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自閉症児 in Canada

【境界線】

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自閉症の子供の面倒をみていると、困った行動が多く、とても大変です。

そんな中でも特に難しいのが、
「境界線」の見極めである。

何の境界線かというと、
その困った行動が自閉症であることから来ているのか
それともただの子供としてのわがままなのか、
という境界線です。


ポイントは、自閉症だからと言って全てが許されてしまってはならないということなのです。


アンナは少し気に入らないことがあれば
すぐに凄まじいカマキリ声で叫びます。
話すことができないゆえのもどかしさから来ているものでしょう。

でも、だからと言って叫んでいいことにはなりません。
もしアンナが一生話せないとしたら?
一生叫ばせるのでしょうか。
それでは社会で生きていくことができません。


アンナの叫びは確実に
「自閉症」ゆえの叫びと
「子供としてのわがまま」の叫び両方が存在しています。


これを、「話せないから」と全て自閉症特有として扱っていては
アンナは叫ぶこと以外での自己表現ができなくなってしまいます。
自傷も然りです。


私は働き始めて数ヶ月でアンナの叫びの種類をすでに把握していました。

まず、アンナの叫びはわがままであることが多いです。
自分の要求が叶わない時に叫びます。


この叫びはどう対応するべきか。
それは、です。
自閉度の重さや元々の性格などでも異なってきますが、
叫ぶ度にこちらが反応していると、
叫べば注意を引ける、と学んでしまいます。

腹が立った時に叫ぶと
大人がどうしたの?と反応すると
叫びがさらに強化される。
また、叫んだ時に本人の要求を通したり、
本人の好きな物を与えたりすると
これもまた叫びを強化することになります。


これは自閉症児を持つ家族が最も陥りやすいことのひとつでもあるのです。
叫びに対し、反応をしないのはとても辛いことだからです。

でも、無視をするのとは少し違います。


私や、周りのセラピスト達が取る対応は、
アンナが叫んだ時は目を合わせず、
全く反応をしません。
本人が落ち着き、こちらを聞き入れることができるまで待ちます。
実はここがとっても大事。

本人が叫んでいる最中や、
叫び終わってもまだむしゃくしゃしている時はそっとしておきます。

本人が本当に落ち着いた時に、
「どうすればよかったか」を教えるのです。


例えば、おもちゃが思うように立たなかったなどの理由であれば、
どうすれば大人が助けてくれるかを教えます。


「Help」と書かれた絵カードを本人に握らせ、
こちらに開示させてから助けてあげる。
これを根気よく繰り返すことで
叫ぶのではなくカードを見せることで助けてくれると学びます。


やってはいけないことをやろうとして叫ぶ場合は
「ごめんね、それはやってはダメだよ」
などの同情はせず、
「やめてください」
などの一言で済ませてから後は反応しないようにします。
絵カードを見せるとよりよいでしょう。

ポイントは、
何度も何度もやめてくださいと言わないことです。
1度やめてくださいと言えば、その後は止め続けます。
何度も言い続けると、言葉の重みがなくなってしまうのです。


こちらが止めればあの手この手で要求を通そうとしますが、
「やってはいけないこと」
はやってはいけません。
例えば、アンナは電化のコンロ付近によじ登りコンロの上に立とうとします。
これは大変危険なので、
何がどうあってもやっていいことにはなりません。

当然アンナはカマキリ声を出し立とうとしますが、
要求は通しません。
アンナの場合家族の誰かが叫びに負けて立たせたことがあるのでしょう。
1度立った経験があるからこそ
本人はできないことに納得がなかなかいかないのです。


アンナは数週間粘り続けましたが、
私は絶対に立たせませんでした。
そのうちにアンナは立とうとすることはあるものの、
止めると叫ぶことはなくすぐに諦めるようになりました。


アンナにも学ぶ力はあるのです。
アンナが落ち着いて諦めるようになったので、
「危ないんだよ」とそっと声をかけ危険の絵カードを見せるようにしました。
また、コンロに立たなかったね、ありがとうと伝えるようにもしています。

アンナの場合怒っているとこちらのことは何も聞くことかできないのです。
危ないよと言っても、
叫んでる間は聞いていないし、
見てもいません。



レベルが上がれば
本人がむしゃくしゃしている時に
「Angry」のカードを握らせ
自分の感情をこちらに伝える練習もできます。
ただ、これは小さいうちは難しい。


どうしても本人が落ち着くのを待つ時間がないなどであれば、
何がひとつこちらの指示に従ってもらってから助けることもあります。

「ここに座って」などてもいいし、
「こちらに来て」と言って自発的にこちらに来させるなどでもいいでしょう。

あくまでも大人がコントロール権を握った状態にします。


アンナはそうして少しずつだけど
学んでいっている。

アンナもチャーリーもとてつもなく長い人生が待っているのだ。
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