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第7章:武者修行編

第70話:『その時』

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 ガイアは『その時』をずっと待っている。
 スキルを得た時には当然の通過点だと思っていたことが、いつからか特別になった。

 今さら焦ったりはしない。
 だが、焦がれてはいる。
 そうなれたらどんなに嬉しいことかと、ただ待ち侘びている。
 もう三年も『その時』を夢見ている。

 先日、プラウティアがレベル2に上がった。
 レベルが上がっていないのは自分だけだ。

 前期にプラウティアが銅級に上がった。
 鉄級なのは自分だけだ。
 このパーティにいて良いのだろうかと自問しない日はない。

 自問する暇があったら訓練しろと思う気持ちが出てくるから剣を振るうけれど、一番したい練習をすることはできない。

 ガイアはマイオルと同い歳だ。
 セネカとプラウティアよりは一年上で、一年長く苦労をしている。
 たった一年だというのはガイアも分かっている。
 けれど、長く苦しかった。

 ⋯⋯一年だけではない。スキルを得てからの三年間、ガイアはずっと停滞を痛感し続けている。


 ストローをはじめとする魔法師達に助言を貰って、最近は訓練が捗るようになった。
 魔力操作の腕が格段に上がり、魔法を使う時の無駄が減って来た。
 圧縮の効率が上がり、少ない魔力で臨界状態を作ることができるようになった。
 圧縮効率が良いので種となる魔力を削っても威力が落ちないことも分かってきた。
 元の魔力が少なければ発射する時に必要となる魔力を減らすことができる。

 つまり、【砲撃魔法】を使用する時に消費する魔力が以前とは段違いに少なくなった。

 『その時』は近い。

 ガイアはそう感じていた。





 バルニ圏谷にはパカライトという魔物がいる。
 姿はアルパカに似ているが、身体が鉱物質で出来ていて黒い。

 バルニ圏谷の全域で優雅に歩いている姿を見ることができるが、強力な打撃か魔法を使えないと倒すことはできないと言われている。機能と希少性が相まってその素材は高額で取引される。

 セネカ達はそのパカライトといま戦っている。

 昼下がりに山の中腹で探索をしていたら会敵した。

 セネカは、今日は大きな[魔力針]を出して、刺突剣のように扱っている。大きな魔力を込めて【縫って】いたけれど、針は通らなかった。ただでさえ硬いパカライトの身体には高密度の魔力が巡っている。

 針の攻撃で傷をつけることは出来ないけれど、どうやら衝撃はあるようだ。セネカが攻撃するたびに『ガキン!』と音がしてパラカイトは軽く飛ばされている。

 パラカイトはすぐに逃げようとするのでプラウティアとマイオルが包囲網を張って、なんとか戦場に留めている。

 セネカの攻撃が通用しない以上、倒せる可能性があるのはガイアの魔法だけだ。

 ガイアは魔法の準備を始めた。
 左手を前に出し、パラカイトの方に向ける。
 体内の魔力をなめらかに動かして、筋道を作る。
 次に身体の底から湧き出てくる魔力を【砲撃魔法】用に変換していく。この変換した魔力が魔法の種になる。
 ここまで来れば止めることができる。

「セネカ!」

 ガイアの声を聞いて、セネカは針を強く握り、空気を【縫った】。
 驚くべき速さでパカライトの死角に入った後、そのまま針で突き飛ばした。

 パラカイトはそのまま地面に倒れ、身動きが取れなくなっている。

 セネカが離脱し始めた。
 マイオルとプラウティアはすでにガイアの方に向かっている。

 ガイアは準備していた魔力を圧縮する。
 その効率は以前とは比べ物にならないほど高く、容易に魔力が臨界状態に達する。

 再び空気を【縫って】、セネカが高速で戻ってくるのが見える。

「撃つぞ!」

 身体の中に作った魔力の流れに沿って圧縮した魔力を運んでゆく。
 魔力が前腕に達した瞬間、ガイアは魔力をさらに圧縮し、前に押し出した。こうすることで魔法の効果範囲が絞れる。

 手のひらから臨界状態になった魔力が放たれる。
 狙いはパカライトの頭だ。
 純白に光る魔力が真っ直ぐと標的に向かってゆく。

『バァン!』

 強力な攻撃の気配を感じたパカライトは、魔力を振り絞って小規模な爆発を発生させた。爆発はささやかだったが、ガイアの魔法を避けるには十分だった。

 ゴッドバオーン!!!

 ガイアの魔法が地面にぶつかり、土を巻き上げる。
 後ろで見ていた三人は魔法が外れたことを認識した。

 脅威の反応速度を誇るセネカは剣に手をかけ、足を踏み出そうとした。

 その時だった。

「まだ終わりじゃない!!!!」

 ガイアの叫び声が響き渡る。

 ガイア自身は『攻撃は』という意味で言っていたけれど、セネカ達には『自分は』という意味に聞こえた。それほど悲痛な、だけど決意のこもった声であった。

 パカライトに魔法を放ちながら、思いのほか魔力が減っていないことにガイアは気がついていた。

 『もしかしたら⋯⋯』と無意識のうちに考える部分があったのかもしれない。

 パカライトが砲撃魔法を避けたのを見て、ガイアは反射的に叫んでいた。

 それからは無我夢中だった。

 いつものように魔力を圧縮して臨界状態を作り、身体の中を通って手から放出した。

 最後の最後、発射する時に魔力が足りないのではないかと感じたが、身体の魔力流に乗せることで想像以上に勢いが出た。

 ぎゅばーーん!!!

 魔法はいつもとは異なる音を発しながら進み、狙い通りにパカライトの額に直撃した。
 魔力が弾けて広がり、あたりに赤い光の粒が舞い降りてくる。
 いつもは眩い光が一瞬走るだけなので何かが違っている。
 その光景をガイアは呆然と眺めていた。





 気付けば、ガイアは三人に抱きしめられていた。
 最初に抱きついて来たのはセネカだった。
 そこにマイオルとプラウティアが加わった。

 三人ともとめどなく涙を流して「良かったね。良かったね」と言っている。

 ガイアの心に疑問が湧いて来た。
 だが、すぐに理解した。

「二回使ったのか⋯⋯」

 そう言うとセネカもマイオルもプラウティアも強く頷いた。

「私が魔法を二回も⋯⋯」

 三人はガイアを強く抱きしめる。

「『その時』が来たのか⋯⋯」

 そう認識した途端、胸の中に圧縮して留めていた気持ちが爆発した。

「ううぅぅぅ⋯⋯」

 ガイアの身体から力が抜け、透き通った涙が溢れ出す。

 三人は流れる涙を拭うこともなく、ガイアの身体を離すまいとさらに強く抱きしめたのだった。





 ガイアはこの日、初めて一日に二回魔法を使った。

 それは世の魔法使いにとって余りにも些細な進歩であり、いつのまにか超えてしまうような小さな壁だ。

 しかし、ガイアはこの日、英雄への道を大きく一歩踏み出した。

 そして後に『榴火』と恐れられるようになるのであった。
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