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第7章:武者修行編
第65話:ちょっとしたこだわり
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プラウティアにはちょっとしたこだわりがある。それは植物を部位に分けて採取するということだ。
植物は様々な組織から成る。部位によって性質や扱いやすさ、痛みやすさには微妙な違いがある。なので、細かくした方が良い場合があるのだが、ギルドの依頼では納品形態が指定されていることが多いので、大抵の冒険者は組織について気にすることはあまりない。
けれどプラウティアは部位ごとに【植物採取】をするという技能を磨いてきた。そこに明確な意図はなく、ただそうするのが好きだっただけだ。
ある時、思い立って採取した素材を部位ごとに薬にしてみることにした。自分の嗜好が何かの役に立てば大義名分ができると考えたのだ。
プラウティアは簡単な調剤を行えるので片っ端から試した。
その結果、とある植物の葯だけを鮮度良く集めると解毒薬の効果が格段に高くなることを見出したのだ。
この方法では『鮮度良く』ということが重要であった。スキルで採取をすると素材を良い状態で取得できるので達成できることだった。
その結果を知り合いの薬師に相談すると、彼は血相を変えて言った。
「プラウティアちゃん。それはしっかり追求してからギルドに報告した方が良い」
プラウティアが効果の上昇を見出した植物は、毒消しとして広く使われる素材だった。ありふれた素材から、より効果が高い解毒薬が作れるようになれば薬師達に与える影響は大きい。
それから、プラウティアはスキルなしでもその植物の葯を鮮度良く採取できる法を確立してギルドに報告した。
それがのちに『プラウティアの葯採取法』と呼ばれる有名な手法である。
意味がなかった行為に意味が出来た。
プラウティアは喜んで植物を細かく採取するようになった。
意味は後から作ることもできる。そんな確信がプラウティアの中に芽生えていった。
◆
マイオルにレベルアップの秘訣を聞いたあと、プラウティアは想像を膨らませた。
レベル2になったらどれだけ細かい部分を抜き出せるようになるだろうか。
そんなことばかりを考えて方針を立てた。
プラウティアのスキルの効果には採取範囲の拡大や品質向上、鮮度保持などがある。だけど、プラウティアはそれらを伸ばそうとは考えなかった。
マイオルが探索範囲を絞り、詳細な情報を得るような訓練をしたという話を聞いたのも拍車をかけた。プラウティアは『やっぱり細かいって良いよね。詳細って良いよね』と謎の納得感を得て前に突き進むことにした。
だから植物の部位をスキルで取り出し、その部位からさらに細かい部分を取り出すという訓練を続けている。加えて、プラウティアは柑橘類が好きなので、皮と果肉を分けるようにスキルを行使する練習も行っていた。
いまプラウティアの目の前には二匹のラディッシュオニオンがいる。
プラウティアはラディッシュオニオンの表層の皮だけを【植物採取】した。
ラディッシュオニオンは変わらずにプラウティアを攻撃しようとしている。
さらに一枚剥いだ。
それでもまだ動きは止まらない。
プラウティアは楽しくなって何度も何度もラディッシュオニオンの皮を外側から一枚ずつ採取していった。ラディッシュオニオンは森に沢山いるので、無限に思えるほどに細分化できる。
その日、一緒についてきたマイオルがヘトヘトになるまで、プラウティアは葱の魔物の皮を剥ぎ続けた。
◆
次の日、『月下の誓い』にニーナとファビウスを加えた六人は森の奥深くに入っていった。
魔物は奥に入るほど強くなるものの、単体で戦う分には脅威にならない。ここにいる六人なら誰でも楽に倒すことができる。問題なのは数だけだ。
今日は探索目的なので魔物寄せを使っていないが、それでも次から次へと魔物が襲ってくる。時には魔物が魔物を呼び混乱状態になるものの、六人はなんとか奥地まで足を進めることができた。
奥まで来ると魔物の種類も変わってくる。
アナホリオオハシという嘴の大きな鳥が地面から飛び出して突貫してきたり、顔は醜悪だが弱いジャアクネズミが集団で囲ってきたりするが、戦いは安定していた。
飛びかかってくる敵にしばらく対処していると遠くから『ぱおーん』という鳴き声が聞こえてきた。
「マイオル!」
プラウティアが声をかけると、少し前からその魔物の存在に気がついていたマイオルが首肯した。
「みんな! エレファントツリーが三匹やってくるけれど手を出さないで! 三匹ともプラウティアが戦うわ」
「ほーい」
「めけー」
「分かった!」
様々な応答が返ってきた。
プラウティアはダガーを握りしめて前に躍り出る。
やってくるのは巨大な樹木の魔物だ。長い鼻の両脇から鋭い牙が伸びている。
プラウティアが楽に相手にできるのは一匹だ。しかし、そろそろ大きく踏み出さなければならない。そんな気がして、この魔物が来たら自分に戦わせてほしいとマイオルとファビウスには話を通しておいた。ファビウスが心配そうな顔をしていたのが印象的だった。
先頭のエレファントツリーが鼻で打ち据えようとするのをプラウティアはダガーで弾いた。その時にスキルを発動させることも忘れない。
するとエレファントツリーはまた「ぱおーん」と鳴いて、削られた鼻先を労るように退いた。
プラウティアは三匹に囲まれないようにうまく位置を取りながら、枝と葉で出来たエレファントツリーの身体を削っていく。
エレファントツリーの身体の中心部には真っ赤な実が生っている。その実を採取するのがプラウティアの目的だ。だが、本体の身体を痛めつけすぎると実の状態が悪くなってしまうと言われている。そのため、一瞬で倒してすぐに実を取るか、生きているうちに実を採取するしかない。
単なる攻撃なら別だが、内部の組織を特異的に採取するためには、敵に触れてから時間をかけてスキルを使わなければならない。
プラウティアは何とか隙を作ろうとしている。しかし、セネカ達にはその動きが硬いように見えた。
◆
プラウティアは失敗が怖い。
だから、極力自分にできると思うことばかりを選んできた。
時には出来そうもない問題に直面する時もあった。そういう時はせめて全力でやったという事実を残すために、必死で取り組んだ。
失敗を恐れて努力していくうちに植物採取に関する業績を認められた。
王立冒険者学校のAクラスに合格することができた。
『失敗しなくて良かった』
そう考えて安堵することばかりだった。
しかし、天才的な結果を残し続けるプラウティアを見て、心無い言葉を発する者もいる。
「なんであんなちんちくりんが⋯⋯」
「家柄のおかげだろう」
「運が良かっただけだ」
「ガリ勉女」
「ミス雄蕊」
プラウティアは初めて妬みや嫉みを真正面から受けることになった。オドオドするような自信のない仕草も悪い方に働き、余計に陰口を言われるようになっていった。
さまざまなことを言われているうちに、プラウティアは失敗だけではなく成功も怖いと思うようになっていった。成功を意識すると無意識のうちに身体が硬くなってしまう。
成功にも失敗にも恐怖心を持ってしまうとどうして良いのか分からない。
戸惑いが身体の動きを悪くし、視野を極端に狭めていく。
そんな状態を克服しようとエレファントツリーとの対峙を望んだけれど、やっぱりうまく出来ずに足が震えてしまう。
これまでにどれだけ自分を責めてきただろう。
うまくいかなくて何度胸を詰まらせただろう。
眠りにくい夜を超えて、朝が来るのをどれほど待ったのだろう。
プラウティアはそんな自分を越えたくて藻掻いている。
前に進もうとしている。
たくさん自分を責めてきた。
ちょっとの間違いを気に病んで、次こそと思うと力が入り、また間違ってしまう。
それを繰り返して、繰り返して、終わりのない責苦を感じている。
そうやって頑張ってきた。
もうそろそろ良いだろう。
プラウティアは力を込めて、自分に言った。
あれだけ頑張ってきたのだから、そろそろ自分を許しても良いんじゃないのかな?
成功も失敗も怖いけれど、同じ怖いなら成功した方が良いに決まっている。
だから、顔を上げて踏み出そう。
時は来た。
目の前の試練を乗り越えて、また一つ階段を登りたい。
自分で自分を認めて、上手くいく怖さを克服したい。
さぁ、足を踏み出そう。
プラウティア、あなたは大丈夫。
大丈夫。
⋯⋯。
しかし、何度言い聞かせても、何度決心しても、プラウティアの気持ちは晴れなかった。
◆
プラウティアは満身創痍の気分だ。
それほど時間は経っていないはずだが、口は乾き、息は浅く、自分が何をしているのか分からない。
三匹のエレファントツリーを相手にしながら倒すこともせず、逃げることもせず、ただ受け流し躱している。
周りの状況を把握しようとしても冷静に見ることができない。
惨めな戦いを続けていて、仲間に幻滅されるのではないかと思うと怖くて仕方がない。
プラウティアはただ一人でエレファントツリーの猛攻を躱しつづけるという妙技をみんなに見せていたけれど、本人の心の中は虚しいままだった。
エレファントツリーが鼻で攻撃をしてくれば、プラウティアはダガーで払う。
避けきれないと思ったら瞬時に躱し、決して無理をしない。
三匹それぞれの動きを把握して囲まれないように足を動かし続け、押されてきたら一気に身体を捌く。
何度もそうしているうちにプラウティアの動きは研ぎ澄まされて、段々と最適化されてきた。疲労は溜まっていくが、身体の動きは冴えてきている。
そうしてちょっぴりの余裕が出てきた時、プラウティアの頭の中に素敵な考えが浮かんできた。
『これが終わったら、みんなのすごいところを伝えよう。
みんな変だし、常軌を逸しているけれど、尊敬出来る仲間達だ』
そんな考えが浮かんできたのが何故なのかは分からなかった。
戦闘の高揚感で楽しくなってきているからかもしれない。
ニシロに来てから、みんな凄かった。
すごく成長していた。
そんなすごい人たちと一緒に活動できることをプラウティアは感謝している。
みんなに助けられた。
セネカにも、マイオルにも、ガイアにも、ニーナにも、そして⋯⋯。
「ファビウスくん」
掠れるような小さな声で言った後、前方のエレファントツリーが鼻で攻撃しようとして来るのが見えた。
避けるのは間に合わなそうなので、プラウティアは身体に力を込めて受ける準備を整えた。致命的ではないが、結構痛いかもしれない。
エレファントツリーは振り上げた鼻をしならせ、プラウティアに向かって振り下ろす。
来る!
プラウティアは身構える。
しかし、攻撃が当たると思った瞬間、プラウティアの前に躍り出る者がいた。
「呼んだ?」
バキッと音がした。
プラウティアの目の前にはファビウスがいて、エレファントツリーの攻撃を受け止めている。
「⋯⋯ファビウスくん!」
ファビウスはエレファントツリーの鼻を弾き飛ばしてからプラウティアの方に顔だけ向けて言った。
「ねぇ、プラウティアさん。前から思っていたんだけどさ――」
エレファントツリーが次の攻撃をしようと力を溜めているのが分かる。
「君って本当に努力家だよね」
ぴーん。
プラウティアの頭の中で金属を弾いたような高く澄んだ音が鳴り響いた。
ファビウスは盾を構えて受ける体勢を整える。
それを見てプラウティアはボソボソと言った。
「ファビウスくんは格好良いよ」
「えっ? 何!?」
ドン!
エレファントツリーの体当たりをファビウスが受け止める。
力勝負になる前に盾の位置をずらし、エレファントツリーのバランスを崩す。
エレファントツリーがフラフラするのを見て、プラウティアとファビウスは距離をとった。他の二匹も今は離れているので、安全だ。
プラウティアは顔を真っ赤にしながら大きな声で言った。
「も、もう大丈夫だよ。あとは一人で何とかしてみる」
「わ、分かった。余計なおせっかいだったらごめんね」
ファビウスはそそくさとセネカ達の所へ帰っていった。
プラウティアはもう一度ダガーを握り直し、前を見据える。
さっきとは全く違う心持ちになっていることにプラウティアは気がついた。
自分を認めてくれる人がいる。
ファビウスにとっては何気ない言葉だったのかもしれないけれど、プラウティアにとってはいま一番必要な言葉だった。
おかげで頭がすっきりしている。
さぁ、足を踏み出そう。
プラウティアは自分からエレファントツリーに向かっていく。
プラウティアが近づくと二匹のエレファントツリーが鼻を振り乱す。
プラウティアはそれを低い姿勢で避けた後、片方の魔物の足を切りつけた。大した傷にはならないが、一時、敵を止めることができる。
そして、近くにいたもう一方のエレファントツリーに向かって走り、思い切り跳躍して背に乗った。
プラウティアはエレファントツリーの背中にダガーを差し込み、振り落とされないようにする。
エレファントツリーは暴れるけれど、もう遅い。
「【植物採取】」
そう言ってエレファントツリーの体内にある赤い実を取りだしたあと、プラウティアはダガーでエレファントツリーの頭にある核を壊し、倒してしまった。
同じ方法で二匹目を貫き、三匹目を葬った後、プラウティアの頭に声が響いてきた。
【レベル2に上昇しました。[植物採取IⅠ]が可能になりました。身体能力、干渉力が上昇しました。サブスキル[選別]を獲得しました】
戦いが終わった後、顔を真っ赤にしたプラウティアとファビウスをニーナとマイオルが全力で揶揄った。
植物は様々な組織から成る。部位によって性質や扱いやすさ、痛みやすさには微妙な違いがある。なので、細かくした方が良い場合があるのだが、ギルドの依頼では納品形態が指定されていることが多いので、大抵の冒険者は組織について気にすることはあまりない。
けれどプラウティアは部位ごとに【植物採取】をするという技能を磨いてきた。そこに明確な意図はなく、ただそうするのが好きだっただけだ。
ある時、思い立って採取した素材を部位ごとに薬にしてみることにした。自分の嗜好が何かの役に立てば大義名分ができると考えたのだ。
プラウティアは簡単な調剤を行えるので片っ端から試した。
その結果、とある植物の葯だけを鮮度良く集めると解毒薬の効果が格段に高くなることを見出したのだ。
この方法では『鮮度良く』ということが重要であった。スキルで採取をすると素材を良い状態で取得できるので達成できることだった。
その結果を知り合いの薬師に相談すると、彼は血相を変えて言った。
「プラウティアちゃん。それはしっかり追求してからギルドに報告した方が良い」
プラウティアが効果の上昇を見出した植物は、毒消しとして広く使われる素材だった。ありふれた素材から、より効果が高い解毒薬が作れるようになれば薬師達に与える影響は大きい。
それから、プラウティアはスキルなしでもその植物の葯を鮮度良く採取できる法を確立してギルドに報告した。
それがのちに『プラウティアの葯採取法』と呼ばれる有名な手法である。
意味がなかった行為に意味が出来た。
プラウティアは喜んで植物を細かく採取するようになった。
意味は後から作ることもできる。そんな確信がプラウティアの中に芽生えていった。
◆
マイオルにレベルアップの秘訣を聞いたあと、プラウティアは想像を膨らませた。
レベル2になったらどれだけ細かい部分を抜き出せるようになるだろうか。
そんなことばかりを考えて方針を立てた。
プラウティアのスキルの効果には採取範囲の拡大や品質向上、鮮度保持などがある。だけど、プラウティアはそれらを伸ばそうとは考えなかった。
マイオルが探索範囲を絞り、詳細な情報を得るような訓練をしたという話を聞いたのも拍車をかけた。プラウティアは『やっぱり細かいって良いよね。詳細って良いよね』と謎の納得感を得て前に突き進むことにした。
だから植物の部位をスキルで取り出し、その部位からさらに細かい部分を取り出すという訓練を続けている。加えて、プラウティアは柑橘類が好きなので、皮と果肉を分けるようにスキルを行使する練習も行っていた。
いまプラウティアの目の前には二匹のラディッシュオニオンがいる。
プラウティアはラディッシュオニオンの表層の皮だけを【植物採取】した。
ラディッシュオニオンは変わらずにプラウティアを攻撃しようとしている。
さらに一枚剥いだ。
それでもまだ動きは止まらない。
プラウティアは楽しくなって何度も何度もラディッシュオニオンの皮を外側から一枚ずつ採取していった。ラディッシュオニオンは森に沢山いるので、無限に思えるほどに細分化できる。
その日、一緒についてきたマイオルがヘトヘトになるまで、プラウティアは葱の魔物の皮を剥ぎ続けた。
◆
次の日、『月下の誓い』にニーナとファビウスを加えた六人は森の奥深くに入っていった。
魔物は奥に入るほど強くなるものの、単体で戦う分には脅威にならない。ここにいる六人なら誰でも楽に倒すことができる。問題なのは数だけだ。
今日は探索目的なので魔物寄せを使っていないが、それでも次から次へと魔物が襲ってくる。時には魔物が魔物を呼び混乱状態になるものの、六人はなんとか奥地まで足を進めることができた。
奥まで来ると魔物の種類も変わってくる。
アナホリオオハシという嘴の大きな鳥が地面から飛び出して突貫してきたり、顔は醜悪だが弱いジャアクネズミが集団で囲ってきたりするが、戦いは安定していた。
飛びかかってくる敵にしばらく対処していると遠くから『ぱおーん』という鳴き声が聞こえてきた。
「マイオル!」
プラウティアが声をかけると、少し前からその魔物の存在に気がついていたマイオルが首肯した。
「みんな! エレファントツリーが三匹やってくるけれど手を出さないで! 三匹ともプラウティアが戦うわ」
「ほーい」
「めけー」
「分かった!」
様々な応答が返ってきた。
プラウティアはダガーを握りしめて前に躍り出る。
やってくるのは巨大な樹木の魔物だ。長い鼻の両脇から鋭い牙が伸びている。
プラウティアが楽に相手にできるのは一匹だ。しかし、そろそろ大きく踏み出さなければならない。そんな気がして、この魔物が来たら自分に戦わせてほしいとマイオルとファビウスには話を通しておいた。ファビウスが心配そうな顔をしていたのが印象的だった。
先頭のエレファントツリーが鼻で打ち据えようとするのをプラウティアはダガーで弾いた。その時にスキルを発動させることも忘れない。
するとエレファントツリーはまた「ぱおーん」と鳴いて、削られた鼻先を労るように退いた。
プラウティアは三匹に囲まれないようにうまく位置を取りながら、枝と葉で出来たエレファントツリーの身体を削っていく。
エレファントツリーの身体の中心部には真っ赤な実が生っている。その実を採取するのがプラウティアの目的だ。だが、本体の身体を痛めつけすぎると実の状態が悪くなってしまうと言われている。そのため、一瞬で倒してすぐに実を取るか、生きているうちに実を採取するしかない。
単なる攻撃なら別だが、内部の組織を特異的に採取するためには、敵に触れてから時間をかけてスキルを使わなければならない。
プラウティアは何とか隙を作ろうとしている。しかし、セネカ達にはその動きが硬いように見えた。
◆
プラウティアは失敗が怖い。
だから、極力自分にできると思うことばかりを選んできた。
時には出来そうもない問題に直面する時もあった。そういう時はせめて全力でやったという事実を残すために、必死で取り組んだ。
失敗を恐れて努力していくうちに植物採取に関する業績を認められた。
王立冒険者学校のAクラスに合格することができた。
『失敗しなくて良かった』
そう考えて安堵することばかりだった。
しかし、天才的な結果を残し続けるプラウティアを見て、心無い言葉を発する者もいる。
「なんであんなちんちくりんが⋯⋯」
「家柄のおかげだろう」
「運が良かっただけだ」
「ガリ勉女」
「ミス雄蕊」
プラウティアは初めて妬みや嫉みを真正面から受けることになった。オドオドするような自信のない仕草も悪い方に働き、余計に陰口を言われるようになっていった。
さまざまなことを言われているうちに、プラウティアは失敗だけではなく成功も怖いと思うようになっていった。成功を意識すると無意識のうちに身体が硬くなってしまう。
成功にも失敗にも恐怖心を持ってしまうとどうして良いのか分からない。
戸惑いが身体の動きを悪くし、視野を極端に狭めていく。
そんな状態を克服しようとエレファントツリーとの対峙を望んだけれど、やっぱりうまく出来ずに足が震えてしまう。
これまでにどれだけ自分を責めてきただろう。
うまくいかなくて何度胸を詰まらせただろう。
眠りにくい夜を超えて、朝が来るのをどれほど待ったのだろう。
プラウティアはそんな自分を越えたくて藻掻いている。
前に進もうとしている。
たくさん自分を責めてきた。
ちょっとの間違いを気に病んで、次こそと思うと力が入り、また間違ってしまう。
それを繰り返して、繰り返して、終わりのない責苦を感じている。
そうやって頑張ってきた。
もうそろそろ良いだろう。
プラウティアは力を込めて、自分に言った。
あれだけ頑張ってきたのだから、そろそろ自分を許しても良いんじゃないのかな?
成功も失敗も怖いけれど、同じ怖いなら成功した方が良いに決まっている。
だから、顔を上げて踏み出そう。
時は来た。
目の前の試練を乗り越えて、また一つ階段を登りたい。
自分で自分を認めて、上手くいく怖さを克服したい。
さぁ、足を踏み出そう。
プラウティア、あなたは大丈夫。
大丈夫。
⋯⋯。
しかし、何度言い聞かせても、何度決心しても、プラウティアの気持ちは晴れなかった。
◆
プラウティアは満身創痍の気分だ。
それほど時間は経っていないはずだが、口は乾き、息は浅く、自分が何をしているのか分からない。
三匹のエレファントツリーを相手にしながら倒すこともせず、逃げることもせず、ただ受け流し躱している。
周りの状況を把握しようとしても冷静に見ることができない。
惨めな戦いを続けていて、仲間に幻滅されるのではないかと思うと怖くて仕方がない。
プラウティアはただ一人でエレファントツリーの猛攻を躱しつづけるという妙技をみんなに見せていたけれど、本人の心の中は虚しいままだった。
エレファントツリーが鼻で攻撃をしてくれば、プラウティアはダガーで払う。
避けきれないと思ったら瞬時に躱し、決して無理をしない。
三匹それぞれの動きを把握して囲まれないように足を動かし続け、押されてきたら一気に身体を捌く。
何度もそうしているうちにプラウティアの動きは研ぎ澄まされて、段々と最適化されてきた。疲労は溜まっていくが、身体の動きは冴えてきている。
そうしてちょっぴりの余裕が出てきた時、プラウティアの頭の中に素敵な考えが浮かんできた。
『これが終わったら、みんなのすごいところを伝えよう。
みんな変だし、常軌を逸しているけれど、尊敬出来る仲間達だ』
そんな考えが浮かんできたのが何故なのかは分からなかった。
戦闘の高揚感で楽しくなってきているからかもしれない。
ニシロに来てから、みんな凄かった。
すごく成長していた。
そんなすごい人たちと一緒に活動できることをプラウティアは感謝している。
みんなに助けられた。
セネカにも、マイオルにも、ガイアにも、ニーナにも、そして⋯⋯。
「ファビウスくん」
掠れるような小さな声で言った後、前方のエレファントツリーが鼻で攻撃しようとして来るのが見えた。
避けるのは間に合わなそうなので、プラウティアは身体に力を込めて受ける準備を整えた。致命的ではないが、結構痛いかもしれない。
エレファントツリーは振り上げた鼻をしならせ、プラウティアに向かって振り下ろす。
来る!
プラウティアは身構える。
しかし、攻撃が当たると思った瞬間、プラウティアの前に躍り出る者がいた。
「呼んだ?」
バキッと音がした。
プラウティアの目の前にはファビウスがいて、エレファントツリーの攻撃を受け止めている。
「⋯⋯ファビウスくん!」
ファビウスはエレファントツリーの鼻を弾き飛ばしてからプラウティアの方に顔だけ向けて言った。
「ねぇ、プラウティアさん。前から思っていたんだけどさ――」
エレファントツリーが次の攻撃をしようと力を溜めているのが分かる。
「君って本当に努力家だよね」
ぴーん。
プラウティアの頭の中で金属を弾いたような高く澄んだ音が鳴り響いた。
ファビウスは盾を構えて受ける体勢を整える。
それを見てプラウティアはボソボソと言った。
「ファビウスくんは格好良いよ」
「えっ? 何!?」
ドン!
エレファントツリーの体当たりをファビウスが受け止める。
力勝負になる前に盾の位置をずらし、エレファントツリーのバランスを崩す。
エレファントツリーがフラフラするのを見て、プラウティアとファビウスは距離をとった。他の二匹も今は離れているので、安全だ。
プラウティアは顔を真っ赤にしながら大きな声で言った。
「も、もう大丈夫だよ。あとは一人で何とかしてみる」
「わ、分かった。余計なおせっかいだったらごめんね」
ファビウスはそそくさとセネカ達の所へ帰っていった。
プラウティアはもう一度ダガーを握り直し、前を見据える。
さっきとは全く違う心持ちになっていることにプラウティアは気がついた。
自分を認めてくれる人がいる。
ファビウスにとっては何気ない言葉だったのかもしれないけれど、プラウティアにとってはいま一番必要な言葉だった。
おかげで頭がすっきりしている。
さぁ、足を踏み出そう。
プラウティアは自分からエレファントツリーに向かっていく。
プラウティアが近づくと二匹のエレファントツリーが鼻を振り乱す。
プラウティアはそれを低い姿勢で避けた後、片方の魔物の足を切りつけた。大した傷にはならないが、一時、敵を止めることができる。
そして、近くにいたもう一方のエレファントツリーに向かって走り、思い切り跳躍して背に乗った。
プラウティアはエレファントツリーの背中にダガーを差し込み、振り落とされないようにする。
エレファントツリーは暴れるけれど、もう遅い。
「【植物採取】」
そう言ってエレファントツリーの体内にある赤い実を取りだしたあと、プラウティアはダガーでエレファントツリーの頭にある核を壊し、倒してしまった。
同じ方法で二匹目を貫き、三匹目を葬った後、プラウティアの頭に声が響いてきた。
【レベル2に上昇しました。[植物採取IⅠ]が可能になりました。身体能力、干渉力が上昇しました。サブスキル[選別]を獲得しました】
戦いが終わった後、顔を真っ赤にしたプラウティアとファビウスをニーナとマイオルが全力で揶揄った。
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青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
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