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第8章:王立冒険者学校編(2)

第72話:応急処置

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 長期休みが明けて後期が始まった。
 セネカは相変わらず鍛錬の日々を過ごしている。

 生活の動きは変わらない。
 週に一度、アッタロスの授業があり、Sクラスの学生との交流を深めている。週の前半は学校の授業を優先し、後半は冒険者としての活動に力を注ぐ。この繰り返しだ。

 しかし、中身は変わってきた。

 セネカはこのまま鍛錬を続けていってもどこかで頭打ちになるのではないかという危機感を抱いている。

 自分の成長は実感している。だが、やはりスキルは【縫う】なので、戦いに応用するための技術を開発していかないと限界が来てしまう。

 焦りすぎなのかもしれないが、長期的な視点での対策をしていくことはいずれ必要になるはずだ。なので、一見、自分には必要なさそうな講義を取ってみたりもしている。それが役に立つのかどうかは分からない。

 最近は授業が終わると考える時間を取っている。頭を捻って、自分の今後を考えている。

 何日も考えた末に思い出したのはユリアの言葉だった。

『自分のスキルと向き合わずにうまく行った人はいない』

 きっとこの言葉は正しいはずだという確信がある。セネカは改めて原点に戻って自分のスキルと向き合うことにした。思い出すのはこの助言をもらった時のことだ。セネカはあの時、追い詰められていた。

 スキルを得た後、初めの頃は布を縫い続けた。そして、革を縫ってレベルが上がったのだ。

 過去の記憶が頭を巡る。

「あっ!」

 過去を振り返っていくうちにセネカは志半ばで終わってしまった活動のことを思い出した。

 そして、意気揚々と王都の森に向かっていくのであった。





 セネカは学びの人である。
 よって、同じ過ちは繰り返さない。

 森でコボルトを狩った後、適切に処理をした上で袋に入れ、冒険者学校に持ってきた。

 そして今、学校の解剖室を借りて、コボルトの亡骸と対峙している。

 セネカは[魔力針]を取り出し、一心不乱にコボルトを縫う。口、まぶた、鼻など、縫えるところは全て縫っている。

 まるでお伽話の暗黒魔術である。

 以前は人目を憚らなかった。森でやってしまったために止めざるを得なくなってしまった。

 今回は対策十分だと張り切るセネカであったが、密室で行っている分、邪悪さが増していることには気がついていない。

 あの頃、セネカは魔物を縫い続けることで何かが見えてくる気がしていた。

 久しぶりにコボルトを縫うと自分の成長を感じる。
 縫うのが早くなった。上唇と下唇を縫い付けるのに時間はほとんどかからない。縫い目も綺麗だ。
 手を離して遠隔操作にすると少し時間はかかるが、それでも格別の速さで縫うことができる。

 それからセネカは魔物や獣を狩り、その身体を解剖室で連日縫い続けた。





 その日は応急治療学基礎という授業があった。

 冒険者に怪我は付き物なので、対処法を学ぶのは有益である。正しい処置を施し、回復魔法を使えば治る可能性が高まる。

 初めの頃は重篤な症状に対する処置の方法を学んだ。
 自分が陥った場合や怪我をした人を発見した場合、そういう時の行動を徹底的に訓練する。

 授業が進むにつれて、全般的な内容から各論へと話が移ってゆく。今日は切り傷の処置に関する話になった。

 切り傷を受けることは多い。
 些細なものを含めれば冒険者は常に切り傷を受けるリスクにさらされている。

 浅ければ放置、深ければポーションというのが原則だ。毒にだけ気をつけて適切なポーションで迅速に処置をすれば治るだろう。

 ポーションがあれば多くの問題は解決できる。しかし、だからこそポーションがなくなった時の対策を学ばなければならない。それがこの授業の核だ。

 Sクラスをはじめとした多くの生徒がこの授業を取り、知識と実技を磨く。

 今日の講義は元冒険者の講師が担当している。機動力を活かして誰よりも早く現場に向かい、初期治療を行う仕事に長年従事していたらしい。
 
「深い裂傷を負った場合、患部を縫うという手段がある。この手法はポーションがない場合にも効果的だし、ポーションがある場合でも治療効果を高める目的でよく使われる」

 講師がそう話したのを聞いて、セネカは小声で「えっ」と言った。声が届いたのは隣に座っていたマイオルだけだろう。

 セネカは全神経を集中して講師の話を聞いた。
 確かに盲点であった。大きい傷を受けた時にその傷を塞いでからポーションをかけると良いということは知っていたが、自分のスキルと結びつけられなかった。

 セネカはすこしばかり悔いたが、知ってしまえばこちらのものである。

 講義の後の実習を大真面目に受けた後、セネカは興奮した様子でマイオルに話した。

「ねぇ、マイオル。縫うのが応急処置になるって! これなら私のスキルも活かせそうだよね! こういうことに詳しい人って誰か知っている?」

「二年のセクンダさんに聞くのが良いわよ。現場での処置に詳しいって聞いたことがあるわ」

「ありがとう! さすがマイオル!」

 セネカはぴゅーんと音が立ちそうな勢いで教室から出ていった。

 授業中のセネカの顔から質問を予測して即刻返事をすることができたので、マイオルは満足気に髪をふぁさっとかきあげた。

「でも、セクンダさんがどこにいるのかきっと分かってないわよね」

 マイオルは次の手立てを考えることにした。





 セネカはその後、校内を駆けずり回ってセクンダさんを探したが見つからなかった。

 後先を考えなかったことをちょっぴり反省しながら寮に帰ってきた。

「あ、セネカ。さっきマイオルが呼んでいたよ」

 部屋にいたガイアが教えてくれたので、セネカはすぐに隣の部屋に向かった。

「マイオル、いるー?」

「あ、セネカ」

 マイオルが出てきた。

「セクンダさん見つからなかったよ⋯⋯」

「あぁ、そうなのね。でも大丈夫よ。セクンダさんは女子寮の委員だから、当番の日はきっと会えるわ」

「なるほど⋯⋯。そしたら当番の日を調べないとね」

 セネカがそう言ったのを聞いてから、マイオルは委員の当番表を出してセネカに渡した。
 セネカは驚きの顔を浮かべている。

「思い立って先回りしてみたわ。戦闘に役立つ気がしたの。でも、日常生活でやると良くなさそうだから次からは考えるだけにする」

 セネカは満面の笑みを浮かべて言った。

「マイオルはさすがだね。また新しい力を身につけようとしている」

 当番表を受け取り、部屋に戻ったセネカを見てからマイオルは呟いた。

「⋯⋯それはセネカの方よ」

 マイオルはゆっくりと息を吐いて、その日の鍛錬はいつもより重くしようと考えながら剣を手に取った。
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