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第23話:『覚悟』
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神聖シオネル王国の王城に三人の男がいた。
一人はこの国の王、一人は国教であるマッカニー教の教皇、そしてもう一人はキョウヤだ。
「キョウヤ、聖人ユウト・スメラギはどうだった?」
豪奢な装飾の椅子にふんぞり返って座りながら国王は質問した。
「かなりの力の持ち主でした。周りを固める騎士たちの実力も抜きん出ていて、まともに戦ったら分が悪そうです」
「ちっ、やっぱりか⋯⋯」
そう言いながら国王は最近白くなってきた髭を触りはじめた。彼の考える時の癖だ。
「召喚に失敗していなければ今頃神の寵愛も我々の物になっていたであろうに⋯⋯」
国王の隣で教皇が言った。苦虫を噛み潰したような顔は人相の悪さも相まって悪人にしか見えない。
教皇は国王よりも権力を持っているので、さらに豪華な椅子に座っている。
キョウヤは最高権力者二人に囲まれても飄々とした様子を崩さない。
「猊下、だからこそ我々はキョウヤを召喚したのではないですか。完全な術式に完全な触媒、全てを準備したからこそキョウヤがやってきたのです」
「そうじゃなぁ。潜在能力はユウト・スメラギよりもキョウヤの方が上じゃとわしも思っておる。早いところ神のご加護をいただきたいものじゃが⋯⋯」
教皇と国王はキョウヤを見た。キョウヤは貼り付けたような笑みを浮かべている。
「キョウヤ、分かっていると思うがピネン王国に入って工作を開始してくれ。徐々にピネンの力を削り、後の戦いに備えるんだ」
「毒薬をピネンに散布してくるのじゃ。そうすれば気付かぬうちに弱る奴が出てくるじゃろう。その様子を見れば神も我々こそが使徒に相応しいと判断するに違いない」
教皇は「ほっほっほっ」と高らかに笑う。
「分かっています。今は戦後処理で各国がばたついていると思うので混乱に乗じて動きます」
「聖女ソフィアにも一泡ふかせてやるんだな」
ソフィアも教皇と同じマッカニー教だけれど宗派が違う。こちらのトップは教皇だが、あちらのトップは聖女ソフィアだ。
同じ神を信仰しているけれど二人は対立している。
「分かりました。では、すぐにピネンに向かいます。サポートよろしくお願いします」
キョウヤはそう言いながら部屋の出口に向かった。
そして頃合いを見計らいながらスキルを発動させた。
彼のスキルは【生成】、思うがままに有用な物質を作ることができる。
部屋の中にキョウヤが【生成】した物質が広がる。
その物質を吸い込んだ教皇と国王は半目になって「分かった」と言った。
これでまた少し冷静な期間が続くだろうとキョウヤは部屋を後にした。
◆
キョウヤがこの世界に転移して半年が経った頃、とあるアイデアが浮かんできた。
『【生成】スキルで健康になる薬を作ればみんなが幸せになれるんじゃないか』
その頃、神聖国では体調を崩す人が多くなっていたけれど、原因が分からなかった。そこでキョウヤは自分のスキルを活かして、どんな不調に対しても効果のある薬を作ろうと考えた。
恋人になって数ヶ月のカシアの存在も大きかった。
彼女は元気が自慢の美人だったけれど、その頃は体調を崩すことが多くなって好物のカレーぐらいしか食べることができなくなっていた。
キョウヤは有り余る活力を全て投入し、いわゆる万能薬を作り出すことに成功した。
魔物に対して薬を試し、動物にも使った。そして最後には自分で実験を行なって、問題がないことを確認した。神聖国で最上位の薬師たちにも確認を依頼して、できたものは間違いなく万能な効能を持つ薬だとのお墨付きを得た。
努力が報われたキョウヤはその薬をついにカシアに投与した。薬を飲むなりカシアは以前の元気を取り戻して活発に働くようになった。
キョウヤの万能薬は評判になり、神聖国の上層部の人間にはほぼ全員に薬を渡したし、風に乗せて世界中に散布したこともあった。
しかしすぐに異変が発生した。
カシアは以前からカレーが大好きだったが、万能薬を飲んでからはそれまで以上に大量のカレーを食べるようになった。
それに伴って、キョウヤにより多くの万能薬を求めるようになっていった。
国の調査では万能薬に副作用はないということだったので、キョウヤは求められるがままにカシアに薬を与え続けた。
だがカシアが毎日多くの量を求めるのでキョウヤは異常を感じ、渡す量を抑えるようになった。
するとカシアはすぐにイライラするようになった。集中力を欠き、何をするにも落ち着かない様子を見せた。
キョウヤには万能薬が原因だと思えて仕方なかった。大量の薬物を摂取して、不調になる。時には精神症状が出てくる。
次第に国の人々も、他国の人でさえもカシアと似た症状が出るようになっていた。
街では頻繁に怒号が響くようになっているけれど、みんなそれをよくある事だと片付けてしまっているし、仕事の効率が悪くなって行政が滞っていることもあるのに誰も改善しようとしていない。
教皇や国王も認知力が下がっていて時におかしなことを言っているのだけれど、お互いにそのことが分かっていないようだった。
キョウヤは何日も何日も考えて結論を出した。
『万能薬には依存性がある』
その考えに達した時、カシアはもう正気を失っていた。
◆
王城の奥にある部屋に着くとキョウヤは扉の前でゆっくり息を吐いた。
何度来ても慣れることはない。
中から「うー」と獣のように唸る声が聞こえてくる。
「カシア、入るよ」
答えはないと分かっているので震える手でドアノブを回し、入室する。
そこには端正な顔立ちの女性がいた。
だが彼女は虚空を見つめ、ぽかんとした顔で止まっている。
万能薬の摂取と中断を繰り返すうちにカシアはほとんど意志を見せない状態になってしまった。
カシアを見たキョウヤは爪が食い込むほど手を握りしめた。
手のひらからうっすらと血が滲み、呼吸が浅くなる。
カシアをこんな状態にしたのはキョウヤだ。
恋人を助けたいと思うあまり、気が逸っていた。
浅はかな考えで突き進み、ついには一番大切な人を傷つけることになってしまった。
その上、キョウヤの行いは戦争の原因にもなってしまった。
万能薬散布の中心である神聖国では他国と比べて怒りっぽくなっている人が多く、思考が短絡的になっている。
カレーが戦争の原因になったと言われているが、直接の原因は神聖国の人々の気性が荒くなったことだ。
「ユウト・スメラギは気づいているのだろうか⋯⋯」
ユウトは気の良い人間で、王者の風格とでも言うべき胆力が備わっていた。
こんなことになっていなかったらもっと仲良くなれたかもしれないけれど、キョウヤは警戒を解くことはできなかった。
何より高レベルの【鑑定】スキルを持っていた。平静を装ってはいたけれど、それを知った時は肝が冷えた。
「いま気づかれていなかったとしても時間の問題だろうな⋯⋯」
何年かかるかは分からないが鑑定スキルのレベルはいずれ上がっていくだろうし、神聖国の人々の異変は長く隠せるようなものではない。今回前線に来たことで勘づかれた可能性もある。
「久しぶりに楽しかったんだけどなぁ⋯⋯」
ユウトと故郷について話したことを思い出してキョウヤは遠い目になった。
あんな話ができるのは同じ転移者のユウトしかいないだろう。
できれば戦いたくはないとキョウヤは思っている。
だけど自分が大きな罪を犯したことも分かっている。
「変な期待を持つのはやめよう⋯⋯。俺は道を踏み外したんだ」
いま神聖シオネル王国はキョウヤの万能薬を世界中に輸出している。
いずれはユウトも目にすることになるだろうし、万能薬を飲み続けると人々は狂っていく。やはりバレるのは時間の問題なのだ。
だからこそ今のうちに先手を打って、戦いに備えなければならない。
そうしなければ負けるのはこちらだ。
「俺には大切なものがある。それを守るためであればなんでもする」
キョウヤは相変わらずなにも無い空間を見ているカシアの手を優しく握った。
カシアの切れ長の目が少しだけ緩む。
「うぅー」
カシアの鈴のような声が聞こえてくる。
獣のような状態になってしまってもカシアはカシア、キョウヤの愛した人に違いはない。
罪の意識を飲み込みながらキョウヤは覚悟を決めた。
「ユウト・スメラギを倒す!」
キョウヤはカシアの頭を愛おしそうに撫でたあとで、部屋を出ていった。
もしここにユウトがいて、カシアを鑑定したら以下のような結果が出ただろう。
-----------------------------------------------------
名 前:カシア・エーゼンバッハ
称 号:神聖国宰相の娘、神聖国の至宝
状 態:心神喪失
・カレー依存症(重度 156,993)
スキル:防御魔法(Lv.7)、支援魔法(Lv.6)、叡智(Lv.5)
-----------------------------------------------------
万能薬にはカレー依存症を進行させる効果がある。
キョウヤは真の原因を見誤っていた。
一人はこの国の王、一人は国教であるマッカニー教の教皇、そしてもう一人はキョウヤだ。
「キョウヤ、聖人ユウト・スメラギはどうだった?」
豪奢な装飾の椅子にふんぞり返って座りながら国王は質問した。
「かなりの力の持ち主でした。周りを固める騎士たちの実力も抜きん出ていて、まともに戦ったら分が悪そうです」
「ちっ、やっぱりか⋯⋯」
そう言いながら国王は最近白くなってきた髭を触りはじめた。彼の考える時の癖だ。
「召喚に失敗していなければ今頃神の寵愛も我々の物になっていたであろうに⋯⋯」
国王の隣で教皇が言った。苦虫を噛み潰したような顔は人相の悪さも相まって悪人にしか見えない。
教皇は国王よりも権力を持っているので、さらに豪華な椅子に座っている。
キョウヤは最高権力者二人に囲まれても飄々とした様子を崩さない。
「猊下、だからこそ我々はキョウヤを召喚したのではないですか。完全な術式に完全な触媒、全てを準備したからこそキョウヤがやってきたのです」
「そうじゃなぁ。潜在能力はユウト・スメラギよりもキョウヤの方が上じゃとわしも思っておる。早いところ神のご加護をいただきたいものじゃが⋯⋯」
教皇と国王はキョウヤを見た。キョウヤは貼り付けたような笑みを浮かべている。
「キョウヤ、分かっていると思うがピネン王国に入って工作を開始してくれ。徐々にピネンの力を削り、後の戦いに備えるんだ」
「毒薬をピネンに散布してくるのじゃ。そうすれば気付かぬうちに弱る奴が出てくるじゃろう。その様子を見れば神も我々こそが使徒に相応しいと判断するに違いない」
教皇は「ほっほっほっ」と高らかに笑う。
「分かっています。今は戦後処理で各国がばたついていると思うので混乱に乗じて動きます」
「聖女ソフィアにも一泡ふかせてやるんだな」
ソフィアも教皇と同じマッカニー教だけれど宗派が違う。こちらのトップは教皇だが、あちらのトップは聖女ソフィアだ。
同じ神を信仰しているけれど二人は対立している。
「分かりました。では、すぐにピネンに向かいます。サポートよろしくお願いします」
キョウヤはそう言いながら部屋の出口に向かった。
そして頃合いを見計らいながらスキルを発動させた。
彼のスキルは【生成】、思うがままに有用な物質を作ることができる。
部屋の中にキョウヤが【生成】した物質が広がる。
その物質を吸い込んだ教皇と国王は半目になって「分かった」と言った。
これでまた少し冷静な期間が続くだろうとキョウヤは部屋を後にした。
◆
キョウヤがこの世界に転移して半年が経った頃、とあるアイデアが浮かんできた。
『【生成】スキルで健康になる薬を作ればみんなが幸せになれるんじゃないか』
その頃、神聖国では体調を崩す人が多くなっていたけれど、原因が分からなかった。そこでキョウヤは自分のスキルを活かして、どんな不調に対しても効果のある薬を作ろうと考えた。
恋人になって数ヶ月のカシアの存在も大きかった。
彼女は元気が自慢の美人だったけれど、その頃は体調を崩すことが多くなって好物のカレーぐらいしか食べることができなくなっていた。
キョウヤは有り余る活力を全て投入し、いわゆる万能薬を作り出すことに成功した。
魔物に対して薬を試し、動物にも使った。そして最後には自分で実験を行なって、問題がないことを確認した。神聖国で最上位の薬師たちにも確認を依頼して、できたものは間違いなく万能な効能を持つ薬だとのお墨付きを得た。
努力が報われたキョウヤはその薬をついにカシアに投与した。薬を飲むなりカシアは以前の元気を取り戻して活発に働くようになった。
キョウヤの万能薬は評判になり、神聖国の上層部の人間にはほぼ全員に薬を渡したし、風に乗せて世界中に散布したこともあった。
しかしすぐに異変が発生した。
カシアは以前からカレーが大好きだったが、万能薬を飲んでからはそれまで以上に大量のカレーを食べるようになった。
それに伴って、キョウヤにより多くの万能薬を求めるようになっていった。
国の調査では万能薬に副作用はないということだったので、キョウヤは求められるがままにカシアに薬を与え続けた。
だがカシアが毎日多くの量を求めるのでキョウヤは異常を感じ、渡す量を抑えるようになった。
するとカシアはすぐにイライラするようになった。集中力を欠き、何をするにも落ち着かない様子を見せた。
キョウヤには万能薬が原因だと思えて仕方なかった。大量の薬物を摂取して、不調になる。時には精神症状が出てくる。
次第に国の人々も、他国の人でさえもカシアと似た症状が出るようになっていた。
街では頻繁に怒号が響くようになっているけれど、みんなそれをよくある事だと片付けてしまっているし、仕事の効率が悪くなって行政が滞っていることもあるのに誰も改善しようとしていない。
教皇や国王も認知力が下がっていて時におかしなことを言っているのだけれど、お互いにそのことが分かっていないようだった。
キョウヤは何日も何日も考えて結論を出した。
『万能薬には依存性がある』
その考えに達した時、カシアはもう正気を失っていた。
◆
王城の奥にある部屋に着くとキョウヤは扉の前でゆっくり息を吐いた。
何度来ても慣れることはない。
中から「うー」と獣のように唸る声が聞こえてくる。
「カシア、入るよ」
答えはないと分かっているので震える手でドアノブを回し、入室する。
そこには端正な顔立ちの女性がいた。
だが彼女は虚空を見つめ、ぽかんとした顔で止まっている。
万能薬の摂取と中断を繰り返すうちにカシアはほとんど意志を見せない状態になってしまった。
カシアを見たキョウヤは爪が食い込むほど手を握りしめた。
手のひらからうっすらと血が滲み、呼吸が浅くなる。
カシアをこんな状態にしたのはキョウヤだ。
恋人を助けたいと思うあまり、気が逸っていた。
浅はかな考えで突き進み、ついには一番大切な人を傷つけることになってしまった。
その上、キョウヤの行いは戦争の原因にもなってしまった。
万能薬散布の中心である神聖国では他国と比べて怒りっぽくなっている人が多く、思考が短絡的になっている。
カレーが戦争の原因になったと言われているが、直接の原因は神聖国の人々の気性が荒くなったことだ。
「ユウト・スメラギは気づいているのだろうか⋯⋯」
ユウトは気の良い人間で、王者の風格とでも言うべき胆力が備わっていた。
こんなことになっていなかったらもっと仲良くなれたかもしれないけれど、キョウヤは警戒を解くことはできなかった。
何より高レベルの【鑑定】スキルを持っていた。平静を装ってはいたけれど、それを知った時は肝が冷えた。
「いま気づかれていなかったとしても時間の問題だろうな⋯⋯」
何年かかるかは分からないが鑑定スキルのレベルはいずれ上がっていくだろうし、神聖国の人々の異変は長く隠せるようなものではない。今回前線に来たことで勘づかれた可能性もある。
「久しぶりに楽しかったんだけどなぁ⋯⋯」
ユウトと故郷について話したことを思い出してキョウヤは遠い目になった。
あんな話ができるのは同じ転移者のユウトしかいないだろう。
できれば戦いたくはないとキョウヤは思っている。
だけど自分が大きな罪を犯したことも分かっている。
「変な期待を持つのはやめよう⋯⋯。俺は道を踏み外したんだ」
いま神聖シオネル王国はキョウヤの万能薬を世界中に輸出している。
いずれはユウトも目にすることになるだろうし、万能薬を飲み続けると人々は狂っていく。やはりバレるのは時間の問題なのだ。
だからこそ今のうちに先手を打って、戦いに備えなければならない。
そうしなければ負けるのはこちらだ。
「俺には大切なものがある。それを守るためであればなんでもする」
キョウヤは相変わらずなにも無い空間を見ているカシアの手を優しく握った。
カシアの切れ長の目が少しだけ緩む。
「うぅー」
カシアの鈴のような声が聞こえてくる。
獣のような状態になってしまってもカシアはカシア、キョウヤの愛した人に違いはない。
罪の意識を飲み込みながらキョウヤは覚悟を決めた。
「ユウト・スメラギを倒す!」
キョウヤはカシアの頭を愛おしそうに撫でたあとで、部屋を出ていった。
もしここにユウトがいて、カシアを鑑定したら以下のような結果が出ただろう。
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名 前:カシア・エーゼンバッハ
称 号:神聖国宰相の娘、神聖国の至宝
状 態:心神喪失
・カレー依存症(重度 156,993)
スキル:防御魔法(Lv.7)、支援魔法(Lv.6)、叡智(Lv.5)
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万能薬にはカレー依存症を進行させる効果がある。
キョウヤは真の原因を見誤っていた。
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