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第7章:武者修行編

第68話:バルニ圏谷

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 セネカ達はニシロから北西に移動し、都市エインについた。

 エインは華やかな街で、貴族をはじめとしたお金持ちが集まることで知られている。
 ここでゆっくりと閑暇な時間を過ごすのも良さそうだとセネカは思ったが、生憎とここは目的地ではない。

 ニシロ密林は弱い魔物がたくさん出るところだった。今度の目的地、バルニ圏谷は強い魔物が少数出現する場所である。

 敵をたくさん倒すことでパーティの地力がついた実感を全員が持っていた。そこでやや難度の高い場所で次の修行を行う。

 バルニ圏谷は高山地帯となる。いまは暖かい季節だが、寒暖差が激しいので対処が必要だ。過酷な環境で強い敵と戦うことが出来れば冒険者としての成長が見込めるとマイオルは判断した。

 実入りが良いとは言えないので人気の地ではない。しかし、魔物が適度に少ないため、苦戦した時に逃げやすい。

 比較的安全に中堅どころの魔物と対峙できる場所はバルニ圏谷だけだ。
 四人は「行くしかない」と考えた。

 華やかなエインで一泊した後、一行はバルニ村に向かった。
 バルニ村は山の麓にある。
 村は広大な山々に囲まれており、観光客が多い。村から少し離れたところにある橋から圏谷を見上げることができるので、大抵の人はそこまでしか足を踏み入れない。
 そんな中で一部のごつい人間達が重々しい装備を抱えて山に入っていくのだ。

 セネカ達も重い荷物を抱えて、バルニの山に足を踏み入れた。

「すごい景色だね!」

 一刻ほど歩くと、川が見えてきた。
 周囲は緑に囲まれているが、少し顔を上げれば雪のかかった山が見える。
 雄大な景色を見ることができるのは冒険者の特権である。

「こういうときに冒険者で良かったって思うのかもね」

 セネカの言葉に同意してガイアが言った。

「高い依頼料で観光を願う貴族もいるようだが、やはり自分たちの力で踏み入ってこその感動がある。これが、冒険だな」

 ガイアの噛み締めるような表情を見て、プラウティアは柔らかく微笑んだ。

「うふふ。ここはまだまだ序の口みたいですよ。魔物の強さ的に私たちは中腹までしか入れなさそうですが、登れば登るほど素晴らしい景色が待っているようです。それに珍しい高山植物もたくさんですよ!」

「研究が進んでいなくて素材として買い取ってもらえないんだけどね⋯⋯」

 財務も担当しているマイオルは遠い目をした。

「ですが、持ち帰ってキトさんに調べてもらえることになっているので、何かわかるかもしれません」

 プラウティアはキトと意気投合して調薬の話を度々しているそうだ。

 ガイアは地図を見ながら現在の場所を確かめた。
 四人は今、野営地にする予定の場所を目指している。

「ガイアがこういう場所で野営した経験があって良かったわ。現地の人の情報を集めるのもうまかったしね」

「慣れもあるな。準備が疎かになると平気で命を落とすから、自然と上手くなっていくんだよ。きっとみんなも分かってくる」

 マイオルはガイアの謙遜だと思ったが、素直に受け止めることにした。

 ガイアの手並みは見事で、様々な想定を立てながら荷物が多くなりすぎないように調整するのも異常にうまかった。経験だけのおかげとはとても思えない。

 普通の新人パーティであればバルニ圏谷に行くのは躊躇ってしまうだろう。だが『月下の誓い』にはもっと過酷な環境で一人修行をしたガイアがいたので、この地に来ることができた。

 パーティとしての幅が広い。それこそが『月下の誓い』の一番の強みだとセネカは直感して、にんまりと笑いながら歩みを進めていった。





 現地の様子を見ながらガイアの指示のもとで天幕を張り、この地の魔物用に調合された高価な魔物避けを撒いた。

 その後、周囲を調べるために四人で武器を持って散策することになった。

 プラウティアは珍しい植物が生えているのを見て目を輝かせている。レベルアップによって【植物採取】の能力も向上した。今ではエレファントツリーの体内にある果実も手を触れずに採取できるだろう。

「あ、これ美味しいよ!」

 プラウティアが指をさした方向に赤くて小さい実がなっている。コケモモという植物だ。
 
 プラウティアは手をかざし、スキルを発動する。すると、手の届く範囲にあった実が全て採取され、プラウティアの両手の中におさまった。

「たくさんあるし、飲んでみよっか」

 察したガイアが腰につけていた木製のカップをプラウティアの前に差し出す。

「[選別]」

 プラウティアは果実の液体成分だけを選り分けて採取した。カップの中にコケモモの果汁が見事に入っている。

「ガイア、飲んでみて」

 ガイアは頷くと一口飲んでみた。

「ほのかに甘いがだいぶん酸っぱいな。正直、好みだ」

 酸っぱいもの好きのガイアはお気に召したようだ。

 ガイアが美味しそうに飲むものだから、マイオルも試してみた。
 しかし、予想以上に酸味が強かったので顔の中心に全ての部位が集まってしわくちゃな顔になった。

 その顔を見て笑っていたセネカにマイオルは無言で勧めてきたので、セネカはカップを手に取って「こくっ」と喉を鳴らしながら飲んだ。

「おいしい!」

 セネカも酸っぱいもの好きである。
 分かってはいたが、セネカが酸っぱい顔をしなかったのでマイオルは悔しそうだった。

 ちなみにプラウティアは酸味が強すぎるものは苦手なので、後で花の蜜を入れてマイオルと分けた。

「やっぱりプラウティアのサブスキルは面白いよね」

 休憩に入った時、セネカがプラウティアに言った。

 プラウティアの新しいサブスキルは[選別]だ。
 植物を採取する時に部位や組織ごとに分取したり、固体と液体などを分けて獲得したりすることができる。

 今のところは明確な使い道が見えているわけではないのだが、セネカは『キトが好きそうな能力だな』と感じたので、プラウティアの許可が出たら報告するつもりである。





 野営地に戻ってからは各自分担して食事を作った。メインはガイア特製のシチューだ。セネカが仕留めたうさぎ肉をとろとろに煮込んでいる。

 明日は準備日で、セネカとマイオルは一度下山して食料や水を調達し、戻ってくることになっている。

 プラウティアとガイアは改めて地形の確認や周囲の探索だ。食材が豊富に見つかれば、下山する回数が減るので、それだけ訓練に集中できる。

 最近は毎日四人一緒だ。
 寝巻きに入ってからもよく話をしている。

 ここのところは恋愛の話もよく話題に上がる。

「マイオルはどんな人が好みなんだ? やっぱり冒険者か?」

「そうねぇ。いざという時に守って貰いたい気もするけれど、戦い以外の所で頼りになる人も良いわよねぇ」

「例えばどんな所だ?」

「うーん。料理がすごく上手とか、職人とか?」

「⋯⋯あんまりピンと来てないようじゃないか」

「そうなのよねー。龍を倒す戦いについて来れる人も良いんだけど、そんな英雄があたしなんか相手にするかしら」

 マイオルは変な所で自信がない。

「龍と戦うような女ってモテないような気がするのよねぇ⋯⋯」

 マイオルは冒険者学校でもかなり人気なのだが本人には自覚がない。ガイアは話しながら段々と残念な子を見る目になっていった。

「学校で人気の男子達はどうだ? プルケル君とか、ストロー君とか」

「うーん。格好いいとは思うんだけれど、彼らを熱烈に慕っている子達がいるでしょう? あれを見ちゃうとあたしは違うかなって思うなぁ」

 ガイアは心の中で『ごめん。ストロー君』と呟いた。

「そういうガイアはどうなのよ。ガイアが男の子と喋っている姿ってほとんど見たことないわ」

「私は一緒にいてホッとする人が良いな。そりゃあ、強い人の方が良いが、冒険者には粗野な者が多いから考えてしまうな」

「冒険者にも穏やかな人はいるわよ?」

「そうなんだろうが、生憎と出会ったことがないのだよ」

 好きな相手のいるセネカとプラウティアはなんとなく黙って二人の話を聞き、静かに眠りの世界に入っていった。
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