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第6章(間章):砂漠の少年編
第62話:剣士
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ルキウスは【神聖魔法】というスキルを持った聖者である。しかし、その自覚はない。
それは教会本部で崇められた時間が少ないからかもしれない。グラディウスとの巡礼の旅でもずっと身分を隠してきた。
ならば、自分のことをなんだと思っているのか。
剣士だ。
ルキウスは自分のことを剣士だと思っている。
だとしたら、新たな疑問が湧いてくる。
剣を失った剣士はなんと表したらよいのだろうか。
大剣が折られ、ナイフが破壊されたルキウスは放心した。
あの大剣はセネカの父の形見だった。
決意の印だった。
それを自分の読みが甘かったせいで、壊してしまった。
ルキウスの胸に怒りが湧いてきた。
相手は自分だ。
自分の未熟さに腹が立つ。
我を失い、自分の表象である剣まで失った。
ルキウスは自分のことを何度も責めた。
メタルライガーもある意味では我を失っていた。
ルキウスの攻撃手段を潰したことに対して喜びの声をあげてしまった。
すぐに我に返って油断なく構え始めたけれど、ルキウスが放心していなければ全力の魔法で消滅させられたかもしれない。それほどの隙があった。
真っ白な頭の中でルキウスはメタルライガーを見た。
敵が臨戦体制に入るのを見て、突然セネカの言葉が蘇ってきた。
『時には逃げることも大事だから』
「そうだ」
ルキウスは思わず声に出した。
いまは勝てなくても良い。
とにかく生き延びさえすれば、次があるかもしれない。
自分はまだ負けたわけではない。死んだわけでもない。
ただ、剣がなくなっただけだ。
悔いるのは後でもできる。
突然頭の中の靄が晴れた。
目の前を見るとメタルライガーが跳びながら爪を振りかざしてくる。
ルキウスはすんでのところで攻撃を避けた。
メタルライガーは振り向きざまに、今度はルキウスの顔目掛けて飛びついてきた。
ルキウスは咄嗟に後ろに転んで躱し、メタルライガーを両足でかちあげた。
宙に浮かされたメタルライガーはジタバタしている。
ルキウスはこぶしに魔力を集めて、敵の左の後ろ脚を思いっきり殴った。
バキ!
手から血が出て骨が折れる。しかしその代償として目の前の獣の脚に細かい亀裂が入った。
ルキウスは視界が突然晴れたように感じた。
動きがはっきりと変わる。
ルキウスには無限の選択肢がある。
殴っても良い。蹴っても良い。勝てなかったら逃げても良い。
そんな簡単なことを忘れてしまっていた。
いつのまにか敵は斬るものだと思い込んでいた。だけどそれ以外の方法を選んだっていいはずだ。
相手は格上で、追い詰められているのは自分だ。
そんな状態になってはじめて、ルキウスは自分の全てを動員することができるようになった。
「セネカはいつも自由だった。僕も同じくらい自由で良い」
はっきりと声に出すと、その考えが頭の奥まで染み込んでいった。
ルキウスはやれるだけやってみようと決心した。
偶然敵の脚に傷を負わせることができたので、逃げようと思ったら逃げられるかもしれない。ルキウスはまだ回復できるのに対して、敵は回復手段を持たない。
それに、セネカの自由さを思い出した途端面白い考えが浮かんできた。
「刀があるじゃないか」
ルキウスは薄く笑ったまま、手を開いて指を伸ばした。
手刀だ。己の手を刀と見立てて敵を攻撃する手段だ。
「手刀の剣士って言うのも面白いじゃないか!」
体術を駆使して積極的に攻める。メタルライガーの動きは少しだけ鈍くなっているので、数回に一度は攻撃が当たる。手刀を繰り出す度に骨が複雑に折れるので回復魔法を使う。
ルキウスは微かな傷を敵に蓄積させていくことにした。
この戦いは引き分けでも良いのだと思うと身体が軽くなった。
手刀というのは面白い。自分の手が剣になる。
自分は生まれつき剣を持っていたのだ。
『そうだよ。剣は僕の中にある』
そんな声がどこかから聞こえてきた気がした。
ルキウスは胸に手を当ててから、その手を握りしめた。
何か大事なものを掴んだように思った。
形勢ははっきりとルキウスが良い。
メタルライガーが何をしてきてもルキウスは柔軟に対応して返していく。
しかし、決定打がないのも確かだ。
金属の獣はなぜ自分が劣勢に立たされているのか分からなかった。一度は勝ちがはっきりと見えたはずなのに、今は何をしたら良いのか分からない。
いよいよ手段に窮したメタルライガーは賭けに出た。
比較的間合いが遠くなった瞬間を見計らってなけなしの魔力を集めた。
それを傷ついた脚に集める。
絞る絞る。絞りきる。
刹那の溜めののち、大口を開けてルキウスに飛びかかった。
ルキウスはその行動を見て、さっき胸の前で掴んだものを差し出した。
手には【神聖魔法】の魔力で形成した『棒』を持っていた。
「ねぇ、知っている?」
飛び込んでくるメタルライガーに向かってルキウスは問いかけた。
「かつて『棒振り』と呼ばれた幼い剣士がいるんだよ。
その剣士と初めて戦った時、歯が立たなかった。
それ以来、僕の目標はいつも彼女だ」
棒をメタルライガーの口の中に差し込む。
メタルライガーは慌てたが、そんなものは噛み切ってしまえばよいので、口を閉じようとした。
「これは『剣』だよ」
ルキウスは全身の魔力を振り絞って自らの『剣』を伸ばした。
ゴルルルル。
メタルライガーの喉の奥から声にならないくぐもった音が聞こえてくる。
そして、ルキウスの『剣』は金属の獣の身体を突き破り、串刺しにした。
【レベル3に上昇しました。[防御魔法]が可能になりました。身体能力が大幅に上昇しました。魔力が大幅に上昇しました。サブスキル[剣]を獲得しました】
ルキウスは修羅道を踏破した。
◆
しばらく広場で休んでから祠に行くと、複雑な紋様の入った石が落ちている。話に聞いていた修羅道踏破の証というのがこれなのだろう。
ルキウスは手に取って帰路についた。
麓の野営地に帰ってモフを探したけれど、戻っていないようだ。
身支度を整えて、ご飯も食べずにルキウスは眠った。
次の日、身体の調子を確かめながら剣を振っているとモフが帰ってきた。
修羅道の踏破を伝えると笑って祝福してくれた。
モフと話し合った結果、ルキウスはパドキアに帰るが、モフはもう少し修羅道で修行することになった。何かを掴めそうらしい。
ルキウスはアランクナに戻って、数日間は観光がてらゆっくりと過ごした。
その間中、考え事が止まらなかった。
教会の教えによるとレベル3になった時に覚えるのは[防御魔法]と[結界]のはずで、個性が出てくるのはレベル4からだった。
しかし、今回ルキウスがレベル3で得たのは[剣]というサブスキルだ。
この能力では魔力を使って剣を生み出すことができる。魔力を消費するので今後も武器を持つつもりであるが、事実上、ルキウスは武器から解放された。
ルキウスはレベル2までは教会の方法に従っていたが、その後、王都を出た。
旅に出てからは教会の方法を使ってもいないし、砂漠の薔薇を使ったこともない。それなのにレベル3に上がるのが思いのほか早かった。
あのとき、メタルライガーと戦ったルキウスは『自分のスキルとはこういうものだ』という確信を得た。
それは言葉ではうまく説明できないが、感覚としてルキウスの中に残っている。
教会の【神聖魔法】のレベル上げの方法は、レベル3までは防御を張って高位の者に攻撃させ続けるというものだ。それを無機質に毎日毎日同じ作業を繰り返す。
しかし、ルキウスが得た感覚によれば、スキルとはもっと有機的なものだ。心情や感情に呼応して、形を変えて強くなっていく。そのようなものに思えてならない。
歴史が証明しているように教会の方法は効率的なのだろう。だけど、それはレベル3とか4に上がるまでのことだし、同じレベル帯での強さがどうなのかは分からない。
勘に過ぎないが、かつて『剣神』と呼ばれた下級スキルの使い手は、スキルを有機的に振るう人間だったのではないか。感情や心象を用いて、大いなる力を手にした人間だったのではないか。
ルキウスにはそう思えてならなかった。
◆
パドキアに戻り、校長にも報告を行った。
ルキウスは学校の英雄だ。
賞賛を受けたおかげで、妬みも増した。
何をしても褒められていくうちに、ルキウスは学校のほとんどの人から興味を失った。
三週間後、モフが帰ってきた。修羅道の三層まで踏破することができたらしい。
新たな強さに繋がる技術を会得したようで、珍しくやる気十分だ。
ルキウスとモフに敵う学生はもういない。
修羅道で鍛えられるのは自然の脅威に対する強さだ。
対して学生の強さは決まったルールの中での強さだ。これではルキウスの求める強さは得られない。
二人は突然猛勉強を始めた。
図書館に篭り、分からないことがあると、先生に聞いた。時には二人で議論することもあった。
そんな生活を続けているうちに二人はこの学校の三年間で習う内容を習得してしまった。
あっという間に二人の二年目は終わりに向かっていった。
しかし、ある時、グラディウスから急報が入った。
◆
ルキウスとモフは部屋を引き払う準備を始めた。
家具類は近所の学生に売るか引き取ってもらうことにした。
グラディウスからの報せは『ロマヌス王国の都市トリアス付近でスタンピードの兆し有り。即座に帰国し、助力せよ』というものだった。
トリアスはケメネス帝国からロマヌス王国に入ってから最初に通る大きな街である。
そこでスタンピードが起きれば、かなり大きな騒動になるだろう。当然ケメネス帝国に対しても情報共有がなされているだろう。
グラディウスの思惑では、この戦いでルキウスに功績を上げさせ、新たな聖者の出現を世界に宣言するつもりらしい。
名をあげて民に認められれば、教会の派閥も手を出せなくなるので、今のような不自由を強いることなく、比較的ルキウスの好きに生きられるようになるだろうと書いてあった。
今のような生活にしてしまって申し訳ないという謝罪の言葉もあったので、グラディウスは忸怩たる思いを抱えているのだろう。
ルキウスとモフは話し合って、パドキア魔導学校を辞めることにした。
休学という選択もあったけれど、あとから学校に戻る気にはなれなかった。
二人が校長に話を伝えると、校長はその場で二人の早期卒業を認めた。
「二人はすでにこの学校の勉強を修めていると聞いた。その上、お互い以外にこの学校で敵う者はいない。そんな奴らを卒業させない訳にはいかない」
校長はニカッと笑って、迅速に手続きを始めてくれた。
この地にも何人か会いたい人たちはいた。しかし、会う時間はない。
二人は他愛のない話をしながら自分たちの国に戻る準備を進めた。
「ねぇ、ルキウス。結局さぁ、砂漠の薔薇のことは何にも分からなかったねぇ」
「うん。そうだね。必死に調べたんだけどなぁ」
「だけどさぁ、またいつかリザードマンの集落には行きたいよね」
「必ず行こう。僕たちがもっと強くなって、信頼できる仲間ができた時に」
そう言って二人は満面の笑みを浮かべながら、トリアスに急行した。
----------
お読みいただきありがとうございます。
駆け足になってしまいましたが、第6章(間章):砂漠の少年編は終了です。
次話から第7章:武者修行編が始まります。時間が戻り、再びセネカの物語が始まります。
それは教会本部で崇められた時間が少ないからかもしれない。グラディウスとの巡礼の旅でもずっと身分を隠してきた。
ならば、自分のことをなんだと思っているのか。
剣士だ。
ルキウスは自分のことを剣士だと思っている。
だとしたら、新たな疑問が湧いてくる。
剣を失った剣士はなんと表したらよいのだろうか。
大剣が折られ、ナイフが破壊されたルキウスは放心した。
あの大剣はセネカの父の形見だった。
決意の印だった。
それを自分の読みが甘かったせいで、壊してしまった。
ルキウスの胸に怒りが湧いてきた。
相手は自分だ。
自分の未熟さに腹が立つ。
我を失い、自分の表象である剣まで失った。
ルキウスは自分のことを何度も責めた。
メタルライガーもある意味では我を失っていた。
ルキウスの攻撃手段を潰したことに対して喜びの声をあげてしまった。
すぐに我に返って油断なく構え始めたけれど、ルキウスが放心していなければ全力の魔法で消滅させられたかもしれない。それほどの隙があった。
真っ白な頭の中でルキウスはメタルライガーを見た。
敵が臨戦体制に入るのを見て、突然セネカの言葉が蘇ってきた。
『時には逃げることも大事だから』
「そうだ」
ルキウスは思わず声に出した。
いまは勝てなくても良い。
とにかく生き延びさえすれば、次があるかもしれない。
自分はまだ負けたわけではない。死んだわけでもない。
ただ、剣がなくなっただけだ。
悔いるのは後でもできる。
突然頭の中の靄が晴れた。
目の前を見るとメタルライガーが跳びながら爪を振りかざしてくる。
ルキウスはすんでのところで攻撃を避けた。
メタルライガーは振り向きざまに、今度はルキウスの顔目掛けて飛びついてきた。
ルキウスは咄嗟に後ろに転んで躱し、メタルライガーを両足でかちあげた。
宙に浮かされたメタルライガーはジタバタしている。
ルキウスはこぶしに魔力を集めて、敵の左の後ろ脚を思いっきり殴った。
バキ!
手から血が出て骨が折れる。しかしその代償として目の前の獣の脚に細かい亀裂が入った。
ルキウスは視界が突然晴れたように感じた。
動きがはっきりと変わる。
ルキウスには無限の選択肢がある。
殴っても良い。蹴っても良い。勝てなかったら逃げても良い。
そんな簡単なことを忘れてしまっていた。
いつのまにか敵は斬るものだと思い込んでいた。だけどそれ以外の方法を選んだっていいはずだ。
相手は格上で、追い詰められているのは自分だ。
そんな状態になってはじめて、ルキウスは自分の全てを動員することができるようになった。
「セネカはいつも自由だった。僕も同じくらい自由で良い」
はっきりと声に出すと、その考えが頭の奥まで染み込んでいった。
ルキウスはやれるだけやってみようと決心した。
偶然敵の脚に傷を負わせることができたので、逃げようと思ったら逃げられるかもしれない。ルキウスはまだ回復できるのに対して、敵は回復手段を持たない。
それに、セネカの自由さを思い出した途端面白い考えが浮かんできた。
「刀があるじゃないか」
ルキウスは薄く笑ったまま、手を開いて指を伸ばした。
手刀だ。己の手を刀と見立てて敵を攻撃する手段だ。
「手刀の剣士って言うのも面白いじゃないか!」
体術を駆使して積極的に攻める。メタルライガーの動きは少しだけ鈍くなっているので、数回に一度は攻撃が当たる。手刀を繰り出す度に骨が複雑に折れるので回復魔法を使う。
ルキウスは微かな傷を敵に蓄積させていくことにした。
この戦いは引き分けでも良いのだと思うと身体が軽くなった。
手刀というのは面白い。自分の手が剣になる。
自分は生まれつき剣を持っていたのだ。
『そうだよ。剣は僕の中にある』
そんな声がどこかから聞こえてきた気がした。
ルキウスは胸に手を当ててから、その手を握りしめた。
何か大事なものを掴んだように思った。
形勢ははっきりとルキウスが良い。
メタルライガーが何をしてきてもルキウスは柔軟に対応して返していく。
しかし、決定打がないのも確かだ。
金属の獣はなぜ自分が劣勢に立たされているのか分からなかった。一度は勝ちがはっきりと見えたはずなのに、今は何をしたら良いのか分からない。
いよいよ手段に窮したメタルライガーは賭けに出た。
比較的間合いが遠くなった瞬間を見計らってなけなしの魔力を集めた。
それを傷ついた脚に集める。
絞る絞る。絞りきる。
刹那の溜めののち、大口を開けてルキウスに飛びかかった。
ルキウスはその行動を見て、さっき胸の前で掴んだものを差し出した。
手には【神聖魔法】の魔力で形成した『棒』を持っていた。
「ねぇ、知っている?」
飛び込んでくるメタルライガーに向かってルキウスは問いかけた。
「かつて『棒振り』と呼ばれた幼い剣士がいるんだよ。
その剣士と初めて戦った時、歯が立たなかった。
それ以来、僕の目標はいつも彼女だ」
棒をメタルライガーの口の中に差し込む。
メタルライガーは慌てたが、そんなものは噛み切ってしまえばよいので、口を閉じようとした。
「これは『剣』だよ」
ルキウスは全身の魔力を振り絞って自らの『剣』を伸ばした。
ゴルルルル。
メタルライガーの喉の奥から声にならないくぐもった音が聞こえてくる。
そして、ルキウスの『剣』は金属の獣の身体を突き破り、串刺しにした。
【レベル3に上昇しました。[防御魔法]が可能になりました。身体能力が大幅に上昇しました。魔力が大幅に上昇しました。サブスキル[剣]を獲得しました】
ルキウスは修羅道を踏破した。
◆
しばらく広場で休んでから祠に行くと、複雑な紋様の入った石が落ちている。話に聞いていた修羅道踏破の証というのがこれなのだろう。
ルキウスは手に取って帰路についた。
麓の野営地に帰ってモフを探したけれど、戻っていないようだ。
身支度を整えて、ご飯も食べずにルキウスは眠った。
次の日、身体の調子を確かめながら剣を振っているとモフが帰ってきた。
修羅道の踏破を伝えると笑って祝福してくれた。
モフと話し合った結果、ルキウスはパドキアに帰るが、モフはもう少し修羅道で修行することになった。何かを掴めそうらしい。
ルキウスはアランクナに戻って、数日間は観光がてらゆっくりと過ごした。
その間中、考え事が止まらなかった。
教会の教えによるとレベル3になった時に覚えるのは[防御魔法]と[結界]のはずで、個性が出てくるのはレベル4からだった。
しかし、今回ルキウスがレベル3で得たのは[剣]というサブスキルだ。
この能力では魔力を使って剣を生み出すことができる。魔力を消費するので今後も武器を持つつもりであるが、事実上、ルキウスは武器から解放された。
ルキウスはレベル2までは教会の方法に従っていたが、その後、王都を出た。
旅に出てからは教会の方法を使ってもいないし、砂漠の薔薇を使ったこともない。それなのにレベル3に上がるのが思いのほか早かった。
あのとき、メタルライガーと戦ったルキウスは『自分のスキルとはこういうものだ』という確信を得た。
それは言葉ではうまく説明できないが、感覚としてルキウスの中に残っている。
教会の【神聖魔法】のレベル上げの方法は、レベル3までは防御を張って高位の者に攻撃させ続けるというものだ。それを無機質に毎日毎日同じ作業を繰り返す。
しかし、ルキウスが得た感覚によれば、スキルとはもっと有機的なものだ。心情や感情に呼応して、形を変えて強くなっていく。そのようなものに思えてならない。
歴史が証明しているように教会の方法は効率的なのだろう。だけど、それはレベル3とか4に上がるまでのことだし、同じレベル帯での強さがどうなのかは分からない。
勘に過ぎないが、かつて『剣神』と呼ばれた下級スキルの使い手は、スキルを有機的に振るう人間だったのではないか。感情や心象を用いて、大いなる力を手にした人間だったのではないか。
ルキウスにはそう思えてならなかった。
◆
パドキアに戻り、校長にも報告を行った。
ルキウスは学校の英雄だ。
賞賛を受けたおかげで、妬みも増した。
何をしても褒められていくうちに、ルキウスは学校のほとんどの人から興味を失った。
三週間後、モフが帰ってきた。修羅道の三層まで踏破することができたらしい。
新たな強さに繋がる技術を会得したようで、珍しくやる気十分だ。
ルキウスとモフに敵う学生はもういない。
修羅道で鍛えられるのは自然の脅威に対する強さだ。
対して学生の強さは決まったルールの中での強さだ。これではルキウスの求める強さは得られない。
二人は突然猛勉強を始めた。
図書館に篭り、分からないことがあると、先生に聞いた。時には二人で議論することもあった。
そんな生活を続けているうちに二人はこの学校の三年間で習う内容を習得してしまった。
あっという間に二人の二年目は終わりに向かっていった。
しかし、ある時、グラディウスから急報が入った。
◆
ルキウスとモフは部屋を引き払う準備を始めた。
家具類は近所の学生に売るか引き取ってもらうことにした。
グラディウスからの報せは『ロマヌス王国の都市トリアス付近でスタンピードの兆し有り。即座に帰国し、助力せよ』というものだった。
トリアスはケメネス帝国からロマヌス王国に入ってから最初に通る大きな街である。
そこでスタンピードが起きれば、かなり大きな騒動になるだろう。当然ケメネス帝国に対しても情報共有がなされているだろう。
グラディウスの思惑では、この戦いでルキウスに功績を上げさせ、新たな聖者の出現を世界に宣言するつもりらしい。
名をあげて民に認められれば、教会の派閥も手を出せなくなるので、今のような不自由を強いることなく、比較的ルキウスの好きに生きられるようになるだろうと書いてあった。
今のような生活にしてしまって申し訳ないという謝罪の言葉もあったので、グラディウスは忸怩たる思いを抱えているのだろう。
ルキウスとモフは話し合って、パドキア魔導学校を辞めることにした。
休学という選択もあったけれど、あとから学校に戻る気にはなれなかった。
二人が校長に話を伝えると、校長はその場で二人の早期卒業を認めた。
「二人はすでにこの学校の勉強を修めていると聞いた。その上、お互い以外にこの学校で敵う者はいない。そんな奴らを卒業させない訳にはいかない」
校長はニカッと笑って、迅速に手続きを始めてくれた。
この地にも何人か会いたい人たちはいた。しかし、会う時間はない。
二人は他愛のない話をしながら自分たちの国に戻る準備を進めた。
「ねぇ、ルキウス。結局さぁ、砂漠の薔薇のことは何にも分からなかったねぇ」
「うん。そうだね。必死に調べたんだけどなぁ」
「だけどさぁ、またいつかリザードマンの集落には行きたいよね」
「必ず行こう。僕たちがもっと強くなって、信頼できる仲間ができた時に」
そう言って二人は満面の笑みを浮かべながら、トリアスに急行した。
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お読みいただきありがとうございます。
駆け足になってしまいましたが、第6章(間章):砂漠の少年編は終了です。
次話から第7章:武者修行編が始まります。時間が戻り、再びセネカの物語が始まります。
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