上 下
146 / 197
第13章(間章):一方その頃編

第146話:ガイアと宝玉(5)

しおりを挟む
 それからガイアはピュロンに魔法について教え続けていた。

 朝から夕方まではピュロンに聞かれるがままに情報を伝え、ピュロンがスキルの練習するのを見させてもらっていた。

 夕方からはガイアが【砲撃魔法】を使うのを見てもらってさまざまなアドバイスをもらっている。

「ねぇガイア、そのレオの構想っていうのがボクには分からないんだけれど、魔力を変質させる時の話だよね?」

「はい。端的に言うと、極限状態に置かれた魔力の活性化エネルギーが低くなるのではないかという構想なのですが、私は高圧縮状態の時にその理論が成り立つのではないかと思っていまして⋯⋯」

「なるほどね。じゃあ、ちょっとやってみようか!」

 ピュロンは突然立ち上がって魔力を圧縮し始めた。

「これで魔力を変質させれば良いんだよね。⋯⋯あ、やべっ!」

 焦るような声を上げた後、ピュロンは全力でガイアから離れ、【水銀】の膜で自分を覆った。

 ドギャーン!!!!

 大きな音が響き渡る。
 ガイアは反射的に身を伏せていた。

「⋯⋯久しぶりに死ぬかと思った」

 声が聞こえたのでガイアはおそるおそる顔を上げた。するとそこにはボロボロになったピュロンがいた。

 周りに爆風が漏れた様子はないので全てをその身で受け止めたのだろう。

「大丈夫ですか?」

「身体は全然大丈夫なんだけど⋯⋯これってまた怒られるかな?」

 ピュロンは訓練所の入り口の方を見ている。
 これまでにも何度も魔力の制御を誤り、訓練所を壊しているため、ピュロンはアッタロスからこっぴどく怒られていた。

「今回は音だけなので大丈夫だと思いますが⋯⋯」

「ならいっか!」

 即座に気を取り直したピュロンを見て、ガイアはため息をついた。

 そんなピュロンは乱れた髪を直しながらガイアの方に歩いてくる。

「でも、これで分かったね」

「⋯⋯何がですか?」

「ガイアの理論に再現性があったということだよ。高圧縮状態の魔力に対して特定の変換を行ったら確かに容易に変換されたよ。想像以上だったから爆発したけどね」

 ピュロンはケラケラと笑い始めた。
 
「もちろん【水銀】と【砲撃魔法】だけだから普遍性は分からないんだけどね。でもやっぱりキミの考えはボクの力になりそうだ。ただのレベル1のキミの考えがね」

 ピュロンの様子には侮る様子は全くなかった。むしろ誇らしいような顔だったのでガイアは反射的に涙が出そうになった。

「さて、ボクに教えてもらうのはここまでにして、そろそろガイアの訓練を始めようか!」

「はい!」

 ガイアの顔はいつになく引き締まっていた。



◆◆◆



 ピュロンとガイアが王都に来てから一週間が経った。
 今日が最後の日だ。

 ピュロンに対する【砲撃魔法】の理論の説明を午前中に終え、あとはガイアの練習を残すのみとなった。

「今日はあの的に魔法を撃ってみてよ」

 ピュロンがそう言った。
 訓練を始めてからガイアは毎日ピュロンに向けて魔法を使っており、的は使っていなかった。

 ガイアは黙って頷き、的の方に向かった。
 ピュロンの横にはアッタロスとプラウティアが立っている。

 アッタロスは今日が訓練の終わりだと聞きつけて足を運んでいる。
 プラウティアはアッタロスに呼ばれて二日前から訓練場に顔を出すようになった。

 今日が最後だ。思い返すと長かったような気がするとガイアは思った。

 スキルを得てから考えて来たことを改めて整理し、白金級冒険者であるピュロンにぶつけて来た。

 ほとんど全てのことはピュロンが試しても同じようにはならなかったけれど、何個かの大事な部分は【水銀】でも同じ法則が当てはまりそうだった。

 なんて果てしないのだろうとガイアは思った。
 小娘が何年か打ち込んだだけでは到底解明できないような謎がスキルにはある。
 あまりの奥深さにガイアは圧倒されそうになった。





 いつまで経ってもガイアが魔法の準備を始めないのを見て、アッタロスは言った。

「ピュロン、ガイアに何か精神的な助言をしてやってくれないか? どうせ技術的な話しかしていないんだろう?」

 それを聞いたピュロンはアッタロスから目をそらしながら答える。

「まぁそうですけど必要あります? 彼女は十分強いですよ?」

「あぁ、お前の言うとおりガイアは精神的に強いな」

「じゃあ良いで――」

「だからこそだ」

 言葉を遮られたピュロンはアッタロスの方を向いた。

「だからこそ、お前みたいな奴が言ってやらなきゃならない。そうでもしないとガイアはずっと孤独な戦いを続けることになるぞ」

 アッタロスはピュロンの目を真っ直ぐに見ている。

「魔法剣士の俺では力が足りないんだ。ピュロン、頼む」

「⋯⋯分かりましたよ」

 ピュロンはガイアの方に歩いていった。
 プラウティアはアッタロスとピュロンの話をあわあわ言いながら聞いていた。





「ねぇ、ガイア、これを見てよ」

 世界の壮大さで頭がいっぱいの時、ガイアの耳に声が届いた。
 ガイアが横をみるとピュロンが立っていて、手のひらに小さな水銀を浮かべている。

「これさ、綺麗だと思わない? ボクは宝玉みたいだって思っているんだけど、ガイアにはどう見える?」

 水銀は完全な球形で、一点の曇りもなく白い光沢を持っている。
 確かに綺麗だと感じたのでガイアが頷くと、ピュロンは子供のように笑った。

「ボクのスキルってね。キミが見てきたように防御にも使えるけれど、広範囲に攻撃したり、毒で魔物をやっつけたりすることもできるんだよ」

 ガイアは顔を上げてピュロンを見た。

「だからボクのスキルのことを『おぞましい』と批判する人もいる。反対に『最強だ』って称賛する人もいる」

 ピュロンの顔はちょっぴり切そうにくしゃっと歪んだ。

「だけどなんと言われようと、このスキルから出た【水銀】の美しさは変わらないと思わない? その価値に変動は無いと思わない?」

 ガイアはピュロンの手のひらにある球体を見た。
 誰が貶そうと褒めようとその輝きが変わることはないだろう。

「美しさは変わることはないと思います」

 それを聞いてピュロンはまたニコッと笑った。

「だからボクは思うんだ。誰かの評価に関わらずこの宝玉は美しいってね。そして同時に思うんだよ。それはボクのスキルやボク自身だって同じじゃないかってさ」

「同じですか?」

「うん。誰になんと言われようとボク自身やボクのスキルの価値は変わらない。それはこの宝玉のように人の評判で変わるものではないと思うからね」

 ピュロンが何か大事なことを自分に伝えようとしてくれている。そう思ったガイアは必死に話を理解しようとしている。

「⋯⋯ガイアはさ、自分のスキルをこの宝玉のように価値あるものだって思えている? キミが打ち立てた理論や努力を価値あるものだって信じられている?」

 ガイアはまたピュロンの手のひらの上を見た。
 自分は自分をどう思っているのだろうか。

「ボクはボクのスキルが一番すごいって思っているけれど、キミはどうなのかな?」

 ピュロンはそれだけ言ってアッタロスたちのところに戻って行った。



 一人で的に向き合うガイアは自分がこれまでにして来たことを改めて整理していた。

 一日一回しか使えないスキルを伸ばすために寒い場所にこもり、孤独に練習を続けて来た。
 空いている時間でスキルの分析を始めとした勉強を続けて来た。
 その勉強が実り、王立冒険者学校に入学することができるようになった。

 学校に入ってからは大変だった。
 狂ったように訓練を続けるセネカとマイオルについて行こうと必死になり、気が付けば同じメニューをこなせるようになっていた。
 並行して少ない時間で勉強を続け、トップの成績を維持した。
 冒険者として業績を上げ、銅級にもなった。
 日に二回魔法を使えるようにもなった。

 そして白龍に遭遇して生き延び、スタンピードでは最前線で作戦に参加した。
 セネカがいなくなった後は、消沈するマイオルの代わりに前に出てモフを誘い、たった三人で旅を続けた。

「そして白金級冒険者のピュロン様にすら通用する魔法の理論を考えた」

 ガイア、あなたはまだ足りないの?
 足跡を振り返っているとそんな声が頭に響いて来た。
 これは自分の声だ。
 努力を続けて来たのに認めてあげられなかった自分の声だ。
 
 ガイアは先ほどのことを思い返した。
 さっきピュロンは大切なことを伝えてくれた。

 一日一回しか使えなくてもガイアは【砲撃魔法】を良くないスキルだと思ったことはなかった。
 扱いは難しいけれど、使いさえすれば破格の威力を出し、レベルに見合わない戦果をいつも上げてくれる。そんな大切なスキルだ。

 宝玉のように綺麗かはわからないが、かけがえない大切なもの。
 それがガイアにとっての【砲撃魔法】だ。

 ガイアは無意識のうちに左手を的に向けて突き出していた。
 そして流れるように魔力を練り、圧縮する。
 魔力は臨界状態を迎え、破壊の力を蓄える。

 的に向かって魔法を放とうとした時、不意に笑いが込み上げて来た。
 何故だかこの魔法を撃つことで自分がレベルアップするのだと分かってしまったのだ。

 簡単なことだった。
 自分のスキルには価値があった。
 自分の努力には意味があった。

 そう思えるだけでこんなにも世界が変わるなんて!

 ガイアは渾身の想いを込めて魔法を放った。

 ぎゅばーーん!!!!!

 大きな音の後に残っていたのは的の残骸と、煌びやかに輝く魔力の残渣だった。

【レベル2に上昇しました。[属性変化]が可能になりました。身体能力が大幅に上昇しました。サブスキル[花火]を獲得しました】

 ガイアが気がつくと横で見ていたはずのプラウティアが抱きついていた。

 ガイアはこの日、レベル2になった。
しおりを挟む
感想 123

あなたにおすすめの小説

異世界でチート能力貰えるそうなので、のんびり牧場生活(+α)でも楽しみます

ユーリ
ファンタジー
仕事帰り。毎日のように続く多忙ぶりにフラフラしていたら突然訪れる衝撃。 何が起こったのか分からないうちに意識を失くし、聞き覚えのない声に起こされた。 生命を司るという女神に、自分が死んだことを聞かされ、別の世界での過ごし方を聞かれ、それに答える そして気がつけば、広大な牧場を経営していた ※不定期更新。1話ずつ完成したら更新して行きます。 7/5誤字脱字確認中。気づいた箇所あればお知らせください。 5/11 お気に入り登録100人!ありがとうございます! 8/1 お気に入り登録200人!ありがとうございます!

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

病原菌鑑定スキルを極めたら神ポーション出来ちゃいました

夢幻の翼
ファンタジー
【錬金調薬師が治癒魔法士に劣るとは言わせない!】 病を治す錬金調薬師の家系に生まれた私(サクラ)はとある事情から家を出て行った父に代わり工房を切り盛りしていた。 季節は巡り、また流行り風邪の季節になるとポーション作成の依頼は急増し、とてもではないが未熟な私では捌ききれない依頼が舞い込む事になる。 必死になって調薬するも終わらない依頼についに体調を崩してしまった。 帰らない父、終わらない依頼。 そして猛威を振るう凶悪な流行り風邪に私はどう立ち向かえば良いのか? そして、私の作った神ポーションで誰を救う事が出来たのか?

今日も聖女は拳をふるう

こう7
ファンタジー
この世界オーロラルでは、12歳になると各国の各町にある教会で洗礼式が行われる。 その際、神様から聖女の称号を承ると、どんな傷も病気もあっという間に直す回復魔法を習得出来る。 そんな称号を手に入れたのは、小さな小さな村に住んでいる1人の女の子だった。 女の子はふと思う、「どんだけ怪我しても治るなら、いくらでも強い敵に突貫出来る!」。 これは、男勝りの脳筋少女アリスの物語。

母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)

いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。 全く親父の奴!勝手に消えやがって! 親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。 俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。 母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。 なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな? なら、出ていくよ! 俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ! これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。 カクヨム様にて先行掲載中です。 不定期更新です。

最強の職業は付与魔術師かもしれない

カタナヅキ
ファンタジー
現実世界から異世界に召喚された5人の勇者。彼等は同じ高校のクラスメイト同士であり、彼等を召喚したのはバルトロス帝国の3代目の国王だった。彼の話によると現在こちらの世界では魔王軍と呼ばれる組織が世界各地に出現し、数多くの人々に被害を与えている事を伝える。そんな魔王軍に対抗するために帝国に代々伝わる召喚魔法によって異世界から勇者になれる素質を持つ人間を呼びだしたらしいが、たった一人だけ巻き込まれて召喚された人間がいた。 召喚された勇者の中でも小柄であり、他の4人には存在するはずの「女神の加護」と呼ばれる恩恵が存在しなかった。他の勇者に巻き込まれて召喚された「一般人」と判断された彼は魔王軍に対抗できないと見下され、召喚を実行したはずの帝国の人間から追い出される。彼は普通の魔術師ではなく、攻撃魔法は覚えられない「付与魔術師」の職業だったため、この職業の人間は他者を支援するような魔法しか覚えられず、強力な魔法を扱えないため、最初から戦力外と判断されてしまった。 しかし、彼は付与魔術師の本当の力を見抜き、付与魔法を極めて独自の戦闘方法を見出す。後に「聖天魔導士」と名付けられる「霧崎レナ」の物語が始まる―― ※今月は毎日10時に投稿します。

公爵家三男に転生しましたが・・・

キルア犬
ファンタジー
前世は27歳の社会人でそこそこ恋愛なども経験済みの水嶋海が主人公ですが… 色々と本当に色々とありまして・・・ 転生しました。 前世は女性でしたが異世界では男! 記憶持ち葛藤をご覧下さい。 作者は初投稿で理系人間ですので誤字脱字には寛容頂きたいとお願いします。

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

処理中です...