スキル【縫う】で無双します! 〜ハズレスキルと言われたけれど、努力で当たりにしてみます〜

藤花スイ

文字の大きさ
上 下
175 / 220
第16章:砂漠の薔薇編

第175話:「今日は釣り日和だね」

しおりを挟む
 ルキウスは今日も教会の神殿でくだらない訓練を受けていた。防御が大事だと言われて、周囲に【神聖魔法】で結界を張り、それを高レベルの騎士達に殴らせているのだ。

 高レベルとは言っても彼らはレベルが3か4なので、こんな特訓で熟練度が上がることはないと分かっていた。だけど、ルキウスはまだ周囲の神官達に自分がレベル4であることを話していなかった。

 はじめは伝えるつもりだったのだけれど、ルキウスの神格化が進行している今、その情報がさらなる混乱を招きそうなため言わずにいることにした。

 彼らが何故こんなにもルキウスを崇拝しているのかというと、レベル3で[剣]という固有のサブスキルを手に入れたことが大きいようだ。

 長い間、聖者・聖女のサブスキルはレベル3までは固定で、レベル4になった時に初めて新たな力が芽生えるのだと信じられてきた。しかしルキウスはレベル3の段階で違う道を辿ったため、一部の信者達が「ルキウスは歴代の聖者の中でも特別な存在だ」と言い出したのだ。

 そもそもこの情報が出回ったのは、教皇や聖女、その他の枢密卿達のそれぞれの思惑が絡んだせいだと聞いたけれど、ルキウスにとっては何が理由でも良い迷惑である。

 数日前にはかんしゃくを起こして、自分がいる大神殿を破壊してやろうかとも思ったけれど、モフに宥められ、その後セネカ達と食事をしたことで何とか抑え込んだ。

 食事の時、セネカ達が冒険に出る計画を立てていると言っていたけれど、ルキウスは余り多くを聞かせてもらえなかった。どうやら教会の目をかいくぐる必要のある計画のようなので、あえてルキウスに教えないことで情報漏洩を防ぐというような意図がありそうだった。

 リーダーのマイオルは「時期が来たら分かるから」とちょっと悪い顔をしていたけれど、計画の骨子を担っているのはモフとガイアで、キトが中心になって修正を加えているのできっと上手くいくだろうとルキウスは感じていた。

「でも結局は何の計画かは分からないんだよなぁ」

 ルキウスは防御壁を武器で必死に殴る騎士達を眺めた。正直暇で、考え事をするしかやることがない。以前、組み手をしようと言った時には畏れ多いと断られてしまった。

 数日前の食事の時、ルキウスは計画に必要だと言われてセネカに針で刺された。お尻の辺りから出した針でルキウスを刺すセネカはちょっと可愛かったので、思い出すと自然と笑みが浮かんでくる。

「自分の口で『チクリ』って言ってたしね。『これはサソリ』とも言ってたなぁ」

 ルキウスは愉快な気持ちで、魔力の気配を辿った。ルキウスの身体は今セネカと糸で繋がっているらしいのだけれど、それなりの感知力しか持たないルキウスでは気配を感じることができなかった。

 試しているうちに魔力を隠せるような加工ができるようになったとセネカは言っていた。どうやらそれはレベル4になってから手に入れた[属性変換]の能力のようだけれど、本人もまだよく分かっていないらしかった。

 マイオルが言うには【探知】のレベル3相当の検知力があれば見つかってしまうらしいが、今のところ魔力の糸の存在に気がつく者はいないようだった。

 他にルキウスが知っているのは、計画開始の合図と、その後の行動の時々だけだ。とある言葉を聞いたら、その日の夜に計画を実行するので、ルキウスも行動して欲しいと言われている。

「今日はここまで!」

 考え事をしているうちに訓練が終わった。この後は、教会の礼儀作法の話を聞いてから回復魔法の指導を受けることになっている。

 教会では何をするにも信仰心が大事だということになっているのだが、余り信仰心のないルキウスがここまでやって来れている時点で、真剣に聞く気にはなれなかった。

 だが、礼儀作法の時間には一つだけ良いことがある。それは親友のモフも一緒だと言うことだ。

 彼もルキウスと同じようにグラディウスに言われて、教会の訓練や派閥の会合に出させられている。どうやらモフも辟易としているようで、気持ちを共有できるだけでもルキウスは嬉しくて仕方がなかった。

「あ、ルキウスだぁ!」

 礼儀作法の勉強をする部屋に向かう途中でルキウスはモフに出会った。相変わらず眠そうな目をしていて、蜂蜜色の綺麗な髪が今日もちょっとだけ跳ねている。こんな様子なのに戦いになると頼りになるのだから面白い。

「モフ! 元気にしてる?」

「僕は元気だよぉ。それにさ、ほら、こんなに天気が良いじゃないかぁ……。今日は釣り日和だね」

 目を細めながらモフが言ったのを聞いて、ルキウスは「来たっ」と思った。これが計画開始の合図なのだ。何が『釣り』なのかは分からないけれど、とにかくルキウスは指示通りに動くしかなかった。



 その日の訓練を終え、日が暮れた後、ルキウスは静かに自室の窓から顔を出した。ルキウスの部屋には窓がいくつかあるが、指示通り一番大きな窓から顔を出している。冒険の準備はしておけと言われたので最低限の装備は整えている。

 この窓は大きいので降りて建物の外に出ることができるけれど、その先には中庭に続いている。そのため、脱出しようとすると多くの人の目に触れてしまう。家具の高級さ的に格の高い部屋のようなので、高貴だが監視が必要な人のための部屋なのだろうとルキウスは考えている。

 ここから顔を出してどうするのかなぁとボヤッと考えていると、何処からともなく糸が出現して、ルキウスの身体に巻き付いた。そしてその糸に引っ張られて、ルキウスの身体は空に浮かんだ。

 糸の出どころが分かっていたので、ルキウスは全てを受け入れ、なすがままにされることにした。





「今日は釣り日和です!」

 セネカは上空にいた。場所は王都の城壁からかなり離れた地点で、足元には沢山の[まち針]が固定されている。

「大丈夫だと思っていてもここまで高いとなかなか怖いわね」

 セネカの隣にはマイオルがいて、一緒にルキウスの動向を追っている。万が一の場合を考えて二人ともモフに作ってもらった衝撃吸収チョッキを着ている。

 今日は良い夜だった。曇っていて月が隠れているおかげで、セネカ達を視認するのが難しくなっている。

「夜釣りが捗るね、マイオル!」

 セネカは良い気分だ。これからルキウスと合流して、そして新しい仲間達と一緒に冒険をするのだ。楽しみで仕方がなかった。

 いまセネカとルキウスは糸で繋がっている。ルキウスは動き回っているので、糸は神殿中を行き来しているが、大体何処にいるのかを感じることができる。

 加えてマイオルが【探知】して、その詳細な位置を[視野共有]で見せてくれている。二人はいまルキウスの行動を完全に把握していた。

「セネカ、ルキウスが窓の方に移動しているわ」
「うん」
「始めましょうか。『ロマヌス王国脱出作戦』を」

 マイオルの合図を聞いて、セネカは胸の前で手を組み、ルキウスのことを思い浮かべた。糸で物理的に繋がっているという以上の強い繋がりを感じる。

 セネカは改めてルキウスと自分の間を【縫い】、ちょこっと彼の服を縫った後で糸を巻きつけた。先日からルキウスを追跡していた方の糸は解除して霧散させる。

「かかった!」

 セネカは糸を巧みに操作して、ルキウスを上空に誘う。ルキウスの部屋はかなり入り組んだところにあるけれど、マイオルのおかげで正しい経路を取ることができる。

 そしてルキウスが空に出た瞬間、セネカはさらに魔力を込めてスキルを発動した。すると、ルキウスは空を縫うように高速で移動し、あっという間にセネカの元にやってきた。

 セネカはルキウスをしっかりと抱き留め、釣果を成果を報告する。

「マイオル! ルキウスが釣れたよ!!!」

 マイオルの方を見ると彼女はお腹を抱えて笑っていた。ルキウスの方は非常に微妙な表情だけれど、楽しくなかった訳ではないことがセネカには分かった。

「よし、成功ね。これだけ速かったら教会もルキウスの居場所を探ることは難しいでしょう。今のうちに移動してこの国を出るわよ!」

 セネカは頭上に[まち針]を出し、自分を含めた三人を糸で縫って繋げた。そして蜘蛛のようにしゅるしゅると降下し、地面で待っていたガイア達と合流した。

「ねぇ、本当にこんな作戦にする必要ってあった? マイオルもモフも僕を見てゲラゲラ笑ってるじゃん⋯⋯」

 とても楽しそうに作戦を遂行する仲間を見て、ルキウスだけはちょっとだけ愚痴をこぼしていた。
しおりを挟む
感想 130

あなたにおすすめの小説

異世界でチート能力貰えるそうなので、のんびり牧場生活(+α)でも楽しみます

ユーリ
ファンタジー
仕事帰り。毎日のように続く多忙ぶりにフラフラしていたら突然訪れる衝撃。 何が起こったのか分からないうちに意識を失くし、聞き覚えのない声に起こされた。 生命を司るという女神に、自分が死んだことを聞かされ、別の世界での過ごし方を聞かれ、それに答える そして気がつけば、広大な牧場を経営していた ※不定期更新。1話ずつ完成したら更新して行きます。 7/5誤字脱字確認中。気づいた箇所あればお知らせください。 5/11 お気に入り登録100人!ありがとうございます! 8/1 お気に入り登録200人!ありがとうございます!

病原菌鑑定スキルを極めたら神ポーション出来ちゃいました

夢幻の翼
ファンタジー
【錬金調薬師が治癒魔法士に劣るとは言わせない!】 病を治す錬金調薬師の家系に生まれた私(サクラ)はとある事情から家を出て行った父に代わり工房を切り盛りしていた。 季節は巡り、また流行り風邪の季節になるとポーション作成の依頼は急増し、とてもではないが未熟な私では捌ききれない依頼が舞い込む事になる。 必死になって調薬するも終わらない依頼についに体調を崩してしまった。 帰らない父、終わらない依頼。 そして猛威を振るう凶悪な流行り風邪に私はどう立ち向かえば良いのか? そして、私の作った神ポーションで誰を救う事が出来たのか?

異端の紅赤マギ

みどりのたぬき
ファンタジー
【なろう83000PV超え】 --------------------------------------------- その日、瀧田暖はいつもの様にコンビニへ夕食の調達に出掛けた。 いつもの街並みは、何故か真上から視線を感じて見上げた天上で暖を見る巨大な『眼』と視線を交わした瞬間激変した。 それまで見ていたいた街並みは巨大な『眼』を見た瞬間、全くの別物へと変貌を遂げていた。 「ここは異世界だ!!」 退屈な日常から解き放たれ、悠々自適の冒険者生活を期待した暖に襲いかかる絶望。 「冒険者なんて職業は存在しない!?」 「俺には魔力が無い!?」 これは自身の『能力』を使えばイージーモードなのに何故か超絶ヘルモードへと突き進む一人の人ならざる者の物語・・・ --------------------------------------------------------------------------- 「初投稿作品」で色々と至らない点、文章も稚拙だったりするかもしれませんが、一生懸命書いていきます。 また、時間があれば表現等見直しを行っていきたいと思っています。※特に1章辺りは大幅に表現等変更予定です、時間があれば・・・ ★次章執筆大幅に遅れています。 ★なんやかんやありまして...

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?

はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、 強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。 母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、 その少年に、突然の困難が立ちはだかる。 理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。 一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。 それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。 そんな少年の物語。

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?

歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。 それから数十年が経ち、気づけば38歳。 のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。 しかしーー 「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」 突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。 これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。 ※書籍化のため更新をストップします。

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...