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第13章(間章):一方その頃編

第147話:卓越者と親衛隊(1)

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 珍しくうんざりした様子でキトは昼食を取っていた。

「私の派閥に入るつもりはないだろうか。これは其方にも利益のある話だと思う」

 目の前にいるのはこの国の第三王子だ。
 利益はないとキトは何度も伝えたけれど、なぜだか理解してもらうことができない。

 やりたいことがたくさんあるのにこの謎の会合に時間を取られてしまい、最近キトは困っている。
 せっかく三年生になったというのに煩わしいことが増えてしまった。

「何度もお伝えしましたが、殿下の派閥に入る利点は大きくありません。私も三年になりましたし、研究をしなければなりません。ありがたいお話ですが、時間も限られておりますし、ここまでにさせていただけないでしょうか」

 多少無作法だとは分かっているけれど、キトは退室した。
 取り巻き達が眉を顰めていたようだけれど、ここまでくれば関係ない。

 派閥に入るつもりはないけれど、もし入ったとしても恩恵があるはずもない。
 三年生のキトは卒業試験に向かって学業と研究に勤しむのみだ。

 学術系統の三年生、しかも成績優秀者を何度も呼びつけて時間を使わせるのは、この学校で非常に良くない行動とされており、それは王族であろうと変わらない。

 どうしたものかとキトは一瞬だけ考えたが、すぐに目の前の問題の対処に頭を切り替えた。





 マイオルが帰ってきてからキトは事の顛末に関して詳細な情報を聞いた。

 気を利かせたアッタロスがグラディウスとの面会を取り付けてくれたので魔界に関してもキトは知ることができた。

 二人の失踪について知ってからキトは生活を変えた。
 毎日製薬のことを考え、時間があれば実験を重ねている。

「セネちゃんとルキウスは生きている⋯⋯」

 あれから師匠のユリアの伝手を使ってキトは自分で魔界について調べた。その結果、余程運が悪いのでない限り二人は生きているはずだと確信するに至った。

 帰って来るのが来月なのか十年後なのかは分からない。だけど魔界から帰還した者達は全員が魔力の扱いに熟達し、飛躍的に強くなることが多いらしい。

「多分このままじゃ置いていかれる」

 キトは焦る気持ちでいっぱいだった。
 やっとの思いで食らいついているつもりだったのに、二人はまた強くなって帰って来るかもしれない。
 その時、自分は並び立つに足るのだろうかと自問しない日はなかった。

 そして悩み続けた結果、なりふり構っている場合ではないと思うようになった。

 これまでキトは学校の成績を大事にしていた。
 優等生でいれば何かと便宜を図ってもらうことが可能となるので、利が大きいと判断していたのだ。
 だけど勉強はほどほどにして、調合技術を高めることに力を注いだ方が良いのではないかと思うようになった。

 キトにとってほどほどとは、八十点を目指すということだ。
 これまで百点取ろうと最善を尽くしていたことを八十点で良いことにする。 
 それは非常に大きいことだ。

 八十点と百点を取るためでは勉強はやり方が違うし、費やす時間も倍近く変わって来る。最優を諦めることで得られるものはとても大きい。

 焦って良いことはないとキトはよく分かっている。
 視野は狭くなるし、効率は下がっていくし、健康にも良くない。
 だけど分かってはいても自分を止めることはできなかった。


 これまでキトは穏やかな様子を崩すことがなかった。優しい声に垂れ気味の目が合わさり、温和なイメージが強かった。

 しかし、セネカ達のことがあってからは時折張り詰め、鋭い様子を学校の者達にも見せるようになっていた。

 キトのそんな側面に驚いた人が多かったけれど、大抵の人はこれまでよりもキトに好感を持つようになり、人気が出るようになった。

 三年生になって新入生が入って来ると、その人気はさらに増した。あの『縫剣』セネカの幼馴染である話が広まったことと、キトを慕う下級生達が一年時にキトがレベル2になったことを吹聴したことが原因だった。

 そして最終的には何故だか第三王子に目をつけられて、ことあるごとに呼びつけられる始末である。

「どうしてこうなったんだろう⋯⋯」

 キトは個室棟の自分の部屋で首を傾げていた。
 三年生になったらこれまで以上に研究に集中できるはずだったのだが、思っていたようには行かない。

 特に王子とお昼を食べるのはキトにとって負担以外の何物でもなかった。
 それなりの服装になるために宿舎に戻らなくてはならないし、時間に余裕を持って動く必要もある。

 目下、キトにとって一番の障害は第三王子となっていた。

「そろそろ決着をつけないといけないかなぁ⋯」

 キトは小さく呟いた。





 それからキトはスキルの技能向上のための訓練を行った後、街に繰り出した。

「キトちゃん!」

 美味しいフルーツを出してくれるカフェで待っていると赤毛のかわいらしい少女がやってきた。プラウティアだ。
 
 今日はプラウティアと会って情報交換をする日だ。
 セネカとマイオルがいない今、キトが冒険者と接するのはプラウティアと会うときくらいだ。

 そんなプラウティアが今日も修行の成果を報告してくれる。

「キトちゃん。植物の仁ってあるでしょ?」

「うん。杏子とかの種の中にある小さい実のことだよね? 胡桃とかはそこを食べる訳だけど⋯⋯」

「そうですそうです。私、まさにその杏子の仁の成分を[選別]で分取できるようになったの」

「それってもしかして龍卵殻の中から仁を取り出せるかもしれないってこと? しかも成分だけ」

「さすがキトちゃん! 一瞬で話が伝わるなんて⋯⋯。私もそう思っているんだけど、入手する伝手がないから相談したいと思ってたの」

 龍卵殻は特定の高山にだけ生える木の果実である。入手難度はそこそこだけれど、皮が異常に硬くて、特別な技術がないと開けることができないと知られている。

 様々な上級薬の材料になるが加工難度が高いため、流通量は多くない。

「セーミア先生に聞いてみるけれど、お金があれば手に入ると思う。そういう学校だから」

「そうですよね。お金は私が出します」

 プラウティアは多くの依頼をこなしているのでお金には余裕がある。

「プラウティアさん。私もお金を出すから一緒に実験させてくれないかしら?」

「もちろんです! 成分を抽出したあとで薬にできると分からないと意味がないのでお願いするつもりでした。お金は良いので出来た薬を安く売ってくれませんか?」

「それで良いの? 龍卵殻から仁を取り出す費用を考えたら安いと思うけど⋯⋯」

「そうかなぁ。もしキトさんが新しい調合方法を見つけたら薬の方が高くなっちゃうと思いますよ?」

「もし出来たらね。でもそんな簡単じゃないよ」

 キトがそう言うとプラウティアは満面の笑みを浮かべた。

「ふふふ。だけど、何とかしてやり遂げるつもりですよね?」

「⋯⋯気持ちだけはね」

 付き合いも長くなって来たので、プラウティアはキトのことが少しずつ分かって来ている。

「そう言う訳なので遠慮しているわけじゃないよ。これは私とキトちゃんへの先行投資になるから!」

「分かったよ、プラウティアちゃん。ありがとうね」

「いえいえ」

「それじゃあ、詳しいことが分かったら連絡するね。あとは――」

 それから二人は最近あったことを存分に話し合った後、自分の住処に帰っていった。
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