上 下
86 / 161
第9章:銀級冒険者昇格編(1):邂逅

第86話:交流

しおりを挟む
 アピアナの依頼を達成した後、四人は急いで王都に帰った。納品をして不足品を補充したら授業の準備を始める。

 二年の授業は一年次の発展の科目が多いので一から予習をする必要はない。しかし、四人は早めに単位を取り切ってしまいたいので詰め込んでいる。勉強時間を削ることは出来なさそうだった。

 セネカたちは、昨年の平日は鍛錬ばかりだったけれど、今年からは今後のことを見据えて人との交流を増やしている。

 セネカは学内の人と会うことが多い。二回ほど貴族の食事会にお呼ばれしたけれど利になることはあまりなかった。今のうちに場慣れしようという意識があるだけだ。

 マイオルの実家のメリダ商会は王都に出店しようと準備をしているようで度々父親が来ている。マイオルは父に付き添って色々と勉強をしている。

 プラウティアはキトと頻繁に会っているようだ。伝手を辿って魔導学校の薬師コースの学生とも交流を深めているらしい。先日セネカがキトに会った時にもプラウティアのスキルを利用した新たな製薬の話をした。また、プラウティアは貴族なので貴族同士で控えめに交流しているようだ。

 ガイアも学内の者との交流が多いようである。セネカと二人で行動することもある。冒険者学校にはフィールドワークを中心とする学者肌の生徒が多くいるので、そういう人たちから情報を得ている。

 セネカは模擬戦をすることが増えた。
 生徒同士で話をしていると実際に技を見たくなるのですぐ練習場に行こうということになる。そしてわざわざ練習場に行けば模擬戦をしたくなる。
 また、有力者たちも冒険者の腕を見るために戦いをけしかけてくることがある。セネカは良からぬ気配を感じた時には逃げることにしているため、今のところ大変な目には合っていない。反対に有力者の護衛の中には面倒見の良い者も多いので、そういう人に出会えた時には積極的に話しかけて情報を得ることにしている。

 セネカは交流に煩わしさを感じることも多かったけれど、これも必要なことだと自分を言い聞かせて、日々勤しんだ。





 銀級冒険者への昇格試験は年に二回ある。試験を受ける前には推薦を受ける必要があるため、今年の一回目の試験には間に合わなさそうだ。なのでセネカは二回目の試験に狙いを定めて活動を進めている。

 交流を重ねるうちに、セネカは上流階級の人間の評価を高めるのがどれだけ大事なのか分からなくなって来た。アッタロスの言う通り、信用が大事なことは分かるが、それは一時のものなのではないかとも思ってしまう。

 マイオルは深く入り込みすぎてしがらみに囚われてしまうことを懸念していた。権力者達と関わりすぎると却ってルキウスを守ることができない状況に陥ってしまう恐れもある。

 色々と考えると、この一連の交流では深く信頼できる人を探すことが大事だとセネカは感じていた。自分が将来英雄になっても、外れ者になっても、それでも信じられる人を見つけたい。そう考えると、そろそろ面通しは十分であるように感じてきた。あとは知った人の中から信用できる人を見定めてゆけば良い。

 龍を倒す英雄になろうとしているのにお金や権力の力に揺らいでいては仕方がないようにセネカは思う。

 むしろ、圧倒的な実力があれば良いのではないか。結局のところ、それが求めるものではないかとセネカは閃いた。交流は最低限必要な分にして、圧倒的な実力をつけよう。信用も経験も副産物だ。そう思いついたセネカはマイオルに相談した。

 マイオルは「それもそうね」と言って、改めて四人で話し合うことにした。





「という訳でみんなに集まってもらったのだけど、どうかしら?」

 四人はマイオルとプラウティアの部屋に集まって最近の活動について話している。

「私はいまの生活も嫌いではないが、確かにそろそろ鍛錬にも力を入れたいとは感じ始めていた。なので、いっそのこと何人かで研究会を作って【砲撃魔法】をはじめとした魔法スキルについて深く検証するのが良いかもしれないと考えている」

「私も貴族との付き合いはそろそろ終わりで良いかなって感じている。『月下の誓い』に貴族がいるって情報が出回っただけで十分じゃないかな?」

「ヘルバ家のご令嬢が属しているって分かった訳だものね」

 セネカとマイオルはプラウティアが貴族の出だと以前聞いた時には驚いた。ガイアは身のこなしからそういう場合もあるかもしれないと考えていた。

 ヘルバ家は古くからある家で、当然マイオルの父は知っていた。うまく付き合うようにマイオルは伝えられている。

「マイオルちゃんはどう思っているの?」

 プラウティアは以前よりも堂々とした様子で尋ねた。少しずつ自信がついてきているようである。

「あたしも基本的にはセネカの考えに賛成ね。圧倒的な実力をつければほとんどのことは無視できる。それが冒険者だからね。でも、教会や国に目をつけられることになったら辛い状況になるのは事実よ。鍛錬に時間を使いつつ、追い込まれた時の手段を構築することは続けてほしいわ」

 マイオルの話を聞きながらセネカは申し訳なさそうな顔を浮かべた。
 セネカはルキウスと再会したら一緒に冒険するつもりだ。例え世界中が敵になったとしてもルキウスが望むのであれば戦い続ける覚悟を持っている。

 マイオルは基本的にセネカについていく覚悟だ。自分に夢を見せ続けてくれるセネカのことをマイオルはもう見捨てられない。しかし、ガイアとプラウティアにはそこまでの覚悟はないかもしれない。お互いのことを信頼しているけれど、ルキウスのことに勝手に巻き込むのは虫が良すぎる。

 セネカは二人にルキウスのことを全て話したけれど、二人が心の奥底でどんなことを考えているのかは分からない。簡単に聞けることでもないし、そもそもこれからどんな事態が待っているのかも分からないのだから、その時の動きについて話し合うことなどできなかった。

「ガイアが言っているように少人数で研究会をしてみるのは良いかもしれないわね。パーティの中に閉じこもりすぎずに深い探究が出来るかもしれないわ」

 一番興味のあることを信用できる人と探求しよう。そういう結論になって、後日また話し合いをすることになった。





 セネカは前にも増して、王都を一人で歩くことが増えた。
 個人的に人と会う機会も多くなったし、待ち合わせまで時間を潰す必要がある時もある。そうしているうちに街の様子も覚えて、気軽に出かけられるようになってきた。

 今日はセネカだけ授業が早く終わる日なので、一人で携行食を補充し、武具を見に行くつもりだ。

 以前だったらすぐに用事を済ませて学校に戻り、即座に鍛錬を開始しただろう。今も街行く人に気づかれないように魔力操作の練習をしているけれど、身が入っているとは言い難い。

 セネカはうろつきながら小径に入っていった。迷いなくまっすぐ進み、古い建物の二階にある店を訪れる。

 そのお店はお茶屋だ。穏やかな女性が営むお店で静かな空気がある。そういうお達しがある訳ではないのに自然と声を出すのが憚れるような雰囲気があり、落ち着くことができる。

 セネカは静かに席についてお茶を注文した。照明は暗いが窓から外の明るい光が入ってくる。

 ルキウスと離れてから四年が経つ。
 六歳の時に出会って十歳まで一緒に過ごした。十四歳のいま、過ごした時間よりも離れていた時間の方が長くなりつつある。

 あんなに鮮明だったルキウスの顔も今では霞み始めている。
 ルキウスも成長しているはずなので顔も変わっているだろう。
 いまのルキウスの姿をセネカは知らない。

 そう思うと何故だか目頭が熱くなって自分だけが取り残されてしまったような気持ちになる。

 お茶が来た。この店では非常に濃いお茶が少量出てくる。

 セネカは器を手に取り、ゆっくりと口に含んだ。濃厚なお茶の味が広がる。香りは華やかで渋みは薄い。量は少ないけれど満足感がある。
 頭の中に浮かぶモヤがほんの少しだけ晴れた気持ちになる。

 無我夢中で走ってきた。
 やっとルキウスの手がかりを掴んだ。
 再会の時はそう遠くないのかもしれない。

 喜びが湧き上がってくる。
 同時に不安が顔を出してくる。

 喜びに心から浸ってしまいたい。
 不安にどっぷりと飲まれてしまいたい。
 だけど、その先に待つのは停滞だ。

 不確実な状況に心を削られ続けている。
 苦しいはずだ。疲れてしまうのも仕方がないと思ってしまう。
 どうにかしたいけれど、どうしようもない。

 そんな時、自分を救ってくれる魔法のような解決方法があれば良いと思ってしまう。

 セネカは魔法が使えるようになったのだ。
 絶望的に効率が悪いが、火を出せる。
 氷を放てる。
 回復もできる。

 だけど、魔法のことを学べば学ぶほど痛感することがある。

 自分の運命を覆してくれるような都合の良い魔法はこの世界に存在しないのだ。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

円満な婚約解消が目標です!~没落予定の悪役令嬢は平穏を望む~

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:1,625pt お気に入り:498

【完結】この胸が痛むのは

恋愛 / 完結 24h.ポイント:276pt お気に入り:1,761

真・身体検査

BL / 完結 24h.ポイント:71pt お気に入り:4

 デジタル・ドラゴン ~迷えるAIは幼子としてばんがります~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:3,217pt お気に入り:1,173

クズ=ダラッケ王国破門事件

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:63pt お気に入り:1

【R18】勇者は淫らに犯される

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:38

魔法使いの恋

恋愛 / 完結 24h.ポイント:205pt お気に入り:424

処理中です...