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第32話:対峙
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アルトゥリアスと炒めカレーを作ってから半年が経過した。
今日は僕の戴冠式があった。
これで対外的にも僕が王権を担っていることになる。
だけど最近ではこの国王という地位にどれだけの意味があるのだろうと考えることが多くなってきた。
いま王城では戴冠を記念したパーティが開かれているけれど、僕はこっそり抜け出している。
カレーが出てきた途端にみんなの目の色が変わり、狂乱状態になった。興奮状態ではしゃぐアルトゥリアスの頭に王冠を載せてきたけれど、本人だけでなく周囲の人も気がついていないだろう。
それくらいに王という地位は空虚なものに成り下がった。
王城を出て街を歩くけれど、外に人はいない。
パーティでカレーが出てくるのと同時に王都中の飲食店でカレーが振舞われることになっているため、みんな夢中で食べているのだろう。
いまや名実ともにカレー王となった僕からの国民に対する贈り物だ。
カレー王という言葉はコミカルだけれど、事実上その意味は麻薬王に近いものになっている。
「きっと幸せな顔をしているんだろうなぁ⋯⋯」
カレーを食む人たちにとってこの世界はユートピアなのかもしれない。
その実は『カレー』という食べ物に支配されたディストピアなのだけれど、それを認識できるのは多分この世界で二人しかいない。
「さてと⋯⋯歩くか⋯⋯」
僕はそのまま王都の端まで歩き、誰もいない門から出た。
外には平野が広がっている。
ゆっくりと呼吸をしながら僕はその光景を眺め続けた。
◆
「⋯⋯さて、そろそろやろうか」
声を出すとゆっくりとキョウヤが近づいてきた。
久しぶりに見るキョウヤはずいぶんと鋭い目をしている。
「やはり気がついていたか」
「あれだけずっと殺気を漲らせていたらね」
戴冠式の最中もずっと僕に敵意を向けていたので流石に気がついていた。
というか最前列の奴が睨み続けていたら誰でも分かるよ。
そんな様子だったからいつ戦闘になってもおかしくないと思っていたのだけれど、いまのいままでキョウヤは襲ってこなかった。
「準備は良いか?」
キョウヤは持っていた剣を抜き、僕に向けた。
だけど僕は身構えもせずに平然とした態度で答える。
「殺意が高いけれど、どうしたのか聞かせてもらっても良いかな? この前会った時は僕と戦う気もないようだったのにさ」
「⋯⋯この世界に意味がないとやっと気がついただけだ」
焦点の合わない目でキョウヤはつぶやいた。
何か思うことがあったのだろうなと僕は感じた。
こんな世界で暮らしていればそう思うのも仕方がないだろう。
僕が世界をこうしてしまったことに気がついて倒しにきたのだと思ったけれど、様子を見るに違うのかもしれない。
もっと深いレベルで絶望しているような、そんな印象を受ける。
だけどそんなキョウヤに言いたいことがある。
「この世界に意味はあるよ、キョウヤ」
そういうとキョウヤははじめて僕と目を合わせた。
そして突然真っ赤な顔になり地面を蹴り始めた。
「こんな世界に意味なんてあるわけないだろ! 誰もがクスリにやられて頭がおかしくなってるじゃないか!」
頭を掻きむしりながらキョウヤは続ける。
「俺が⋯⋯俺があんなことをしなければ⋯⋯」
震える声でキョウヤは呟いている。
やはりキョウヤは僕が根本の原因であることを知らないのかもしれない。
なんの救いにもならないかもしれないけれど、それは伝えた方がきっと良いだろう。
「ねぇ、キョウヤ⋯⋯。君も分かっている通り、この世界は壊れつつあるよね。人々は食事をするたびに興奮して、神の存在を感じている。日に日に正気の時間が短くなって神のことしか考えられない時間が増えている。周囲がそんな風に変わっていく中で自分だけは冷静に外側からその様子を見ている。それが何のせいかって君は知っているの?」
「⋯⋯それは⋯⋯⋯⋯俺が⋯⋯作った⋯⋯万能薬が⋯⋯⋯⋯」
キョウヤは消え入りそうな声で言いかけたけれど、息が上手く吸えず言葉を続けられないようだった。
「違うよ」
だから僕が遮って本当のことを伝えてあげる。
「君の『万能薬』のせいじゃない。確かに『万能薬』には症状を強く促進する効果はあるんだけど、元の症状がなかったら君の想定通りに身体を癒す効果しかないんだよ」
「それじゃあ、どうして⋯⋯」
キョウヤは目を見開いてわなわなと震えている。
「やっぱり気がついていなかったんだね。世界中の人々が狂っているのは『カレー』のせいだよ。『カレー』にはこの世界の人々にとっては強い中毒性があるんだよ」
「何だって⋯⋯? カレーが⋯⋯?」
「もしかしたら君なりの理由づけをしていたのかもしれないけれど、それは全部間違いだよ。みんな毎食カレーを食べているのって異常だと思わなかった? カレーを神の食事だって言ってるのはおかしいと思わなかった?」
「⋯⋯⋯⋯」
正直僕からしたらここまで症状が進んだら気付かない方がおかしいと思っていたのだけれど、それが見えなくなってしまうほどにキョウヤは追い詰められていたのかもしれない。
つい煽るような口調になってしまったけれど、思うところがあったのだろう。キョウヤは絶句している。
自分が剣を抜いていることすらも忘れているんじゃないかというほど無防備だ。
様子を伺っていると、キョウヤは再び剣を強く握り始めた。
「⋯⋯お前のせいだったのか」
「なに?」
「お前のせいだったんじゃないか!!!」
そう言って斬りかかってきた。
だけど力が入りすぎているのか剣筋は鈍く、一本調子だ。
僕はすっと避けて、キョウヤの後ろに回り込んだ。
「お前のせいでカシアが⋯⋯!!!」
キョウヤはすぐに振り向いて次の斬撃を放つけれど、さっきと全く同じで芸がない。
余裕があったので避けながら僕もアイテムボックスから剣を取り出した。
「本当に僕のせいかな?」
僕が剣を向けるとキョウヤはさらに怒って多量の魔力を解放した。
正直に話しているだけなのに余計に感情を逆撫でしてしまうようだ。
「お前がそう言ったんじゃないか!」
キョウヤは魔力のこもった剣で再び僕を攻撃してくる。
少しだけ冷静になったのか剣に冴えが出てきたけれど、まだ攻撃が当たる気はしなかった。
「確かにカレーを作ったのは僕だよ。だけどカレーで中毒になるって予想できると思う?」
僕が避けてもキョウヤは攻撃を続けてくる。
息は上がってきているようだけれど、少しずつ攻撃は洗練され、魔力の操作も流麗になってきている。
「それにさ、僕が一番悪いとしても、それを『万能薬』で助長したのはキョウヤだからね。君がそんな行動を取らなかったら世界はまだ理性的だった。君が何百倍も早く時間を進めてしまったんだよ」
「黙れ!!!」
そろそろこちらも魔力の防御を使わなければならないだろう。
キョウヤはレベル9の魔剣術スキルを持っているので、直撃したらかなりの傷を負ってしまう。
「僕たちは共犯者だよ。この世界にヒビを入れたのは僕かもしれないけれど、それを叩いて崩壊させたのはキョウヤ、君なんだよ」
キョウヤは立ち止まり、血走った目で僕を睨んでいる。
きっとやり場のない感情を僕にぶつけるしかないのだろう。
キョウヤはまだ魔剣術のスキルしか使っていないようだけれど、彼の本命のスキルは違うはずだ。
僕は改めて【鑑定】スキルを使用した。
-----------------------------------------------------
名 前:キョウヤ・イワブチ
称 号:異世界転移者、神聖国の救世主
状 態:健康
スキル:生成(Lv.10)、魔剣術(Lv.9)、全属性魔法(Lv.8)、空間収納(Lv.8)、鑑定(Lv.5)、解析(Lv.5)、錬金術(Lv.4)、隠蔽(Lv.2)
-----------------------------------------------------
キョウヤはこの半年間で複数のスキルのレベルを上げてきた。
きっと想像を絶する修行をしてきたのだろうと思う。
だめだ⋯⋯。
いけないという気持ちがあるのに自分を止められそうにない。
本気の戦いをしたいと言う気持ちを止められそうにない。
だってキョウヤは唯一僕が全力を出して戦える相手なのだから。
今日は僕の戴冠式があった。
これで対外的にも僕が王権を担っていることになる。
だけど最近ではこの国王という地位にどれだけの意味があるのだろうと考えることが多くなってきた。
いま王城では戴冠を記念したパーティが開かれているけれど、僕はこっそり抜け出している。
カレーが出てきた途端にみんなの目の色が変わり、狂乱状態になった。興奮状態ではしゃぐアルトゥリアスの頭に王冠を載せてきたけれど、本人だけでなく周囲の人も気がついていないだろう。
それくらいに王という地位は空虚なものに成り下がった。
王城を出て街を歩くけれど、外に人はいない。
パーティでカレーが出てくるのと同時に王都中の飲食店でカレーが振舞われることになっているため、みんな夢中で食べているのだろう。
いまや名実ともにカレー王となった僕からの国民に対する贈り物だ。
カレー王という言葉はコミカルだけれど、事実上その意味は麻薬王に近いものになっている。
「きっと幸せな顔をしているんだろうなぁ⋯⋯」
カレーを食む人たちにとってこの世界はユートピアなのかもしれない。
その実は『カレー』という食べ物に支配されたディストピアなのだけれど、それを認識できるのは多分この世界で二人しかいない。
「さてと⋯⋯歩くか⋯⋯」
僕はそのまま王都の端まで歩き、誰もいない門から出た。
外には平野が広がっている。
ゆっくりと呼吸をしながら僕はその光景を眺め続けた。
◆
「⋯⋯さて、そろそろやろうか」
声を出すとゆっくりとキョウヤが近づいてきた。
久しぶりに見るキョウヤはずいぶんと鋭い目をしている。
「やはり気がついていたか」
「あれだけずっと殺気を漲らせていたらね」
戴冠式の最中もずっと僕に敵意を向けていたので流石に気がついていた。
というか最前列の奴が睨み続けていたら誰でも分かるよ。
そんな様子だったからいつ戦闘になってもおかしくないと思っていたのだけれど、いまのいままでキョウヤは襲ってこなかった。
「準備は良いか?」
キョウヤは持っていた剣を抜き、僕に向けた。
だけど僕は身構えもせずに平然とした態度で答える。
「殺意が高いけれど、どうしたのか聞かせてもらっても良いかな? この前会った時は僕と戦う気もないようだったのにさ」
「⋯⋯この世界に意味がないとやっと気がついただけだ」
焦点の合わない目でキョウヤはつぶやいた。
何か思うことがあったのだろうなと僕は感じた。
こんな世界で暮らしていればそう思うのも仕方がないだろう。
僕が世界をこうしてしまったことに気がついて倒しにきたのだと思ったけれど、様子を見るに違うのかもしれない。
もっと深いレベルで絶望しているような、そんな印象を受ける。
だけどそんなキョウヤに言いたいことがある。
「この世界に意味はあるよ、キョウヤ」
そういうとキョウヤははじめて僕と目を合わせた。
そして突然真っ赤な顔になり地面を蹴り始めた。
「こんな世界に意味なんてあるわけないだろ! 誰もがクスリにやられて頭がおかしくなってるじゃないか!」
頭を掻きむしりながらキョウヤは続ける。
「俺が⋯⋯俺があんなことをしなければ⋯⋯」
震える声でキョウヤは呟いている。
やはりキョウヤは僕が根本の原因であることを知らないのかもしれない。
なんの救いにもならないかもしれないけれど、それは伝えた方がきっと良いだろう。
「ねぇ、キョウヤ⋯⋯。君も分かっている通り、この世界は壊れつつあるよね。人々は食事をするたびに興奮して、神の存在を感じている。日に日に正気の時間が短くなって神のことしか考えられない時間が増えている。周囲がそんな風に変わっていく中で自分だけは冷静に外側からその様子を見ている。それが何のせいかって君は知っているの?」
「⋯⋯それは⋯⋯⋯⋯俺が⋯⋯作った⋯⋯万能薬が⋯⋯⋯⋯」
キョウヤは消え入りそうな声で言いかけたけれど、息が上手く吸えず言葉を続けられないようだった。
「違うよ」
だから僕が遮って本当のことを伝えてあげる。
「君の『万能薬』のせいじゃない。確かに『万能薬』には症状を強く促進する効果はあるんだけど、元の症状がなかったら君の想定通りに身体を癒す効果しかないんだよ」
「それじゃあ、どうして⋯⋯」
キョウヤは目を見開いてわなわなと震えている。
「やっぱり気がついていなかったんだね。世界中の人々が狂っているのは『カレー』のせいだよ。『カレー』にはこの世界の人々にとっては強い中毒性があるんだよ」
「何だって⋯⋯? カレーが⋯⋯?」
「もしかしたら君なりの理由づけをしていたのかもしれないけれど、それは全部間違いだよ。みんな毎食カレーを食べているのって異常だと思わなかった? カレーを神の食事だって言ってるのはおかしいと思わなかった?」
「⋯⋯⋯⋯」
正直僕からしたらここまで症状が進んだら気付かない方がおかしいと思っていたのだけれど、それが見えなくなってしまうほどにキョウヤは追い詰められていたのかもしれない。
つい煽るような口調になってしまったけれど、思うところがあったのだろう。キョウヤは絶句している。
自分が剣を抜いていることすらも忘れているんじゃないかというほど無防備だ。
様子を伺っていると、キョウヤは再び剣を強く握り始めた。
「⋯⋯お前のせいだったのか」
「なに?」
「お前のせいだったんじゃないか!!!」
そう言って斬りかかってきた。
だけど力が入りすぎているのか剣筋は鈍く、一本調子だ。
僕はすっと避けて、キョウヤの後ろに回り込んだ。
「お前のせいでカシアが⋯⋯!!!」
キョウヤはすぐに振り向いて次の斬撃を放つけれど、さっきと全く同じで芸がない。
余裕があったので避けながら僕もアイテムボックスから剣を取り出した。
「本当に僕のせいかな?」
僕が剣を向けるとキョウヤはさらに怒って多量の魔力を解放した。
正直に話しているだけなのに余計に感情を逆撫でしてしまうようだ。
「お前がそう言ったんじゃないか!」
キョウヤは魔力のこもった剣で再び僕を攻撃してくる。
少しだけ冷静になったのか剣に冴えが出てきたけれど、まだ攻撃が当たる気はしなかった。
「確かにカレーを作ったのは僕だよ。だけどカレーで中毒になるって予想できると思う?」
僕が避けてもキョウヤは攻撃を続けてくる。
息は上がってきているようだけれど、少しずつ攻撃は洗練され、魔力の操作も流麗になってきている。
「それにさ、僕が一番悪いとしても、それを『万能薬』で助長したのはキョウヤだからね。君がそんな行動を取らなかったら世界はまだ理性的だった。君が何百倍も早く時間を進めてしまったんだよ」
「黙れ!!!」
そろそろこちらも魔力の防御を使わなければならないだろう。
キョウヤはレベル9の魔剣術スキルを持っているので、直撃したらかなりの傷を負ってしまう。
「僕たちは共犯者だよ。この世界にヒビを入れたのは僕かもしれないけれど、それを叩いて崩壊させたのはキョウヤ、君なんだよ」
キョウヤは立ち止まり、血走った目で僕を睨んでいる。
きっとやり場のない感情を僕にぶつけるしかないのだろう。
キョウヤはまだ魔剣術のスキルしか使っていないようだけれど、彼の本命のスキルは違うはずだ。
僕は改めて【鑑定】スキルを使用した。
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名 前:キョウヤ・イワブチ
称 号:異世界転移者、神聖国の救世主
状 態:健康
スキル:生成(Lv.10)、魔剣術(Lv.9)、全属性魔法(Lv.8)、空間収納(Lv.8)、鑑定(Lv.5)、解析(Lv.5)、錬金術(Lv.4)、隠蔽(Lv.2)
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キョウヤはこの半年間で複数のスキルのレベルを上げてきた。
きっと想像を絶する修行をしてきたのだろうと思う。
だめだ⋯⋯。
いけないという気持ちがあるのに自分を止められそうにない。
本気の戦いをしたいと言う気持ちを止められそうにない。
だってキョウヤは唯一僕が全力を出して戦える相手なのだから。
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