上 下
15 / 34

第15話:睦言

しおりを挟む
 動揺していたレネットをなんとか宥めた後、僕は借りている部屋に戻った。
 そしてベッドに入ったまま、起き上がることができないでいた。

 頭の中でずっと同じ考えが巡っている。
 それは『僕のせいだ』と『僕のせいじゃない』だ。

 カレーを作ったのは僕だ。
 その出来事をきっかけとしてカレー依存症が蔓延して戦争に発展し、まわり回ってレネットの父親が死んだ。

 レネットの母親のミラベルさんはその報を聞いて自らを傷つけたけれど僕達がいたことで一命を取りとめた。

 何も知らない立場から見れば僕は善人だろうけれど、全てを知っている僕からすれば壮大な自作自演をしているような気分になってくる。

 罪悪感が胸から込み上げて今にも口から出てきそうだ。

 だけど全てが僕のせいなのだろうかとも思う。
 カレー依存症の発作が出ていても比較的穏やかに過ごしている人はいる訳だし、みんながみんな攻撃的なわけではない。

 そもそも戦争が起きた根本には帝国と神聖国の長年の対立があり、お互いに隙を狙っていたところでカレーの件が発生したと考えることもできる。

 カレーが引き金になったことが確かだとしても、戦争の責任が僕にあるというのは思い込みが過ぎると思う。

 だとしたら何処までが僕のせいなのだろうか。
 それが分からない。

 さっきから何度も同じ所に戻ってくる。同じところをぐるぐる回っているだけで考えは一向に進まない。

 起き上がれもしないけど目は冴えている。
 だから何度も寝返りを打ってゴロゴロしている。

「はぁ⋯⋯」

 ため息が止まらない。
 部屋に光が入ってこないのでもう夜なのだろうけれど何時かは分からない。

 ペトロニーアが何度か様子を見に来てくれているけれど、一人にして欲しかったのでおざなりな返事をしていまの状態を保っている。



 それからしばらく堂々巡りを繰り返していると部屋の扉がガチャっと開いた。
 またペトロニーアが来たのだろう。

 たまたま僕は扉とは反対側を向いていたので、申し訳ないけれど寝たフリをしてやり過ごすことにした。

 しばらく黙っているとバタンと音がして扉が閉まった。

 僕が動かないので戻っていったのだろうと思ったけれど、ひたひたと歩く音がしてこちらに近づいてくる。

 何やら『パサッ、パサッ』と音がして気になったけれど、話したい気分じゃなかったので僕は反対側を向いたまま息を潜めた。

 足音の主はベッドまでやってきて、突然布団の中に入ってきた。

「えっ」

 思わず声を上げてしまった。
 腕が僕の首に回され、ギュッと抱きしめられる。

「ユウト、もう大丈夫だから。私が来たよ」

 耳元から甘い声が聞こえてくる。
 この声はペトロニーアのものではない。

「⋯⋯ソフィア?」

「そうだよ。あなたのソフィアだよ」

「なんでここに⋯⋯?」

「ユウトが戦いに出るっていうから心配で来ちゃったの」

 ソフィアには特に何も言わずに来たけれど、情報を知っていても不思議ではない。

「ユウトが声をかけてくれたら私も準備をしたのになぁ」

 ソフィアは悩ましげな声をあげている。なんだか艶っぽい。

「ごめん。でも教会まで巻き込む訳にはいかなかったから」

「その気持ちは分かっていたけれど、寂しかったなぁ⋯⋯」

 さっきからソフィアは耳元で声を出しているのでくすぐったい。

「ソフィア、来てくれたのは嬉しいんだけれど、今は話をする気分じゃないんだ。後でにしてくれると――」

「ユウトは悪くないよ」

「えっ?」

「ユウトは悪くない。カレーを作ったのも広めたのもユウトかもしれないけれど、あなたは自分の仕事をしただけなんだから」

 ソフィアはまるで僕の心を見透かしたかのように断言した。
 だけど、それは違う。

「⋯⋯悪いのは僕なんだよ。僕が無邪気にカレーを作ったばっかりに不幸な人が出てしまっている。僕はみんなに喜んで欲しかっただけなのに、カレーにあんな効果があるなんて思わなかったんだ」

 僕は懺悔するように言った。
 ソフィアに依存症の話は伝わらないと分かっているけれど、言わずにはいられなかった。

「ユウトは苦しんでいたのね」

 そう。僕は苦しんでいた。
 人を喜ばせるためにしたことが裏目に出てしまったこと。
 しでかしたことを相談したくても誰にも話が伝わらないこと。
 悪者になるではなく、むしろ聖人として崇められてしまっていること。
 どれもが僕を苦しめる要因となっていた。

「僕は苦しかったんだ」

 枕に涙が染みていくのが分かった。
 喉が震え、うまく話すことができなくなってしまう。

「大丈夫だから」

 ソフィアが僕を強く抱きしめる。

「罪を償いたくても誰も分かってくれないんだ。僕が悪いと誰も言ってくれないんだ。むしろ評判は上がるばっかりで虚像が大きくなっていく。それを知るたびに本当の僕の矮小さを痛感して、惨めな気持ちになるんだ」

「そうだったのね⋯⋯」

「そうさ。こんなことになるのなら僕はこの世界に来なければ良かったんだ。調子に乗って世界をかき回すくらいだったら僕は存在しない方が良かった⋯⋯」

 言葉に出すと涙が止まらなくなった。
 喉を掻きむしりたいくらいに苦しい。

「ユウト、そんなこと言わないで」

 ソフィアは落ち着いた声で話を続ける。

「ユウトが自分のことをそんな風に思っているなんて知らなかった。私はずっと気づくことが出来なかった。だけど私はユウトと出会えて嬉しかったよ? こうしてユウトの隣で時間を過ごせていることを幸せに感じるの。ユウトが誰にも思い付かない行動をして結果を出すたびに胸がどうしようもなく高まるの。だからそんな風に言わないで欲しいな⋯⋯」

 ソフィアの優しい声が頭の中に響いて僕は何も言うことができなかった。
 ただ涙が流れ続けるだけで、それ以上どうすることもできなかった。





 しばらく過ごすと涙も落ち着き、気持ちもおさまってきた。
 僕の様子を察したのかソフィアは抱きしめていた力を弱め、話し出した。

「ねぇ、ユウト。聖女は神に身を捧げなければならないって知っている?」

「⋯⋯知ってるよ」

 突然なんの話が始まるのか分からなかったけれど僕は答えた。

「だから純潔を守らなければならないんだけど、例外があるの」

「例外?」

「そうだよ⋯⋯。ユウト、こっちを向いて」

 ずっと後ろからソフィアに抱きつかれていた状態だったけれど、そこではじめて僕は彼女と向き合った。

 ソフィアは服を着ていなかった。

「聖女はね、神の御使いとだったら身体を重ねることを許されるの。聖女の身体を見た責任⋯⋯とってくれるよね?」

 僕は何が何だか分からない状態になっていた。
 責任をとってほしいと言われても頭がうまく回らない。

「えっ、えっと⋯⋯」

 しどろもどろになっているとソフィアは僕の服に手をかけて脱がせ始めた。

「ちょ、ちょっと待って」

 そう言うけれどソフィアは止まらない。
 しまいにはズボンを脱がし、僕を全裸にした。

 そしてすべすべの肌を密着させながら言った。

「ユウト、あなたを心から愛しているわ」

 その言葉がスイッチとなってその気になり、僕はソフィアと結ばれた。





 次の日、僕は罪悪感でいっぱいになりながら目を覚ました。

 あれだけエレノア一筋だと心に決めたのにソフィアと関係を持ってしまった。
 エレノアにはなんと説明したものだろうか⋯⋯。

 ソフィアは僕を腕に抱きながら幸せそうに眠っている。
 その顔を見ると心が満たされるのを感じる。
 昨日はあんなに落ち込んでいたのにすぐに立ち直るなんて僕は単純だ。

「どうしよっかなぁ⋯⋯」

 声に出すと部屋の中から返事が返ってきた。

「二人が結ばれて私も嬉しいわ」

「そうかな?」

「えぇ、心から祝福しているわ。だってユウトがまた大きくなったんだもの」

「大きく?」

「王女である私と聖女であるソフィア、その二人をユウトが娶れば誰も文句を言えなくなるわ」

 王女である私?
 って僕は誰と話しているんだ?

 身体を起こして部屋を見渡すとエレノアが椅子に座って本を読んでいる。

「やっと気づいてくれたのね、ユウト」

「エレノア⋯⋯!」

「昨日は大変だったって聞いたけれどソフィアと楽しめたみたいで良かった。本当なら私がユウトを慰めたかったんだけどわがままは言わないわ」

 エレノアは楽しげな表情だ。

「い、いつからそこに?」

「さっきよ。今朝この村に到着して昨日の話を聞き終わった後、ユウトが起きるのを待っていたの」

「そ、そうなんだ」

「まるで浮気がバレたみたいに焦らなくて良いわ。元々そのつもりだったし、いずれこうなると思っていたから気にしないで。それよりも相談したいことがあるの」

 うまく状況を整理できる気がしなかったけれど、エレノアが真剣な表情になったので僕は話を聞くことにした。

 だけどベッドから出ると自分が全裸であることに気がついたので服を着るまで待ってもらうことになった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~

喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。 おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。 ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。 落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。 機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。 覚悟を決めてボスに挑む無二。 通販能力でからくも勝利する。 そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。 アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。 霧のモンスターには掃除機が大活躍。 異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。 カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜 

八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。 第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。 大和型三隻は沈没した……、と思われた。 だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。 大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。 祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。 ※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています! 面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※ ※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※

アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~

明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!! 『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。  無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。  破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。 「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」 【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

処理中です...