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第3話:相談

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 聖女ソフィアのいる教会にやってきた。
 彼女は回復魔法を使えて毒や呪いに滅法強い。

 ソフィアであればカレーの効果が低いだろうし、今後の治療の相談にも乗ってくれるだろう。

「ユート、来てくれたのね!」

 教会のソフィアの部屋に入ると、彼女は満面の笑みで迎えてくれた。
 銀色の髪が今日もツヤツヤと輝いている。

 ここのところ僕は【鑑定】スキルのレベルを上げるために修行をしていたから、エレノア以外の人とはあまり会っていなかった。

「ソフィア、元気そうでよかったよ」
「私はいつも元気いっぱいよ!」

 ソフィアが元気そうだったので僕は安堵した。
 彼女はカレーに負けていないのだろう。

 しかし念の為ソフィアを【鑑定】して彼女の健康状態を見た。
 すると直感に反した情報が脳に入ってきた。

-----------------------------------------------------
名 前:ソフィア・レオノーラ
称 号:聖女
状 態:良好
 ・カレー依存症(中度 506)
スキル:神聖魔法(Lv.10)、毒耐性(Lv.6)、祈祷(Lv.6)、精神耐性(Lv.4)
-----------------------------------------------------

 見た目通りソフィアの健康状態は良好だったけれど、中程度のカレー依存症になっているようだった。調子は悪くないけれど、カレーにはハマっているということだろうか。

 エレノアをはじめとして僕がこれまでに見てきた人たちは全員軽症だったのに、毒に耐性があるはずのソフィアの症状が一番進んでいる。

 僕は自分の身体が一瞬でこわばったことに気がついた。
 しかし、ソフィアはそんな僕に気がつくことなく話を続ける。

「ユウト、お昼は食べた?」
「ううん。まだだよ」
「ちょうどいま料理を作っていたところなの。よかったらユウトも食べて行かない?」
「お、いいねぇ。貰っても良いかな?」
「もちろんよ! じゃあ私の部屋に来て」

 僕はソフィアの部屋に案内された。
 ソフィアの趣味が反映されていて、部屋の中は簡素な作りだ。
 聖女になってからもひたむきに活動する姿が印象的で、ソフィアを信望する者は多い。

「いま持ってくるから待っていてね」

 ソフィアは部屋を出て行った。
 いつもだったら長椅子に腰掛けてふんぞり返るところだけれど、今はそんな気分になれない。





 ソフィアを待っていると、次第に良い匂いが漂ってきた。
 その独特の香りは間違いなくカレーだった。

「お待たせ!」

 戻ってきたソフィアはカレーライスが盛られた大きな皿を持っている。
 いまはカレーに対して複雑な気持ちを抱いているので顔が引きつってしまう。

「カ、カレーなんだね⋯⋯」

「そうよ。最近では安価にスパイスを買えるようになったから教会でもよく食べているの」

 ソフィアは嬉しそうに言った。

「今日のカレーは上手にできたのよ! ユウトには及ばないかもしれないけれど美味しいから食べてみて!」

「う、うん」

「それじゃあ、いただきまーす」

 ソフィアは手を合わせてから大きなスプーンでカレーを食べ始めた。

「あぁ⋯⋯美味しいわ⋯⋯」

 一口食べてそう言ったかと思うと、ソフィアはまるで運動部の男子のようにガツガツとカレーを食べ始めた。
 見目麗しいため不快に思うことはないけれど、違和感がすごい。

 僕は複雑な気持ちになりながらも目の前のスプーンを手に取り、カレーを口に運んだ。

「⋯⋯辛めだ」

 カレーはスパイスがよく効いたものだった。脂分は少なく、シャバシャバ系だ。その見た目が教会っぽい気がするのは何故だろうか。

 僕はソフィアや依存症のことを頭の隅に追いやり、まずはカレーを堪能することにした。



 カレーを食べ続けているとふと視線を感じた。
 目線を上げると大皿を空にしたソフィアが僕のことをうっとりとした目で見ていた。
 辛味の強いカレーを食べたからか彼女の首筋には汗が浮かび、唇は少しだけ赤くなっている。

「ユウト⋯⋯カレーって素晴らしいわね⋯⋯」

 よく見るとソフィアの髪が少しだけ乱れている。いつもきっちりしている彼女にしては珍しい姿だ。

 僕は思わずゴクリと唾を飲み込んだ。
 ソフィアからとんでもない色気を感じてしまったのだ。
 辛いもの食べる女性ってなんか艶やかだよね。

 だけど僕は首を振って邪念を振り払い、今日ソフィアの元を訪れた目的を果たすことにした。

 僕が何かを話そうとしていることに気がついたのかソフィアも顔を引き締めて待っている。

「ねぇソフィア、驚かないで聞いて欲しいんだけれど、僕はとんでもないことをしでかしてしまったようなんだ」

「ユウトが⋯⋯? なんのこと?」

「昨日【鑑定】スキルのレベルが10に上がって分かったんだけど、どうやらカレーには中毒性があるみたいなんだ。お城の人も街の人もみんなカレー依存症になって、食べるのを止められなくなっている。僕はどうしたら良いかな?」

 僕は声を震わせながらそう言った。

「⋯⋯なんのこと?」

 だけど、ソフィアは僕の言葉がまるで分からないようだった。

「カレーは身体に良くない食べ物みたいなんだよ⋯⋯」

「カレーを食べるようになってから身体の調子は良いわよ?」

「そうかもしれないんだけど僕の【鑑定】ではそういう結果が出るんだ」

 確かにソフィアは健康そのものだった。

「それにカレーはユウトを通してこの世界に届けられた神様の食べ物だから」

「えっ?」

「神の遣いであるユウトが作った最高の料理がカレーよ? そのカレーに欠陥があるはずないわ」

 神の遣いってなんのことだろうか⋯⋯。

「いま教会では、神も天界でカレーをお召し上がりになっているに違いないという話になっているの。神の御力にあやかりたい人はカレーを食べるようにという通達が世界中の教会にあったわ。熱心な信徒もそうでない人もカレーを食べることで幸せになれると評判よ」

「そ、そうなの?」

「えぇ、そうよ。そんなカレーに欠陥があるわけないわ。全知全能の神の御姿をそのまま転写したかのような魅力がカレーには全て備わっているわ。それにね——」

 それからソフィアはカレーがいかに素晴らしい食べ物か滔々とうとうと語り出した。
 話はなかなか終わらず続いていく。
 次第にソフィアの目は据わり、どんどんと語り口が熱くなっていく。
 僕はその様子に微かな恐怖を感じた。


 それから僕はソフィアの話を遮り、何度もカレー依存症のことを伝えようとしたのだけれど、彼女の反応は毎回同じ調子だった。

 仕方がないので僕は話の流れを変えることにした。

「ソフィアの気持ちは分かったよ。それじゃあ祝福の気持ちを込めて僕のカレーに神聖魔法を使ってくれないかい?」

「それは良い考えだわ!」

 そう言ってソフィアは本気でカレーに魔法をかけ始めた。
 ソフィアの神聖魔法は解毒や破邪に滅法強いのだ。

 明らかにオーバースペックな魔法が発動し、部屋中が神秘的な光に包まれる。ソフィアが魔法をかけてくれないことが懸念だったけれど問題なさそうだ。

「さぁ、私の祝福が込められたカレーよ」

 スプーンでカレーをすくいながら【鑑定】をかけると、ありえない結果が出た。
 カレーの依存性が全く変わらなかったのだ。
 ソフィアの魔法であればどんな毒も消し去れると信じていた僕は目が眩みそうになった。





 それから僕はいろんな理由をつけながらソフィアに魔法を使ってもらった。
 その結果分かったことがある。

 まず確認になるけれどソフィアの魔法ではカレーの依存性を除くことはできなかった。
 理由は分からないけれど、カレーの成分が毒であると認識されていないことが要因なのではないかと思えてならなかった。

 次にソフィアは依存症になった人の不調を治すことができたけれど、カレー依存症自体を消し去ることはできないようだった。精神症状に対する回復魔法の効果は高くないので治せないのだろう。

 まとめると、ソフィアの魔法で人々の不調を解消することはできるだろうけれど依存症の根本治療には別の方策を考える必要がある。

 ソフィアの協力が得られそうにないと判明したので、僕はどうすればこの状況を変えられるのか何日も何日も考え続けた。
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