でんでんむしが好きな君

ほーき

　我が家では、部屋は掃除機を使って掃除している。ほうきとちりとりを使うのは玄関だけだ。子どもがおもちゃに気を取られている隙に、一気に掃除してしまう。幸いなことに部屋数が少ないので、すぐに終わらせることができる。最後に、子どもが散らかしたおもちゃを移動させ、そこに掃除機をかければ終了だ。
　子どもは掃除機を怖がっていない。大きな音で掃除しては泣くかもしれない、と初めは戦々恐々としていたが、こちらが警戒していたよりも彼はずっと落ち着いていた。むしろ掃除機に興味を持っている。おもちゃで遊んでいないときは、私（の後ろの掃除機）について回り、掃除する様を観察している。
「ごー、したね」
　と、音の説明をする余裕さえみせてくれる。
　部屋の掃除を終えてから、玄関を掃く。ほうきに興味を示し、自分もやると手を伸ばしてきた。彼はほうきを受け取ると、見様見真似で玄関を掃き始める。ゴミは上手く集められなかったが、仕草は上等なものだ。心なしか、彼の表情も誇らしげに見える。
　この日からしばらく、ほうきとちりとりは彼のお気に入りになった。ほうきとちりとりを見ると、「ぉそぉじ」と言いながら掃除を始める。
右手にほうきを持って、左手にちりとりを持つ。彼は目線が低いので、私たち大人が見つけられないようなゴミもしっかり狙ってくれる。しかし、ほうきでちりとりに入れるのは苦手だ。最終的に摘まんで捨てていた。道具はまだ上手く使えないが、その心意気やよし。掃除をしようという気持ちがあり、何がゴミであるかを理解している。
　こんな成長を見せたある日、車で外出しようと準備していたときに急に「ほーき」と言い出した。外にいるので、その場にほうきはない。ほうきはおうちだね、おうちに帰ったらまたお掃除しようね、と言ったが、「ちぁーう」と首を振る。そして再び「ほーき」と繰り返した。お掃除じゃないの、と聞くとやはり「ちぁーう」と否定する。
　我が子は、自分の発言が本意と違う解釈をされると、正しく理解されるまでひたすら繰り返す。このときも、怒らずに何度も「ほーき」と繰り返していた。このままでは伝わらないと察したのか、ジェスチャーをつけてくれた。両腕を伸ばして、左右に揺れる。そして上を見た。ここでやっと察することができた。
　彼は「ほうき」と言っていたのではない。「ひこうき」と言っていたのだ。見上げると、確かに飛行機の姿が見える。音は聞こえてはいたのだが、日常的によく聞く音なので、普段は意識していないのだ。だから飛行機を指していると気付けなかった。
　ひこうきか、と言うと、やっと満足げに頷いた。
　我が子の言葉をヒアリングする能力はそれなりに高い方だと自負している。だが、まだまだ聞き取れない言葉もたくさんある。現状に甘んじることなく、精進を重ねて息子語学の修得に努めていかなければならない。