勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている

まる

文字の大きさ
上 下
136 / 184
【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている④ ~連合軍vs連合軍~】

【第三十一章】 都市奪還七番勝負③ 凡人vs狂人

しおりを挟む
   ~another point of view~


 勝てるわけもなければ生きて返ることすら出来る気がしない。
 震える足でどうにか直立を保ちながら目の前に立つ男を見て絶望するコルト・ワンダーの頭にはどうしてもそんな考えしか浮かばなかった。
 すぐ目の前にはセコという町がある。
 工業が盛んな町であり、主要都市の一つに数えられている大きな町だ。
 帝国騎士団に占拠されている町を取り戻すべく部隊を率いる立場を与えられたはずが、どういうわけかたった一人でこの場に送り込まれた。
 前戦に赴いた経験を数えるほどしか持たず、ましてや一対一での戦闘経験など皆無に等しいワンダーはそれだけで怖くて仕方がなかった。

「基本方針はあんな風になってしまったけれど、臨機応変に指示を出して出来るだけ確実な方法を取りなさい。部隊長はあなたなんだから、あなたがしっかりしないと兵士達が危険な目に遭うということを忘れては駄目よコルト」

 出発前、総隊長であるエレナール・キアラはそう言ってくれたというのに今この場で敵と向かい合っているのはワンダーただ一人。
 出来るだけ大勢で協力して敵と相対しなければ勝機はない。そう思って城を出たはずなのに、なぜそうなってしまったのだろう。
 ワンダーは何度も何度も自問する。
 理由は一つ。ヘロルド・ノーマンの部下が数人、同じ部隊にいたからだ。
 それがクロンヴァール王が全軍に下した決定であること、ノーマン副隊長から部隊長としての任を全うさせるようにと命令を受けていること、それらを理由に彼等はワンダーに単独で戦いに挑ませたのだった。
 そんな中、話には聞いていたものの結界の存在になど全く気付かず町へと近付いたワンダーの前に現れたのは髭面のいかにも怪力無双な風貌をした中年の男。
 自分の倍はあろうかという肩幅があり、背中にはやけに柄の長いハンマーが見えている。
 男が名乗ったわけでもなければ直接会ったことがあるわけでもないが、ワンダーはその外見から男が誰であるのかはすぐに理解した。
 ゲルトラウトという名の帝国騎士団五番隊隊長を務める男だ。
我道戦景バトル・ウォーリアー】の異名を持つ戦好きで知られる豪傑であり、ワンダーが所属する王国護衛団レイノ・グアルディアとの交戦は数知れない。
 命の奪い合いをしている最中であるにも関わらず攻撃しようと攻撃されようと、それはもう楽しそうに笑いながら武器を振るうという話は知れ渡っており兵士達の間では随分と恐れられている。
 それがワンダーの持っている情報の全てだった。

「おい童、いつまで震えちょるんか。わりゃ誰じゃ?」

 対して、見られているだけで動くこともままならないワンダーに業を煮やしたゲルトラウトはギロリと睨み付ける。
 デバイン・ゲルトラウトはいつしか付けられた異名の通り、無類の戦好きだ。
 部下や他の隊長副隊長を含め、帝国騎士団の中では『三度の飯より喧嘩好き』とまで言われている。
 考えるよりも先に体が動く性格の持ち主であり、多くの団員と同じく今は無き祖国や先祖を思う気持ちは秘めているものの歴史や血統といった難しい話はいまいち理解しておらず、それが例えるならユリウス三番隊隊長やアリフレート副隊長の様にそれらに無関心に見えるのかレイヴァース二番隊隊長にはよく自覚を持てと罵られてもいた。
 そんなゲルトラウトにとって、目の前に立つあどけなさの残る小柄で見るからにひ弱な少年が自分を楽しませてくれる程の相手だとはどうしても思えない。
 それが逆に、本当に見たままの実力であれば単独で乗り込んでくるはずがないという期待を抱かせもしたのだが……。

「ぼぼぼくは王国護衛団レイノ・グアルディア魔法部隊隊長コルト・ワンダー……です」

 怯えた表情と上擦った声で名乗る目の前の少年に、それは淡い期待だったのではないかとすぐに考えを改めるのだった。
「ほう、そんなナリして隊長ちゅうんかい。その名に恥じぬ実力の持ち主なんじゃろうのう」
 ゲルトラウトに睨まれたワンダーは小さく悲鳴を上げて、慌てて腰から魔法の杖を抜いた。
 実際には睨んだわけではなく天然で厳つい顔であるがゆえに勝手にワンダーがそう判断しただけのことでしかなかったが、それでも十分過ぎる程に恐怖を覚えてしまっているワンダーは抜いた杖を構えることも出来ず、落としてしまわないように胸の前で握りしめているのが精一杯だった。
 怖い。
 逃げたい。
 死にたくない。
 ワンダーの頭はそんな思考で埋め尽くされていく。
 キアラ隊長に助けを求めるか。
 それとも目標とする人物であり師匠でもあるコウヘイ殿に助言を求めるか。
 戦うという選択肢など微塵もなく、そんなことばかり考えていた。
 そしてそんな選択肢の中から答えを探す間もなく、杖を取り出したゲルトラウトもハンマーを手に取った。
 柄の長い、両側で打撃攻撃が可能な平らなヘッドを二つ持っている見るからに人を殺傷するためだけに作られた様なデザインの武器だ。
「こいつはクラック・ハンマーちゅうワシの相棒じゃ。中々面白い武器じゃけえ精々気を付けえよ。男同士の一騎打ちじゃ、楽しませてくれや」
 ニヤリと笑って、ゲルトラウトは手に持ったハンマーを片手で振り上げるとそのまま地面に叩き付ける。
 刹那、ワンダーの目の前の地面が爆発でも起きたかのように轟音と共にはじけ飛んだ。
 打撃だけではなく、打ち付ける力の強さに比例した衝撃波を離れた位置へ繰り出すという特殊な攻撃が出来るのがクラック・ハンマーと名付けたゲルトラウトの武器の能力である。
 これはゲルトラウトにとってはただの挨拶代わりの一発。
 しかし、直撃していないにも関わらずコルトは吹き飛ばされるように後ろに倒れ込み、そのまま気を失っていた。
「おい……童。何しちょるんじゃ、わりゃ」
「…………」
 別の意味で唖然とするゲルトラウトの声にも、目を回したまま唸っているだけで動かないワンダーは一切の反応を見せない。
 ゲルトラウトは一気に高ぶっていた気が冷めていくのを感じる。
 未だかつてここまでつまらない喧嘩はしたことがない。
 勝った負けたも、敵味方さえもどうでもいいと思える程に白けてしまったゲルトラウトはガシガシと乱暴に頭を掻き、どこか悟った様な諦める様な大きな溜息を吐いた。
「なんじゃつまらん、所詮は腰抜け腑抜けの集まりちゅうことかい。わしゃ下らん勝利なら楽しい負けの方がよっぽど本望ぞ。次に来る時はもっと偉い奴連れて来んと全部纏めて潰しちゃるちゅうて帰って伝えい」
 そのままハンマーを背に戻し、ゲルトラウトは背を向ける。
 砦に戻ったら若い衆を鍛え直してやるとしよう。
 持て余した気力体力の使い道として、そんなことを考えながら一度も振り返ることなくその場を立ち去った。

 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

薬漬けレーサーの異世界学園生活〜無能被験体として捨てられたが、神族に拾われたことで、ダークヒーローとしてナンバーワン走者に君臨します〜

仁徳
ファンタジー
少年はとある研究室で実験動物にされていた。毎日薬漬けの日々を送っていたある日、薬を投与し続けても、魔法もユニークスキルも発動できない落ちこぼれの烙印を押され、魔の森に捨てられる。 森の中で魔物が現れ、少年は死を覚悟したその時、1人の女性に助けられた。 その後、女性により隠された力を引き出された少年は、シャカールと名付けられ、魔走学園の唯一の人間魔競走者として生活をすることになる。 これは、薬漬けだった主人公が、走者として成り上がり、ざまぁやスローライフをしながら有名になって、世界最強になって行く物語 今ここに、新しい異世界レースものが開幕する!スピード感のあるレースに刮目せよ! 競馬やレース、ウマ娘などが好きな方は、絶対に楽しめる内容になっているかと思います。レース系に興味がない方でも、異世界なので、ファンタジー要素のあるレースになっていますので、楽しめる内容になっています。 まずは1話だけでも良いので試し読みをしていただけると幸いです。

ダンジョン美食倶楽部

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
長年レストランの下働きとして働いてきた本宝治洋一(30)は突如として現れた新オーナーの物言いにより、職を失った。 身寄りのない洋一は、飲み仲間の藤本要から「一緒にダンチューバーとして組まないか?」と誘われ、配信チャンネル【ダンジョン美食倶楽部】の料理担当兼荷物持ちを任される。 配信で明るみになる、洋一の隠された技能。 素材こそ低級モンスター、調味料も安物なのにその卓越した技術は見る者を虜にし、出来上がった料理はなんとも空腹感を促した。偶然居合わせた探索者に振る舞ったりしていくうちに【ダンジョン美食倶楽部】の名前は徐々に売れていく。 一方で洋一を追放したレストランは、SSSSランク探索者の轟美玲から「味が落ちた」と一蹴され、徐々に落ちぶれていった。 ※カクヨム様で先行公開中! ※2024年3月21で第一部完!

高身長お姉さん達に囲まれてると思ったらここは貞操逆転世界でした。〜どうやら元の世界には帰れないので、今を謳歌しようと思います〜

水国 水
恋愛
ある日、阿宮 海(あみや かい)はバイト先から自転車で家へ帰っていた。 その時、快晴で雲一つ無い空が急変し、突如、周囲に濃い霧に包まれる。 危険を感じた阿宮は自転車を押して帰ることにした。そして徒歩で歩き、喉も乾いてきた時、運良く喫茶店の看板を発見する。 彼は霧が晴れるまでそこで休憩しようと思い、扉を開く。そこには女性の店員が一人居るだけだった。 初めは男装だと考えていた女性の店員、阿宮と会話していくうちに彼が男性だということに気がついた。そして同時に阿宮も世界の常識がおかしいことに気がつく。 そして話していくうちに貞操逆転世界へ転移してしまったことを知る。 警察へ連れて行かれ、戸籍がないことも発覚し、家もない状況。先が不安ではあるが、戻れないだろうと考え新たな世界で生きていくことを決意した。 これはひょんなことから貞操逆転世界に転移してしまった阿宮が高身長女子と関わり、関係を深めながら貞操逆転世界を謳歌する話。

ダンジョン配信スタッフやります!〜ぼっちだった俺だけど、二次覚醒したのでカリスマ配信者を陰ながら支える黒子的な存在になろうと思います〜

KeyBow
ファンタジー
舞台は20xx年の日本。 突如として発生したダンジョンにより世界は混乱に陥る。ダンジョンに涌く魔物を倒して得られる素材や魔石、貴重な鉱物資源を回収する探索者が活躍するようになる。 主人公であるドボルは探索者になった。将来有望とされていたが、初めての探索で仲間のミスから勝てない相手と遭遇し囮にされる。なんとか他の者に助けられるも大怪我を負い、その後は強いられてぼっちでの探索を続けることになる。そんな彼がひょんなことからダンジョン配信のスタッフに採用される。 ドボルはカリスマ配信者を陰ながら支えようと決意するが、早々に陰謀に巻き込まれ危険な状況に陥る。絶体絶命のピンチの中で、ドボルは自分に眠る力を覚醒させる。この新たな力を得て、彼の生活は一変し、カリスマ配信者を陰から支え、奮闘する決意をする。果たして、ドボルはこの困難を乗り越え、配信を成功させることができるのか?

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

異世界に召喚されたが「間違っちゃった」と身勝手な女神に追放されてしまったので、おまけで貰ったスキルで凡人の俺は頑張って生き残ります!

椿紅颯
ファンタジー
神乃勇人(こうのゆうと)はある日、女神ルミナによって異世界へと転移させられる。 しかしまさかのまさか、それは誤転移ということだった。 身勝手な女神により、たった一人だけ仲間外れにされた挙句の果てに粗雑に扱われ、ほぼ投げ捨てられるようなかたちで異世界の地へと下ろされてしまう。 そんな踏んだり蹴ったりな、凡人主人公がおりなす異世界ファンタジー!

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

処理中です...