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第14章:月詠の国編

第157話:「とりあえず抽象的なことを言ってごまかそう!」

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 二人に遊びを教えたのはお昼が終わってからだった。
 キリアはそれから洗濯や掃除をして、自分の普段の仕事を片付けた。

 夕ご飯の用意をしなければならないと下拵えを始めてから、二人のことが気になったので様子を見てみることにした。
 そっと二人の部屋を覗くとあの子達はまだあの遊びをしているようだった。

「きゃー、ルキウスつよいー」
「セネカこそー。やるなー」

 あれから何時間経ったのかキリアは覚えていなかったけれど、ずっと続けているのだとしたらすごい集中力だ。
 彼らはもう十五歳になっているはずだから完全に子供だという訳ではないけれど、まるで幼児が遊びに熱中するように一生懸命になっているようだ。

 ご飯の用意をしようとキリアは炊事場に戻ろうとした。
 だけど思い返すと二人の様子がちょっと変だったことに気が付く。
 確かに楽しんでいるようだったけれど、話している言葉がなんか棒読みじゃなかった?

 怪訝に思ったキリアは帰る振りだけ見せて、二人からは見えないように静かに様子を見ることにした。

「次は負けない……!」
「かかってきなよ。一本残らず切ってあげるからさ」

 すると二人の雰囲気は打って変わり、辺りにピンとした緊張感が走った。
 盗み見ていたキリアも思わずゴクリと唾を飲み込んだ。

「全部切れるものなら切ってみなよ!」

 セネカは両手を広げて、手のひらや指から無数の糸を発生させた。
 全ての糸がさまざまな軌道を取りながらルキウスに襲いかかる!

「受けて立つよ、セネカ!」

 ルキウスは手の指の間に何本もの[剣]を挟み、セネカの糸を切りまくっている。
 いや、よく見ると何本かは宙に浮いていて自在に動いている。

 キリアは目の前で何が起きているのか分からなかった。
 たった何時間か前にキリアが教えた遊びはこれではなかった。
 というかこれは遊びではなさそうだ。

 セネカは不規則に魔力糸を動かしてルキウスに肉薄しようとするけれど、ルキウスはその糸を時には複数本同時に切り、なんとか身体に触れさせないようにしている。
 止めていたはずなのに二人ともかなり機敏に身体を動かしている。
 速く動いても床や部屋に振動が一切発生していないのはある意味天才だが、あれでは休息にならないではないか。

 キリアは立ち上がり、身の内から白緑色の揺らめく光を放った。
 その光は瞬時にセネカとルキウスに降り注ぎ、二人の出していた糸と剣を消し去った。

「こら! 安静にしているって約束だったでしょ!」

 二人は糸と剣が忽然と消えたことに驚いたけれど、キリアの顔を見て思わず声を出してしまった。

「げ、バレた」
「戻ったはずじゃ……」

 その言葉を聞いてキリアはいつものにこやかな顔を一変させた。
 二人は「あ、まずい」と思ったけれど、怒られ慣れすぎていて反省の色は全くなかった。

 ちなみにキリアは子育てをしてきたのでこう場面にはよく出くわしている。
 セネカとルキウスよりも子供がだいぶ小さい時のことであったけれども……。

「二人とも正座しよっか」

「え、いや……」
「でも……」

「正座しよっか」

「「はい」」

 それからこっぴどく叱られたセネカとルキウスは深く反省した。
 キリアにご飯抜きにされそうになったとかそういう訳ではなく、純粋に悪いことをしたと思ったからである。





 それから二人は大人しく遊びをするようになったけれど、うずうずしているのは見てとれた。
 というより反射的に怒ってしまったが二人の習熟度の早さを見誤っていたのはキリアの方だった。

 素直な二人のことだからこのまま言うことを聞きそうだし、もう逃げることはなさそうだけれど、せっかくここにいるのであればスキルの使い方にもっと習熟してほしい。
 キリアはどうしたら良いだろうかと丸一日頭を振り絞った後で、結論を出した。

「よし、とりあえず抽象的なことを言ってごまかそう!」

 そんなこんなでキリアは二人がいる部屋にまた向かった。

 部屋に入るとセネカとルキウスが飽きもせずキリアが考案した遊びをやっている。
 数の暴力に訴えることもせず、お互いに座ったままだから勝負自体は穏やかだ。

 見てもキリアには理解できなかったけれど、二人の真剣な様子からそこには何らかの戦略性があり、二人なりに楽しんでいるのではないかという気がした。
 なぜなら糸を出して、切られるというのを繰り返しているだけなのに二人は幼児のように目を輝かせて楽しんでいるからだ。

 キリアはいらぬ心配だったかもしれないと思った。
 だけど、いつまた我慢ができなくなるか分からないため、その期限を延ばすためにもキリアは声をかけることにした。

「ねぇ、セネカちゃん、ルキウスくん――」

「あ、キリアさん」

 キリアが来たことを察して、セネカが振り向いた。
 最初は人見知り気味だったセネカも今はキリアにも気安い様子だ。
 タイラが来るとちょっとびっくりするみたいだけれど、それは慣れというよりは人知れぬ迫力がタイラにはあるからかもしれない。

「二人ともその遊びにもだいぶ慣れたみたいだから、そろそろ次の段階に進んでも良いと思うんだけどどうかな?」

 そう尋ねてみると二人ともずいと前のめりになった。

「次があったんですか?」
「知りたいです!」

 試しに言ってみて食いつきが悪かったらやめようと思っていたけれど、それはキリアの杞憂だったようだ。
 こんなに興味津々にされてキリアも悪い気はしなかった。

「それじゃあ、次の遊び方を伝えるわね。何度も言うけれど、これはあくまで二人のスキルの力をうまく使うための練習だからね? セネカちゃんは繋ぐ意識をつけて、ルキウスくんは断つ意識を強くするの」

 二人ともコクコクと素直に頷いている。
 ちょっと行き過ぎるだけで二人は悪い子ではないのだとキリアは分かっている。

「セネカちゃんは今は手から糸を出して繋げていると思うんだけど、今度は手から出さずに直接自分とルキウスくんを糸で繋げて【縫って】みようか。あとルキウスくんは今は[剣]を出して振っていると思うんだけれど、それを出すのはやめてみようか。心の中で念じて、セネカちゃんの糸を切ってみよう」

 言ってやったとキリアは思った。
 正直キリア自身も何を言っているのかは分かっていない。
 言葉遊び的にそれっぽいことを伝えているだけだ。

 案の定、セネカとルキウスは「うーん」と唸り、考え込んでしまった。
 そして「できるかなぁ」と言って首を傾げている。

「それが二人ともできるようになったらまた対戦開始ね。それに慣れたらまた次の練習を考えるから教えてねー」

 キリアは軽い足取りで部屋を出た。
 よく分からなかったけれど、あの二人はキリアの言ったことに熱中し始めているようだったので、大人しくなるはずだ。
 もしかしたら余りの意味の分からなさに飽きてしまうかもしれないけれど、それはそれでやり方がある。
 ここまで子育てしてきたキリアの経験は伊達ではないのだ。





 次の日の朝、二人を起こしにいくと部屋から声が聞こえてきた。

「やった、勝った!」
「うわぁ、避けきれなかったぁ……」

 セネカとルキウスはまたあの遊びをしているようだった。
 昨日はあれだけ考えていたけれど、とりあえずまた遊びの方に戻ったのかもしれない。

 そうそう。そうやって行ったり来たりしながらちょっとずつ身体も良くなっていけば良いんだよと思っていると、二人がキリアの存在に気がついた。

「あ、キリアさんだ。おはようございます」
「おはようございます」

「キリアさんキリアさん!」
「どうしたの、セネカちゃん」
「できるようになったよ!」
「……何の話?」
「だから私もルキウスもできるようになったの。私は手から糸を出さずに繋げられるようになったし、ルキウスは[剣]を出さずに斬れるようになった」

 セネカがそう言った途端、キリアの服の肩の辺りがピンピンっと引っ張られた。
 そして『プチン』という気配がしたと思ったら、引っ張られることは無くなった。

 魔力の気配はどこにもなかった。

「――ね?」
「…………」

 キリアは言葉が出てこなかった。
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