勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている

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【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている④ ~連合軍vs連合軍~】

【第九章】 自由人

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 ノスルクさん、ジャックに別れを告げてエルシーナ町に戻った僕は再び馬車で移動していた。
 予定通り、今度の行き先はサミュエルさんの家である。
 事前に聞いた話ではサミュエルさんはエルシーナ町から少し離れた山の麓に住んでいるらしく、人に交じって村や町で暮らさないのはサミュエルらしいとセミリアさんが呆れた様に言っていた。
 そんな言葉の通り、操縦してくれている兵士に地図を預けて馬車に揺られること二十分ぐらいだろうか。
 小さな山が見えてくると、すぐにポツリと建っている木造の建物が目に入った。
 ぞろぞろとお邪魔するとその時点で機嫌を損ねること必至なので少し手前で馬車を止めてもらい、歩いて建物へと向かうことに。
 ノスルクさんの小屋よりは大きな家だったが、周りに人も居らず家も無いせいかシーンとしている。
 自然に囲まれた地に一人で暮らしているのかと思うと確かにサミュエルさんらしい感じだけど、中から物音もしないし夕暮れ時だというのに小さな窓から光が漏れていることもない。
 王様の召集に返事が無かったということを考えると、もしかして不在なのでは? なんて不安が頭を過ぎった。
 コンコン、と。
 控えめにノックをしてみる。
 相変わらずシーンとしていたが、幸いなことに少し間をおいて扉越しにサミュエルさんの声が聞こえた。
「……誰?」
 既に不機嫌そうな声だった。
 やっぱり幸いではなかったのかもしれない。
「ぼ、僕です」
「ボク? 生憎とそんな名前の奴は知らないわ。命が惜しければ消えなさい」
「いや、あの……ボクというのは名前ではなくてですね、名前は樋口康平です」
「だったら何? どっちにしてもそんな名前の奴は知らな………………コウ?」
 今絶対僕の名前と存在を忘れてたよね?
「そうです。その僕です」
「なんでアンタがここに……まあいいわ、入りなさい」
 ガチャリと、鍵を開けてくれた音が聞こえる。
 取り敢えず追い返されなかったことに安堵しつつ、扉を開くと既に出入口から離れていたサミュエルさんと目が合った。
 少し童顔だけど僕と歳が変わらない短めの赤茶色い髪をしたこの国、この世界のもう一人の女勇者サミュエル・セリムスだ。
 大きなククリ刀を二本背負った二刀流の剣士で、腹も肩も背中も太ももから下も全部露わになっている露出の多い格好がお決まりのサミュエルさんだったが、今日はそのどちらも違っている。
 首に掛けたタオルでわしゃわしゃと髪を拭いているサミュエルさんは他に何も身に着けていなかった。
 言い換えれば、素っ裸だった。
「なんで全裸なんですかっ!」
 慌てて目を反らす。
 しかしながら本人に慌てる様子は全くない。
「風呂上がりなんだから当たり前でしょ。アンタは服着たまま風呂に入るわけ?」
「論点が全然違いますし……だったら服を着てから迎え入れてくださいよ」
「私の家で私がどういう格好をしていようが文句言われる筋合いはないっての。ていうか、いつこっちに来たのよアンタ」
「七日ほど前ですけど」
「はあ? 七日もあって私に挨拶に来ないって良い度胸してるじゃない」
「色々ありまして……」
 この反応。ノスルクさんとは正反対である。
 なんて言ってしまうと鉄拳制裁されかねないので僕は説明することにした。
 手違いでシルクレア王国で一日を過ごしたこと、帰ってきてからの生活、そして今回僕がここに来た理由について。
 それらの話が終わるとサミュエルさんは呆れた様な顔で、それでいて馬鹿にした風に鼻で笑った。
 ちなみにもう服は着ているし、飲み物もいただいている。
「相変わらずおかしなことに首を突っ込むのが好きな奴」
「そう言われると返す言葉もないです。それで、明日のことなんですけど」
「私、行かないわよ?」
「………………へ?」
「って言ったらどうする?」
「どうするって……困るとしか言えないです」
「なんでアンタが困んのよ、この国の戦争でもあるまいし。ま、最近は退屈だったし強い奴がいるなら行ってもいいけどさ。ラブロック・クロンヴァールとは一度手合わせしてみたかったし」
「言っておきますけど……クロンヴァールさんは味方ですよ?」
「私の敵は私が決める。まずはその反乱軍とやらかしらね」
「…………」
 久しぶりに会った口が悪い方の勇者は相変わらず我が道を行く人だった。
 でもまあ、付いてきてくれるようでホッとした。
 言動は自由だし正直自己中心的だけどなんだかんだでサミュエルさんは僕を助けてくれるし僕のお願いも聞いてくれる。
「というか……参加するつもりならどうして王様の呼び出しに返事をしなかったんですか?」
「別に、なんとなくイラっとしたからってだけ」
「なんでイラっとするんですか……」
「私はこの国に仕える兵士じゃないからよ。何を勘違いしてるのか知らないけど、家臣扱いされて呼び出される筋合いがそもそも無いし、クルイードと違って義理も恩義も感じてないから」
 僕が呼びに来なかったら知らないまま明日を迎えていたのかと思うとこの人らしいやら僕達にとっては笑えないやらである。
 しかし、セミリアさんもそうだったけど、やぱりサミュエルさんも戦争と聞いてもなんの躊躇もない。
 二人はこうなる前からずっと魔王達と戦っていたがゆえに戦いに対して恐怖を感じる段階など過ぎているということなんだろうけど、それが人と人であっても何も感じないのだろうか。
 もしそうであれば、強さとそれは別のような気がして少し寂しくもある。
 もっと人間的な、心の部分での良心や正義というものがあれば心を傷めないはずがないと、凡人の僕はどうしても思ってしまうからだ。
「サミュエルさんは……人間同士で戦争をすることに対して何か思うところはないんですか? さっき仰った様に、他所の国に行ってそれをするということは自分にとって本当に無関係な人達と援助という名目で殺し合いをしなきゃいけないってことですよね。殺すことにしてもそうですけど、殺される場合だってあるかもしれないんですよ? そこに片方の主張としての正義はあるかもしれないですけど、何の理由があって殺したり殺されたりしなきゃならないんだって」
 意図せず心の内が漏れた。そんな感じだった。
 沈黙の一瞬がそれを自覚させ、まるで責める様な口調だったことに気付かされる。
「すいません……どうかしてました。呼びに来た身で何言ってるんですかね、僕」
「どこまでいってもアンタはそういう奴よね。誰かの代わりに不安や恐れを引き受けてるとでもいうのかしら? 自分だって怖くて不安なくせに、知らん振りする度胸もないくせに、そうやって首を突っ込んでは一人で貧乏くじを引く。だからアンタはお人好しを通り越してただの馬鹿だっていうのよ」
「…………」
「それでも、アンタが嫌な思いをしてもいいならその疑問に答えてあげるけど、どうする?」
「お願い、します」
 サミュエルさんは怒っている風ではなく、呆れた感じで溜息を吐いて僕を真っ直ぐに見た。
「私はそもそも異世界なんて概念は知ったこっちゃないし、ゆえにアンタの世界のことなんて何も知らない。だけど、それは無関係にアンタのその思考は無意味だと私は考える」
「無意味……ですか」
「人を殺す理由がない、人を殺すのは悪いことだ。そんなガキでも分かるような理屈は、言い換えればガキの理屈でしかないってことよ。いざ目の前に自分を殺そうとする敵がいてなお同じことが言える? 戦う理由が無い、人を殺してはいけない、そんな理屈で黙って殺されれば満足出来る? 殺される様なことはしていない、自分は悪くない、そんな言い訳が成り立てば自分の人生が終わることに対して納得出来るわけ? そんなわけないじゃない。平和主義、無抵抗主義といえば聞こえはいいけど、そんなのは平和を望む者の意志でもなければ戦う勇気の無い人間の言い訳でもない。ただ生きる勇気が無いクズの逃げ口上よ。そんな奴は無関係のまま運良く今日を生きて、無関係のままいつか運悪く死ねばいい。そんな言い分を口にする人間の大多数は戦わなくても、誰かを殺さなくても明日を生きていける奴なのよ。私に言わせりゃ反吐が出るわ。目の前の無関係な人間を殺してでも生き延びたくて、だけどそれが出来ずに死んでいった人間が世界にどれだけいると思う? 都合よく助けられる奴だけ助けようとして満足出来るならアンタはそうすればいい。だけどアンタはそういう人間じゃないでしょ? そんな奴だったらクルイードと一緒にシェルムと戦おうとなんてしないもんね。結局、中身は違えどアンタは私と同じ考えなんじゃないの?」
「それは、同じ考えなんでしょうか」
「そうよ。行くか行かないかじゃなくて、行って何をするか。大事なのはむしろそっちでしょ。頭が良い頭が良いって言われるくせにそういうところは臆病なんだから」
「臆病……」
「頭では分かってるくせに他人の意志や行動に干渉してその結果に対して責任を負うことを怖がってる。そういうところよ。私も他人の生き死になんてどうでもいいって考えだから干渉するのもされるのも御免だってところは共通してるのかもしれないけど、私とアンタには決定的な違いがある。それは、だったら放っておけばいいって結論に至らないってところ。ロクに戦えもしないし、戦いを恐れてるくせに目の前で助けを必要としている誰かを救うことだけは諦められない、放っておけない。今回で言うとクルイードってとこかしら?」
「いや……まあ、否定は出来ないです、けど」
「何が言いたいかっていうと、さっき言った通りアンタはどこまでいってもただのお人好しってだけ。そのくせ他人に答えを求めて、誰かや何かに背中を押してもらわないと行動に移せないんだから。ならそれらしく好きにやってみればいいじゃない。心配しなくてもクルイードや髑髏は何を差し置いてもそんなアンタを助けてくれるわよ」
「そのことなんですけど……」
 僕はジャックが同行出来ないことを説明した。人間に戻る云々は勿論伏せて。
「へえ、そうだったの。どうでもいいけど」
「どうでもいいって……」
 薄情な人だな。
 元々サミュエルさんはジャックを嫌ってたけども。
「ちなみに、サミュエルさんはどうなんですか?」
「何がよ」
「サミュエルさんは……僕が助けを求めたら僕を助けてはくれないんですか?」
「……過去最高にムカツク質問なんだけど」
「……どこにむかつく要素が?」
「そういうところよ。ま、目の前で襲われた時ぐらいは助けてあげるわ。今じゃ自分でもどうかしてたわって感じだけど、一応私の子分ってことになってるし」
「自分で言っておいて後悔してるみたいな言い方しないでくださいよ……ちょっと安心しましたけど」
「一個言っておくけど」
「はい?」
「私は連合軍だろうが反乱軍だろうが向かってくる敵は殺すから」
「ええぇ……今までの話はなんだったんですか」
「流儀も考え方も人それぞれってことよ。だから戦争が起きるんでしょ。正義だろうが悪だろうが戦う以上は勝った奴だけが生き残る。決闘に負けた奴が命の尊さを解いたところで誰かが耳を傾ける? 売られた奴隷が平等の精神を語ったところで何かが変わる? アンタに目的や望む結末があるなら、それに文句を言わせないだけの結果を示すしかない。口だけの理想論じゃ何も変わらない。アンタがこの国やクルイードの何かを変えた様にね。それが分かってるから行くことを決めたんでしょ」
「サミュエルさん……」
 やっぱり、口でなんと言おうと面倒見がいい人なんだなと思う。
 しっかりと背中を押してもらいましたよ。
 なんて口にするとまた怒るんだろうけど、僕は僕の出来ることをやる。その意識をより強くもたせてもらえたことは間違いない。
 例えどれだけの危険が待っていても、残酷な現実が待ち受けていても、セミリアさんとサミュエルさんは僕に力を貸してくれるから。
 僕を必要としてくれる人のために、逃げない勇気だけは無くさずにいようと自らに誓うのだった。

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