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【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている⑤ ~破滅の三大魔獣神~】
【第三十一章】 封印解放
しおりを挟む出発から三十分程度が経っているだろうか。
あの後、一旦エルシーナ町へと向かった僕達はジャックが天鳳を封印しているという壺を取りに行くのを待ち、予定していた無人島へと揃って移動した。
グランフェルト王国のすぐ側ということらしいこの無人島は、本当に何もない島であることが一目で分かる。
人や建物どころか草木といった自然も全然見当たらないし、地平線の向こうまでほとんど荒野のような風景が広がっているだけだ。
確かにこの場所ならば僕達以外に被害が及ぶ心配は無いと言っていいだろう。
勿論、それは最終的に勝つことが出来たらという話であり、負ければある意味被害は他の全てにまで降り懸かるといっても過言ではない。
そんな戦いを目前に控えた今、固まって立つ僕達を少し緊張感の漂うピリピリとした雰囲気が包んでいた。
この世界で過去何度かこういった経験をしてきた僕だけど、命懸けの戦いに挑むことに対しても、自分や誰かが命を落とす可能性があるという状況にも、どれだけ強い覚悟を持ってこの場に立ち、皆と共に進むと確固たる決意を持っていてなおやはり簡単に慣れられるものではないのだと痛感する。
僕が自身に誓ったのは『怖がらないこと』ではなく『逃げないこと』だ。
元来恐怖によって取り乱したり我を失う様な性格でもない。
少しぐらい怖がっていた方が逆に冷静にどうすべきかを見極める能力も研ぎ澄まされてくれるのではないかと前向きに考えることにしよう。
前向き、というよりは後ろを向かないためのこじつけ理論な気もするけど、もうこの際なんだっていい。
そんな風に他の人達と違って色々と考えることが多い僕は真剣な面持ちでその時を待つセミリアさん、サミュエルさん、クロンヴァールさん、セラムさん、ハイクさん、ユメールさんという六人の側に立ち、少し離れた位置でジャックがやけに高級感溢れる装飾の施された真っ黒な壺を地面に置いたのを見守った。
まさにこれから封印を解くという状況が出来上がる。
ジャックは立ち上がると、なぜかふと空を見上げた。
何を見ているというわけでもなく、どこか哀愁を帯びた目で遠くを見つめている。そんな感じだった。
「ジャック、どうしたの?」
一番前に立っていた僕はジャックの側に寄り、後ろから声を掛ける。
ジャックは振り返ることなく、独り言の様な口ぶりでそれに答えた。
「いやなに。お疲れさんって、伝え忘れちまったなぁと思ってよ」
「へ?」
「気にすんな、こっちの話さ。さ、アタシ等はアタシ等の役目を果たそうじゃねえか。せめて良い報告ぐれえ持って帰らないと報われねえってもんだ」
何が言いたいのかよく分からない言葉を並べ、ジャックは話を打ち切る様に僕の肩を抱いて皆の方へと促した。
そして、全員を見渡すと一つ鼻で息を吐いて問い掛ける。
「さて、今から化け物退治に取り掛かるわけだが、何か言っておくことはあるかい?」
「一つ、確認しておく」
そう言ったのは腕を組み、相も変わらず凛々しい佇まいを維持していたクロンヴァールさんだ。
「その化け物を倒す、それが何よりも優先されるということが共通の認識でいいんだな?」
「勿論それが最優先だ。負けたからといって世界が滅ぶと決まっているわけでもねえが、この面子で無理ならそうならねえ可能性に期待するのもどうかってレベルの話だ。どのみちグランフェルトを含む近場の国は葬り去られるだろう。だが、世界と仲間を天秤に掛けてどちらかに傾くかどうかは人それぞれってもんだ。何を差し置いてもっつー度合いは各々が判断すればいい」
「こちらの側に意志の乱れは無い。遠回しにお前達のことを指していると伝わらなかったか?」
「こちとら百年待ち続けてんだ、意地でもチンケな結末にはさせねえさ。仲間を犠牲にしてまで生き残ろうとは思わねえが、自分が犠牲になって勝てるならそれはそれで構わねえ。こっちにも負けられねえ理由ってもんがあるからよ」
「ならば今は何も言うまい。だが、これだけは理解しておけ。助け合いの精神など期待するな、我等シルクレア王家とその忠義者は滅するべき敵であると決めた相手を潰すことで国を守り、世界を導いてきた自負がある。この後に待ち構えている戦争の続きも然り、何があろうと負けるつもりもなければ見知らぬ化け物に世界をくれてやるつもりもない」
「主義主張なんざ人と国の数だけあるもんだ。それらが違えど目的は同じ、ならばそれぞれが勝利のために必要だと思うことをすりゃいい」
ジャックがそう言ったところで、何か通ずるものがあったのか二人は顔を見合わせにやりと笑った。
話で聞いてもいたし実際にそういう様を見たこともあったが、基本的にシルクレア王国の人達というのはクロンヴァールさんの意志や方針が全体の総意であるという態度が顕著である。
一方こちらの一味はというと、僕やセミリアさんは空気を読んで口を挟まず、サミュエルさんは興味が無いからか聞いているかどうかも怪しい始末という、これもまたいつも通りの四人組という感じだ。
といっても、僕が黙っているのはジャックが僕の考え方から逸脱した方針を出すことはないだろうという信頼と、クロンヴァールさんの徹頭徹尾悪者を排除しようとする主義も今ばかりは共通する目的に向けられているので黙っていただけだ。
その後の戦争に関しても同じ考えでいるならば、僕はやっぱり同じ陣営にいたところでこの人とは相容れないなぁと、改めてそう思わざるを得ない。
しみじみと、という表現からはかけ離れている内容ではあるが、そんなことを考えているうちに二人の会話が途切れ目を迎える。
ふと、横から口を挟んだのはユメールさんだった。
「クリスも一つ聞きたいことがあるです」
「言ってみな、バンダナ女」
「む……誰がバンダナ女ですかこの乳お化けめ、です。百年前から今この時まで封印することで危機を脱してきたなら、また封印すればいいのでは? です」
「そりゃ無理な話だ。この封印術は現代に受け継がれていねえぐらい高度な術だし、何よりもまず莫大な魔力を必要とする。全盛期のエルワーズですら一人の力じゃどうにもならなかったぐれえだ。そっちのおっさんクラスの魔法使いが四、五人いりゃ話は別だろうが、現実的にあり得ないだろうよ」
「むむむ、確かにこんなおっさんが五人も居たらむさ苦しくて適わんです。仕方がないので退治してやるです」
「可能かどうかにむさ苦しさは関係ねえが、いずれにしても百年ずつ先延ばしにしたところで封印という方法を取り得なくなった時点で世界ごと終わりっつー話だ」
さて、話も終わりならそろそろいくとしようぜ。
そう言って、ジャックはもう一度全体を見渡した。
反対意見を唱える者はおらず、それどころか全員が同時に武器を抜いている。
セミリアさんは背中の大剣を。
サミュエルさんは二本のククリ刀を。
ジャックは腰のサーベルの様な剣を。
クロンヴァールさんはキラキラした宝剣を。
セラムさんはクリスタルな魔法の杖を。
ハイクさんは巨大なブーメランを。
ユメールさんは両手に指抜きのグローブを。
それぞれが手に取ったり装着したりし、いかにも臨戦態勢という表情だ。
「相棒、おめえは少し離れてな」
ジャックが僕の肩に手を置く。
どう見ても場違いな僕だ、そう言われるだろうとは思っていた。
「まぁ……そうなっちゃうよね、どうしても」
「勘違いすんなよ? 安全な位置に避難してろって話じゃねえ。どのみちおめえは攻撃の手段を持ってないんだ。だったら見て、分析して、何が必要か、どうすべきかをアタシ等に伝えろ。少なくともアタシやクルイード、セリムスはおめえを信じ、その指示に従う。それが相棒とアタシ等が一緒に戦うってことの意味だ、今のところはな」
「アネット様の言う通りだ。コウヘイにはコウヘイにしか出来ぬことがある、そしてそれは唯一私達の誰かが取って代わることの出来ない役割なのだ」
セミリアさんも逆側の肩に手を置いた。
それは揺るぎない信頼の言葉。
そして、戦う術を持たない僕がそれでも共にあろうとするその意志を後押ししてくれる言葉。
二人がそう思ってくれるからこそ、僕は今ここに立っている。
なんて、暢気にというか時期違いにもというか、うっかり感動しそうになっているとサミュエルさんがノソノソと歩いて近づいてきたかと思うと僕の前に立った。
その表情は相変わらずムスッとしたままだったが、両肩がジャックとセミリアさんの手で埋まっているからか、その二人と同じ様にサミュエルさんは僕の頭に手を置く。
まさかサミュエルさんに励ましのお言葉や仲間意識溢れるコメントをもらえる日が来ることになるとは。
と、ジーンとくる度合いに拍車が掛かりそうになったわけだけど、それが勿論のこと勘違いであったと気付くまでに要した時間はものの二秒程度だった。
ゴツン、という音が響く。
同時に頭部に衝撃が走り、目の前にはサミュエルさんの顔があった。
端的に状況を説明するならば、ただ頭突きをされただけだった。
「いたた……な、なんで急に頭突きを」
「いつまで友情ごっこしてんのよ。時間の無駄だからサッサとあっち行ってろっつーの」
素で邪魔だと思っていそうなその顔に憤慨する気さえ失われる。
シルクレアの方々ですら空気を読んで何も言わずにいてくれたのに……と、額を抑えつつ、そんな行動を咎めようとしたのであろうセミリアさんや呆れた弁を述べかけたジャックを制して僕は素直にその輪を離れ、少し後方に立ち位置を変えることにした。
安全な位置まで待避したわけではない。
突破口となり得る何かを探し、自分の身ぐらいは自分で守る。
あくまで僕が僕の役目を果たすべく、声が届く範囲を出ないたかだか十メートル程度の距離を開けただけだ。
そうして見守る僕の前に並んで立つ七人の戦士達はこちらに背を向け、再び地面に置かれた天鳳の封印されている壺を見つた。
唯一ジャックだけが一度こちらを振り返り、人差し指を天に向けて突き立て『アタシの生き様をよーく見てな』とでも言いたげな不適な笑みを一瞬僕に向けてから他に倣って壺へと視線を落とす。
そして。
「さって、心の準備なんざもういらねえな? 封印を解くぜ?」
投げ掛けられた誰に対してというわけでもないそんな問いに反応する者は居ない。
よし。
と一言発し、ジャックは左手で拳を作るとそれを胸に当て、目を閉じてボソボソと小さな声で長い詠唱を始める。
ノスルクさんに託された、封印を解く呪文だ。
徐々に黒い壺が光を帯び始める。
十秒か二十秒か、その長い詠唱が終わるとまるで溢れ出てくるかのように視界を覆う程の目映い光が辺りに広がった。
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