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【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている⑤ ~破滅の三大魔獣神~】
【第二十章】 その名はジャクリーヌ・アネット
しおりを挟む三メートル程あった二人の距離は一瞬で埋まり、射程距離に入るやいなやサミュエルさんの左手の鋭い突きがジャックの顔面に向かって伸びた。
手加減出来る性格でもなければジャックがやろうとしている事からするとそうしない方がいいのだろうが、目隠しした相手の顔面に突きを放つという容赦の無さ過ぎるサミュエルさんの非道は、しかしながらどう考えても見えていないはずのジャックにヒットすることはなく空を切る。
躱されたことが予想外だったのは僕達と同じだったのかサミュエルさんも一瞬驚きに目を見開いたものの、間髪入れずに次なる攻撃を放った。
右手に持つ棒を真横に振り抜く。
大事なことなのでもう一度言うが、一発当てれば勝ちというルールであるにも関わらず頑なに顔面を狙ったその攻撃もまた、あっさりと空を切った。
ジャックは膝を折り、しゃがむように攻撃を躱している。
到底目隠しをしているとは思えないジャックの動きは僕に言わせれば神業的な光景という他ないのだけど、案の定それが苛立ちを増長させたらしくサミュエルさんは手を休めることなく二本の棒で攻撃を繰り出し続けた。
だが、あの鬼の様に強いサミュエルさんの二刀流がその対象の体を捉えることは一度たりともなく、ジャックは十回二十回と絶えず自身を狙って襲い来るその攻撃全てをいなしていく。
縦からでも横からでも正面からでも二本同時であっても、まるでマタドールの様にひらりひらりと体の位置を、或いは向きや角度を僅かに変えることで躱していくその姿は素人目に見ても華麗だと思わされるだけのものがあった。
本当に最小限の動きで避けているからだと途中で気付いていなければサミュエルさんの狙いが悪いせいで当たらないのではないかと勘違いし、見ていてやきもきてしまいそうになる程にそつがなく、小さな動作ばかりだからだ。
やがて、もう何度目になるかという攻撃をジャックが躱したことをきっかけに勝負の行方は急速にその方向を定めることとなる。
右斜め上、ほとんど頭上から振り下ろされた一撃を例によって紙一重で躱したジャックは空振り、地面を叩いた木の棒を上から踏みつけた。
地面と足に挟まれたことで動きを封じられ、右手の武器の機能を奪われたサミュエルさんだったが、意味を同じくして武器を地面に固定させたことで自ら距離を置いて攻撃を回避するという選択を放棄したジャックに残る左腕ですかさず突きを放つ。
しかし、そんなジャックは至近距離から首元に向かって伸びるその鋭い突きを真下から蹴上げることで防いでみせた。
武器による突きをも上回る凄まじい速度の蹴りはジャックの片足が真上に向いたことで初めて蹴りだったと理解出来た程の切れ味で、それによって攻撃を防いだことすらもサミュエルさんの手を離れたもう一方の棒がくるくると宙を舞ったのを見て初めて把握出来たぐらいの、まさに人間離れした一連の攻防だった。
サミュエルさんは苦々しい表情で舌打ちをし、すぐに踏まれたまま地面に付いている右腕の棒を無理矢理引き抜こうとしたが、その腕が動きを取り戻すことはなく、
「勝負あり、だな」
攻撃の術を失ったサミュエルさんが次なる行動に出るよりも先に、ジャックはそう言って目を覆っていた手拭いをその手で解いた。
サミュエルさんは認めてなるかと言わんばかりにもう一度右腕に力を込めたが、やはりガッチリと踏まれている木の棒は少しとして動かない。
そうなってようやく諦めた様に、何かを悟った様に、もう一度舌打ちをしてサミュエルさんは武器から手を離した。
「いやはや、お見事としか言い様がない」
隣に立つセミリアさんがパチパチと手を叩きながらジャックに賛辞を送る。
僕も全く同じ感想だ。
すげぇ……ジャックってすげぇ。
例え目隠しをしてない状態で同じことをしたところで唖然とするしかないような達人技を前にただただそんな感想しか出てこなかった。
「さて半裸女、納得はしてもらえたかい?」
サミュエルさんと違って息一つ切らしていないジャックはどこか得意げに笑う。
対するサミュエルさんは大層気に食わなそうに目を反らし『誰が半裸女だっての』と、ほとんど独り言の様に呟くだけだ。
反論したり文句を言わないのは渋々でも嫌々でも納得している証拠だと分かっているのは僕だけではなかったのか、ジャックもそれ以上は何も言わなかった。
「アネット様の言う、気を操る術というものを身に付けることであのようなことが可能になっているのですか」
ジャック、サミュエルさんの両方に水とタオルを手渡し、後者に差し出したそれらを引ったくられたところでセミリアさんが興味深げに問う。
ジャックは一口二口瓶入りの水を流し込むと、その力を得た時のことを語り始めた。
「そういうことだ。教えると言っても、一朝一夕でアタシと同じレベルになれってのは無理な話だろうがな。これでも極めるまでに十年掛かってんだ。そこまで簡単じゃねえ」
「十年、ですか」
「センスや向き不向きもあるだろうが、極めようと思えばそれだけ高度な技術が必要になるってこった。ま、アタシとてきっかけで言えば必死こいて身に付けようとして得た力じゃねえけどよ。むしろいい加減な性格が幸いしたと言っていい程だ」
「いい加減な性格が幸いってどういうこと?」
この疑問符は僕によるものである。
しかし、セミリアさんもサミュエルさんも同じ様に頭に『?』を浮かべていたので代表して僕が疑問を口にしたことにしておこう。
当然過ぎて悲しくなってくるが、サミュエルさんのそれは僕達と同じ『どういう意味だろう?』という感じではなく『はあ? いちいち回りくどい言い方してんじゃないわよ面倒くさいわね』と言いたいことが無言でも伝わってくる顔をしていたがゆえに、揉め事になる前に僕が間に入ったわけだ。
そんな僕の心情を知ってか知らずか、ジャックは特に表情や口調を変えずに話を続ける。
「その頃一緒に居た師匠がまあ鬼みたいな奴でよ。当時十二、三のアタシは容赦の欠片もねえような血反吐が出る程に厳しい修行の毎日だったわけだ。そこでどうにか逃げ出してサボれねえかと考えたアタシは、結果として山の中に逃げることにしたのさ。勿論黙って逃亡したわけじゃねえぜ? 精神統一をしてくるって名目さ。師匠はそういうモンも割と重要視しておかげで駄目だとは言われなかったのが幸いしたってところか。まあ、そんな感じで毎日修行の途中で山に向かっては胡座を掻いて、目を閉じて、いかにも精神統一をしていますって格好をしながら普通に居眠りして過ごしてた。短くても昼頃から夕陽が落ち始めるぐらいまで、長けりゃ半日そうしてたこともあったな。最初は本当にただそれだけだった。サボりたい一心でそうしていただけだった。自分の変化に気付いたのは一年二年が経った頃だったぜ。ずっと目を閉じていたからか、やけに視覚以外の感覚が鋭くなってやがるってな。音や臭いをより敏感に感じることが出来るようになっているってことにその時初めて気付いた。最初は背後だったり見えないところに鳥や小動物が居ることが見なくても分かるようになってた。集中して把握しようとすることで徐々に位置や距離が正確に分かるようになってきた。それが気の流れを感じ、コントロール出来るようになりつつあるんじゃねえかってことだと師匠に言われて初めて知ったよ。それからだったな、アタシ自身その感覚をより研鑽してやろうと思ったのはよ。それからは毎日山に籠もる時間を増やした、途中で寝ることもやめた。そうしているうちに五感はより研ぎ澄まされていった。小動物どころか小せえ虫っころや落ちてくる葉っぱまで目を閉じたままはっきりと察知出来るようになっていった。そんで、どうにかそれを実戦に生かせねえかと思ったんだが、それは考えるよりも先に結果に現れていたよ。今やったように、敵の攻撃に対して明らかに反応速度や防御の精度が上がってたし、攻撃するにしたって本来の腕力以上の威力が無自覚に生まれてた。ちっとコツを掴みかけた段階でそれだぜ? そりゃ極めりゃどんなことになんだってテンション上がったもんさ」
「なるほど、そういう経緯があったのですか」
長い説明が終わると、セミリアさんは納得したように頷いた。
立派なのかそうでないのか分からない様なきっかけではあるのだろうが、いずれにしても凄まじい話であり、現実離れした力だと僕も思う。
気を操る。
そういう言葉は日本でもテレビなんかで見ることはあるけど、正直ただの演出とやらせでしかないとその類の番組を嫌っていたぐらいの僕だ。
実際にそれによって神懸かり的な技を披露されたのだからある意味魔法というこの世界ならではの光景よりも衝撃度が高いぐらいである。
「一つ一つの能力値を見れば、アタシは剣術やスピードではクルイードを上回ってはいねえだろうし、パワーや胆力、精神力じゃ半裸よりも劣っているだろう。それでも、こいつを極めたからこそアタシは誰とだって対等以上の勝負が出来るってわけだ。同じレベルに数日で達することは無理でも、てめえらなら少なからず実戦で役に立つレベルにゃ身に付けることが出来るはずだ。さっきも言ったとおり、目隠ししたまま攻撃を避けるための技術じゃねえ。気を操り、気の流れを知り、気をコントロールする術を身に付けりゃ色んな面で役に立つし、戦闘力だって向上することは間違いねえ。この数日でどこまで身に付けることが出来るかはおめえら次第だ。どうする、半裸女、それからクルイード」
一転、真剣な表情でジャックは二人を交互に見る。
まず、即答したのはセミリアさんだった。
「是非もない話です。少しでもこの国の未来を守ることに繋がるのなら、どうかご教授いただきたい」
ジャックは『よし』と満足げに微笑み、サミュエルさんに視線を送る。
サミュエルさんは腕を組んだまま目を反らし、
「次半裸女って言ったら即帰る。それだけは覚えときなさい」
また舌打ちを漏らして空になった瓶とタオルを僕に放った。
どうにも素直な表現でこそなかったが、それがセミリアさんと同じ意味の返事だったことに気付かぬ者は僕達の中には居ない。
紆余曲折あったと言えなくもないけど、話が纏まり、そして二人にとって意味のある時間となるならば結果オーライでも何でもいい。
セミリア・クルイード、サミュエル・セリムスという二人の女勇者に加え、新たに仲間になった僕の相棒もまた、勇者という二つ名にふさわしい強さと志を持っていた。
世に【伝説の二代目勇者】と呼ばれているらしい悪ノリが好きでお酒も大好きなその女性の名はジャクリーヌ・アネット。
彼女のおかげで僕達全員が一つの目的のために力を合わせることが出来るなら僕にとっても、一見無関係な人達にとっても、それが一番なのだ。
魔王の時がそうだった様に、残り数日しかない猶予だからこそ同じ方向を向いていることが何よりも大事だとやっぱり僕は思っているのだから。
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