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第16章:砂漠の薔薇編
第175話:「今日は釣り日和だね」
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ルキウスは今日も教会の神殿でくだらない訓練を受けていた。防御が大事だと言われて、周囲に【神聖魔法】で結界を張り、それを高レベルの騎士達に殴らせているのだ。
高レベルとは言っても彼らはレベルが3か4なので、こんな特訓で熟練度が上がることはないと分かっていた。だけど、ルキウスはまだ周囲の神官達に自分がレベル4であることを話していなかった。
はじめは伝えるつもりだったのだけれど、ルキウスの神格化が進行している今、その情報がさらなる混乱を招きそうなため言わずにいることにした。
彼らが何故こんなにもルキウスを崇拝しているのかというと、レベル3で[剣]という固有のサブスキルを手に入れたことが大きいようだ。
長い間、聖者・聖女のサブスキルはレベル3までは固定で、レベル4になった時に初めて新たな力が芽生えるのだと信じられてきた。しかしルキウスはレベル3の段階で違う道を辿ったため、一部の信者達が「ルキウスは歴代の聖者の中でも特別な存在だ」と言い出したのだ。
そもそもこの情報が出回ったのは、教皇や聖女、その他の枢密卿達のそれぞれの思惑が絡んだせいだと聞いたけれど、ルキウスにとっては何が理由でも良い迷惑である。
数日前にはかんしゃくを起こして、自分がいる大神殿を破壊してやろうかとも思ったけれど、モフに宥められ、その後セネカ達と食事をしたことで何とか抑え込んだ。
食事の時、セネカ達が冒険に出る計画を立てていると言っていたけれど、ルキウスは余り多くを聞かせてもらえなかった。どうやら教会の目をかいくぐる必要のある計画のようなので、あえてルキウスに教えないことで情報漏洩を防ぐというような意図がありそうだった。
リーダーのマイオルは「時期が来たら分かるから」とちょっと悪い顔をしていたけれど、計画の骨子を担っているのはモフとガイアで、キトが中心になって修正を加えているのできっと上手くいくだろうとルキウスは感じていた。
「でも結局は何の計画かは分からないんだよなぁ」
ルキウスは防御壁を武器で必死に殴る騎士達を眺めた。正直暇で、考え事をするしかやることがない。以前、組み手をしようと言った時には畏れ多いと断られてしまった。
数日前の食事の時、ルキウスは計画に必要だと言われてセネカに針で刺された。お尻の辺りから出した針でルキウスを刺すセネカはちょっと可愛かったので、思い出すと自然と笑みが浮かんでくる。
「自分の口で『チクリ』って言ってたしね。『これはサソリ』とも言ってたなぁ」
ルキウスは愉快な気持ちで、魔力の気配を辿った。ルキウスの身体は今セネカと糸で繋がっているらしいのだけれど、それなりの感知力しか持たないルキウスでは気配を感じることができなかった。
試しているうちに魔力を隠せるような加工ができるようになったとセネカは言っていた。どうやらそれはレベル4になってから手に入れた[属性変換]の能力のようだけれど、本人もまだよく分かっていないらしかった。
マイオルが言うには【探知】のレベル3相当の検知力があれば見つかってしまうらしいが、今のところ魔力の糸の存在に気がつく者はいないようだった。
他にルキウスが知っているのは、計画開始の合図と、その後の行動の時々だけだ。とある言葉を聞いたら、その日の夜に計画を実行するので、ルキウスも行動して欲しいと言われている。
「今日はここまで!」
考え事をしているうちに訓練が終わった。この後は、教会の礼儀作法の話を聞いてから回復魔法の指導を受けることになっている。
教会では何をするにも信仰心が大事だということになっているのだが、余り信仰心のないルキウスがここまでやって来れている時点で、真剣に聞く気にはなれなかった。
だが、礼儀作法の時間には一つだけ良いことがある。それは親友のモフも一緒だと言うことだ。
彼もルキウスと同じようにグラディウスに言われて、教会の訓練や派閥の会合に出させられている。どうやらモフも辟易としているようで、気持ちを共有できるだけでもルキウスは嬉しくて仕方がなかった。
「あ、ルキウスだぁ!」
礼儀作法の勉強をする部屋に向かう途中でルキウスはモフに出会った。相変わらず眠そうな目をしていて、蜂蜜色の綺麗な髪が今日もちょっとだけ跳ねている。こんな様子なのに戦いになると頼りになるのだから面白い。
「モフ! 元気にしてる?」
「僕は元気だよぉ。それにさ、ほら、こんなに天気が良いじゃないかぁ……。今日は釣り日和だね」
目を細めながらモフが言ったのを聞いて、ルキウスは「来たっ」と思った。これが計画開始の合図なのだ。何が『釣り』なのかは分からないけれど、とにかくルキウスは指示通りに動くしかなかった。
その日の訓練を終え、日が暮れた後、ルキウスは静かに自室の窓から顔を出した。ルキウスの部屋には窓がいくつかあるが、指示通り一番大きな窓から顔を出している。冒険の準備はしておけと言われたので最低限の装備は整えている。
この窓は大きいので降りて建物の外に出ることができるけれど、その先には中庭に続いている。そのため、脱出しようとすると多くの人の目に触れてしまう。家具の高級さ的に格の高い部屋のようなので、高貴だが監視が必要な人のための部屋なのだろうとルキウスは考えている。
ここから顔を出してどうするのかなぁとボヤッと考えていると、何処からともなく糸が出現して、ルキウスの身体に巻き付いた。そしてその糸に引っ張られて、ルキウスの身体は空に浮かんだ。
糸の出どころが分かっていたので、ルキウスは全てを受け入れ、なすがままにされることにした。
◆
「今日は釣り日和です!」
セネカは上空にいた。場所は王都の城壁からかなり離れた地点で、足元には沢山の[まち針]が固定されている。
「大丈夫だと思っていてもここまで高いとなかなか怖いわね」
セネカの隣にはマイオルがいて、一緒にルキウスの動向を追っている。万が一の場合を考えて二人ともモフに作ってもらった衝撃吸収チョッキを着ている。
今日は良い夜だった。曇っていて月が隠れているおかげで、セネカ達を視認するのが難しくなっている。
「夜釣りが捗るね、マイオル!」
セネカは良い気分だ。これからルキウスと合流して、そして新しい仲間達と一緒に冒険をするのだ。楽しみで仕方がなかった。
いまセネカとルキウスは糸で繋がっている。ルキウスは動き回っているので、糸は神殿中を行き来しているが、大体何処にいるのかを感じることができる。
加えてマイオルが【探知】して、その詳細な位置を[視野共有]で見せてくれている。二人はいまルキウスの行動を完全に把握していた。
「セネカ、ルキウスが窓の方に移動しているわ」
「うん」
「始めましょうか。『ロマヌス王国脱出作戦』を」
マイオルの合図を聞いて、セネカは胸の前で手を組み、ルキウスのことを思い浮かべた。糸で物理的に繋がっているという以上の強い繋がりを感じる。
セネカは改めてルキウスと自分の間を【縫い】、ちょこっと彼の服を縫った後で糸を巻きつけた。先日からルキウスを追跡していた方の糸は解除して霧散させる。
「かかった!」
セネカは糸を巧みに操作して、ルキウスを上空に誘う。ルキウスの部屋はかなり入り組んだところにあるけれど、マイオルのおかげで正しい経路を取ることができる。
そしてルキウスが空に出た瞬間、セネカはさらに魔力を込めてスキルを発動した。すると、ルキウスは空を縫うように高速で移動し、あっという間にセネカの元にやってきた。
セネカはルキウスをしっかりと抱き留め、釣果を成果を報告する。
「マイオル! ルキウスが釣れたよ!!!」
マイオルの方を見ると彼女はお腹を抱えて笑っていた。ルキウスの方は非常に微妙な表情だけれど、楽しくなかった訳ではないことがセネカには分かった。
「よし、成功ね。これだけ速かったら教会もルキウスの居場所を探ることは難しいでしょう。今のうちに移動してこの国を出るわよ!」
セネカは頭上に[まち針]を出し、自分を含めた三人を糸で縫って繋げた。そして蜘蛛のようにしゅるしゅると降下し、地面で待っていたガイア達と合流した。
「ねぇ、本当にこんな作戦にする必要ってあった? マイオルもモフも僕を見てゲラゲラ笑ってるじゃん⋯⋯」
とても楽しそうに作戦を遂行する仲間を見て、ルキウスだけはちょっとだけ愚痴をこぼしていた。
高レベルとは言っても彼らはレベルが3か4なので、こんな特訓で熟練度が上がることはないと分かっていた。だけど、ルキウスはまだ周囲の神官達に自分がレベル4であることを話していなかった。
はじめは伝えるつもりだったのだけれど、ルキウスの神格化が進行している今、その情報がさらなる混乱を招きそうなため言わずにいることにした。
彼らが何故こんなにもルキウスを崇拝しているのかというと、レベル3で[剣]という固有のサブスキルを手に入れたことが大きいようだ。
長い間、聖者・聖女のサブスキルはレベル3までは固定で、レベル4になった時に初めて新たな力が芽生えるのだと信じられてきた。しかしルキウスはレベル3の段階で違う道を辿ったため、一部の信者達が「ルキウスは歴代の聖者の中でも特別な存在だ」と言い出したのだ。
そもそもこの情報が出回ったのは、教皇や聖女、その他の枢密卿達のそれぞれの思惑が絡んだせいだと聞いたけれど、ルキウスにとっては何が理由でも良い迷惑である。
数日前にはかんしゃくを起こして、自分がいる大神殿を破壊してやろうかとも思ったけれど、モフに宥められ、その後セネカ達と食事をしたことで何とか抑え込んだ。
食事の時、セネカ達が冒険に出る計画を立てていると言っていたけれど、ルキウスは余り多くを聞かせてもらえなかった。どうやら教会の目をかいくぐる必要のある計画のようなので、あえてルキウスに教えないことで情報漏洩を防ぐというような意図がありそうだった。
リーダーのマイオルは「時期が来たら分かるから」とちょっと悪い顔をしていたけれど、計画の骨子を担っているのはモフとガイアで、キトが中心になって修正を加えているのできっと上手くいくだろうとルキウスは感じていた。
「でも結局は何の計画かは分からないんだよなぁ」
ルキウスは防御壁を武器で必死に殴る騎士達を眺めた。正直暇で、考え事をするしかやることがない。以前、組み手をしようと言った時には畏れ多いと断られてしまった。
数日前の食事の時、ルキウスは計画に必要だと言われてセネカに針で刺された。お尻の辺りから出した針でルキウスを刺すセネカはちょっと可愛かったので、思い出すと自然と笑みが浮かんでくる。
「自分の口で『チクリ』って言ってたしね。『これはサソリ』とも言ってたなぁ」
ルキウスは愉快な気持ちで、魔力の気配を辿った。ルキウスの身体は今セネカと糸で繋がっているらしいのだけれど、それなりの感知力しか持たないルキウスでは気配を感じることができなかった。
試しているうちに魔力を隠せるような加工ができるようになったとセネカは言っていた。どうやらそれはレベル4になってから手に入れた[属性変換]の能力のようだけれど、本人もまだよく分かっていないらしかった。
マイオルが言うには【探知】のレベル3相当の検知力があれば見つかってしまうらしいが、今のところ魔力の糸の存在に気がつく者はいないようだった。
他にルキウスが知っているのは、計画開始の合図と、その後の行動の時々だけだ。とある言葉を聞いたら、その日の夜に計画を実行するので、ルキウスも行動して欲しいと言われている。
「今日はここまで!」
考え事をしているうちに訓練が終わった。この後は、教会の礼儀作法の話を聞いてから回復魔法の指導を受けることになっている。
教会では何をするにも信仰心が大事だということになっているのだが、余り信仰心のないルキウスがここまでやって来れている時点で、真剣に聞く気にはなれなかった。
だが、礼儀作法の時間には一つだけ良いことがある。それは親友のモフも一緒だと言うことだ。
彼もルキウスと同じようにグラディウスに言われて、教会の訓練や派閥の会合に出させられている。どうやらモフも辟易としているようで、気持ちを共有できるだけでもルキウスは嬉しくて仕方がなかった。
「あ、ルキウスだぁ!」
礼儀作法の勉強をする部屋に向かう途中でルキウスはモフに出会った。相変わらず眠そうな目をしていて、蜂蜜色の綺麗な髪が今日もちょっとだけ跳ねている。こんな様子なのに戦いになると頼りになるのだから面白い。
「モフ! 元気にしてる?」
「僕は元気だよぉ。それにさ、ほら、こんなに天気が良いじゃないかぁ……。今日は釣り日和だね」
目を細めながらモフが言ったのを聞いて、ルキウスは「来たっ」と思った。これが計画開始の合図なのだ。何が『釣り』なのかは分からないけれど、とにかくルキウスは指示通りに動くしかなかった。
その日の訓練を終え、日が暮れた後、ルキウスは静かに自室の窓から顔を出した。ルキウスの部屋には窓がいくつかあるが、指示通り一番大きな窓から顔を出している。冒険の準備はしておけと言われたので最低限の装備は整えている。
この窓は大きいので降りて建物の外に出ることができるけれど、その先には中庭に続いている。そのため、脱出しようとすると多くの人の目に触れてしまう。家具の高級さ的に格の高い部屋のようなので、高貴だが監視が必要な人のための部屋なのだろうとルキウスは考えている。
ここから顔を出してどうするのかなぁとボヤッと考えていると、何処からともなく糸が出現して、ルキウスの身体に巻き付いた。そしてその糸に引っ張られて、ルキウスの身体は空に浮かんだ。
糸の出どころが分かっていたので、ルキウスは全てを受け入れ、なすがままにされることにした。
◆
「今日は釣り日和です!」
セネカは上空にいた。場所は王都の城壁からかなり離れた地点で、足元には沢山の[まち針]が固定されている。
「大丈夫だと思っていてもここまで高いとなかなか怖いわね」
セネカの隣にはマイオルがいて、一緒にルキウスの動向を追っている。万が一の場合を考えて二人ともモフに作ってもらった衝撃吸収チョッキを着ている。
今日は良い夜だった。曇っていて月が隠れているおかげで、セネカ達を視認するのが難しくなっている。
「夜釣りが捗るね、マイオル!」
セネカは良い気分だ。これからルキウスと合流して、そして新しい仲間達と一緒に冒険をするのだ。楽しみで仕方がなかった。
いまセネカとルキウスは糸で繋がっている。ルキウスは動き回っているので、糸は神殿中を行き来しているが、大体何処にいるのかを感じることができる。
加えてマイオルが【探知】して、その詳細な位置を[視野共有]で見せてくれている。二人はいまルキウスの行動を完全に把握していた。
「セネカ、ルキウスが窓の方に移動しているわ」
「うん」
「始めましょうか。『ロマヌス王国脱出作戦』を」
マイオルの合図を聞いて、セネカは胸の前で手を組み、ルキウスのことを思い浮かべた。糸で物理的に繋がっているという以上の強い繋がりを感じる。
セネカは改めてルキウスと自分の間を【縫い】、ちょこっと彼の服を縫った後で糸を巻きつけた。先日からルキウスを追跡していた方の糸は解除して霧散させる。
「かかった!」
セネカは糸を巧みに操作して、ルキウスを上空に誘う。ルキウスの部屋はかなり入り組んだところにあるけれど、マイオルのおかげで正しい経路を取ることができる。
そしてルキウスが空に出た瞬間、セネカはさらに魔力を込めてスキルを発動した。すると、ルキウスは空を縫うように高速で移動し、あっという間にセネカの元にやってきた。
セネカはルキウスをしっかりと抱き留め、釣果を成果を報告する。
「マイオル! ルキウスが釣れたよ!!!」
マイオルの方を見ると彼女はお腹を抱えて笑っていた。ルキウスの方は非常に微妙な表情だけれど、楽しくなかった訳ではないことがセネカには分かった。
「よし、成功ね。これだけ速かったら教会もルキウスの居場所を探ることは難しいでしょう。今のうちに移動してこの国を出るわよ!」
セネカは頭上に[まち針]を出し、自分を含めた三人を糸で縫って繋げた。そして蜘蛛のようにしゅるしゅると降下し、地面で待っていたガイア達と合流した。
「ねぇ、本当にこんな作戦にする必要ってあった? マイオルもモフも僕を見てゲラゲラ笑ってるじゃん⋯⋯」
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