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蚊よ、君に一つだけ訊きたい。何故そこを吸った。
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盆が過ぎ、近隣の花火大会も終わってから、ああやっと夏が終わる、と息を吐いた。
暑さが苦手なので、夏よりも秋が好きだ。それなのに、あいつはまだ近くにいる。夏になるとやたらと飛び回り、大人たちの片手にキンカンを常備させるあいつ――蚊だ。
七月の半ばから八月いっぱいまでは、こちらも警戒して虫対策の薬剤を使用していた。おかげで、蚊に刺された回数はそれほど多くなかった。子ども用の虫刺されパッチも用意したのだが、使ったのは一、二度ほどだ。子どもがパッチを嫌がってしまい、すぐに剥いでしまったので、ほぼ未使用と言って差し支えない。
蚊に悩まされ始めたのはむしろ、九月に入ってからだ。
子どもと共に、夕方まで外で遊んでいたときに奴は来た。やけに虫が飛び回っているとは思ったものの、子どもはまだ遊び足りない様子だったので、家には入らなかった。手で追い払う程度で済ませた。もちろん防虫スプレーも噴霧していない。子どもの顔に奴がついてしまったが、それも手で払ってやった。当の本人は、
「むしむし、いたねー」
と妙に楽しそうにしている。幸せなものだ。母が君についた蚊に気づかなかったら、そんな呑気な顔はできなかったんだぞ。
このときまでは、私たち親子についた蚊は全て追い払ったつもりでいた。数瞬の間だけ子どもの顔についた蚊が心配だったが――蚊という生きものは一瞬で血を吸ってしまう――杞憂に終わった。彼の頬はまだつやつやだ。
問題があったのは、それ以外の場所だった。
私も子どもも、上は半袖を着ていたが、下は長い丈のパンツを着用している。足首まであるスキニーを履いていたので、さすがに蚊も私の足を刺すことはできなかった。刺されたのは、それよりも下だった。足首から足の指先まで、広範囲に渡って刺されてしまった。子どもにはスニーカーを履かせていたが、私はまだサンダルを履いていた。それが悪かった。面倒くさがらずに、私も靴を履くべきだった。蚊をなめていた。あいつは、夏が終わっても活動できるタイプの虫だったのだ。
腹の立つことに、スリッパやサンダルを履こうとすると縁に当たるような、絶妙な位置で吸ってくれた。蚊よ、何故そこを吸った。狙ったのか。
おかげで、いまの私は裸足のまま家の中を徘徊し、親友とも呼ぶべき距離でキンカンと付き合っている。
子どもは私よりも防御している箇所が多かった。露出しているのは、先ほども蚊の標的となった顔と、半袖から覗いている腕くらいだ。私よりも瑞々しい血が流れている子どもは、やはり蚊の餌食となっていた。左の前腕、肘の付近が赤くなっている。見ていると、ぼりぼりとそこを掻いていた。七月は嫌がったパッチを貼ってみる。どんな心境の変化があったのか分からないが、今回は嬉しそうに受け入れてくれた。
「あんぱんまんだー!」
あなた、喜んでいますけどね、そのアンパンマンは先々月もあなたを守ろうとしていましたよ。
理由は不明でも、子ども本人が笑っているのでよしとする。アンパンマンの心境は複雑だろうが。
ついでにいうと、子どもが刺されたのはここだけではない。もう一か所食われていた。それが左中指の第二関節の背中だ。手遊びをしたり、松ぼっくりを拾ったりとせわしなく動く手だが、よく見ると赤くなっている。
ここにもパッチを貼ってみたが、曲げ伸ばしの激しい関節には向かない代物だった。あっという間に剥げてしまう。仕方なく塗り薬を塗って対処しているが、こちらも効果を期待できない。何しろ指だ。とにかくよく動かすし、よく汚す。その分、洗う回数も多い場所なのだ。すぐに薬が落ちてしまう。頻繁に塗り直さなくてはならない。
もう一度訊こう。
蚊よ、何故そこを吸った。
掻き壊してしまうと大変なので、まだしばらくは子どもの虫刺されと戦っていく必要がありそうだ。私とキンカンの友情関係も継続するだろう。
ちなみに、夫は蚊が自分の肌に着地した時点で反応できるそうで、我が家では最も被害が少ない。
暑さが苦手なので、夏よりも秋が好きだ。それなのに、あいつはまだ近くにいる。夏になるとやたらと飛び回り、大人たちの片手にキンカンを常備させるあいつ――蚊だ。
七月の半ばから八月いっぱいまでは、こちらも警戒して虫対策の薬剤を使用していた。おかげで、蚊に刺された回数はそれほど多くなかった。子ども用の虫刺されパッチも用意したのだが、使ったのは一、二度ほどだ。子どもがパッチを嫌がってしまい、すぐに剥いでしまったので、ほぼ未使用と言って差し支えない。
蚊に悩まされ始めたのはむしろ、九月に入ってからだ。
子どもと共に、夕方まで外で遊んでいたときに奴は来た。やけに虫が飛び回っているとは思ったものの、子どもはまだ遊び足りない様子だったので、家には入らなかった。手で追い払う程度で済ませた。もちろん防虫スプレーも噴霧していない。子どもの顔に奴がついてしまったが、それも手で払ってやった。当の本人は、
「むしむし、いたねー」
と妙に楽しそうにしている。幸せなものだ。母が君についた蚊に気づかなかったら、そんな呑気な顔はできなかったんだぞ。
このときまでは、私たち親子についた蚊は全て追い払ったつもりでいた。数瞬の間だけ子どもの顔についた蚊が心配だったが――蚊という生きものは一瞬で血を吸ってしまう――杞憂に終わった。彼の頬はまだつやつやだ。
問題があったのは、それ以外の場所だった。
私も子どもも、上は半袖を着ていたが、下は長い丈のパンツを着用している。足首まであるスキニーを履いていたので、さすがに蚊も私の足を刺すことはできなかった。刺されたのは、それよりも下だった。足首から足の指先まで、広範囲に渡って刺されてしまった。子どもにはスニーカーを履かせていたが、私はまだサンダルを履いていた。それが悪かった。面倒くさがらずに、私も靴を履くべきだった。蚊をなめていた。あいつは、夏が終わっても活動できるタイプの虫だったのだ。
腹の立つことに、スリッパやサンダルを履こうとすると縁に当たるような、絶妙な位置で吸ってくれた。蚊よ、何故そこを吸った。狙ったのか。
おかげで、いまの私は裸足のまま家の中を徘徊し、親友とも呼ぶべき距離でキンカンと付き合っている。
子どもは私よりも防御している箇所が多かった。露出しているのは、先ほども蚊の標的となった顔と、半袖から覗いている腕くらいだ。私よりも瑞々しい血が流れている子どもは、やはり蚊の餌食となっていた。左の前腕、肘の付近が赤くなっている。見ていると、ぼりぼりとそこを掻いていた。七月は嫌がったパッチを貼ってみる。どんな心境の変化があったのか分からないが、今回は嬉しそうに受け入れてくれた。
「あんぱんまんだー!」
あなた、喜んでいますけどね、そのアンパンマンは先々月もあなたを守ろうとしていましたよ。
理由は不明でも、子ども本人が笑っているのでよしとする。アンパンマンの心境は複雑だろうが。
ついでにいうと、子どもが刺されたのはここだけではない。もう一か所食われていた。それが左中指の第二関節の背中だ。手遊びをしたり、松ぼっくりを拾ったりとせわしなく動く手だが、よく見ると赤くなっている。
ここにもパッチを貼ってみたが、曲げ伸ばしの激しい関節には向かない代物だった。あっという間に剥げてしまう。仕方なく塗り薬を塗って対処しているが、こちらも効果を期待できない。何しろ指だ。とにかくよく動かすし、よく汚す。その分、洗う回数も多い場所なのだ。すぐに薬が落ちてしまう。頻繁に塗り直さなくてはならない。
もう一度訊こう。
蚊よ、何故そこを吸った。
掻き壊してしまうと大変なので、まだしばらくは子どもの虫刺されと戦っていく必要がありそうだ。私とキンカンの友情関係も継続するだろう。
ちなみに、夫は蚊が自分の肌に着地した時点で反応できるそうで、我が家では最も被害が少ない。
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