スキル【縫う】で無双します! 〜ハズレスキルと言われたけれど、努力で当たりにしてみます〜

藤花スイ

文字の大きさ
上 下
3 / 213
第1章:スキル獲得編

第3話:別離

しおりを挟む
 夜になった。
 みんなの寝息が聞こえてきたのでセネカは部屋を出た。
 約束をしていても眠ってしまうこともあったが、今日は目が冴えていた。

 屋根裏部屋に入っていつもの通りに屋根に出ると、そこにはすでにルキウスがいた。

 セネカはルキウスの隣に座って、ただぼーっと月を見た。
 その日の月はとても大きくて、神秘的な光を纏っていた。

「なんで行くことにしたの?」
 自然に口をついて出た言葉だった。
 変えられないとしても抵抗できたはずだ。
 それなのにルキウスは簡単に受け入れた。セネカはそのことが気に入らなかった。

「ずっと思っていたんだ。このままじゃダメじゃないかって」
 ルキウスもセネカも月を眺めている。

「スキルを得て冒険者になるつもりだった。どんなスキルかは分からなかったけど、この街で冒険者になることだけは決めていた」

「私もそうだよ」

「けど知ってるか? この街には銀級冒険者は四人しかいない。この街で必死に修行して銀級冒険者になった人たちだ」
 
 セネカは頷いた。

「父さん達も銀級冒険者だったのはセネカも知っているだろ? 自分がどれぐらいの才能を持っているのかはわからないけれど、僕はもっと強くなりたいんだ」

「どうして?」

「銀級じゃ足りなかったから。大切な人を守って、自分たちも生き残るにはもっと強くならなきゃいけないんだ。そうしなきゃ、この世界では胸を張って生きられない」

 ルキウスは翡翠色の瞳を煌かせて言った。

「僕は父さんたちを超えたいんだ!」

 同じことをセネカも思っていたからうまい反論が見つからなかった。

「僕は強くならないといけない。それは、すごい魔法で敵を倒せるとか、恐ろしく剣が上手いとかそういう強さじゃなくてもいい。どんなに強い敵が現れても生き延びるという強さが欲しいんだ。そのためには何がなんでもスキルを鍛えたかった」

「あの時、そんなことを考えていたんだね」

 ルキウスはなんとしてでもセネカを守れるようになりたかった。
 この少女は強い。放っておいてもきっと大きく成長していくだろう。
 だが、万全だとは思えない。

 大人になって強い敵が現れたらどうする?
 弱い者を放って置けないセネカが自分から危険に飛び込んだらどうする?
 
 ルキウスはセネカに変わってほしくなかった。
 飛び込みたい時に飛び込んで欲しかった。
 だから、どんなことがあってもセネカを守れるようにルキウスは強くなりたいと願った。

 けれど、セネカもルキウスを守りたかった。
 おどおどしながら剣を振っていたあの少年が強い目をこしらえるようになってしまった。
 そんな過酷な世界からルキウスを守ってあげたかった。
 そのために、セネカも必死で強くなろうとした。

 雲がかかって仄かに霞んだ月を見ながらセネカは言った。
「ルキウス、父さんたちは私たちの英雄だよね。それは私たちがいくら強くなっても変わらない」
「あぁ、そうだ。僕たちを守るために身を賭して強大な敵に立ち向ったんだ。力が強いだけじゃあ、英雄にはなれない」
「ルキウスもその気持ちを忘れないで。時には逃げることも強さだと私は思う」
 
 セネカはルキウスの方を向いた。
 ルキウスもセネカに顔を合わせて、その目を見つめた。

「うん。分かった。僕が英雄になったとき、隣で一緒にセネカと戦いたいんだ」
「私のスキルは【縫う】だよ?」
「それでもきっと大丈夫だよ。セネカなら」

 セネカは孤児院で「セネカだから大丈夫」と言われるのが嫌いだった。
 だが、ルキウスに言われるのはなんだか嬉しかった。

「ねぇ、セネカ⋯⋯」

 ルキウスは強張った表情になり、想いを伝えようとした。

 だがその時、雲から出た月が白緑に輝いた。
 溢れんばかりの魔力が二人に降り注ぎ、月はすぐに元の通りに戻ってしまった。

「ねぇ、ルキウス。今のなに?」
「ふわーって光ったよね? 僕の気のせいじゃないよね?」
「うん。私も見たよ。それで魔力もふわーって。そんなことがあるって聞いたことある?」
「いや、ないよ。誰か見ていたかな?」
「うーん。街で見ている人がいたかもしれないけど、ここのみんなは寝てるだろうから」
「街の人には聞けないもんね」

 セネカはすごく気になったが、どうしようもないので忘れることにした。

「そういえば、ルキウス、さっき何か言いかけてなかった?」
「あ、いや、なんでもないんだ。大丈夫」
「本当に? 真剣な感じだったけれど」
「うん。本当に大丈夫だよ」
「ふーん。なら良いけど、変なの」

 セネカは何故だか嬉しくなって笑ってしまった。

 二人はまた月を見始めた。

「いまはその時じゃなかったのかな⋯⋯」
 ルキウスは何やらぶつぶつとつぶやいていた後、ちょっとだけセネカの方に身を寄せた。
 月の光に照らされたセネカは見たことがないくらいに艶やかでルキウスは思わず赤面した。





 次の日、ルキウスはみんなに見送られて行ってしまった。
 馬車に乗って連れて行かれるルキウスを見て、セネカは涙を流した。
 涙はすぐに止まったが、頬を伝って落ちた雫は陽の光に当たって宝石のように輝いた。
 その日は雲ひとつない晴れで、お別れに良い日和だった。

 セネカはいずれこういう時が来ると自分が考えていたことに気がついた。
 あれだけの剣の才だ。どんなスキルを得たとしてもルキウスは自分の先に行ってしまうのではないか。そう感じている部分もあった。

 だが、その時は突然来た。
 あまりにも早くて、あまりにも脈絡がなかった。
 だから狼狽えてしまった。
 けれど、前に進んでいくしかない。
 そう信じて、セネカはゆっくりと覚悟を決めた。





 ルキウスがいない日常が始まった。
 バエティカに来てから、セネカはルキウスといる時間が特に長かった。
 だから、ルキウスがいなくなるとどう過ごしていいのかよく分からなかった。

 昨日はルキウスのことで頭がいっぱいでスキルを試す暇がなかった。
 孤児院の一個上のエミリーが【裁縫】のスキルを持っているので道具を借りることにした。

 エミリーは少し前から服飾店で見習いの仕事を始めた。
 もう少ししたら孤児院を出て住み込みで働くのだという。
 セネカが道具を貸してもらえないか聞きにいくと、エミリーは似たスキルを持ったセネカを歓迎した。
 セネカにその気があれば職場を紹介してくれるとも言ってくれた。

 孤児院ではみんなセネカのことが気になっていた。
 可憐な姿に似合わず剣を志し、冒険者になるのだと公言している。
 魔力量は大人を含めても孤児院の中で一番で、セネカは魔法のスキルを得るとみんなが思っていたのだ。

 セネカが【縫う】という冒険者に合わないスキルを得たとしても、冒険者を諦めるわけがないことはみんな分かっていた。
 だから無茶を始めるのではないかと気が気でなかったのだ。

 エミリーの部屋で布と針と糸を持ち、縫い物を始めた。
 すると、これまでに経験がないほどに手が進んだ。
 大まかではあるけれど、次にどうすれば良いのかが分かるし、器用さが上がっているように感じる。
 縫い物の得意なシスターミーナには敵わないが、経験に乏しいセネカが行ったにしては非常に上手かった。

「これがスキル⋯⋯」
 セネカはスキルの威力を思い知った。
 自分がやったとは思えないほど綺麗に縫うことが出来ていたので、何度も見直してしまった。

 それからエミリーの話を聞いて幾つかのことが分かった。
 まず、セネカが上手いのは縫うことだけだった。
 【裁縫】だったら布を切ったり、編んだり、型紙をつくったりするときもスキルの補助があるらしいのだが、セネカは縫う以外はこれまで通り出来なかった。
 だが、縫う作業の上達は早かった。
 
 スキルを持つと成長が早くなると言われている。
 早熟だからといって大器であるとは限らないのだが、才能のあるものに相応のスキルが与えられるということもよく知られている。

 セネカは自分のスキルを目の当たりにして色々と考え込んだ。
 だが、なんにせよ、冒険者になることだけは決めていたので、思考を止めて冒険者登録をすることにした。

 現実逃避をしたくなったのだ。
しおりを挟む
感想 127

あなたにおすすめの小説

我が家に子犬がやって来た!

もも野はち助(旧ハチ助)
ファンタジー
【あらすじ】ラテール伯爵家の令嬢フィリアナは、仕事で帰宅できない父の状況に不満を抱きながら、自身の6歳の誕生日を迎えていた。すると、遅くに帰宅した父が白黒でフワフワな毛をした足の太い子犬を連れ帰る。子犬の飼い主はある高貴な人物らしいが、訳あってラテール家で面倒を見る事になったそうだ。その子犬を自身の誕生日プレゼントだと勘違いしたフィリアナは、兄ロアルドと取り合いながら、可愛がり始める。子犬はすでに名前が決まっており『アルス』といった。 アルスは当初かなり周囲の人間を警戒していたのだが、フィリアナとロアルドが甲斐甲斐しく世話をする事で、すぐに二人と打ち解ける。 だがそんな子犬のアルスには、ある重大な秘密があって……。 この話は、子犬と戯れながら巻き込まれ成長をしていく兄妹の物語。 ※全102話で完結済。 ★『小説家になろう』でも読めます★

偽物の侯爵子息は平民落ちのうえに国外追放を言い渡されたので自由に生きる。え?帰ってきてくれ?それは無理というもの

つくも茄子
ファンタジー
サビオ・パッツィーニは、魔術師の家系である名門侯爵家の次男に生まれながら魔力鑑定で『魔力無し』の判定を受けてしまう。魔力がない代わりにずば抜けて優れた頭脳を持つサビオに家族は温かく見守っていた。そんなある日、サビオが侯爵家の人間でない事が判明した。妖精の取り換えっ子だと神官は告げる。本物は家族によく似た天使のような美少年。こうしてサビオは「王家と侯爵家を謀った罪人」として国外追放されてしまった。 隣国でギルド登録したサビオは「黒曜」というギルド名で第二の人生を歩んでいく。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので

sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。 早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。 なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。 ※魔法と剣の世界です。 ※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。

【完結】義妹とやらが現れましたが認めません。〜断罪劇の次世代たち〜

福田 杜季
ファンタジー
侯爵令嬢のセシリアのもとに、ある日突然、義妹だという少女が現れた。 彼女はメリル。父親の友人であった彼女の父が不幸に見舞われ、親族に虐げられていたところを父が引き取ったらしい。 だがこの女、セシリアの父に欲しいものを買わせまくったり、人の婚約者に媚を打ったり、夜会で非常識な言動をくり返して顰蹙を買ったりと、どうしようもない。 「お義姉さま!」           . . 「姉などと呼ばないでください、メリルさん」 しかし、今はまだ辛抱のとき。 セシリアは来たるべき時へ向け、画策する。 ──これは、20年前の断罪劇の続き。 喜劇がくり返されたとき、いま一度鉄槌は振り下ろされるのだ。 ※ご指摘を受けて題名を変更しました。作者の見通しが甘くてご迷惑をおかけいたします。 旧題『義妹ができましたが大嫌いです。〜断罪劇の次世代たち〜』 ※初投稿です。話に粗やご都合主義的な部分があるかもしれません。生あたたかい目で見守ってください。 ※本編完結済みで、毎日1話ずつ投稿していきます。

遅刻勇者は異世界を行く 俺の特典が貯金箱なんだけどどうしろと?

黒月天星
ファンタジー
 命の危機を女神に救われた高校生桜井時久(サクライトキヒサ)こと俺。しかしその代価として、女神の手駒として異世界で行われる神同士の暇潰しゲームに参加することに。  クリア条件は一億円分を稼ぎ出すこと。頼りになるのはゲーム参加者に与えられる特典だけど、俺の特典ときたら手提げ金庫型の貯金箱。物を金に換える便利な能力はあるものの、戦闘には役に立ちそうにない。  女神の考えた必勝の策として、『勇者』召喚に紛れて乗り込もうと画策したが、着いたのは場所はあっていたけど時間が数日遅れてた。 「いきなり牢屋からなんて嫌じゃあぁぁっ!!」  金を稼ぐどころか不審者扱いで牢屋スタート? もう遅いかもしれないけれど、まずはここから出なければっ!  時間も金も物もない。それでも愛と勇気とご都合主義で切り抜けろ! 異世界金稼ぎファンタジー。ここに開幕……すると良いなぁ。  こちらは小説家になろう、カクヨム、ハーメルン、ツギクル、ノベルピアでも投稿しています。

幼少期に溜め込んだ魔力で、一生のんびり暮らしたいと思います。~こう見えて、迷宮育ちの村人です~

月並 瑠花
ファンタジー
※ファンタジー大賞に微力ながら参加させていただいております。応援のほど、よろしくお願いします。 「出て行けっ! この家にお前の居場所はない!」――父にそう告げられ、家を追い出された澪は、一人途方に暮れていた。 そんな時、幻聴が頭の中に聞こえてくる。 『秋篠澪。お前は人生をリセットしたいか?』。澪は迷いを一切見せることなく、答えてしまった――「やり直したい」と。 その瞬間、トラックに引かれた澪は異世界へと飛ばされることになった。 スキル『倉庫(アイテムボックス)』を与えられた澪は、一人でのんびり二度目の人生を過ごすことにした。だが転生直後、レイは騎士によって迷宮へ落とされる。 ※2018.10.31 hotランキング一位をいただきました。(11/1と11/2、続けて一位でした。ありがとうございます。) ※2018.11.12 ブクマ3800達成。ありがとうございます。

異世界成り上がり物語~転生したけど男?!どう言う事!?~

ファンタジー
 高梨洋子(25)は帰り道で車に撥ねられた瞬間、意識は一瞬で別の場所へ…。 見覚えの無い部屋で目が覚め「アレク?!気付いたのか!?」との声に え?ちょっと待て…さっきまで日本に居たのに…。 確か「死んだ」筈・・・アレクって誰!? ズキン・・・と頭に痛みが走ると現在と過去の記憶が一気に流れ込み・・・ 気付けば異世界のイケメンに転生した彼女。 誰も知らない・・・いや彼の母しか知らない秘密が有った!? 女性の記憶に翻弄されながらも成り上がって行く男性の話 保険でR15 タイトル変更の可能性あり

処理中です...