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七月五日|線香花火
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団地の四人でプチ花火大会をしようと言い出したのは、五号棟のキイちゃんだった。八号棟のサクくんは「子供だけで花火なんかできるわけないじゃん」と水を差したけれど、一号棟のミサキンがお母さんに付き添いを頼んでくれたことで計画は一気に現実味を帯び、次の土曜日に本当に開催されることになった。
「友達と花火するの、初めて」
声ににやにやを滲ませてわたしが言うと、キイちゃんはわたしに負けないほどにやつきながら「十歳になってはじめての花火だね」と言った。わたしたち二人は、つい最近誕生日を迎えたばかりだった。年齢が二桁になっただけでもすごいのに、友達と花火をするなんてもっとすごい。自分たちが大人の仲間入りを果たした気がして、完全に浮かれていた。
計画をお母さんに伝えると、「へえ、よかったね」と言い、それ以上は干渉してこなかった。もともと帰りが何時になっても気にしないような人だったから、どう遊ぼうが興味がなかったのだろう。世間一般の親のように、ミサキンのお母さんに電話してお礼を言うなんてこともしていなかったと思う。
金曜日のお昼休み、明日のプチ花火大会の打ち合わせをするから集まるようにとミサキンに言われ、うさぎ小屋の前に集まった。
「花火はあたしたちで用意するから、サクくんは何も準備しなくていいよぉ」
ミサキンはサクくんの両手を握り、媚びるような甘えた声で言った。学年の中でも大人びていて少し影のあるサクくんは、女の子に人気があった。ミサキンは別にかわいい方ではなかったけれど、足が長くてスタイルがよかった。サクくんは満更でもなさそうな顔で「じゃあもう俺いなくていいよね」と言うと、ドッジボールをする男子の方へ行ってしまった。
「じゃあ、ミサキンのお母さんが花火買ってくれるの? ありがとう」
わたしとキイちゃんもお礼を言い、その場を去ろうとすると、ミサキンの表情が豹変した。
「何言ってんの? あたしはお母さんに来てもらうってだけで役に立ってるんだから、花火くらいあんたたちが用意してよ」
ミサキンに凄まれて怯んだわたしたちが何も言えないうちに、チャイムが鳴って昼休みが終わった。キイちゃんは泣きそうだった。キイちゃんのうちはお母さんが不安定で、時々キイちゃんを叩いたり蹴ったりする。花火を買いたいなんて言ったら、キイちゃんはどうなるかわからない。キイちゃんの真っ青な顔を前にして、わたしはとっさに「大丈夫、わたしが用意する」と言ってしまった。
とはいえわたしのお母さんだって、キイちゃんのお母さんとあまり変わらない。暴力を振るわないかわりに、干渉をしないだけだ。案の定「自分の遊びなんだから自分のお金を使えば?」と言われた。だけど、わたしの貯金箱にお金はほとんど入っていない。たまに帰ってくるお父さんがこっそり盗んでいるからだ。
土曜日の夕方になり、集合時間が近付いても、まだ花火を用意できていなかった。買ったけどなくしたと言おうか、それともお店で盗んでこようか。悩みすぎて頭が焼き切れそうになったとき、仏壇の前に置かれた箱が目に入った。
走って集合場所に行くと、もう四人は集まっていた。壁によりかかるサクくんと、彼に愛想を振りまくミサキン、携帯電話をいじっているミサキンのお母さん。キイちゃんだけがわたしに気付き、手を振り不安げに笑った。
「お待たせ、花火持ってきたよ」
「遅い」
ミサキンが箱を引ったくり、サクくんに「はい、花火」と差し出した。が、箱に目をやった途端、フリーズした。サクくんの動きも止まった。何か言われる前に、わたしは早口でまくしたてる。
「花火、線香花火しか売ってなくて。でも、線香花火も好きでしょ? 地味だけど、今日は線香花火大会にしよう。チャッカマンもちゃんと持ってきたし……」
「ほんっと、意味わかんないんだけど!」
わたしの言い訳を、ミサキンの怒鳴り声が遮った。そしてありとあらゆる悪口がわたしに浴びせられた。だけど耳に蓋でもされたのか、内容は一切覚えていない。ただ覚えているのは、ミサキンのお母さんが闇を飲み込むほど大きな口を開けて笑い、カシャカシャと音を立てて線香の箱の写真を撮っていたことだけだ。
気付いたときにはミサキンもサクくんもいなくなっていて、その場にいるのはわたしとキイちゃんだけだった。視界が滲んでいて、わたしは自分が泣いていることに気付いた。少し離れたところでわたしを見ていたキイちゃんは、ゆっくりわたしの方へ歩みより、そして言った。
「最悪。花火、楽しみにしてたのに。もう学校で話しかけないで」
家族とだってまともに花火をしたことがなかったわたしは、線香と線香花火が違うものだなんて知らなかった。ひとりぼっちになって、わたしはその場にしゃがみこみ、箱を開けて、緑色の一本にチャッカマンで火をつけた。細い線香は一瞬だけ先端を赤く光らせたが、すぐに明るさを失い、香ばしい煙を生み出した。十分経っても三十分経っても一時間経っても、白い煙を出し続けていた。
「友達と花火するの、初めて」
声ににやにやを滲ませてわたしが言うと、キイちゃんはわたしに負けないほどにやつきながら「十歳になってはじめての花火だね」と言った。わたしたち二人は、つい最近誕生日を迎えたばかりだった。年齢が二桁になっただけでもすごいのに、友達と花火をするなんてもっとすごい。自分たちが大人の仲間入りを果たした気がして、完全に浮かれていた。
計画をお母さんに伝えると、「へえ、よかったね」と言い、それ以上は干渉してこなかった。もともと帰りが何時になっても気にしないような人だったから、どう遊ぼうが興味がなかったのだろう。世間一般の親のように、ミサキンのお母さんに電話してお礼を言うなんてこともしていなかったと思う。
金曜日のお昼休み、明日のプチ花火大会の打ち合わせをするから集まるようにとミサキンに言われ、うさぎ小屋の前に集まった。
「花火はあたしたちで用意するから、サクくんは何も準備しなくていいよぉ」
ミサキンはサクくんの両手を握り、媚びるような甘えた声で言った。学年の中でも大人びていて少し影のあるサクくんは、女の子に人気があった。ミサキンは別にかわいい方ではなかったけれど、足が長くてスタイルがよかった。サクくんは満更でもなさそうな顔で「じゃあもう俺いなくていいよね」と言うと、ドッジボールをする男子の方へ行ってしまった。
「じゃあ、ミサキンのお母さんが花火買ってくれるの? ありがとう」
わたしとキイちゃんもお礼を言い、その場を去ろうとすると、ミサキンの表情が豹変した。
「何言ってんの? あたしはお母さんに来てもらうってだけで役に立ってるんだから、花火くらいあんたたちが用意してよ」
ミサキンに凄まれて怯んだわたしたちが何も言えないうちに、チャイムが鳴って昼休みが終わった。キイちゃんは泣きそうだった。キイちゃんのうちはお母さんが不安定で、時々キイちゃんを叩いたり蹴ったりする。花火を買いたいなんて言ったら、キイちゃんはどうなるかわからない。キイちゃんの真っ青な顔を前にして、わたしはとっさに「大丈夫、わたしが用意する」と言ってしまった。
とはいえわたしのお母さんだって、キイちゃんのお母さんとあまり変わらない。暴力を振るわないかわりに、干渉をしないだけだ。案の定「自分の遊びなんだから自分のお金を使えば?」と言われた。だけど、わたしの貯金箱にお金はほとんど入っていない。たまに帰ってくるお父さんがこっそり盗んでいるからだ。
土曜日の夕方になり、集合時間が近付いても、まだ花火を用意できていなかった。買ったけどなくしたと言おうか、それともお店で盗んでこようか。悩みすぎて頭が焼き切れそうになったとき、仏壇の前に置かれた箱が目に入った。
走って集合場所に行くと、もう四人は集まっていた。壁によりかかるサクくんと、彼に愛想を振りまくミサキン、携帯電話をいじっているミサキンのお母さん。キイちゃんだけがわたしに気付き、手を振り不安げに笑った。
「お待たせ、花火持ってきたよ」
「遅い」
ミサキンが箱を引ったくり、サクくんに「はい、花火」と差し出した。が、箱に目をやった途端、フリーズした。サクくんの動きも止まった。何か言われる前に、わたしは早口でまくしたてる。
「花火、線香花火しか売ってなくて。でも、線香花火も好きでしょ? 地味だけど、今日は線香花火大会にしよう。チャッカマンもちゃんと持ってきたし……」
「ほんっと、意味わかんないんだけど!」
わたしの言い訳を、ミサキンの怒鳴り声が遮った。そしてありとあらゆる悪口がわたしに浴びせられた。だけど耳に蓋でもされたのか、内容は一切覚えていない。ただ覚えているのは、ミサキンのお母さんが闇を飲み込むほど大きな口を開けて笑い、カシャカシャと音を立てて線香の箱の写真を撮っていたことだけだ。
気付いたときにはミサキンもサクくんもいなくなっていて、その場にいるのはわたしとキイちゃんだけだった。視界が滲んでいて、わたしは自分が泣いていることに気付いた。少し離れたところでわたしを見ていたキイちゃんは、ゆっくりわたしの方へ歩みより、そして言った。
「最悪。花火、楽しみにしてたのに。もう学校で話しかけないで」
家族とだってまともに花火をしたことがなかったわたしは、線香と線香花火が違うものだなんて知らなかった。ひとりぼっちになって、わたしはその場にしゃがみこみ、箱を開けて、緑色の一本にチャッカマンで火をつけた。細い線香は一瞬だけ先端を赤く光らせたが、すぐに明るさを失い、香ばしい煙を生み出した。十分経っても三十分経っても一時間経っても、白い煙を出し続けていた。
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