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【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている④ ~連合軍vs連合軍~】
【第七章】 決意
しおりを挟む王様との話を終えて間もなく、僕は自分の部屋に戻っていた。セミリアさんも一緒だ。
シルクレア王国とサントゥアリオ共和国というこの世界で一二の大国からの要請は、反乱組織との内戦に協力してくれというものだった。
内戦。
つまりは、人と人とが殺し合う戦争だ。
事実その要請を記した書状には民衆や大きな都市に被害が広がっており、敵と表現するその反乱軍を殲滅する戦争であると明確に書いてあった。
結果として兵力でグランフェルト王国はその二国と肩を並べるレベルにないということもあって、王様は僕とセミリアさんに返答を一任し、その話をするために遣いの兵士に少し時間をもらって部屋に帰ってきたというわけだ。
出来るだけ早く答えを出し、それを伝えないといけない。
それは分かっていても、正直に言って僕は冷静に考えを纏めることすらままならない心理状態だった。
セミリアさんやサミュエルさんを始め、当たり前の様に武器や防具を身に着けている人間を山程見てきた。
船には大砲が積んであったし、明確に相手を傷付けるための魔法というものも何度も目の当たりにした。
実際に僕自身そんな人間や化け物と一対一で戦ったりもした。
人の言葉を操る人型の魔物が死んだ場面を目にしたこともあるし、一度だけとはいえ僕が命を奪った相手がいることも事実だ。
だけどそれには理由があって、誰かを助けるためであったり自分の身を守るためであったりで、僕がその相手を殺したかったわけでもなければ恨んでいたわけでもない。
それなのに……今度は同じ人間の命を奪うために協力してくれって?
戦争に参加してくれだって?
どうしてそんなことになる。
世界の平和を脅かしているのは魔王と呼ばれる誰かが率いる化け物達のはずだろう。
そのために戦う人がいて、それらから民を守るために兵士達がいて、その中でどうして人間同士が戦争をする。
「…………」
分かってはいるんだ。
元居た世界にだって、歴史を辿れば数え切れないぐらい戦争があった。
土地を、富を、資源を求めて殺し合いをするのが人間が繰り返してきた歴史なのだ。
価値観が、主義主張が、信じるものが違えば武器や兵器、或いはテロやデモによってそれらを貫こうとするのが人間という生き物なのだ。
分かってはいても、それは理屈であり歴史を学んで身に着けた知識でしかない。
当事者になることに対する正当性でなど間違ってもない。
「大丈夫かコウヘイ? 随分と動揺しているようだが……」
余程酷い顔をしていたのか、セミリアさんがベッドに腰掛けている僕の顔を覗き込んだ。
大丈夫か大丈夫でないかをいえば、あまり大丈夫じゃないのだと思う。
「動揺……なんですかね。まあ、そうかもしれません。僕からすればどうしたって落ち着いている二人の方がおかしいと感じてしまう」
「コウヘイ……」
「だって、おかしいですよね? 僕が……僕がこの世界に来たのはそういうことじゃないですよね? セミリアさんは勇者で……多くの人を守るために戦っていて……だから僕は一緒に行こうと思ったんです。いつだって一緒に居ることぐらいしか出来なかったけど、危ない目に遭っても、怪我をしても、逃げ出すことだけはしないとあの時の自分に誓ったのは……セミリアさんが僕を必要としてくれて、セミリアさんが僕を守ってくれるからだった。でも、これは根底から違うじゃないですか。人間同士で殺し合いをするってことなんですよ? そんなのって……」
「コウヘイ、私とて平気でいるわけではないのだ」
セミリアさんは心配そうな、それでいてバツが悪そうななんとも言えない表情をしていた。
「それは……そうですよね。失言でした、ごめんなさい」
「そんな顔をしないでくれコウヘイ。責めているわけではないのだ」
『相棒の世界にゃ戦争なんざねえんだろう? 無理もねえことだ』
フォローしてくれているつもりなのか、割って入ったのは胸元のジャックだ。
いつだったか、少しそんな話をしたっけか。
「正確には、無いわけじゃないんだ。いつでも戦争が出来るように準備をしている国は山程あるし、いつ戦争になってもおかしくない国だってたくさんある。だけど僕が住む国はちょっと特殊で」
『特殊?』
「昔は何度も戦争をしてたんだよ。だけど、一度の敗戦で悲惨な目に遭って、それからは戦争をしてはいけないって法律が出来たんだ。だから僕の国では戦争なんて言葉は大多数の人間にとって他国か歴史上の話になってしまってる」
『なるほど、そんな国で生まれ育ったお前さんが今まさに当事者になるかどうかって話になってるってわけだ。そりゃ動揺もするってもんだな』
「これだけこっちの世界に来ていて、魔物と戦ったりしているわけだからね。結局は僕の認識が甘かったってことなんだと思うよ。情けない話だけど」
『クルイードが言ったろう、自分を卑下するな。異世界から来たかどうかなんざ関係ねえ、そこらの町人だって同じ立場になりゃ同じ反応をするさ』
「それはそうかもしれないけど……ちなみに、セミリアさんはどう考えているんですか?」
「うむ。前にも言ったかもしれんが、私は戦闘時以外で適切な判断が出来るほど賢くはない。コウヘイの意見を聞いてから考えようと思っている」
「そう……ですか」
あぁ……やっぱり、いつも通りなんだなぁ。
どうしてそういうことを言うんだろう。そんなことを言われたら引くに引けなくなるじゃないか。
セミリアさんはいつだって自分の中に貫くべき正義を持っていて、そこに揺るぐことなく向かっていく。
どうやって誰かをやっつるかではなく、どうすればより多くの誰かを救えるかを考えようとする。
そんな、自分には到底ない真っ直ぐな心を持つセミリアさんだからこそ僕は少しでも役に立ちたいと思ったし、いつだってその生き様に中てられて一人で躊躇ったり言い訳をしている自分が情けなくなって、自分に出来ることは何かと考えを改める。
そうして過去二度、自分なんかに出来るはずがないと思っていたことをどうにかしてきたのだ。
魔王を倒したかったのではなく、王様の側近になりたいわけでもなく、ましてや宰相や姫様のお世話をしにきたのでもなく、僕がこの世界にいる唯一にして最大の理由はセミリアさんを助けるためだった。
元を辿れば、ただそれだけだったのだ。
「一つ、聞いてもいいですか? ジャックを含め、二人に」
「それは構わないが……どうしたのだ?」
『俺に答えられることならなんでも聞きな』
「何も知らない僕が言うと馬鹿みたいな意見に聞こえるかもしれないですけど、どれだけ小さな可能性でもいい……その戦争を止める方法というのは存在しないんでしょうか」
『相棒よ、それはサントゥアリオに行く意志を固めたと見ていいのかい』
「そうだね……だけどそれは、セミリアさんが参加するつもりだから。助けを求めてる人が居るのに放っておくわけがないからだよ。戦争に参加したいわけじゃない、セミリアさんが勇者としてやろうとしていることがあるなら……傍に居て、それを手助けするのが僕がこの世界に来た唯一の理由だから」
サントゥアリオ共和国という国がセミリアさんが生まれ育った国であることを忘れてはいない。
何より、セミリアさんは僕が躊躇っているのを見てわざわざ僕の意見を聞いてから考えるだなんて言ってくれたのだ。
初めから決まっている自分の結論が僕の決断を左右してしまわないように。
その優しさに気付いてなお、頑張ってきてくださいと送り出せるわけがない。
『そこまでお見通しだったってわけかい』
「馬鹿な私なりにコウヘイの意志を尊重しようと思ったのだが、見抜かれてしまっては格好も付かないな。だが……」
セミリアさんはそこで一旦言葉を止めた。
膝に手を突いて立ち上がって僕の方へと歩み寄って来る。
そのまま目の前に立ったかと思うと、両手を僕の背に回し優しく僕の身体を抱きしめた。
「ありがとう、コウヘイ」
抱擁されて密着している耳元で、そんな声が聞こえる。女性特有の良い匂いと柔らかな感触が身を包んでいた。
そして照れたり驚く暇もなく、セミリアさんはその心の内を吐露した。
「私はサントゥアリオで苦しめられている人間を一人でも多く救い、出来ることならば血で血を洗うばかりのサントゥアリオの争いを止めたいとずっと思っていた。だからコウヘイが戦争を止めることは出来ないのかと言った時、私は嬉しかったのだ。私と同じ様に、争いを止めたいと言ってくれた人間に私は今生まれて初めて出会った。コウヘイの存在がいつだって戦士としての私の背中を押してくれるのだと改めて実感している」
だから、ありがとう。
もう一度そう言うのと同時に、僕の首と腰に回っている腕に少し力が増した。
「私はあの国で生まれ育ったから知っている。あの国は病気なのだ。戦に取り憑かれ、憎しみの連鎖を止める術を失っている。私は私の出来る限りを尽くして戦争の犠牲者を一人でも多く減らそうと思う。だからまた、お主の力を借りてもいいか?」
「はい……セミリアさんが必要としてくれるなら、セミリアさんが僕を守ってくれるなら、僕はセミリアさんの望む未来を実現するために付いていきます。僕が出来ることをするために」
「ありがとう、コウヘイ」
三度目のそんな台詞を、今度は僕に対してではなくまるで心の声が漏れた様な優しく静かな声音で呟いた。
この世界で何度も逃げずに立ち向かうと決意を新たにしてきた僕は、いつだって新たな出来事の前に尻込みをしてしまうけれど、そのたびに誰かの強い意志と気持ちに後押しされて前に進もうとする。
そんな僕だけど、見渡せば争い事や危険が隣り合わせであることを実感させられる異世界の地で、セミリアさんに少しの勇気をもらって連合軍に参加することを決めた。
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