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第8章:王立冒険者学校編(2)
第79話:武人
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王立冒険者学校で一番強いのは誰か?
幾度となく議論されてきた話だ。
後期に入って各々の実力に関する理解が進むと答えは三分されるようになってきた。
まず名前が上がるのが三年のバルカだ。バルカは【光魔法】という非常に希少性の高い魔法を使う。このスキルは【聖魔法】に匹敵するほどの汎用性と攻撃能力を持つと知られていて、バルカは将来を期待されている。しかし、魔導士のバルカは三年間武闘会に出場していない。
次に名前が上がるのは二年のケイトーだ。昨年、一年生ながらレベル2の部で優勝したのがケイトーだった。ケイトーのスキルは【武術】だ。武闘系の汎用性の高いスキルは器用貧乏になる恐れがあるが、ケイトーはこのスキルを十全に使いこなしている。
そして、最近名前を聞くようになったのがセネカだ。当初は一年生からの支持が絶大であっただけであるが、次第にケイトーやバルカの実力を良く知る者の中でもセネカを推す者が出てきていた。
バルカとセネカは武闘会に出場しない。だから、多くの生徒は今年もケイトーがレベル2の部を制するだろうと考えていた。
◆
マイオルは準決勝まで勝ち上がった。
自分がほとんどの生徒から期待されていないのは分かっている。それでも二年や三年の実力者達をギリギリのところで倒してきた。
マイオルの戦闘力はそれほど高くない。剣の腕も捌きの技術もレベル2の生徒の中では、良くて中の下だろう。それなのに勝ち上がっている。
マイオルの相手は軒並み実力をうまく発揮できず敗れ去っていった。
実力主義の冒険者学校では結果が重視される。そのため、みんなマイオルのことを認めているけれど、釈然としない思いを抱えていた。
「次の相手は武人だ。武人は裏切らない」
「そうだな。俺は武人を応援するぞ」
「俺もだ。いや、だが、マイオルちゃんはちょっとかわいいぞ?」
「ちょっとどころじゃないだろ!」
そう言う学生がいた。
武人とはケイトーのことだ。ケイトーは学校の中でコアな人気を獲得しており、敬意を込めて武人と呼ばれている。
マイオルの次の相手は冒険者学校で近接戦最強と謳われるケイトーである。質実剛健でひたむきに己を鍛え続ける姿にはマイオルも憧れを持っている。勝利を期待されない空気の中で、マイオルはそんな相手と戦わなければならない。
マイオルは上出来だと考えている。
レベル2の部の準決勝まで来た。
これはこの学校の中で近接戦の強い四人に入ったということである。
もちろんそれが事実でないことはマイオルが一番よく分かっている。
セネカはいないし、ニーナもストローもケイトーに負けた。
それでも、上出来だという自己評価は変わらない。
だけど、英雄になるにはまだ足りない。
強くなるには試練が必要だとキトが言っていた。
ここで困難に立ち向かわない限り、未来はない。
◆
マイオルとケイトーの試合の前にもう一方の準決勝が行われる。
プルケルとファビウスの戦いだ。
二人も下馬評を覆して準決勝まで勝ち上がってきた。
プルケルは貴公子然とした振る舞いでいつも余裕を崩さない。
ファビウスも忍耐強い性格で、しなやかな様子であることが多い。
しかし、そんな二人が張り詰めた様子で対峙している。
二人が普段秘めている生の感情が溢れ出しそうなほどだ。
マイオルはそんな二人の戦いをゆっくりと眺めた。
死闘だった。
プルケルは初めから[帯雷]を発動して、果敢に攻める。ファビウスもスキル【円楯】を駆使して攻防一体の動きを見せている。
プルケルの激しい攻めをファビウスは盾や剣で受けながら、隙をついて攻撃を繰り出す。盾を攻撃にも使用して意表をつく場面もあった。
二人は躊躇いなく魔力を投入して激しい戦いを続けたのですぐに魔力が尽きた。
その後は槍と剣盾の戦いである。派手な技はなかったものの技巧を凝らした戦闘で観客は白熱した。
だが、度重なる激突を重ねても二人の戦いには決着がつかなかった。
最初から全力で戦っているので二人とも息も絶え絶えだが、絶対に譲らないとばかりに抜け目ない動きを見せている。
試合時間はまだそれほど経過していないが目まぐるしく状況が変わるので、非常に長く戦っているようにマイオルは感じた。
力を込めたプルケルの突きをファビウスが盾で受ける。その時、お互いの力に押されて槍と盾が飛んだ。武器を持てなくなったのだ。
ファビウスは何故か剣を捨てて、プルケルに殴りかかった。プルケルもそれを受けて立ち、いま試合は荒々しい殴り合いになっている。
二人は元々人気が高い。整った顔に確かな実力、そして動じない態度だ。一年の女の子の中ではストローを加えて三人のうちの誰が魅力的かを話すことが多いらしい。
この試合も当初から黄色い声が飛び交っていた。その声が今はさらに大きくなっている。普段冷静な二人が感情を剥き出しにして猛烈に殴り合っている。
普段は頼りになる先輩達も熱を上げて声援を送っているのを見て、マイオルは残念な気持ちになった。
そんなボロボロの戦いを制したのはプルケルだった。
満身創痍の美男子二人が会場で仰向けになって寝ているのを見て、悲鳴のような声をあげている女性もいる。結果を受けて滂沱の涙を流している先輩もいる。
これから自分の戦いが始まるというのにマイオルは複雑な気持ちになった。
◆
気を取り直してマイオルは戦いの準備をした。
会場の反対にはケイトーが立っている。
「武人だ! 武人が来たぞ!」
「今年も勝ってくれよな!」
そんな野太い声援が立つにつれて会場の空気は引き締まっていった。
「マイオルちゃん、今日もかわいいよ!」
「相手が不調だといいな!」
マイオルには応援なのか野次なのか分からない声が飛んでくる。
苦笑いを浮かべながらマイオルはケイトーを見た。
大きな身体に隆々の筋肉をたくわえている。短く刈り込んだ髪に険をまとった瞳は己の甘えを削ぎ落としているかのようだ。
「確かに武人だね」
ケイトーは刃引きした斧槍を持っている。
厄介な武器だ。
ケイトーはスキルを活かして様々な武術を修めている。斧槍は斬ることも突くこともできるし、棒術のように柄で攻撃することもできる。もちろん近接して体術で戦うこともできる。隙がない。
そんな相手と戦わなければならない。
周囲の学生に引きずられて散漫になっていた意識をマイオルは集中させた。
「ただいまより準決勝第二試合を行います。両者前へ」
マイオルは会場に上がり、前に進んだ。
ケイトーと目が合う。
お互いに深い集中状態に入ろうとしているのが分かる。
油断してくれていたらよかったのにとマイオルは思った。だが、ケイトーがそういうタイプでないこともよく分かっていた。
むしろネズミでも全力で叩く種類の人間だ。
だからこそ、越えがいがあるってものだ。
マイオルは自分が薄く笑っているのに気がついた。いつのまにか強い相手と戦えることに楽しみを感じるようになっている。
「セネカに似てきたかな」
そんなマイオルの顔を見て、ケイトーも微かに笑みを浮かべた。
無口な男が重い口を開く。
「君はどうやら好敵手だ」
その言葉の意味は分からなかったけれど、マイオルは気にしなかった。
強い相手と向き合っているのに瑣末なことに気を取られていたら失礼だ。
合図もなしに二人は同時に武器を構えた。
「はじめ!」
マイオルの挑戦が始まった。
幾度となく議論されてきた話だ。
後期に入って各々の実力に関する理解が進むと答えは三分されるようになってきた。
まず名前が上がるのが三年のバルカだ。バルカは【光魔法】という非常に希少性の高い魔法を使う。このスキルは【聖魔法】に匹敵するほどの汎用性と攻撃能力を持つと知られていて、バルカは将来を期待されている。しかし、魔導士のバルカは三年間武闘会に出場していない。
次に名前が上がるのは二年のケイトーだ。昨年、一年生ながらレベル2の部で優勝したのがケイトーだった。ケイトーのスキルは【武術】だ。武闘系の汎用性の高いスキルは器用貧乏になる恐れがあるが、ケイトーはこのスキルを十全に使いこなしている。
そして、最近名前を聞くようになったのがセネカだ。当初は一年生からの支持が絶大であっただけであるが、次第にケイトーやバルカの実力を良く知る者の中でもセネカを推す者が出てきていた。
バルカとセネカは武闘会に出場しない。だから、多くの生徒は今年もケイトーがレベル2の部を制するだろうと考えていた。
◆
マイオルは準決勝まで勝ち上がった。
自分がほとんどの生徒から期待されていないのは分かっている。それでも二年や三年の実力者達をギリギリのところで倒してきた。
マイオルの戦闘力はそれほど高くない。剣の腕も捌きの技術もレベル2の生徒の中では、良くて中の下だろう。それなのに勝ち上がっている。
マイオルの相手は軒並み実力をうまく発揮できず敗れ去っていった。
実力主義の冒険者学校では結果が重視される。そのため、みんなマイオルのことを認めているけれど、釈然としない思いを抱えていた。
「次の相手は武人だ。武人は裏切らない」
「そうだな。俺は武人を応援するぞ」
「俺もだ。いや、だが、マイオルちゃんはちょっとかわいいぞ?」
「ちょっとどころじゃないだろ!」
そう言う学生がいた。
武人とはケイトーのことだ。ケイトーは学校の中でコアな人気を獲得しており、敬意を込めて武人と呼ばれている。
マイオルの次の相手は冒険者学校で近接戦最強と謳われるケイトーである。質実剛健でひたむきに己を鍛え続ける姿にはマイオルも憧れを持っている。勝利を期待されない空気の中で、マイオルはそんな相手と戦わなければならない。
マイオルは上出来だと考えている。
レベル2の部の準決勝まで来た。
これはこの学校の中で近接戦の強い四人に入ったということである。
もちろんそれが事実でないことはマイオルが一番よく分かっている。
セネカはいないし、ニーナもストローもケイトーに負けた。
それでも、上出来だという自己評価は変わらない。
だけど、英雄になるにはまだ足りない。
強くなるには試練が必要だとキトが言っていた。
ここで困難に立ち向かわない限り、未来はない。
◆
マイオルとケイトーの試合の前にもう一方の準決勝が行われる。
プルケルとファビウスの戦いだ。
二人も下馬評を覆して準決勝まで勝ち上がってきた。
プルケルは貴公子然とした振る舞いでいつも余裕を崩さない。
ファビウスも忍耐強い性格で、しなやかな様子であることが多い。
しかし、そんな二人が張り詰めた様子で対峙している。
二人が普段秘めている生の感情が溢れ出しそうなほどだ。
マイオルはそんな二人の戦いをゆっくりと眺めた。
死闘だった。
プルケルは初めから[帯雷]を発動して、果敢に攻める。ファビウスもスキル【円楯】を駆使して攻防一体の動きを見せている。
プルケルの激しい攻めをファビウスは盾や剣で受けながら、隙をついて攻撃を繰り出す。盾を攻撃にも使用して意表をつく場面もあった。
二人は躊躇いなく魔力を投入して激しい戦いを続けたのですぐに魔力が尽きた。
その後は槍と剣盾の戦いである。派手な技はなかったものの技巧を凝らした戦闘で観客は白熱した。
だが、度重なる激突を重ねても二人の戦いには決着がつかなかった。
最初から全力で戦っているので二人とも息も絶え絶えだが、絶対に譲らないとばかりに抜け目ない動きを見せている。
試合時間はまだそれほど経過していないが目まぐるしく状況が変わるので、非常に長く戦っているようにマイオルは感じた。
力を込めたプルケルの突きをファビウスが盾で受ける。その時、お互いの力に押されて槍と盾が飛んだ。武器を持てなくなったのだ。
ファビウスは何故か剣を捨てて、プルケルに殴りかかった。プルケルもそれを受けて立ち、いま試合は荒々しい殴り合いになっている。
二人は元々人気が高い。整った顔に確かな実力、そして動じない態度だ。一年の女の子の中ではストローを加えて三人のうちの誰が魅力的かを話すことが多いらしい。
この試合も当初から黄色い声が飛び交っていた。その声が今はさらに大きくなっている。普段冷静な二人が感情を剥き出しにして猛烈に殴り合っている。
普段は頼りになる先輩達も熱を上げて声援を送っているのを見て、マイオルは残念な気持ちになった。
そんなボロボロの戦いを制したのはプルケルだった。
満身創痍の美男子二人が会場で仰向けになって寝ているのを見て、悲鳴のような声をあげている女性もいる。結果を受けて滂沱の涙を流している先輩もいる。
これから自分の戦いが始まるというのにマイオルは複雑な気持ちになった。
◆
気を取り直してマイオルは戦いの準備をした。
会場の反対にはケイトーが立っている。
「武人だ! 武人が来たぞ!」
「今年も勝ってくれよな!」
そんな野太い声援が立つにつれて会場の空気は引き締まっていった。
「マイオルちゃん、今日もかわいいよ!」
「相手が不調だといいな!」
マイオルには応援なのか野次なのか分からない声が飛んでくる。
苦笑いを浮かべながらマイオルはケイトーを見た。
大きな身体に隆々の筋肉をたくわえている。短く刈り込んだ髪に険をまとった瞳は己の甘えを削ぎ落としているかのようだ。
「確かに武人だね」
ケイトーは刃引きした斧槍を持っている。
厄介な武器だ。
ケイトーはスキルを活かして様々な武術を修めている。斧槍は斬ることも突くこともできるし、棒術のように柄で攻撃することもできる。もちろん近接して体術で戦うこともできる。隙がない。
そんな相手と戦わなければならない。
周囲の学生に引きずられて散漫になっていた意識をマイオルは集中させた。
「ただいまより準決勝第二試合を行います。両者前へ」
マイオルは会場に上がり、前に進んだ。
ケイトーと目が合う。
お互いに深い集中状態に入ろうとしているのが分かる。
油断してくれていたらよかったのにとマイオルは思った。だが、ケイトーがそういうタイプでないこともよく分かっていた。
むしろネズミでも全力で叩く種類の人間だ。
だからこそ、越えがいがあるってものだ。
マイオルは自分が薄く笑っているのに気がついた。いつのまにか強い相手と戦えることに楽しみを感じるようになっている。
「セネカに似てきたかな」
そんなマイオルの顔を見て、ケイトーも微かに笑みを浮かべた。
無口な男が重い口を開く。
「君はどうやら好敵手だ」
その言葉の意味は分からなかったけれど、マイオルは気にしなかった。
強い相手と向き合っているのに瑣末なことに気を取られていたら失礼だ。
合図もなしに二人は同時に武器を構えた。
「はじめ!」
マイオルの挑戦が始まった。
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