でんでんむしが好きな君

ひらどー

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こぅわい

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 節分での体験はしばらく尾を引いた。鬼の絵を見る度にマスを取り出し、えいえいと投げる仕草をする。鬼退治を己の宿命としていた。同時に、「こぅわい」と言うようになったのもこの時期だった。鬼は退治する道具があったから戦えた。だが、オオカミや恐竜は、対抗できる道具を持っていない。「こぅわい」と言って、対象から目を逸らすことしか彼にはできなかった。その逸らし方が独特だった。いや、他の子どももやっているのかもしれないが、同じ年ごろの子どもに馴染みのない私には意外に思えたポーズだった。
 右腕を前に突き出す。その腕を折って、前腕で目を覆う。
 目を隠したいのであれば、両手で目を覆うのが一般的だろう。子どもであればなおさら、そういった仕草を取りそうだ、と思っていた。だが、我が子の取った仕草は想像していたよりも大人っぽいものだった。片腕だけで目を隠してしまう。ちょっとかっこいい。このポーズを取ると、彼は決まってこう言う。
「こぅわい」
 怖いでも、こーわいでもなく、「こぅわい」だ。「こ」の後に小さな「う」が入る。
ポーズはかっこいいのに、台詞が可愛い。しかも、怖い癖に気になるようで、ちょっと腕を上にずらして、ときどきわずかに目を出して前を窺っている。少しだけ見て、すぐに腕を下ろして目を隠す。
漫画やアニメでは、両手で顔を覆いながらも隙間から目が覗いている、なんてお決まりのポーズを見ることがあるが、それと似たような行動を我が子も取っていた。子どもって、本当にやるんだなぁ、と妙に感心してしまった。
いまはもう流暢に「こわいね」と言えるようになった。オオカミも恐竜も、前ほど怖がってはくれない。また、怖いからといって、あのポーズも取ってくれない。あの節分から一年も経っていないはずなのに、子どもの成長は早いものである。瞬きしている間に大きくなってしまった。「こぅわい」と言っていたあの時期はとても貴重なものだったのだ。
録画しておけば良かった、と何度目かの後悔をした思い出だった。
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