スキル【縫う】で無双します! 〜ハズレスキルと言われたけれど、努力で当たりにしてみます〜

藤花スイ

文字の大きさ
上 下
193 / 213
第16章:砂漠の薔薇編

第193話:青く賢き龍

しおりを挟む
 グラディウスは王都のレストランの個室でうなだれていた。
 ここのところ、大きな問題にかかりっきりになっていたので、疲労が溜まっているのだ。だが起きたこと自体は痛快で、頑張りがいもあった。

「まさかあれだけの砂漠の薔薇を見つけて来るとはのう⋯⋯」

 事の発端は一ヶ月半前にルキウスが行方をくらましたことだった。孫のモフからルキウスの状況を聞いていたので、いずれ限界が来ると思っていたものの、事件が起きるのはグラディウスの想像より遥かに早かった。

 教会は一時騒然となった。派閥に関わらず多くの者たちがルキウスと『月下の誓い』を監視していたはずだが、彼女たちは華麗に王都を脱出し、国外へと逃げてしまった。

「かっかっかっか!」

 あの時の教会の教会騎士たちの顔を思い出すと笑いが込み上げて来る。自称ルキウス派の者たちはルキウスを捕まえられない騎士たちを責めていたが、側近であるのに同行を知らされてもいないとやり返されると反論も出来ない様子だった。

 その後、ルキウスの後見人であり、モフの祖父でもあるグラディウスは当然槍玉に上げられたが、様々な伝手を使ってのらりくらりと躱したのだ。

 そろそろまずいと思っていたところで、ユリアとその弟子のキトの援護が入ったのも良かった。二人で改良した最新式のポーションを取引材料にして良いと言われたので、粘ることが出来た。

「フィデスの婆さんも裏で動いていたな。聖女派の動きがどこか鈍かった」

 聖女フィデスも若い頃はグラディウスとともに良く教会を逃げ出していた。彼女はルキウス以上に教会に恩義を感じているはずだが、それでも我慢できないことが多かったのだ。

「婆さんはルキウスに束の間の休息を与えたつもりだったのだろうな。だが、彼奴らはそんな思惑を超えて、結果を出しおったわい」

 突如として王都に帰ってきたルキウスたちは砂漠の薔薇を持ち帰り、交渉を始めた。

 当初教会の人間は彼女たちを見くびり、足元を見て話し合いに臨んでいた。砂漠の薔薇を取ってきたと言っても何個かの話だと思っていたのだ。だが蓋を開けてみれば彼女たちは教会よりも多くの砂漠の薔薇を保有しており、交渉途中から完全に立場が逆転してしまった。

「マイオルの立ち回りも見事だったのう……。わしが矢面に立たされてしまったが、なかなかやるわい」

 そもそもこの問題は、教皇派のとある枢機卿が砂漠の薔薇を派閥内で融通し、在庫がなくなってしまったことが問題だった。『月下の誓い』から砂漠の薔薇を補充できれば形式的には問題を解決できるので、教皇派の連中としては躍起になるだろう。

 そんな事件が起きてしまう時点で、グラディウスからしたら教会は壊れてしまっているのだが、そんなことは枢機卿を務めた時代からよく分かっていた。

 いま現在も教会の権力構造は変動していて、どうなっているのか誰にも分かっていない。だが、本来はそんなことをしている場合ではないはずだった。

「これでルキウスは望むものを手に入れたようだな」

 今回の交渉でルキウスが望んだのは、ルキウス派の解体とほぼ全ての教会活動への参加拒否だ。本来、お互いをまもり合い、共存してゆくべき聖者と教会が道を違えてしまった。

「世も末じゃのう……」

 後見人のグラディウスも圧力を受けてはいるが、いまさら老骨を追い詰めようとする者はいないし、むしろルキウスへ通ずる手段として重宝されている部分もある。

「聖下もフィデスもそろそろ気づくのじゃろうな」

 枢機卿を自ら辞め、巡礼の旅をしたグラディウスは市井というものが少し分かっている。強引に旅に出たがそのお陰で目を開いて世界を見ることができたのだ。

 グラディウスは冷めたお茶を啜った。そろそろこの場所にじゃじゃ馬たちがくる時間だった。





 マイオルに連れられて、セネカは王都の地下にあるレストランにやってきた。ここに来るのは初めてではないが、マイオルほど慣れてはいない。

 この場所はグラディウスが密談するために使う店のうちの一つで、いくつかの部屋は物理的にも魔法的にも盗聴に強くなっているらしい。

 店主に教えてもらった個室に行き、扉につけられたベルを鳴らす。すると中からグラディウスが出てきた。今日は変装していないようだ。

「おぉ、よく来たなぁ。色々話したいと思っておったのじゃよ」

 グラディウスは「かっかっかっ」と笑いながら迎え入れてくれた。そして、とりあえず食べたいものを注文しろと言って、リストを渡してくれた。この店な料理は大抵は平凡に思えるのだが、辛い料理は絶品だ。セネカは辛い味付けの煮込み料理を注文することにした。



「さて今日だが、教会の話は後にすることにして、まずは龍について聞きたいんじゃったな?」

 先ほど届いた煮込みを口に入れながらセネカは頷いた。根菜と豚の肉がふんだんに入っていてすごく美味しい。隣ではマイオルも同じものを食べている。

「この前は話しそびれてしまったんだがな。実は何十年も前にわしも『リザードマンの森』に行ったことがあるんじゃよ」

 グラディウスはパン粥の器の上でチーズを削りながら話し始めた。

「そうだったの?」

「あぁ……。当時、かなり探索したつもりじゃったが、ワイバーンはいなかった。砂漠もなかったし、森の様子もだいぶ違いそうじゃな」

「何十年も経っていれば変わっちゃうよね」

 それだけあれば生息する魔物が変わっても仕方がなさそうだ。だが、グラディウスは首を振った。

「その可能性もないではないが、そこが龍の領域なのであれば、わしらは選ばれなかっただけなのかもしれぬ。おぼろげな記憶だが、不自然なところもあったしのう……」

「選ばれる、ですか?」

「お主とモフは加護を得たという話じゃからな。その前段階で何かがあったとしても不思議ではない」

 グラディウス言い切った。そう思う何かがあるのかもしれない。

「そもそも龍の加護って何ですか? あたし、何か変わったようには思えないのですが……」

「それはな――」

 マイオルの質問にグラディウスは顔をしかめた。

「言えないことなんじゃよ。元枢機卿のわしであってもな!」

 グラディウスはわざとらしく語気を強めた。察してくれと言うことなのだろうが分からないことが多すぎる。

「言えない……ですか」

「あぁ、お主らも金級冒険者になれば分かるはずだが、立場ができると誓約が増えていくのじゃよ。それほど、さまざまな情報に触れる機会が多くなるからのう」

 セネカはどうにか情報を得られないかと頭を回転させ始める。おそらくマイオルも同じだろう。

「いまのわしに伝えられることは少ない。じゃがな、実はお主らのことを上に報告する義務も今のわしにはないんじゃよなぁ」

 グラディウスは非常に愉快そうに笑みを浮かべる。教会では清廉潔白な人物として有名らしいが、そんな評価はとんでもないと思ってしまう。さっぱりした人物であることは間違いないが……。

「誤解しないで欲しいが、わしは出来ることをするのみじゃ。可愛い孫と聖者に加えて、生意気な弟子もおるからのう! かっかっかっ!」

 生意気な弟子というのはマイオルのことだろう。マイオルはよくグラディウスの指導を受けていたが、ついに弟子と言われるほどの関係となったのだろう。ちなみに、セネカはグラディウスのことを気のいいおじいちゃんだと思っている。

 マイオルは少し考え込んだ後で両手を上げた。グラディウスの老獪さには敵わなかったようだ。そんなマイオルを見てグラディウスは目を細めた。そして真剣な顔になって言った。

「だから、言える範囲のことしか教えられんのだが、面白いことを聞かせてやろう。昔、とある本を読んでいた時にある龍の記述を見たのじゃが、お主らの話した姿とそっくりじゃな。その龍は『青く賢き龍』と呼ばれ、人に試練を課したそうじゃよ」

 自分たちが出会ったのはその龍で間違いないのだろうとセネカは感じた。だが、眉間に皺を寄せるグラディウスを見て、本当にこれが限界なのだろうと思い、これ以上話を引き出そうとするのはやめにした。
しおりを挟む
感想 127

あなたにおすすめの小説

オカン公爵令嬢はオヤジを探す

清水柚木
ファンタジー
 フォルトゥーナ王国の唯一の後継者、アダルベルト・フォルトゥーナ・ミケーレは落馬して、前世の記憶を取り戻した。  ハイスペックな王太子として転生し、喜んだのも束の間、転生した世界が乙女ゲームの「愛する貴方と見る黄昏」だと気付く。  そして自身が攻略対象である王子だったと言うことも。    ヒロインとの恋愛なんて冗談じゃない!、とゲームシナリオから抜け出そうとしたところ、前世の母であるオカンと再会。  オカンに振り回されながら、シナリオから抜け出そうと頑張るアダルベルト王子。  オカンにこき使われながら、オヤジ探しを頑張るアダルベルト王子。  あげく魔王までもが復活すると言う。  そんな彼に幸せは訪れるのか?   これは最初から最後まで、オカンに振り回される可哀想なイケメン王子の物語。 ※ 「第15回ファンタジー小説大賞」用に過去に書いたものを修正しながらあげていきます。その為、今月中には完結します。 ※ 追記 今月中に完結しようと思いましたが、修正が追いつかないので、来月初めに完結になると思います。申し訳ありませんが、もう少しお付き合い頂けるとありがたいです。 ※追記 続編を11月から始める予定です。まずは手始めに番外編を書いてみました。よろしくお願いします。

我が家に子犬がやって来た!

もも野はち助(旧ハチ助)
ファンタジー
【あらすじ】ラテール伯爵家の令嬢フィリアナは、仕事で帰宅できない父の状況に不満を抱きながら、自身の6歳の誕生日を迎えていた。すると、遅くに帰宅した父が白黒でフワフワな毛をした足の太い子犬を連れ帰る。子犬の飼い主はある高貴な人物らしいが、訳あってラテール家で面倒を見る事になったそうだ。その子犬を自身の誕生日プレゼントだと勘違いしたフィリアナは、兄ロアルドと取り合いながら、可愛がり始める。子犬はすでに名前が決まっており『アルス』といった。 アルスは当初かなり周囲の人間を警戒していたのだが、フィリアナとロアルドが甲斐甲斐しく世話をする事で、すぐに二人と打ち解ける。 だがそんな子犬のアルスには、ある重大な秘密があって……。 この話は、子犬と戯れながら巻き込まれ成長をしていく兄妹の物語。 ※全102話で完結済。 ★『小説家になろう』でも読めます★

偽物の侯爵子息は平民落ちのうえに国外追放を言い渡されたので自由に生きる。え?帰ってきてくれ?それは無理というもの

つくも茄子
ファンタジー
サビオ・パッツィーニは、魔術師の家系である名門侯爵家の次男に生まれながら魔力鑑定で『魔力無し』の判定を受けてしまう。魔力がない代わりにずば抜けて優れた頭脳を持つサビオに家族は温かく見守っていた。そんなある日、サビオが侯爵家の人間でない事が判明した。妖精の取り換えっ子だと神官は告げる。本物は家族によく似た天使のような美少年。こうしてサビオは「王家と侯爵家を謀った罪人」として国外追放されてしまった。 隣国でギルド登録したサビオは「黒曜」というギルド名で第二の人生を歩んでいく。

幼少期に溜め込んだ魔力で、一生のんびり暮らしたいと思います。~こう見えて、迷宮育ちの村人です~

月並 瑠花
ファンタジー
※ファンタジー大賞に微力ながら参加させていただいております。応援のほど、よろしくお願いします。 「出て行けっ! この家にお前の居場所はない!」――父にそう告げられ、家を追い出された澪は、一人途方に暮れていた。 そんな時、幻聴が頭の中に聞こえてくる。 『秋篠澪。お前は人生をリセットしたいか?』。澪は迷いを一切見せることなく、答えてしまった――「やり直したい」と。 その瞬間、トラックに引かれた澪は異世界へと飛ばされることになった。 スキル『倉庫(アイテムボックス)』を与えられた澪は、一人でのんびり二度目の人生を過ごすことにした。だが転生直後、レイは騎士によって迷宮へ落とされる。 ※2018.10.31 hotランキング一位をいただきました。(11/1と11/2、続けて一位でした。ありがとうございます。) ※2018.11.12 ブクマ3800達成。ありがとうございます。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

リリゼットの学園生活 〜 聖魔法?我が家では誰でも使えますよ?

あくの
ファンタジー
 15になって領地の修道院から王立ディアーヌ学園、通称『学園』に通うことになったリリゼット。 加護細工の家系のドルバック伯爵家の娘として他家の令嬢達と交流開始するも世間知らずのリリゼットは令嬢との会話についていけない。 また姉と婚約者の破天荒な行動からリリゼットも同じなのかと学園の男子生徒が近寄ってくる。 長女気質のダンテス公爵家の長女リーゼはそんなリリゼットの危うさを危惧しており…。 リリゼットは楽しい学園生活を全うできるのか?!

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

処理中です...