勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている

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【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている④ ~連合軍vs連合軍~】

【第二十三章】 戦争の爪痕

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 話を終えると、セミリアさんはもう一度天を見上げた。
 その目にはうっすらと涙が滲んでいる。
 掛ける言葉が見つからず、僕はただ痛む胸を押さえて話の内容を事実として受け止めるのが精一杯だった。
 十一歳の子供が目の前で親を殺され、村を焼き払われ、国を追われたという悲惨で残酷な幼少の記憶。
 同じ境遇にあって、他の誰が今こうして世のため人のために戦うことが出来るだろうか。
 僕がそうだったなら、恨み、憎み、復讐に心を支配され不倶戴天の敵として認識し続けているに違いない。
 むしろ報復に立ち上がった帝国騎士団を名乗る人達の方がまともな思考ではないのかとさえ思えてしまう。
「コウヘイ、お主が泣いてどうする」
 不意に伸びて来たセミリアさんの指が僕の目尻を拭った。
 ひんやりとした指の感触と目の前にある優しい表情によって考えて想像するだけで心が沈んでいくような思考の渦から引き上げられる。
 いつの間にか、僕は泣いていたのか……。
「すいません……何というか、泣くつもりも泣いていたつもりも無かったんですけど……あまりにも不憫で、慰めるための言葉も見つからなくて、何も知らずにセミリアさんのことをただ立派な人なんだと思っていた自分が間抜けに思えて……」
「コウヘイは優しいのだな。私の話がお主を苦しめてしまったのなら申し訳なく思う。だが、それがこの国というものだとコウヘイにも知って欲しかった」
「目の色のことはサミットの時に教えて貰ってましたけど、そこまで深刻な問題だったなんて思ってもいなかった。当事者になって初めて理解した気になって、今の話を聞いてやっと現実を突き付けられた。そんな感じです」
「この国の人間ですらそんな歴史や虐げられてきた者の末路を知る者がどれ程いるかというレベルの話だ。お主が理解していた方がおかしいというものさ」
「お兄さんやその女性のことはどうなったか、分かってないんですか?」
「私も何度かこの国に来た時に調べようとはしたのだ。リンフィールドという女性は元々この国の大臣だったそうなのだが、その頃には既に職を辞していたようで足取りを掴むことは出来なかった」
「首から掛けているのは……その人から貰った記章だったんですね」
 サミットのためにこの世界に来た日。
 夏目さんという当時一緒にこの国に来た女性がセミリアさんの首に掛かっているそれを見つけた。
 ネックレスチェーンに勲章バッジの様な物を通しただけの造りで、セミリアさんはそれを過去に自分を救ってくれた人にもらったのだと言っていた。あれはまさにその時の物だったのだ。
「そうだ。いつか会って礼を言わねばと思って身に着けているのだが、中々難しいようでな。私がその当時ここに暮らしていた人間だと知られるわけにもいかない以上は根掘り葉掘り城の者に訪ねて回るわけにもいかなかったのだが、聞いた話から推察するにこの村の夜襲で生き残った村人は居ないということになっている様だ。短剣一本で軍隊に突撃していった兄が生きていることもないだろう」
「そう、ですか……」
 こういうのを天涯孤独というのだろうか。いや、悪い言い方をすれば戦争孤児ということになるのか。
 普通の精神力ならこの国に来るだけで精神的な苦痛を伴うはず。
 それなのにセミリアさんはこの国のために戦おうというのだ。
 ならば僕を信じてくれるこの人の、セミリアさんのためにと考えて動く人間が一人ぐらいいたっていいじゃないか。そんな気持ちが強く沸き立ってくる。
 僕はセミリアさんが望む未来の実現を手助けをする。それが初めて出会った時から変わらない、僕がこの世界に居る一番の理由なのだから。
「それで、セミリアさんはこの後どういう優先順位で動いていくつもりなんですか? 最初に言った通り、他の国の人達がどういうつもりであっても僕はセミリアさんの考えに沿って行動するつもりなので。といっても、昼のようにドラゴン一匹目の前にいるだけでみなさんと違ってどうしようもなくなっちゃうんですけど……」
「そんなことはない、コウヘイがそう言ってくれるだけで私がどれだけ勇気を貰っていることか。それに、お主はドラゴン一匹に遅れを取るような男ではないさ」
「いやぁ……」
 それはさすがに……あれ一人だったら逃げ一択だったし。
 口でそう言いつつもなんだかんだで何度も戦闘を経験してきたからセミリアさんはそう思うんだろうけど。
 なんて誰に対してかも分からない言い訳を心で呟いていると、セミリアさんは意を決したように表情を引き締め、
「私の意志についてだが、戦争を止めることが出来ればそれが一番望ましい。だがそれに固執して民を犠牲にしてしまうわけにはいかない。魔王軍が横槍を入れてくるという話も踏まえるとその危険性は一層増すことは間違いないのだ。まずは占拠された都市を奪還し、民の安全を確保することを最優先に考えようと思う。無論、そこで帝国騎士団の者と対峙するならば話をしてみようとは思っているがな。例え僅かな可能性であっても、ゼロではない限り諦めたくはない」
「分かりました、では僕もそれを優先して動くことにします。僕は本隊の所属なので都市に向かうことは無いですけど、それでも出来ることは必ずあるはずですから」
「ああ。そしてお互い必ずや無事に帰って来る、約束だ」
「はい。必ず」
 力強く心強いセミリアさんの表情には未だ一点の曇りもない。
 セミリアさんの過去を知り、僕は何を思っただろうか。
 同情か、理不尽な運命を嘆く気持ちか、それとも今を強く生きるその姿にある種の恐れを抱いたのか。
 例えそのいずれであったとしても、僕は何があってもこの人の味方でいよう。
 そう己に誓った。

               ○

 出発から二時間ぐらい経っていただろうか。
 城に戻った頃にはすっかり広い城内の人影も少なくなっていた。
 少しばかり兵士の名簿と睨めっこをして、大変な明日へ備えて僕もベッドに入る。
 発光石の明りを遮断し、行灯らしき道具の光が部屋を照らす一人きりの空間。
 一人で過ごすには大き過ぎる部屋での生活はグランフェルト城で慣れていたはずなのに、今はどこか落ち着かない気持ちが湧き上がった。
 港では人の死を目の当たりにした。それも加害者は僕と大して変わらない若い男女だった。
 森の中ではおぞましいドラゴンを目の前で見た。
 烏天狗の化け物の時と同じく、何の躊躇いもなく目の前の人間を殺そうとするこの世界では常識とさえ言える種族間抗争はいつだって一歩間違えれば大惨事になる危険が付きまとっていることを身を持って知らされる。
 そしてつい先程。
 平和のための尊い犠牲でもなく、化け物に襲われるでもなく、歴史や戦に蝕まれた人の心によって全てを奪われたセミリアさんの過去を知った。
 例えば、歴史を辿れば日本にだって差別というものが存在したことは間違いない。
 身分や性別、出生など形は様々だったのだろう。
 今なお口にすべきではない生い立ちを差した差別用語も存在することも知ってはいる。
 しかし、それらはあくまで知識の中の話でしかない。少なくとも今の日本に生きる僕が今後も含めて当事者になることはまずないのだ。
 そしてそれは戦争にしても同じ。
 例えば日本が無宗教国家じゃなかったならば、かつてのドイツや朝鮮半島のように勝者の権利という理由で勝手に国を二つに分けられた過去を持っていたならば、この国の様に本来同じ国に生きているはず人々が命を奪い合ったのだろうか。
 それらもまた、知識を介して想像し仮定する以上のことが出来ないのは歴史上そうではなくて、この先そうなる可能性がほとんどないからこそのことなのだろう。
 なぜならそんな日本の在り方すらも、かつての敗戦が作り上げたのだから。
 そんな風に一人でいることがネガティブに拍車を掛けつつ天井を眺めていた時、再び部屋の扉が叩かれた。


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