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第3章:銅級冒険者昇格編

第26話:火針

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 調査は三日に渡ったが、めぼしい情報はなかった。
 それでもアッタロスは細かい情報を収集して二人に記録させた。こういう地道な記録が後に貴重な情報になる可能性があることをアッタロスはよく分かっていたので、手を抜かせなかった。

 マイオルは山林の情報だけではなくてアッタロスからのアドバイスや苦言をしっかり書き留め、後でまとめて今後の財産にしようと思っていた。

 セネカは集中して作業をしていたが休憩になるとアッタロスの剣を思い出して、動きを再現しようと素振りをしていた。

 そんな二人の様子をアッタロスは黙って眺めていた。





「そういえば、マイオルってどうやって【探知】してるんだ? 地下を調べているのか?」

「はい?」

「あっはっは! そっか! そうだよな」

 笑って手を叩くアッタロスをマイオルは怪訝な目で見た。

「ごめん。初めての調査だし、レベルも上がりたてだもんな。俺が気づかなかったのが悪いんだ」

 ちょっとだけ真面目な顔になったアッタロスが続ける。

「魔力溜まりは地下や洞窟の中に出来ていることも多いから、【探知】の時はそれを意識した方が良いということを忘れていたんだ。いやぁ、気づくの遅くて悪かった」

「どういうことですか?」

「レベルが上がっているからおそらくできるようになっていると思うんだが、まずは探査範囲は狭くて良いから、円状ではなくて球状にできるか? そうすれば地下の情報もわかる。うまく制御出来れば半球の方が無駄がない」

 マイオルは目を瞑りながらスキルを調整してみた。

「上の方を削って半球のように出来そうです」

「そうか、優秀だな。そしたら、普段は俯瞰的な視点で表面を見ていると思うけれど、今は内部構造を見るように念じてみてくれ。山のあたりとかを見るとどうだ? その意識で解像度が上がるらしい」

「あー!!」

 マイオルが大きな声を出した。手応えがあったのだろう。

「今まで見づらくなっていたものがよく見えます! 特に魔力分布がよく分かりますね」

「やはりそうか。魔力は人や魔物と違って境界が曖昧だから余計に分かりづらいと聞く。探知しやすいものに合わせて感覚を切り替えると良いらしいぞ」

 マイオルは頷いて、今の感覚を馴染ませようと集中した。

「少し時間をください」

「分かった。⋯⋯セネカは何で馬鹿でかい針を振り回しているんだ?」

「修行です!」

「そ、そうか。頑張れ!」

「がってん!」

 その日はゆっくりと調査を行いながら、マイオルのスキルを調整することに費やした。





 次の日からは進展があった。

 マイオルのスキルの使い方が変わったお陰でさまざまな魔力溜まりを発見した。成果がありそうなのでアッタロスは期間の延長を決めた。

「アッタロスさん、魔力溜まりの分布っておかしくないですか?」

 マイオルは眉をひそめながら言った。

「どういう意味だ?」

「まずは出現の仕方が不明です。昨日あった場所に今日はない場合があります。地下の閉鎖的な空間にあったはずなのに分布が変わります」

「そうだな」

 ちなみにセネカは話をしっかり聞いてはいるが、大きい針で素振りをしている。

「それと、濃い魔力溜まりがある場所には近くにも別の魔力溜まりがあることが多いですが、魔力は拡散しているように見えません。私にはむしろ集合しやすいように見えます」

 そう言うとアッタロスはパチパチと軽く拍手した。

「その通りだ。よく気づいたな。答えを言うと魔力溜まりの分布はおかしい。だが、理由は分かっていない。様々な意見があるが、俺たちが普段『魔力』と思っているものと性質的には別物だと思った方が良いだろう」

 セネカの素振りの音がびゅんびゅんと聞こえてくる。マイオルもアッタロスも気にはなっているが言及しないことにしていた。

「例えば、大規模な魔法を使った後の残渣とは根本的に違うと思って良い」

 セネカの素振りが止まった。

「意志のちがい」

「ん? なんだ?」

「人の中では魔力溜まりみたいに固まっているけど、人が加工して使っている。魔法を使った後はその加工が残っているから、ふわぁって流される。魔力溜まりの方が自然ナノダトオモイマス」

 マイオルはセネカが突然話し始めて驚いた。やっぱり話をちゃんと聞いていたのかと確認できた安心感も抱いている。

「確かにそういう意見を唱えるものもいる。セネカはその違いが分かるのか?」

「何となく」

 そう言ってセネカは素振りを再開した。
 セネカが産み出した巨大な針の魔力が一瞬揺らめいたように思ったが、気のせいだろうと考えてアッタロスは流した。

「何にせよ、魔力溜まりには分からないことが多い。分かっているのは、通常の魔力とは違う性質を持っていること。神出鬼没なこと。濃度が濃くなると危険なことだ。場所ごとに違う振る舞いをすることもあるから、気になることはどんどん言ってくれ」

「はーい」

 セネカとマイオルは声を揃えて返事をした。





 調査の結果をみんなで地図にまとめていたところ、セネカが気づいた。

「アッタロスさん。この山の周りだけ、魔力溜まりが移動してない」

 セネカが指し示したのは小さな山だった。
 見落としてしまうほど狭い範囲ではあるが、そこだけは期間中、縦にも横にもほとんど分布が変わっていないようだった。

「よし! 明日はその地点をしっかり調査しよう」

 他にも再調査が必要な場所をいくつか出したあと、三人は夕食を食べた。明日が最終日の予定だ。

 昨日から一人ずつで見張りをしている。
 気を持たせるのは大変だが、時々アッタロスが起きて様子を見に来てくれるので良い緊張感を保つことができた。

 アッタロスは睡眠状態も短く活動量が多いはずなのに元気だったので、不思議に思ったセネカは聞いてみた。

「俺はレベルが上がるたびに身体能力が強化されているからな。こういう依頼中はほとんど寝なくても大丈夫なくらいだが、集中力を保つために休むことにしている」

 レベルアップの恩恵は考えていたよりも大きいようだとセネカは感じた。そして、アッタロスのレベルが気になったけれど、聞くことはできなかった。





 セネカもマイオルも野営に慣れてきた。
 調査の依頼は戦いがメインではないので野営や見張りの訓練をするのにちょうど良い。こういう活動に慣れてから本格的な冒険に出るのが一般的だ。

 料理の腕も上がった。
 セネカは孤児院で手伝いをしていたし、マイオルは教養として料理を学んでいたので、アッタロスの実践的な料理に馴染んでから目まぐるしく上達した。

 お陰で二人は数日から一週間程度の短期の依頼であれば、特段の懸念なく受けられる状態になった。

 朝、マイオルが作った粥を食べて三人は出発した。
 セネカはまた大きい魔力針を出して振っている。

「セネカ、結局それって何をしているの?」

「ん? 何のこと?」

「ずっと大きい針で素振りしているじゃない。それも[魔力針]でしょ?」

「あぁ、これね。これで戦おうと思って⋯⋯」

「そうだと思ってはいたけど、刀の方が強いんじゃない? わざわざ使う必要ってあるかな?」

「そうなんだけど、ちょっと試したいことがあってね。次、私が戦っても良い?」

「私は良いけど⋯⋯」

 マイオルはアッタロスの方を見た。

「もちろん敵によるが良いだろう」

 そうしてしばらく歩いていると、おばけキノコが彷徨っているのをマイオルが発見した。

「セネカ、おばけキノコがこの先にいるわ」

「おばけキノコだったら私でも十分だから戦って良いよね?」

「あぁ。だが、油断は禁物だ」

 セネカは「はーい」と両手を上げながら言って、ルンルンとした足取りになった。

 おばけキノコは痺れる粉を撒く以外の脅威はほとんどない。殴られたら痛いが、致命傷になることはない程度の攻撃力である。

 おばけキノコに近づいたセネカは[魔力針]で出した大きな針を構え、針に魔力を込めた。凝縮した魔力によって針が薄ぼんやりと光っている。

「なんて魔力だ」

 アッタロスも驚くほどの魔力が込められているが、セネカの保有魔力量からすると微々たるものである。

 セネカは飛び出して、針先でおばけキノコを軽く割いた。十分な威力を持っている。
 何度かキノコに傷をつけたあと、セネカは針を腰だめに構えて突進した。

「やぁ!」

 セネカの掛け声と共に針から「パチッ」と音が鳴り、火が発生した。火の針は勢いを失わずにおばけキノコの腹を貫き、そのまま体組織を燃やした。

「うまく行った!」

 アッタロスとマイオルは、晴れやかな顔でぴょんぴょん跳ねるセネカを呆然と見ていることしかできなかった。





「アッタロスさんのスキルを見てから私も真似したかったんだよねえ」

 セネカはそう言いながら、また針をブンブン振っている。

「何をし始めるかと思ったが、魔力があるからと言って真似する奴が出てくるとは思わなかった」

「憧れてたの! 私も魔剣士になりたかったなぁ」

 そんなセネカをマイオルは遠い目で見ていた。劣等感を持たないわけではないが慣れてもいた。それに、こうやってセネカが不可能を可能にし続ける姿はマイオルにとっては希望の光であった。

 マイオルは楽しく話をする二人を少し離れたところから微笑ましく眺めてから言った。

「お二人とも。例の小山はすぐそこです」
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