上 下
9 / 34

第9話:戦争

しおりを挟む
 夜が更けてからソフィアに声をかけて僕は教会を出た。
 目を覚ましたソフィアは落ち着いた様子で僕が帰ることを了承してくれた。

 教会を出た僕はそして街をまわって人々のことを【鑑定】で調べた。
 その結果、以下のことが分かった。

『カレー依存症:調べたほとんどの人が中程度の症状
 発作:およそ四割の人が発作を経験』

 カレー依存症は進行していて、ほとんど全ての人が中度だった。
 軽度の人は商人や旅人だったのでまだカレーを食べる回数が多くないのかもしれない。

 多くの人が強いストレスを感じていて、それが限界に達すると溜まっていたものを爆発させてしまうようだった。
 症状は人それぞれのようだけれど、この感情の高まりがカレー依存症の発作状態ということで間違いはなさそうだ。

 また、最近街で喧嘩が増えているということも分かった。
 噂を辿って当事者に会うとみんなが発作を経験しており、ちょっとしたことをきっかけに感情を制御できなくなってしまい、喧嘩に発展しているのだろうと推測できる。

 人々のストレスが急速に高まったのはカレーの中毒成分を突然摂取できなくなったからだろう。
 極めて迅速に全てのカレースパイスから成分を除去したので、混乱を招いてしまったと考えるのがやはり良さそうだ。

 いまや世界の流通はつながっているので、中毒成分を除去したカレーへの置き換えもすぐに可能だった。そのためこの現象は世界中で起きていると思った方が良いだろう。

 調査を続けながら僕はまた灼熱に焼かれているかのような痛みをみぞおちに感じた。
 そのまま転げ回って全てを忘れたい気分に駆られるけれど、それでは解決しない事はよく分かっている。

 王城に帰ってから僕はこの事態の対処法を考え続けた。
 カレー依存症の根本的な治療法があれば良いのだが精神症状への有効な対処法は一向に見つからない。

 当初僕はカレー依存症をアルコールやタバコの依存症と似たようなものだと考えていた。

 元の世界で誰も気づかないうちに世界中のお酒がノンアルコールドリンクになってしまったと考えるとそれはそれで恐ろしいと思うけれど、カレー依存症にはもっと奇妙なところがある。

 いつのまにかみんながカレーを信望するようになっているし、みんなカレーの欠点を絶対に認めない。
 自分が依存症だと自覚することができないのだ。

 このままでは世界はカレーのせいでおかしくなってしまう。
 放置することはできない。

 途方に暮れながら僕は現実的な手段を立てようと毎日調査を行い、情報をまとめていった。

 そんなとき、予期せぬ情報が舞い込んできた。





「⋯⋯戦争?」

「えぇ、フェランドレン帝国と神聖シオネル王国が開戦しそうだという情報が入ったわ」

 エレノアが緊急の話があると言ったので聞いてみれば、それは戦争の情報だった。

 僕がいるピネン王国の隣にフェランドレン帝国があり、さらにその隣に神聖シオネル王国が存在する。
 二国間の仲は良好とは言えなかったが即座に戦争に踏み切るほど悪いわけではなかったはずだ。

「どうして急に仲が悪化したんだ? あまりに早すぎないか?」

「⋯⋯カレーが原因よ」

「へ?」

「先月、神聖国でもカレーを神の食事と見なすという宣言があったのは知ってると思うけど、我が国との仲も良いとは言えないから供給量は多くなかったでしょ?」

 そんな宣言のことは知らなかったけれど、カレーが原因というあり得ない発言が気になったので僕はとりあえず頷いた。

「両国の会談の時にそのことを帝国の使者が揶揄やゆしたようなのよ。神の国なのにカレーが少ないとは何事かってね。その話を聞いた神聖国の王様が激昂したみたいで、開戦を決断したと聞いたわ」

「⋯⋯嘘でしょ?」

「嘘ではないわ。帝国はカレーの供給量が多いから自慢したい気持ちは分かるけれど、かなり配慮に欠けた発言をしてしまったことは間違いないわね。いま神聖国が国を上げて開発している薬の供給も止められたそうよ」

 僕は目眩を感じた。カレーのせいで戦が起きようとしているようだ。そしてそのことを我が国の王女様は当然の成り行きのように話している。

 僕は疑問に思ってエレノアに聞いた。

「エレノアは神聖国が短慮だと思うのではなく、帝国が短慮だという認識なんだよね?」

「えぇ、そうね。国際的な認識もそうなるでしょう。おそらくいま帝国内では外交官の処罰が検討されていると思うわ。神聖国がここまで早く開戦に踏み切るのは意外だったけれど、それだけ同調する人が多かったのね」

 エレノアはにっこり笑っているけれど、そんなに嬉しそうに言わないで欲しい。
 急速に常識が塗り替えられているように思うけれどその自覚がなさそうで怖い。

「僕が神聖国に売るカレーの量を増やすと言っても意味はないんだよね?」

「そうね。それを始めてしまったらキリがないからね。あと、もう一つ気になる情報があるの」

「⋯⋯どんなこと?」

「いま詳しく調べているところなんだけれど、どうも帝国では初期に得られたカレースパイスを神聖視する派閥があるようなの。その派閥では最初期から取引をしていた国を『神に選ばれし国』と言っていると聞いたわ」

「⋯⋯」

「後から流通するようになったカレースパイスは模倣品で、聖人ユウトが作ったオリジナルは『神に選ばれし国』にしか配られていないということを主張しているようね」

 また変なことを言い出している集団がいると思って聞いていたけれど、彼らの話に正しい部分があると気がついた。

 もしカレーの中毒成分の存在に気づける人がいるならそういう主張をしてもおかしくない。だって以前のカレーは実際に精神作用があったけれど今はその効果がないのだから。

「エレノア、その話を早急に調べて教えてくれないか? 僕の方でも調査してみるよ」

「えぇ、情報を掴んだらすぐにユウトに共有するわね。⋯⋯神の食事を侮辱するなんて許せないのは私も同じだから」

 そういうわけではないのだがエレノアが怖いので僕は話を変えることにした。

「それで、この国はどういう対応を取る予定なの?」

「傍観が基本ね。私たちがどちらかについたら他の国も追従するだろうから身動きが取れないのよ」

「それって実質的にこの国の判断が戦争の行方を決めるっていうことじゃない⋯⋯?」

「そう言っているのよ。いまカレースパイスの流通を止められた国は『神に見離された国』になってしまうから、表向きだけでも私たちに協力しなければならないような情勢よ」

 それってこの国が世界の覇権を取っているということじゃないか?
 そう思ったけれど僕は聞くのをためらった。

「エレノアの見立てでは戦いはいつになりそう?」

「国境付近で小規模な戦いがすでに始まっているみたいだけど、大きな戦いは早くて一ヶ月かしらね。遅くても三ヶ月以内には両国の戦いは激化するでしょうね」

「それは避けられないんだよね?」

「そうね。手がないわけではないけれど、大人しくしているのが良いと思うわ⋯⋯」

 そう言うとエレノアは目を瞑って考え事を始めた。
 こういう状態になるとエレノアは思索に集中し始めるので、僕は部屋を出ることにした。
 
 邪魔をしてはいけないと思ったけれど、僕はふと思ったことをつい口に出してしまった。

「ねぇ、もし今回みたいに他の国からカレーのことを侮辱されたらどうする——」

「潰すわ」

 エレノアは珍しく僕の言葉を遮った。
 おそるおそる彼女の顔を見ると目の瞳孔が完全に開いていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~

喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。 おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。 ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。 落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。 機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。 覚悟を決めてボスに挑む無二。 通販能力でからくも勝利する。 そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。 アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。 霧のモンスターには掃除機が大活躍。 異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。 カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。

大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった! でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、 他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう! 主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!? はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!? いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。 色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。 *** 作品について *** この作品は、真面目なチート物ではありません。 コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております 重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、 この作品をスルーして下さい。 *カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜 

八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。 第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。 大和型三隻は沈没した……、と思われた。 だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。 大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。 祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。 ※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています! 面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※ ※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※

処理中です...