でんでんむしが好きな君

ひらどー

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子どもの言葉は難しい

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 両足で歩く姿が様になってきた辺りから、子どもの喋る言葉が増えてきた。二歳を過ぎたいまでは、親である私の聞き取り能力も長けてきて、子どもの不安定な発語も大多数を理解できる。それでも、理解するまでに時間がかかる言葉がいくつかある。特に時間がかかったのが「てったぃた」と「はぃまうよー」の二つだ。
 一つ目の「てったぃた」は、保育園に向かうときによく言っていた。車で送っていたときはあまり会話をしなかったのだが、自転車に切り替えてからよく話すようになった。運転者である私に余裕が生まれたため、道中で子どもに話しかけられるようになったのだ。
白い車があったね、あれは黒い車だね、あの車は貴方のおじいちゃんのと同じだね、といった具合で話している。初めのうちは返事が得られなかったが、同様のことをしばらく繰り返しているうちに「しぉいぶーぶ、あったねー(白い車があったね)」といった返事をくれるようになった。
 通り過ぎる車の色は毎日変わる。「しぉいぶーぶ」だったり、「くぉいぶーぶ」だったりと、その都度、彼の言葉も変化した。そうやって会話をしているうちに、毎日必ず言う言葉があることに気づいた。それが、「てったぃた、あったねー」だ。
てったぃた、とオウム返しすると、子どもはもう一度「てったぃた」と繰り返した。大人の聞き取りが不正確だったときと同じ反応だ。こういったときは同じやり取りをしているうちに、彼の発音が変化して、本来の発音に近い言葉で言ってくれることがある。その経験を活かし、てったぃたと繰り返してみた。しかし、何度聞き返しても「てったぃた」にしか聞こえない。記憶を掘り起こしても、てったぃたなんて乗り物はない。いつか分かるようになるだろう、と未来に期待して、このときはてったぃたあったんだね、と答えるだけで終わらせた。
 分かるようになったのは、それから数週間経ってからだ。保育園に向かう道の、決まったところで「てったぃた」と言うことに気づいた。その周辺を注意深く見ながら、自分の口の中でてったぃたと繰り返してみる。そして、やっと気づいた。近くに積載車が駐車されていたのだ。
 てったぃたって、もしかして、積載車なの、と訊ねると、後ろからすぐに「うん」と肯定の声が聞こえた。彼はひたすら「せきさいしゃ」と言っていたらしかった。「積載車」という漢字三文字で表記する言葉を、二歳の子どもが言うとは微塵も考えていなかった。盲点だった。思い返せば、子ども用の乗り物図鑑の中に、「せきさいしゃ」は載っていた。彼は図鑑の内容をしっかり覚えていたのだ。我が子が急に大人になったように感じた。
 次に頭を悩ませたのは「はぃまうよー」だ。これは、不可解な行動とセットになっていた。
洗濯物を畳んでいるときに、子どもが畳まれたバスタオルを一枚手に取った。母の様子を真似て、自分の手で畳もうとする姿は最近よく見られるものだったので、今回もそれと同じだと思った。母の手伝いをしているつもりなのだろう。
様子を見守っていたが、どうもいつもと動きが違う。「こうして、こうして」と言いながら、バスタオルをひたすら広げているのだ。
広げたバスタオルを床に敷き、皺を伸ばしていく。そしてその上に座って、テレビの方を向いた。何をしているのだろうと首を傾げていたら、子どもは私の方に振り返り、「おいで、はぃまうよ」と呼びかけてきた。テレビ画面を観ると、彼の好きな子ども向け番組が始まる直前だった。どうやら「好きな番組が始まるよ」と教えてくれたらしい。納得して、子どもと一緒にバスタオルの上に座って、番組を観た。一つだけ残った謎は、このバスタオルだ。どうしてわざわざこれを敷いたのだろうか。
全てを理解できたのは、風呂に入るときだった。風呂のマットを敷き、そこでも「はぃまうよー」と言って母を呼んだ。風呂場なので、テレビは当然目の前にはない。だが、彼はバスタオルでやっていたようにマットを自分で敷き、その上にちょこんと座った。自分の隣に空いたスペースをぽんぽんと叩き、ここに座れと私に指示してくる。彼の目線を追ってみた。子どもは天井を見上げている。そこには天井の染みしかない。何が始まるの、と問いかけてみた。
「まっくらくらくらから、どどんばばん、はぃまうよー」
 なるほど、どどんばばんか。
 ここでやっと、彼のやっていた行動の全てを理解できた。
彼の言う「どどんばばん」とは、花火のことである。彼は花火大会のときの行動を再現していたのだ。確かにあの日、私達は薄手のレジャーシートを敷き、その上に座って打ち上げの開始を待った。彼はバスタオルやマットでレジャーシートを再現していたらしい。「真っ暗」の「くら」が増え、「まっくらくらくら」という新たな言葉を作り出しているのが面白い。
夏が終わり、秋になって更に成長した。いまでは「てったぃた」ではなく、「せきさいしゃ」と綺麗に発音できる。これからも多くの経験を重ねるにつれて、子どもの言葉はどんどんと増えていくだろう。合わせて、聞き取りの難しい言葉も増えていくに違いない。クイズに近い感覚で彼の言葉の意味を考えるので、こちらも楽しめる。
もっとたくさんの言葉を学んで、いっぱい話してくれるようになれば、嬉しいことこの上ない。
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