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第4話:対策とバターチキンカレー
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カレーに依存性があると気がついてから半年が経った。
まず僕は商会に働きかけて、スパイスの生産量を少しずつ絞り、価格も上げることにした。
その結果、今では生産量は四分の三ほどになり、価格は三割上がっている。これでカレーの広がりは鈍化するはずだ。
次に僕は魔法団長であるペトロニーアと共に回復効果のある結界を発生させる魔道具を発明した。これが世界中の教会に配備されることになるので、カレー依存症によって不調になる人は減っていくだろう。
この行為によって僕は『聖人』だと称賛されることになってしまった。ただ自分の犯したことの償いをしているだけなのだけれど、虚像がどんどんと膨らみ、実際の僕との乖離が広がって来ている。
お陰で最近は胃がチクチクと痛み出すことが多くなって来た。食欲がない日もあるのだけれど、皮肉なことに水気が多めのカレーであれば食べることができる。
自分も立派なカレー依存症なのではないかと自嘲的な笑いが込み上げてくることもあった。
良心の呵責に耐えかねて、多くの人に『カレーには依存症がある。世界中の人が中毒になっている』と訴えて来たのだけれど、おかしなことに全ての人が笑って僕の言葉を否定した。
他の事柄であれば僕の言うことを必要以上に肯定してくるエレノア達でさえ、カレーに悪い部分があることを認めない。
そんな日が続いていくうちに僕は眠れなくなり、夜が怖くなってしまった。朝方まで仕事をするか、誰かと一緒でないと僕は眠れなくなった。
だけどそんな生活も今日までだろう。
僕はスパイスの中毒性のある成分だけを壊すことについに成功したのだ。
◆
三年前の十七歳の時、僕はこの世界に転移して来た。突然森に放り込まれてしまい狼狽えていたけれど、最初から使えた【分解】スキルを駆使することで生きながらえた。
森での生活に慣れた頃、魔物に襲われている馬車があったので助けるとそこに王女エレノアが乗っていたのだ。
そのことをきっかけに僕はこのピネン王国を中心に活動している。
後になって剣や魔法もたくさん練習したけれど戦闘手段として最も強力なのは【分解】スキルだ。
僕の【分解】のスキルレベルは最大まで上昇していて、壊せない物はおそらくない。だけど流石に味が変わらないようにカレーの依存成分だけを狙うのは大変だった。
この半年間、時間があればスパイスの成分を分解して、【鑑定】で結果を確認することを繰り返した。
そして数々の失敗を重ねて、ついに僕は依存成分だけを壊す方法を確立した。今後流通するスパイスはすべて【分解】スキルで無害化してから出荷する予定なのでこの騒動も鎮火してゆくだろう。
◆
久しぶりに晴れやかな気持ちになった僕は改めてカレーを作ることにした。
ここのところはカレーを控えるようにみんなに言っていたし、僕も忙しかったのでみんなに料理を振る舞うことも少なくなっていた。
けれど憂いは晴れたので、今日は無害化したスパイスを使ってカレーをみんなに振る舞う。
この食事会には国王陛下をはじめとした国の中心人物が参加することになっている。
みんな楽しみにしているようだ。
僕はまず薬研を使ってスパイスを丁寧に挽くことにした。もちろん【分解】スキルで無害化したものだ。
魔法を使えば一瞬でスパイスを粉にすることができるのだけれど、こちらの方が美味しくなる気がする。だから時間がある時には手で挽くことにしている。
スパイスの準備が出来たら、魔導コンロにフライパンを乗せる。これは元の世界の情報をペトロニーアに伝えて作ってもらった物だ。
フライパンにギー(澄ましバター)を入れて火をつける。
このギーはさまざまな試行錯誤の上で作り上げた特別製だ。甘い香りがしてカレーに強烈な旨みを加えてくれる。
ギーが温まって来たらクミンを入れる。
温度が上がってきてクミンがふつふつとしてくるのをみていると心が踊る。
香りが立って来たら今度はすりおろしたニンニクと生姜を入れる。火は強火だ。
じゅわーっと音が鳴って水分が飛んできたらみじん切りにした玉ねぎを入れる。
玉ねぎを入れた後は掻き回したくなるけれど、今日はグッと我慢する。丁寧に炒めて飴色になった玉ねぎも良いけど、今日は焦がし玉ねぎの気分だった。
玉ねぎが黒っぽく炒まってきたら味がトマトっぽい野菜を入れる。見た目は完全に丸茄子だけど、面倒だからトマトって呼んでる。
強火を維持しながら水分を飛ばす。ヘラを使って焦げ付かないように気をつけないといけない。
固体感が出て来たら良い感じだ。
スパイスと塩を入れて、さらにしっかり混ぜる。これがカレーのルーになる。
フライパンに注意を払いながら、取り出したカシューナッツを魔法でペースト状にする。これを入れるだけでコクが全然変わるんだよね。
カシューナッツペーストと水を入れてルーを溶いたら、あとは追加のスパイスと鶏肉を入れて煮込む。
鶏肉と言ってもコカトリスだけど。
カレーの良い匂いが立ち込める。
もう少し煮込んだら完成だ。
みんなは喜んでくれるだろうか。
自分が食べたかったのも大きいけれど、みんなに喜んで欲しくて僕はカレーを開発したのだ。
少し遠回りをしてしまったし、この世界のみんなには悪いことをしてしまったけれど、これでようやく全力でカレーを楽しめる状態になった。
僕はお皿と鍋を持ってみんなが待っている部屋に運ぶ。
部屋までの足取りが軽く感じる。
鼻歌を歌ってしまいたい気持ちだけれど、これから国王陛下や宰相閣下に会う訳だから自重することにした。
いまお城では週に一度のカレーの日以外はカレーを作らないことになっている。
みんなカレーを待ちわびているだろう。
僕が部屋に入ると歓声が上がった。
部屋の中には十数人の人がいて、みんなカレーの入った鍋を血走った目で凝視している。
「おぉ、やっと出来たか! ユウトのカレーが食べれるなんて我慢した甲斐があったなぁ!」
「陛下、本当に久しぶりですねぇ。私も楽しみですわ」
スプーンを握りながら仲睦まじく話しているのは国王夫妻だ。そしてその横にはエレノアをはじめとした王の子供達がいる。
「『カレースパイスは貴重だから長く楽しむために頻度を減らしましょう。それに多少の我慢があった方が美味しく感じるはずです』ってユウトが言った時には絶望するかと思ったけれど、今ではその言葉の意味が分かるわ」
「そうですね、姉様。これを絶やしてしまうのは神への冒涜です。ユウト様は流通量をうまくコントロールしながら持続可能な商売をなされているようです」
そう話しているのは王の第一子であるエレノアと第二子のロベール王子だ。二人は仲が良い。
いろんな理由をつけてみんなからカレーを遠ざけようとしたけれど、このままだとカレースパイスが絶滅するということを伝えるのが一番効果があった。ちなみに大嘘である。
「ロベール王子はよく理解されておりますわね。カレーは神の食べ物です。ユウトの力を借りて保護しなければなりません」
少し遠くから聖女ソフィアがやって来てそう言った。彼女はカレーを知ってから『神』という言葉をよく使うようになった。これまでも信心深い方だったと思うけれど、今では群を抜いている。
たまに狂信者のような目を向けてくるのでちょっと困っている。
「ボクは神とかよく分からないけど、カレーが美味しいのは確か。ユウトが天才なのも確か。だから任せておけば良い」
ソフィアの後ろから魔法団長のペトロニーアがやって来た。彼女はいつも気怠そうな顔をしているけれど、カレーを目の前にした時だけ動きが素早くなる。
「さぁ、ユウトよ。早くその鍋の中身を我々に振る舞ってはくれまいか。暴力的な香りが漂って来てもう我慢の限界なんだ」
王がおどけてそう言ったのでみんな笑顔になった。
僕は作ったバターチキンカレーをみんなに急いで配り、そして一緒に食事を楽しんだ。
この日のカレーはいつにも増して美味しくて、僕は心からの満足感を得ることができた。
それから僕の胃は痛むことはなく、夜眠れなくなることもなくなった。
カレーの脅威は完全に収まったかのように見えていた。
しかしそれは僕の見えないところで燻り続け、時間をかけて表面に出てくることになった。
まず僕は商会に働きかけて、スパイスの生産量を少しずつ絞り、価格も上げることにした。
その結果、今では生産量は四分の三ほどになり、価格は三割上がっている。これでカレーの広がりは鈍化するはずだ。
次に僕は魔法団長であるペトロニーアと共に回復効果のある結界を発生させる魔道具を発明した。これが世界中の教会に配備されることになるので、カレー依存症によって不調になる人は減っていくだろう。
この行為によって僕は『聖人』だと称賛されることになってしまった。ただ自分の犯したことの償いをしているだけなのだけれど、虚像がどんどんと膨らみ、実際の僕との乖離が広がって来ている。
お陰で最近は胃がチクチクと痛み出すことが多くなって来た。食欲がない日もあるのだけれど、皮肉なことに水気が多めのカレーであれば食べることができる。
自分も立派なカレー依存症なのではないかと自嘲的な笑いが込み上げてくることもあった。
良心の呵責に耐えかねて、多くの人に『カレーには依存症がある。世界中の人が中毒になっている』と訴えて来たのだけれど、おかしなことに全ての人が笑って僕の言葉を否定した。
他の事柄であれば僕の言うことを必要以上に肯定してくるエレノア達でさえ、カレーに悪い部分があることを認めない。
そんな日が続いていくうちに僕は眠れなくなり、夜が怖くなってしまった。朝方まで仕事をするか、誰かと一緒でないと僕は眠れなくなった。
だけどそんな生活も今日までだろう。
僕はスパイスの中毒性のある成分だけを壊すことについに成功したのだ。
◆
三年前の十七歳の時、僕はこの世界に転移して来た。突然森に放り込まれてしまい狼狽えていたけれど、最初から使えた【分解】スキルを駆使することで生きながらえた。
森での生活に慣れた頃、魔物に襲われている馬車があったので助けるとそこに王女エレノアが乗っていたのだ。
そのことをきっかけに僕はこのピネン王国を中心に活動している。
後になって剣や魔法もたくさん練習したけれど戦闘手段として最も強力なのは【分解】スキルだ。
僕の【分解】のスキルレベルは最大まで上昇していて、壊せない物はおそらくない。だけど流石に味が変わらないようにカレーの依存成分だけを狙うのは大変だった。
この半年間、時間があればスパイスの成分を分解して、【鑑定】で結果を確認することを繰り返した。
そして数々の失敗を重ねて、ついに僕は依存成分だけを壊す方法を確立した。今後流通するスパイスはすべて【分解】スキルで無害化してから出荷する予定なのでこの騒動も鎮火してゆくだろう。
◆
久しぶりに晴れやかな気持ちになった僕は改めてカレーを作ることにした。
ここのところはカレーを控えるようにみんなに言っていたし、僕も忙しかったのでみんなに料理を振る舞うことも少なくなっていた。
けれど憂いは晴れたので、今日は無害化したスパイスを使ってカレーをみんなに振る舞う。
この食事会には国王陛下をはじめとした国の中心人物が参加することになっている。
みんな楽しみにしているようだ。
僕はまず薬研を使ってスパイスを丁寧に挽くことにした。もちろん【分解】スキルで無害化したものだ。
魔法を使えば一瞬でスパイスを粉にすることができるのだけれど、こちらの方が美味しくなる気がする。だから時間がある時には手で挽くことにしている。
スパイスの準備が出来たら、魔導コンロにフライパンを乗せる。これは元の世界の情報をペトロニーアに伝えて作ってもらった物だ。
フライパンにギー(澄ましバター)を入れて火をつける。
このギーはさまざまな試行錯誤の上で作り上げた特別製だ。甘い香りがしてカレーに強烈な旨みを加えてくれる。
ギーが温まって来たらクミンを入れる。
温度が上がってきてクミンがふつふつとしてくるのをみていると心が踊る。
香りが立って来たら今度はすりおろしたニンニクと生姜を入れる。火は強火だ。
じゅわーっと音が鳴って水分が飛んできたらみじん切りにした玉ねぎを入れる。
玉ねぎを入れた後は掻き回したくなるけれど、今日はグッと我慢する。丁寧に炒めて飴色になった玉ねぎも良いけど、今日は焦がし玉ねぎの気分だった。
玉ねぎが黒っぽく炒まってきたら味がトマトっぽい野菜を入れる。見た目は完全に丸茄子だけど、面倒だからトマトって呼んでる。
強火を維持しながら水分を飛ばす。ヘラを使って焦げ付かないように気をつけないといけない。
固体感が出て来たら良い感じだ。
スパイスと塩を入れて、さらにしっかり混ぜる。これがカレーのルーになる。
フライパンに注意を払いながら、取り出したカシューナッツを魔法でペースト状にする。これを入れるだけでコクが全然変わるんだよね。
カシューナッツペーストと水を入れてルーを溶いたら、あとは追加のスパイスと鶏肉を入れて煮込む。
鶏肉と言ってもコカトリスだけど。
カレーの良い匂いが立ち込める。
もう少し煮込んだら完成だ。
みんなは喜んでくれるだろうか。
自分が食べたかったのも大きいけれど、みんなに喜んで欲しくて僕はカレーを開発したのだ。
少し遠回りをしてしまったし、この世界のみんなには悪いことをしてしまったけれど、これでようやく全力でカレーを楽しめる状態になった。
僕はお皿と鍋を持ってみんなが待っている部屋に運ぶ。
部屋までの足取りが軽く感じる。
鼻歌を歌ってしまいたい気持ちだけれど、これから国王陛下や宰相閣下に会う訳だから自重することにした。
いまお城では週に一度のカレーの日以外はカレーを作らないことになっている。
みんなカレーを待ちわびているだろう。
僕が部屋に入ると歓声が上がった。
部屋の中には十数人の人がいて、みんなカレーの入った鍋を血走った目で凝視している。
「おぉ、やっと出来たか! ユウトのカレーが食べれるなんて我慢した甲斐があったなぁ!」
「陛下、本当に久しぶりですねぇ。私も楽しみですわ」
スプーンを握りながら仲睦まじく話しているのは国王夫妻だ。そしてその横にはエレノアをはじめとした王の子供達がいる。
「『カレースパイスは貴重だから長く楽しむために頻度を減らしましょう。それに多少の我慢があった方が美味しく感じるはずです』ってユウトが言った時には絶望するかと思ったけれど、今ではその言葉の意味が分かるわ」
「そうですね、姉様。これを絶やしてしまうのは神への冒涜です。ユウト様は流通量をうまくコントロールしながら持続可能な商売をなされているようです」
そう話しているのは王の第一子であるエレノアと第二子のロベール王子だ。二人は仲が良い。
いろんな理由をつけてみんなからカレーを遠ざけようとしたけれど、このままだとカレースパイスが絶滅するということを伝えるのが一番効果があった。ちなみに大嘘である。
「ロベール王子はよく理解されておりますわね。カレーは神の食べ物です。ユウトの力を借りて保護しなければなりません」
少し遠くから聖女ソフィアがやって来てそう言った。彼女はカレーを知ってから『神』という言葉をよく使うようになった。これまでも信心深い方だったと思うけれど、今では群を抜いている。
たまに狂信者のような目を向けてくるのでちょっと困っている。
「ボクは神とかよく分からないけど、カレーが美味しいのは確か。ユウトが天才なのも確か。だから任せておけば良い」
ソフィアの後ろから魔法団長のペトロニーアがやって来た。彼女はいつも気怠そうな顔をしているけれど、カレーを目の前にした時だけ動きが素早くなる。
「さぁ、ユウトよ。早くその鍋の中身を我々に振る舞ってはくれまいか。暴力的な香りが漂って来てもう我慢の限界なんだ」
王がおどけてそう言ったのでみんな笑顔になった。
僕は作ったバターチキンカレーをみんなに急いで配り、そして一緒に食事を楽しんだ。
この日のカレーはいつにも増して美味しくて、僕は心からの満足感を得ることができた。
それから僕の胃は痛むことはなく、夜眠れなくなることもなくなった。
カレーの脅威は完全に収まったかのように見えていた。
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