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第5章:王立冒険者学校編(1)

第56話:花蜜

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 ルキウスの動向をグラディウスから聞いた後、様々なことがあった。

 セネカ、キト、マイオルとアッタロスの四人で会合を開いて事情を説明したり、アッタロスから技法の基礎を教えてもらったりもした。

 マイオルは何度かグラディウスに会ってスキルについて助言を貰った。外だったのでグラディウスはグレイの姿であった。

 セネカとマイオルは、ルキウスの話をガイアとプラウティアに全て伝えた。

 二人の反応はまちまちだったけれど、新たな聖者の誕生という非常に繊細な情報を聞いてたまげていた。


 グラディウスの事で忘れてしまっていたが、学校は期末であった。
 セネカは評価されることに戦々恐々としていたけれど、結果は悪くないものだった。日頃の努力の成果が出た気がしたので、四人で少し豪華な食事をして打ち上げをした。

 そんな訳で学校は長期休みに入る。

 元々はルキウスを探すついでに冒険旅行をしようという話になっていた。けれど、その旅行をする必要が無くなったので、『月下の誓い』は予定を考え直すことになった。

 ほんの二日程度だが、それぞれバラバラに過ごし、その後でゆっくり話し合おうということに決まった。





 セネカは街を歩いていた。

 最近お気に入りの茶屋がある。そこでは驚くほど濃いお茶が出され、たっぷりの蜜を入れて飲む。

 ほんの二口ほどの量しかないのだが、豊かな味と芳醇な余韻が癖になり、考え事をする時にはつい足を運んでしまう。

 その店でお茶をいただき、しばらくぼーっとした後、セネカはまた街を歩き出した。

 セネカはずっとルキウスのことを考えている。
 グラディウスの話を聞いて、セネカは『ルキウスをこの世界から守ってあげたい』という気持ちを強くした。

 これまでは悲観的な未来を空想していただけだった。だが、グラディウスの口ぶりからすると、セネカの想像は全くの空論という訳ではなさそうだった。

 いつかルキウスが追い詰められてしまうと思うとセネカの胸は騒ついた。

 大変な事態になっても、ルキウスにとって自分は必要ないかもしれないという考えはいつもセネカの頭にある。求められないという否定を想像しなかった事はない。

 だけど、いまそのことを考えていても仕方がない。結局のところ、それは妄想であって事実ではない。どこまでも都合よく考えることもできるし、どこまでも悲劇的になることができる。だから、現実逃避かもしれないけれど、いまやるべきことをやるしかないのだとセネカは改めて決意した。

 それではいまやるべきこととは何だろうか。

 セネカはとにかく強くなれば良いとずっと思っていた。
 武力だけが強さではないと知っていたから様々なことを頑張って来た。
 しかし、ルキウスが窮地に陥った時に必要な力というのは、セネカの想像以上に広範に渡っているのではないかと考えるようになった。

 だってセネカは世界中が敵になっても、ルキウスの盾になって包んであげたいのだから。

 それが荒唐無稽だという自覚はあるけれど、何とか実現したいという強い気持ちがふつふつ湧いてくる。

 そんな強さを得るための近道はきっとないのだろうなとセネカは理解していた。むしろ遠回りに見えるような道を進む事で汎用的な『強さ』が身につくのではないだろうか。そんな風に思ってもいた。

 考えながら歩いているといつのまにか王都の門に着いてしまった。
 頻繁に王都の森に通っていたものだから無意識のうちに足が向かってしまったのだ。

 セネカはせっかくだからと王都の森に行くことにした。辺縁のあたりであれば警備の冒険者もいるし、格段の警戒をする必要はない。

 森に向かって歩いている時に、セネカの頭に『総合力』という言葉が浮かんできた。

「そう。必要なのは総合力」

 セネカは少しだけ力強く地面を蹴って前に進んでいく。





 アッタロスに言われてから、セネカは『新しい強さ』のことを何度も考えている。
 考えれば考えるほど分からなくなって、何度も言葉の意味を考えた。

 新しいというのは、作られて間がないということ。
 強さというのは動じないということだ。
 だから、新しい強さというのは「作られて間もない揺るぎなさ」と言い換えることができるのかもしれない。

 いや、自分の場合は、それがのだろう。
 セネカはそう思わずにはいられなかった。


 セネカはアッタロスからエウスの強さは異質なものだったと聞いた。それまでになかった価値観で剣を振るって数々の敵を倒して来たらしい。

 じゃあ、エウスによって何が作られ、何が揺るぎなかったのだろうか。

「それが分かったら苦労しないのになぁ」

 セネカは拗ねた気持ちで足元の石ころを軽く蹴った。
 そして、コロコロと転がっていく石を眺めているとマイオルが前に言ってくれた言葉を思い出した。

『うまく言葉にできないけれどセネカの強さも何処か異質な強さだと思う』

 それは微かなものなのかもしれない。
 だけど、何度も磨いて自分に馴染ませていくことで、いつか揺るぎないものが出来上がるのかもしれない。

 それが具体的に何のことなのかは分からないけれど、この探求の道の先にセネカが求める強さが存在しているように思った。

「これまでになかった価値観を持って、いま作られつつある強さを磨く」

 まだ抽象的すぎる。だけど、進む方向は何となく分かった。
 だからセネカは思わず森に向かって走り出した。





 森に着くと大きな槌を担いだ少女がいる。

「ニーナ」

「⋯⋯セネカ!」

 ニーナは小さい顔にある大きな目を見開いてセネカを見た。

「セネカ、どうしたの? 一人なんて珍しいね」

「ニーナこそ。今日は自由な日でね、何となく森に来ちゃったんだ」

「そか。⋯⋯一緒に狩る?」

 ニーナはちょっとだけ笑みを浮かべて槌を片手で掲げた。

「⋯⋯狩る」

 セネカは刀を抜いてニーナと同じように天に掲げた。

 それから二人は森に入って獣や魔物を狩った。強い敵はいないので、気は抜いていないが力は抜けている。

 毎週のアッタロスとの実技の時間の時に暇さえあれば二人は戦っている。だからかお互いの狙いを察することができて、連携も悪くない。

 この花が好きだと言って、花の蜜をチュウチュウ吸い始めたニーナにセネカは尋ねた。

「ニーナはこの休みに何をするの?」

「チュウチュウ⋯⋯。遠征かな。ファビ君と武者修行。⋯⋯セネカもいる?」

 ニーナが花弁を渡してくれたのでセネカも吸った。思ったより甘くなかったけれど、爽やかな風味で非常に美味しい。

「チュウチュウ⋯⋯。そうなんだ。私たちはまだ決まっていないんだよね」

「⋯⋯セネカも武者修行に来る? 出発は三日後だからそれまでに言ってくれればいい」

「うーん。それも面白そうだけどね。けど、パーティで依頼をしていくのも大事かなぁ。私たちずっと森にいたから」

「そかぁ」

 ニーナは残念そうな顔でまた蜜を吸い出した。

 その横にしゃがんで、セネカも夢中で蜜を吸うことにした。

 少女達は良識があるので、根絶やしにする前に切り上げた。そして、またひと暴れしてから解散したのだった。





 マイオルは冒険者学校の訓練所で剣を振りながら薄く考え事をしていた。

 『スペルンカ』でグラディウスに会った日の帰り、セネカとキトの目の色はすでに変わっていた。グラディウスに己を磨けと言われて二人の心に火がついたのだ。

 ルキウスの状況が明確になったことで、目指すべき姿が二人には見えてきたのだろう。今後、セネカとキトの歩みは加速してゆくことになるはずだ。

 マイオルはそのことを嬉しく思い、触発された。しかし反面、このままで良いのだろうかという葛藤もある。

 現状セネカの戦闘能力はパーティの中で飛び抜けている。いずれ追いつくつもりだが、いま差があることは間違いない。

 このまま自分たちに合わせてパーティ活動を続けさせてしまえば、セネカの足を引っ張ることになってしまうかもしれない。

 最近ではセネカとマイオルの打ち込み様が伝播して、ガイアとプラウティアの訓練にも熱が入っている。マイオルはこのパーティならもっともっと強くなれるはずだと、確信のような気持ちを抱くようになっている。

 セネカの足も引っ張りたくないけど、パーティとしての強さも求めたい。マイオルはそう感じている。

 素振りをしながら何度も考えるうちに、これ以上一人で考え込んでも仕方がないとマイオルは思うようになっていた。

「相談しよう。そうしよう」

 そう言ってマイオルは「びゅん」とブロードソードを振った。
 思いのほかよく振れた気がしている。

 この学校に来てからのマイオルの剣の上達は目覚ましい。





 夕方、マイオルはセネカを寮近くの林に呼び出した。

「マイオル、話ってなに?」

「パーティのみんなで話す前に聞いておきたいことがあってさ」

「休みの間のこと?」

「そう。セネカはどう思っているのかなって思ってさ。いまのセネカにはガムシャラに戦うことが必要なようにも見えるけど、パーティとしての総合力をつけていくことも大事に思うんだよね」

「うーん。パーティでガムシャラに戦う」

「え?」

「ニーナはね。ファビウスくんと一緒に武者修行するんだってさ。なんかそれ良いなぁと思ったの。私たちもしようよ、武者修行」

 セネカは目をキラキラと輝かせている。

「王都の森は安全だったからみんなの力を合わせる必要がなかったんだよね。だけど、外に出たらどうなるか分からないと思う。みんなの力を合わせなくちゃいけなくて、でもそれなりに安全性も確保できるような場所って何処かにないのかな?」

「なるほどね。それなら安心してパーティの力を高められるってわけね」

「そうそう」

 マイオルは「うーん」と唸りながら考え始めた。

「ニーナに誘われて、ついて行っても良いかなぁとも思ったんだけれど、今じゃないかなって気がしたんだ。いま一人で突き進むのは大事なものを蔑ろにすることになるように思った。だから、私はパーティから離れないよ。みんなで強くなろう!」

「⋯⋯分かったわ」

「それにね——」

 セネカは空の遠い方を見て言った。

「パーティの力を磨くことが結果的に自分の強さになっていくんじゃないかって気がしているんだ。それがどんなものかは、今は見当がつかないんだけど、後から振り返った時にやっぱりパーティを大切にして正解だったと思えるようになる気がするの」

 セネカは大きい[魔力針]を取り出して、舞を踊るように振り始めた。

「私はちゃんと自分の心配をしているよ?
 マイオルやガイアやプラウティアに置いてかれないないように進むので精一杯。
 だからこそ、パーティで活動したいって思っているの。
 だって、きっとみんなすぐに強くなっちゃうと思うから。そばで見ていたいな」

 マイオルはセネカの針が冷たく研ぎ澄まされていることを知っていた。

「私も強くなりたいわ」

 そうしてマイオルも持っていた剣を抜いて、素振りを始めたのだった。
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