は何年何組の生徒だったか。いくら考えても思い出せなかった。どうしようもなくなって、わたしは自分の教室に戻った。
「ねぇ、風神って何年何組だっけ?」
 近くにいたクラスメイトに尋ねると、彼は驚いた顔で「風神って、都市伝説じゃないの?」と言った。訳がわからなくなり、今度は先輩が何年何組に在籍しているかを聞こうとして、先輩の名前を知らないことに気付いた。
 ……風神は都市伝説なんかじゃないっていうのが、雷神の主張。
 いつかの先輩の言葉を思い出して、すがるような気持ちで雷神のウェブサイトを開いた。サイトの更新は、数ヶ月前にわたしたちが見に行った陸上大会の記事で止まっていた。そこに載っている写真は、わたしがスマホで撮った写真とよく似た構図だった。写真の中の風神は顔も体もうちわで隠れていて、まるで大きなうちわだけがそこにあるかのように見えた。
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