上 下
13 / 34

第13話:事実

しおりを挟む
 それから僕たちは順調にフェランドレン帝国を進んでいき、ルイナ村という前線に近い場所に到着した。
 フェランドレン帝国と神聖シオネル王国の国境はもう目と鼻の先だ。

 ここまでの道のりは拍子抜けするほど楽だった。
 入国する時も僕らがピネン王国の使節団だと伝えると兵士たちは態度を大きく変えたし、ピネン王国騎士団の印章をルシアンヌが見せれば街への入場を拒むものはいなかった。

 僕はあまり目立たないようにしていたけれど、気づいて声をかけてくる人も中にはいた。大抵は貴族階級の人たちで、お金をちらつかせて秘密裏にカレースパイスを買おうとする者ばかりだった。

 そういう人たちの名前を控えておいたので、後で彼らの売買を制限しようと考えている。興味を引かれる何かを提示してくれるのなら良かったけれど、僕の性質も知らないでお金や女性を取引材料にしてくる商人は好きではない。



 いま僕たちがいるルイナ村は辺境に位置しているので、上流階級の人間や大店の商人がやってくることもない。

 村には百人以上の人がいるけれど、僕の顔を見たことのある人間もおらず静かに過ごすことができている。

 いまエレノアは帝国の都でこの戦争に関する調査を行なっている。
 僕たちは多少の不利益があっても戦争に介入するつもりだけれど、情勢を見間違えると危険だ。
 そこでエレノアは皇帝をはじめとする帝国の人たちとの外交をして情報収集し、一週間後に僕たちと合流する予定だ。

 エレノアが追いついてきたら僕たちはついに最前線に踊り出ることとなるけれど、それまではやることもないので僕たちはこの村でゆっくり過ごすことにした。

「ねぇねぇ、お兄ちゃんは何をしてる人?」

 僕が村をほっつき歩いていると小さな女の子が話しかけてきた。
 歳は七つか八つくらいだろうか。金に近い髪の色をしている。

「僕は旅人だよ。ここで人を待っているんだ」

「ふーん。その人ってお兄ちゃんの恋人?」

「そうだけど、どうして分かったの?」

「⋯⋯なんとなく。ママがパパの帰りを待っている時と同じだから」

 女の子は寂しそうな顔をしている。
 僕は放って置けない気持ちになって彼女と話を続けることにした。

「僕はユウトって言うんだけど君はなんていう名前なの?」

「⋯⋯レネット」

「良い名前だね。パパはお仕事なの?」

「そうだよ。遠いところにお仕事に行っちゃったの。パパが元気で帰ってきますようにって毎日ママとお祈りしてるんだ」

「そっかぁ。パパが無事に帰って来れると良いね」

「うん! それじゃあ、またね!」

 レネットはまた何処かへ行ってしまった。

「元気になるとよいけれど⋯⋯」

 この世界での旅は元の世界ほど優しくない。魔物や盗賊はいるし、天候だって脅威になりうる。

 レネットの父親が何処に行ったのかは知らないけれど母親が心配するのも当然だろう。



 それから僕は毎日レネットを見かけた。
 そのたびに彼女が切そうな顔をしているので少しずつ話すようになっていった。

「それじゃあ、レネットのパパは結構強いんだね」

「そうだよ! ユウトよりも身体はおっきいし、お馬さんに乗るのも得意なんだよ!」

「そっかそっか。それなら安心だね」

「うん。でもママは不安なんだって⋯⋯。ユウトはパパよりも大きいお兄さんたちに囲まれているけど、何をしているの?」

 そう聞かれて僕は困惑した。
 戦争を止めに来たとレネットに言うわけには行かないし、それ以外にどう表現したら良いか分からない。
 だけど話し始めてみると言葉は自然に出てきた。

「僕もレネットのパパと一緒だよ。仕事をしにここまで来たんだ。今は人を待っているけれど、その後で大きな仕事があるんだ」

 僕は戦争を止めに来ただけではなくて、もしかしたらカレーによって引き起こされた事態をこの目で見たくてここに来たのかもしれないという考えが頭に浮かんできた。

「そっかぁ。ユウトもお仕事で遠いところまで来たんだね。パパもこうして誰かと楽しく話しているかな?」

「うん。きっとそうだと思うよ」

 レネットと話していると遠くから「レネちゃーん」という声が聞こえてきた。

「あ、ママだ。ママー!」

 レネットの呼び声に従って、金髪の薄幸そうな女性が近づいてきた。

「レネちゃん。こんなところで遊んでいたのね」

「うん。ユウトと話をしてたの」

「あら、この方がユウトさんなのね」

 レネットのお母さんは僕の方に向き合って挨拶してくれた。

「うちの子がいつもお世話になっています。レネットの母です。最近この子がよくユウトさんの話をしているんですよ」

「ユウトと申します。こちらこそいつもレネットちゃんに相手してもらって助かってますよ」

「あたしがユウトのお世話してるのー」

「こらこら、呼び捨てじゃなくてお兄ちゃんを付けなさいっていつも言っているでしょう? すいません。言っても聞かなくて」

「いえいえ。友達みたいなものなんで大丈夫ですよ」

 そう言うとレネットのお母さんは苦笑いを浮かべた。
 同じ立場だったら僕も同じ表情になると思うけれど、言わずにいられなかった。



 三人でひとしきり話した後、レネットが声を上げた。

「お腹すいたー」

「もうご飯の準備はできているわよ。そろそろ帰りましょっか」

「うん。今日のご飯はなにー?」

「今日はお肉よ」

「わーい。あたしお肉のカレー大好き!」

 元の世界であれば微笑ましい会話が繰り広げられているけれど、この世界ではそうではない。

 僕はこの村に来てから避けていた行動に出ることにした。
 これ以上目を逸らすことはできないだろうから。

 手を振りながら去っていくレネットに対して僕は【鑑定】スキルを使用した。

-----------------------------------------------------
名 前:レネット
称 号:村娘
状 態:良好
 ・カレー依存症(中度 855)
スキル:生活魔法(Lv.1)、掃除(Lv.1)
-----------------------------------------------------

 その結果を見て、胃腸の底から生暖かいものが込み上げてくるのを僕は感じた。





 それから僕はルイナ村の人々を鑑定してまわった。
 ルイナ村は帝国内でも神聖国に近い場所にあるけれど、主要な街道と直接繋がっておらず辺鄙へんぴな場所にある。

 それにも関わらず鑑定した人々は全てカレー依存症にかかっていた。

「もう手遅れなのかもしれないな⋯⋯」

 老人や子供に至るまで全ての人がカレー依存症だ。
 カレーを食べることのできない赤ん坊でさえも依存症だという結果が出た時にはつい目を覆ってしまった。

 鑑定した人が全て依存症になっているのは教会が原因だろう。
 この世界にもいくつもの宗教があるのだけれど、どの宗教でもカレーを神の食事だと言っていて、食べない者は人間ではないような扱いを受けるらしい。

 ソフィアに働きかけてその思想を抑えてもらっているけれど、根付いた考えを払拭するのは難しそうに思う。

 カレー依存症が広がるのが早すぎる。
 摂取をやめると精神症状が発生するし、治った人を見たことがない。
 カレーに対する信仰が日に日に増しているようで、カレーの害を訴えても認めてくれることはない。

 街ではイライラする人が増えていて自分達がおかしくなっていることに気づくこともできない。
 常識も揺らぎ始めているのかもしれない。

 事実を整理しながら僕は眠れない夜を過ごした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ボッチはハズレスキル『状態異常倍加』の使い手

Outlook!
ファンタジー
経緯は朝活動始まる一分前、それは突然起こった。床が突如、眩い光が輝き始め、輝きが膨大になった瞬間、俺を含めて30人のクラスメイト達がどこか知らない所に寝かされていた。 俺達はその後、いかにも王様っぽいひとに出会い、「七つの剣を探してほしい」と言われた。皆最初は否定してたが、俺はこの世界に残りたいがために今まで閉じていた口を開いた。 そしてステータスを確認するときに、俺は驚愕する他なかった。 理由は簡単、皆の授かった固有スキルには強スキルがあるのに対して、俺が授かったのはバットスキルにも程がある、状態異常倍加だったからだ。 ※不定期更新です。ゆっくりと投稿していこうと思いますので、どうかよろしくお願いします。 カクヨム、小説家になろう、エブリスタにも投稿しています。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

地獄の手違いで殺されてしまったが、閻魔大王が愛猫と一緒にネット環境付きで異世界転生させてくれました。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作、面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 高橋翔は地獄の官吏のミスで寿命でもないのに殺されてしまった。だが流石に地獄の十王達だった。配下の失敗にいち早く気付き、本来なら地獄の泰広王(不動明王)だけが初七日に審理する場に、十王全員が勢揃いして善後策を協議する事になった。だが、流石の十王達でも、配下の失敗に気がつくのに六日掛かっていた、高橋翔の身体は既に焼かれて灰となっていた。高橋翔は閻魔大王たちを相手に交渉した。現世で残されていた寿命を異世界で全うさせてくれる事。どのような異世界であろうと、異世界間ネットスーパーを利用して元の生活水準を保証してくれる事。死ぬまでに得ていた貯金と家屋敷、死亡保険金を保証して異世界で使えるようにする事。更には異世界に行く前に地獄で鍛錬させてもらう事まで要求し、権利を勝ち取った。そのお陰で異世界では楽々に生きる事ができた。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

処理中です...