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第8章:王立冒険者学校編(2)

第80話:マイオル対ケイトー

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 戦いの序盤は探り合いだった。
 お互い引き気味に戦って相手の動きを見ている。

 マイオルは初めからそう戦うつもりだったのだが、ケイトーがあまり攻めてこないのは意外だった。

 攻めてくれた方が都合が良かったのにとマイオルは思った。ケイトーはマイオルのこれまでの勝利が単なる偶然ではないことを見抜いているのかもしれない。

「武人がいつになく慎重だ」
「大抵の場合は力で突破する御仁なのに」
「マイオルちゃんはそれほどの敵なのか?」

 生徒達は次々に言葉を交わす。
 ケイトーの持ち味は思い切りの良い踏み込みと無理気味の攻撃を成立させる技術力だと考える者が多いので、応援する者は早い決着を望んでいる。

 そんな中で意義を唱える者もいた。

「いや、武人は強敵に会った時は様子を見ることが多い。『攻めたいから攻めるのではなく、行けると思うから攻めるのだ』と以前に言っていたしな」
「なるほど。となると武人はまだその時ではないと考えているのか」
「そうかもしれない」

 時間が経つごとに観客達のマイオルを見る目が変わっていく。だが、どう見てもマイオルにケイトーを脅かす実力があるようには見えなかった。





 マイオルは【探知】を使いながらケイトーの動きを観察している。

 魔力の動きを見ていると、ケイトーが技法を使いこなしているのが分かる。圧倒的な精度で魔力を適切な位置に移動させて身体を強化している。斧槍に魔力が移ることもあるので武器を強化することもできるのだろう。強いわけである。

 あらゆる武器を扱う技術、磨き抜かれた技法、ケイトーが一部の学生から崇められる理由も分かる。

 一方でマイオルも身体強化の技法を使っている。出力はまだ上げられるのだが、攻め急がないようにじっと我慢している。

 自分の技術が拙いことを認識しているので、決定的な瞬間だけ最大出力にしている。それは一太刀か二太刀の間なので、意表を突かれた相手は崩れることになるし、観客は偶然良い技を出せたように感じる。

 ケイトーを含む一部の実力者達はマイオルが技法を用いて技を繰り出していることに気づいている。だが、それだけで勝てるほど甘い相手ばかりではないはずだった。

 ケイトーの警戒はそこに起因する。スキル【探知】だとは聞いているが、それでは説明できないことが起きているようにケイトーは感じていた。

 マイオルと同じパーティのセネカは【縫う】というスキルを思いがけない方法で使って結果を出している。プラウティアに負けたフーススはケイトーと同じパーティだ。ケイトーがマイオルに注意を払うのは当然だった。

 マイオルとケイトーはジリジリと間合いを詰めながら相手の出方を見ている。攻撃を何度も交わしているが、お互いに全力ではない。

 それでもケイトーの攻撃は重いとマイオルは感じていた。ちょっとでも隙を見せれば簡単に押し切られてしまうだろう。気を抜くことはできない。

 本格的なぶつかり合いをしない二人に観客は焦れてきている。ケイトーはどこ吹く風だが、マイオルは圧力を感じている。ケイトーの出す威圧感も中々だ。気をしっかり持たないと、怯えから甘い攻撃を出してしまいそうになる。





 マイオルがここまで勝ってこれた大きな要因は『スキルに身を委ねる』という感覚を培ってきたことだった。

 テリティアとの訓練以降、マイオルは自分の勘が冴えてきていることに気がついた。
 たまたまだと片づけそうになったが、徐々にそう感じる瞬間が増えてきた。
 振り返って良く分析すると、勘が働くのは決まってスキルを使用している時だった。

 これもスキルの能力なのかもしれないという考えに辿り着くまでに時間はかからなかった。だが、これが能力だとしても勘は勘だ。根拠のない力に勝負の行方を委ねるのは怖い。時には命までも賭けることになる。

 マイオルはこれまでスキルを使いこなそうとしてきた。剣を鍛えるのと同じ感覚でスキルを鍛えてきた。

 【探知】は良いスキルだ。だから、うまく行かないのはそれを使う自分が悪い。そう反省することが多かった。けれどスキルは道具のようである一方で、自分に属する技能でもある。

 それに気がついた時、マイオルはハッとしたような気持ちになった。上手くいけばスキルのおかげ、失敗すれば自分のせい。そんな無意識の考えがいつのまにか染み付いている。

 スキルを信じることは、自分を信じることではないだろうか。
 自分を信じることに何を躊躇う必要があるのだろうか。 
 それを意識するようになってからは早かった。セネカに協力してもらいながら勘に身を委ねることに慣れていった。

 スキルとの向き合い方は変わったけれど、これまで通りに戦況を読むことは止めていない。[軌跡]を使いながら総合的に情報を取りつづけている。だが、最終的な判断はスキルから流れてくる勘に任せることにした。

 スキルに委ねると不思議な変化が起きた。しつこかった自己嫌悪の気持ちがあまり湧いてこなくなったのだ。やはりスキルは自分でもある。スキルを信じることは自分を信じることに繋がる。





 突然ケイトーの踏み込みが鋭くなった。マイオルはすんでのところで攻撃を躱わす。

 ついに来たとマイオルは思った。これまでケイトーは様子を見ていたが、マイオルの動きから結論を得たのだろう。

 マイオルは相手の動きを予見して動いている。敵からしたら、動き出しが一瞬早いので技が出しにくい状態になっていたり、気持ちよく攻撃できない状況になっていたりするだろう。防御に関しても似たような感覚になるはずだ。

 マイオルと戦うと調子が出ないように感じるのは当然だった。行動を読まれているので、動き始めた時にはその線をすでに潰されているのだ。

 では、そういう相手にはどうすれば良いだろうか。
 答えは簡単だ。読まれている前提で動き、読まれても防げない攻撃をすれば良い。

 セネカとの模擬戦では、セネカはマイオルには対処ができない状態に追い込むことで勝ちを攫って行く。

 ケイトーもセネカと同じ結論に至ったのだろう。動きを読まれても良いとばかりに速くて鋭い攻撃を繰り出してくる。

 そういう相手に対しては、マイオルは追い込まれても打開できる技を放つか、さらに先の展開を深く読むかの二択しかない。

 マイオルは手詰まりになる筋を避けながら強力な攻撃を捌かなければならない。
 全ての攻撃に脅威を感じる。恐怖心に屈して防衛的な行動を取りたくなるが、スキルによってもたらされる示唆を受け取り続ける。

 武闘会で強者と戦うことでマイオルは鍛えられていた。動きが洗練され、スキルに対する信頼が向上した。追い詰められなければ得られなかったものだ。

 今もケイトーに攻め立てられながらマイオルは急速に成長していた。

『このまま、勝ちも負けも付かないままで戦い続けられたら良かったのに』

 そんな風にマイオルは思っていた。
 けれど、そんな勝負がないことも分かっている。

 決着の時は近い。
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