上 下
6 / 34

第6話:訓練

しおりを挟む
 エレノアの話を聞いて、僕は自分がこの国の王になる可能性があることを知った。

 正直僕は王になる器ではないと思う。思いつきで行動するところがあるし、政治のことなんて何にも分かっていない。
 王国一の才女と謳われたエレノアが助けてくれればなんとかなるものなのだろうか⋯⋯。

 考えを巡らせながら、僕は薬研やげんでスパイスを挽くことにした。
 ホールスパイスを丁寧に挽いて均一な粉状にしていくと何故か心が落ち着くのだ。もちろん使うのは有害成分を除いたやつだ。

 僕はアイテムボックスから薬研を取り出し、いつもの配分でスパイスを入れた。そしてゆっくりとスパイスを挽いていく。

 あまりのことに衝撃を受けたけれど、そもそもはエレノアがソフィア達に僕と関係を持つことを許可したのが問題だったはずだ。

 自分が王になることに比べたら小さいことのように思ってしまったけれど、そんな訳はない。自分のこれからの生き方を決める大事なことだ。

 複数の人と関係を持つのは浮気だという観念は僕の中に強く根付いている。
 エレノアが許したからといってその気持ちが簡単に消えることはなさそうだ。それは僕が万が一王になったとしても変わらないだろう。

 挽いているスパイスから良い香りがしてきた。このフレッシュで真っ直ぐな香りは薬研を使っている時にしか味わえない。

 さっぱりした気持ちで僕は考えを整理した。

 エレノアは僕を支えるのに自分だけは足りないと不安がっていた。それは僕の未熟さを彼女が補おうとしてくれているから起きる気持ちのような気がする。

 だから僕がすべきなのは複数の女性に支えてもらうことではなくて、自分の足でしっかり立つことだ。

「その様子が伝わればエレノアも安心するはずだよ」

 僕は王になる件を棚上げして、一途にエレノアを想うことを決心した。





 挽き立てのスパイスで作ったカレーを一人で楽しんだあと、僕は訓練場に行くことにした。エレノアやソフィア、そしてペトロニーアと会うのが何だか気まずいような気がしてしまったからだ。

 騎士団の訓練場に近づいて行くと何やら騒がしくなっていることに気がついた。

 声を聞くに喧嘩が起きているようだ。
 血の気の多い連中だから諍いが起きることはあるけれど、これだけの騒ぎになるのは珍しい。

 何故なら騎士団には彼女がいるからだ。

「何をしている!」

 そう思っていると迫力いっぱいの声が聞こえてきた。大声というわけではなかったけれど、声の通りが良いので内容がはっきり聞こえてくる。

「何やら騒がしいと思って来てみれば、喧嘩か? えある王国騎士団の団員が訓練中に何をしている」

 彼女はルシアンヌ・ド・リシャール。この国の騎士団長だ。

 喧嘩をしていた十数人の団員達は顔を真っ青にしている。あれだけ騒いだらルシアンヌなら気づくに決まっているのに分からなかったのだろうか。

 ルシアンヌは『ゴゴゴゴ』とでも音がしそうな様子で団員達を見つめていて、遠く離れた僕にもプレッシャーが伝わってくる。

 僕はスッと気配を消し、アイテムボックスから剣を取り出した。そして音を殺しながら走って訓練場に近づいていく。

「何者だ!」

 不穏な気配に気づいたルシアンヌは僕の方を向くと同時にナイフを投げて来た。
 なかなかの速度だけれど、防御は容易い。
 僕は魔法を発動して風の鎧を身にまとい、ナイフを弾き飛ばした。
 するとその様子を見ていたルシアンヌはいつのまにか抜いていた剣を鞘に納め始めた。

「なんだユウトか」

 切れ長の目が先ほどよりは穏やかになっている。口角も上がっているかもしれない。

「やぁ。久しぶりだね、ルシアンヌ。今日はご機嫌ナナメなの?」

「そんなことはない。団員達の不始末を注意しにきただけだが⋯⋯もしかしてユウトも見ていたのか?」

「まぁそうだね。珍しく賑やかだったからなんの催しかなとは思ったよ」

「それであんな真似をしたのか。みっともないところを見せてしまい申し訳ない」

 ルシアンヌは綺麗な所作で頭を下げた。
 彼女は背が高くすらっとしているので、謝っているところすらも絵になってしまう。

「僕は身内みたいな者だから気にしないでよ」

「そうはいかないさ」

 ルシアンヌは苦笑いを浮かべながら周りの団員を見た。
 彼らは僕が接近してきたことに気が付かなかっただろうから、今頃肝を冷やしているに違いない。

 そんな団員たちの様子を見てルシアンヌは言った。

「喧嘩をするなとは言わない。共に国に命を捧げた仲間同士であっても好き嫌いとはままならないものだからな。だが時と場所を選べ。君たちはこの国の代表でもある。訓練中に喧嘩の声を周囲に広げ、刺客に襲われたとなれば騎士団の評判は地に落ちるだろう」

 団員達は反射的に胸に拳をつけ、聞く姿勢になっていた。
 ルシアンヌは諭すでも怒るでもないような口調で淡々と続けた。

「有事の際にはユウトよりも隠密に長けた者が襲撃に来てもおかしくはないだろう。それがどういうことか君たちには考えていてほしい」

 そのあと団員達はルシアンヌの号令を聞いて訓練に戻った。
 彼らの中には中堅の騎士達もいたので、僕は意外に思った。

「てっきり新人達がいさかいをしているのかと思ったけれど、割りとベテランもいたね」

「あぁ⋯⋯そうなんだ。最近小さな小競り合いが絶えなくてな⋯⋯」

 ルシアンヌも苦労しているようだった。
 話を聞いてあげたいところだけど、騎士団のことをあんまり詮索すると面倒ごとに巻き込まれることが多いので僕は思いっきり話を逸らすことにした。

「今日は久しぶりに剣を振ろうと思うから奥の訓練場を借りても良いかな?」

 僕がそう言うとルシアンナはニッコリと笑って剣を抜いた。
 今にも斬りかかってきそうな気配がしたので僕も思わず剣を握って構えた。

「⋯⋯やはり良い反応だな。最近は私が全力を出せる相手がいなくて困っていたんだ。運動不足だったら相手になるがどうだろう?」

「それって僕が断ったらどうなるの?」

 ルシアンナは特別な刻印が入った長剣に破裂しそうなほどの魔力を込めて笑っている。戦いたくて仕方がないという顔だ。
 いつ攻撃されても良いように僕も剣に魔力を込めて防御の態勢を取った。

「素直に剣をしまって泣きながら執務に戻るさ」

「君はそういうタイプじゃないだろう。それにそんな状態になった剣を鞘に入れたら爆発するよ?」

「ユウトが断るなら爆発させたっていいさ」

「⋯⋯ぷっ。まるで脅迫じゃないか」

「⋯⋯ふふ。たまには脅迫もよいだろ?」

 吹き出しながら目を合わせた瞬間、ルシアンヌが斬りかかってきた。
 剣を炎が覆っている。

「いつみても流麗だな」

 僕は大きく一歩下がってルシアンヌの剣を避けた。そして次撃に備えて身体の周りにバリアを張る。

 僕が防御にまわったのを見てルシアンヌはさらに剣に魔力を込め、今度は氷の剣を放ってきた。
 バリアで防御できそうに見えるけれど、ルシアンヌは安易な攻撃はしてこない。用心しておいた方が良いだろう。

 僕は一歩下がりながら無属性の魔力を固め、ルシアンヌの剣に当てた。
 すると魔力はみるみるうちに凍り、すぐにパリンと音を立てて割れてしまった。

「新技だ。なかなかだろう?」

「避けて正解だったよ」

 ルシアンヌの楽しそうな声が聞こえる。
 バリアで受けていたら同じように割れてしまったのだろう。
 やっぱり油断ならないな。

 ルシアンヌは今度は風の魔法を発動し、身の周りの空気を激しく循環させ始めた。
 これは『風の舞』というルシアンヌの有名な技だ。
 対処の難しい厄介な技なので僕は大きく距離を取らざるを得なかった。

「ここだ!」

 攻め続けるルシアンヌは離れていく僕に向かって剣を振り下ろした。
 かなり距離が空いているので剣身が触れることはないけれど、代わりに剣から光る刃が飛び出してきた。

「まずい!」

 僕は声を張り上げて咄嗟に魔法を発動した。
 胸の辺りから真っ黒な霧が噴出して、ルシアンヌが放った光刃を飲み込む。

「⋯⋯久しぶりに闇魔法を使ったよ。今のは危なかったなぁ」

「⋯⋯簡単に受けておいてよく言うものだ。今のは渾身の一撃だったのだがな」

 ルシアンヌは戦闘狂の顔をしている。
 技を受けられて嬉しそうなのだから手に負えない。

「今日は剣の練習をしにきたんだけどなぁ。君と戦うといつも魔法ばっかりだよ」

「いいじゃないか。私と対等に戦える魔法使いなんて数えるほどしかいないからな」

 ルシアンヌと話しながら僕は足から闇魔法の霧をゆっくりと広げていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

地獄の手違いで殺されてしまったが、閻魔大王が愛猫と一緒にネット環境付きで異世界転生させてくれました。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作、面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 高橋翔は地獄の官吏のミスで寿命でもないのに殺されてしまった。だが流石に地獄の十王達だった。配下の失敗にいち早く気付き、本来なら地獄の泰広王(不動明王)だけが初七日に審理する場に、十王全員が勢揃いして善後策を協議する事になった。だが、流石の十王達でも、配下の失敗に気がつくのに六日掛かっていた、高橋翔の身体は既に焼かれて灰となっていた。高橋翔は閻魔大王たちを相手に交渉した。現世で残されていた寿命を異世界で全うさせてくれる事。どのような異世界であろうと、異世界間ネットスーパーを利用して元の生活水準を保証してくれる事。死ぬまでに得ていた貯金と家屋敷、死亡保険金を保証して異世界で使えるようにする事。更には異世界に行く前に地獄で鍛錬させてもらう事まで要求し、権利を勝ち取った。そのお陰で異世界では楽々に生きる事ができた。

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

処理中です...