でんでんむしが好きな君

ひらどー

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子どもの散髪

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 子どもを生んでから、密かに恐れていたことがあった。それが子どもの散髪だ。子どもが小さいうちは親が切って然るべきだ、と夫は考えている。それについて異論はない。だが、誰が切るのだろう。親、つまり私だろうか。
 果たして、私に子どもの髪を切れるのか。
 はさみを使えば、髪の毛を短くすることはできる。しかし、そのスタイルはどうだ。人にも見せても問題ない、上等な髪形にすることができるのだろうか。自信が全くない。私は、自分の前髪すら自分で切ることを諦めている。中学生の頃に前髪を切って以来、ヘアカットは全て美容師任せだ。クラスメイト達に悪意はなかっただろうが、あの日の嘲笑は忘れられない。そんな私に、子どもの髪を切るなどという大役を全うできる気がしなかった。
 赤ん坊の胎毛で作る筆に憧れを抱いていた私は、子どもの髪を切らずに過ごさせていた。男の子なのに女の子に見紛うほどの長さまで伸ばしてしまったのは申し訳なく思うが、これは私が子どもの頃からの夢だったのだ。許して欲しい。
この筆を作ることを言い訳に、子どものヘアカットから逃げていた。
 初めての散髪は、美容師が行った。切った髪をそのままメーカーに送り、筆にしてくれるサービスを行っている美容室だ。事前の説明では、はさみを見て泣いてしまう子どももいる、と言われていた。我が子の場合はどうだ。緊張しながら迎えたカットだったが、滞りなく終了した。
美容室から消防車のおもちゃを借りてご機嫌だった。その消防車は、母と一緒にケープに包まれた際に、自分の視界から消えてしまう。見えなくなった消防車に不思議がってはいたが、手にはその感触が残っている。怒ることなく受け入れてくれた。
美容師がはさみを取り出しても、泣かなかった。神妙な顔つきで、自分の髪の毛が落ちていく様子を眺めた。美容室へ行く直前におやつを食べて小腹を満たしたのも利いたのかもしれない。
そうやって、初めての散髪は穏やかに終了した。これで終わりではない。また数か月後には髪を切らなくてはいけないのだ。そして、その数か月後がやってきた。
夏が終わりを迎える頃に、長くなってきたから髪を切ろうという話になった。風呂の直前に決行することになった。風呂場で切れば、髪を流すついでに身体も洗える。
上手く切れる気がしない。酷いおかっぱになりそうだ。
内心、怯えながら風呂の準備を進めた。子どもの服を脱がせたところで、浴室に夫が入ってきた。どうしたの、と訊ねると、「髪を切るんでしょ」との返事がきた。私の恐怖を感じ取ってくれたのかどうかは不明だが、率先してやると言ってくれた夫に感謝している。
最も長い設定にしたというバリカンで、器用に子どもの髪を刈っていく。全体を梳かれ、量はどんどんと減っていった。おかっぱにはならなかった。バランスよく整えられている。
刈られている間、子どもは何も言わなかったが、何も考えていなかったわけではないらしい。翌日、保育園でこのように話していたそうだ。
「ぉとーしゃ、ちょきちょき、したよー」
 自分の父が髪を切ったことをしっかり覚えていた。そしてそれを人に話すことができている。立派に成長した、すごい。
 そんな子どもの言葉を私も聞いてみたくて、誰が髪を切ったの、と彼に訊いてみた。残念ながら何も答えてくれなかったが、代わりににやにやとした笑顔が返ってきた。これも可愛いのでこちらとしては満足である。
 ただ、彼の髪を切ったのは、ちょきちょきといった音がするはさみではない。がーっという機械音がするバリカンだ。彼の散髪の記憶には、初回のものが少しばかり混じってしまったようだ。
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