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第30話:落胆

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 あれからキョウヤはすぐにピネン王国を出て、一目散に神聖シオネル王国に帰ってきた。

「まずいことになった⋯⋯」

 ユウトが万能薬のことを調べ始めていると見て間違いはないだろうとキョウヤは感じた。

 すると途端にキョウヤはさまざまなことが気になり始めた。

 本当に自分の行いはユウトにバレていないのだろうか。
 疑惑を持つたびに毎回こんなに怯えなければならないのだろうか。

 キョウヤは自室で状況を整理し、根本的な対処法を探すうちにある考えに辿り着いた。

『自分を脅かすのは異世界転移者である』

 目の前のこととしてユウトの問題がある。
 この問題の対処に取り掛からなければならないが、その前に根を断たないといつ新たな敵が現れるか分からない。
 そんな風に思えてならなかった。

 キョウヤはこの世界の人に対して圧倒的な優位性を持っていると思っていたが同じ転移者であるユウトが相手では分が悪そうだった。

「他の転移者にはしばらく会いたくない⋯⋯」

 教皇達がまた異世界召喚をしてしまっては不都合が出てくるかもしれない。そう思ったキョウヤは神聖国の地下にある大きな部屋に向かっていった。
 




 神聖シオネル王国の地下深くにある大部屋、ここにはごく一部の人間しか入ることができない。

 部屋には巨大で緻密な魔法陣が描かれている。これを作るために数十年の時間を費やしたと聞いた。

 多量の魔力を消費して丁寧に作らなければならない上に、塗料も特殊で非常に長い歳月が必要なのだとキョウヤは聞いている。

「⋯⋯突然ここにやってきたんだよな」

 キョウヤは今でも覚えている。
 バイトから帰る途中、突然足元が光ったと思ったら次の瞬間この世界に居たのだ。

「これがなくなれば当分異世界人がやってくることはなくなるだろう」

 そう言葉にした時、キョウヤは自分の腰のあたりに震えを感じた。
 自分の行いが取り返しのつかないことではないかと思えてならない。
 未来が大きく変わることになるかもしれない。

 だけど世界中に万能薬を散布したことに比べたら、カシアをあんな状態にしたことに比べたら——

「大したことじゃないよな」

 キョウヤは震える手で魔法を放ち、転移魔法陣を壊した。

「これで敵は一人だ⋯⋯」

 キョウヤはユウト攻略の対策を練ることにした。



◆◆◆



 僕との謁見の後、キョウヤはすぐに神聖国に帰ったらしい。

 キョウヤが嘘をついているのかどうかは正直僕には分からなかった。だけどもし彼が首謀者だとしたら揺さぶりはかけられただろう。

 あれからずっと犯人のことを考えている。
 何度考えても、この世界で唯一カレー依存症にかかっていないキョウヤしかあんなことはできないんじゃないかと思ってしまう。

「やっぱりそうだよな⋯⋯」

 僕は無意識のうちに固く握っていた右手を左手で包んだ。

 キョウヤのことを僕は好ましく思っている。
 同じ異世界転移者であるし、性格の相性も良いと思う。

 これまでにマティアスのように気の置けない仲の人もいたけれど、国王となった今、対等な人間関係を作るのは難しくなっている。

 それにカレー依存症のせいで人々の知能は今後低下していくだろう。あのエレノアでさえ、支離滅裂な言動を取る日が出てきた。

 何年後になるか分からないけれど、この世界の人類はいずれ動物に成り下がる。そう確信している。

 そうなったときに正気を保っていられる可能性があるのは僕の子供と他の転移者しかいないのだ。

 だからこそ僕はキョウヤを疑いたくなかった。彼を信じたかった。

 心の底で怯えていたのだ。
 もしキョウヤがマティアスをあんな風にした犯人だと分かってしまったら、僕は彼を滅さずにはいられないのだから。

 でももう僕は確信してしまっている。
 
「覚悟を決めようか」

 自然に口を突いて出た言葉だった。

 なんの覚悟をするかって?
 もちろん、キョウヤが犯人だという証拠を見る覚悟だ。





【鑑定】スキルは使用者の知識レベルに応じた制限を受けるということはよく知られている。しかし、それだけではない。使用者の精神状態による制限も受けるのだ。

 深層にあった感情が無意識のうちに邪魔をして鑑定が浅くなっていたことに僕は気がついた。

 改めて調査をするために僕はアルトゥリアスの部屋のドアを強く叩いた。

「おーい、アルトゥリアス!」

「な、なんでしょうか」

「遊びに来た」

 アルトゥリアスは顔面蒼白で扉から出てきた。
 別にこの部屋でやる必要はないのだけれど、一人でいるよりもアルトゥリアスがいた方が和むと思ったのだ。

「ちょっと場所借りるね」

 慌てるアルトゥリアスを眺めながらソファに腰を下ろす。そしてアイテムボックスから万能薬を出して、全力で【鑑定】した。

「あーあ⋯⋯」

 その結果を見て身体から力が抜けるのを感じる。
 やっぱりねという気持ちが大きくて怒りも湧いてこなかった。

「そりゃあ、そうだよねぇ⋯⋯」

 僕がぶつぶつ呟いているのを見て、アルトゥリアスが声をかけてくる。

「ユ、ユウトさん。ど、どうされたんですか?」

「これを深く【鑑定】しただけだよ」

「それは万能薬ですよね?」

「うん。アルトゥリアスから貰ったものだよ。全力でスキルを使って作製者を調べようと思ってね」

 それを聞いたアルトゥリアスは小声で「だからあんなに凶々まがまがしかったのか」と言った。聞こえてるよ。

「そ、それで、分かったんですか?」

「あぁ、やっぱりキョウヤだったよ。そうじゃないかなぁと思ってたんだけどね」

 僕がそんな風に言うとアルトゥリアスは目を細めた。

「今日のユウトさんはいつもの覇気がありませんね。少し悲しそうにも見えます」

「⋯⋯そんな風に見える?」

「えぇ。威圧感が薄いです」

 それは正直過ぎるぞと言おうとしたけれど、その気力も湧いてこなかった。

「いつも威圧感かあるかどうかは分からないけれど、少し疲れているのは間違いないみたいだよ⋯⋯」

「ユウトさんでもそんなことがあるんですね」

 そう言いながらアルトゥリアスは優しく笑った。
 僕が女だったら惚れていたかもしれない。
 いつも僕の前ではビクビクしているアルトゥリアスの笑顔はそれくらいの破壊力があった。

 そんな顔を見ていると色々なことがどうでも良くなってくる。

 ふと息をつくと肩や首にかなり力が入っていたことに気がついた。
 期待と落胆の差に張り詰めてしまっていたらしい。

 僕は大きく息を吸って、そしてゆっくり吐いた。
 深呼吸を何度か繰り返すとなんだかお腹が減ってくる。

「ねぇ、アルトゥリアス⋯⋯。こういう時ってどうするのが良いか知ってる?」

「いえ、知りません⋯⋯」

 さっきまで僕の方をまっすぐ見ていたアルトゥリアスは目を泳がせ始めた。
 突然僕がニヤニヤし始めたので嫌な予感を覚えたのだろう。
 だけど今回はそう変な話をする訳ではない。

「一緒に料理しようぜ。僕、一度アルトゥリアスとカレーを作りたいと思っていたんだ」

 そう言ったら心なしかアルトゥリアスの笑顔がさらに優しくなった気がした。
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