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【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている④ ~連合軍vs連合軍~】

【第三章】 使用人な僕

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 ミランダさんと二人で明け方の町に出た僕は二軒ほど店を回って城に帰った。
 この世界がそうなのかこの町がそうなのかは例によって不明だが、閉まるのが早い分開くのも早いこの町に並ぶお店はこんな時間でも半分近くが既に営業している。
 さておき、戻って来た僕は今、仕事に備えて厨房で数人のメイドさんと朝食を取っている最中だ。
 午前中は特に忙しい使用人という仕事なので主である王様や姫様が起きる前に済ませておかないといけないものらしく、メイド長が煎れてくれた紅茶とサンドウィッチのようなパンをいただいている。
 城内だけでも何百人と居る兵士の食事の用意や着ている物の洗濯、広い城の掃除から買い出しや搬入された物資の運び入れ、さらには馬の世話やら設備の点検までやっているのだ。
 終わるまで待っていたら食事なんていつになるか分かったものじゃない。
 そんな重労働を五十人足らずの、しかも女性だけでやっているのだから大変なものだ。
 気苦労こそあれど、僕なんてほどんど姫様の傍をついて回るだけな分まだマシなんじゃなかろうか。
「コウヘイ君、本当にそれで足りるの? 食欲が無いってわけじゃないんでしょう? 遠慮しなくていいのよ?」
 用意してもらった食事を終えると、メイド長のルルクさんが何やら心配そうな顔をしていた。
 僕の食事はいつもの半分にしてもらったことで心配させてしまったみたいだ。
 ちなみにこのルルクさん、僕が初めてこっちの世界に来た時には既にこのお城で会っている。
 三十歳手前ぐらいであろう年齢なのに使用人を纏める立場にあるルルクさんはテキパキと動き、ハキハキと喋る、いかにも仕事が出来る女という感じの人だ。
 最初に会った時に僕達が連れ去られた王様を助けたことを知っている数少ない人物で、そんなこともあってやっぱり僕は凄い人認定されていたのだけど『康平様』と呼ばれるのを嫌がる僕の言い分を唯一聞き入れてくれた人でもあった。
 姫様の要望を受けたもののどうすればいいか分からない時にはいつも助言や手回しをしてくれる、気さくで面倒見の良い頼りになる人だ。
「ルルクさん、コウヘイ様はこの後国王様にお食事に同席するように言われているんですよ」
 僕が答えるよりも先に隣に座るミランダさんが説明してくれた。
「あら、そうだったの。若いのに大したものねぇ」
「姫様が一緒なので同じテーブルに着いて食事をすることはないと思いますけど、万が一王様に食べ物を勧められた時にお腹が一杯なので要りませんというのも失礼かと思いまして」
 事実をありのまま補足すると、ルルクさんは関心した様に何度も頷いている。
「あんたって子は何にでも気が回るねえ。もうちょっと偉そうにしたって誰も文句は言わないだろうに。それだけ若いのに宰相様なんだよ? 大抵のことは思い通りに出来る立場なんだから少しぐらい自分の損得を考えたって冥王の腹は空かないと思うけどねぇ」
「冥王の腹? というのはよく分かりませんけど、僕は人に偉そうに出来る程の人間じゃないですし損得で言えばこうやって多少なり仕事をして美味しいご飯がいただけるんですから、あとは生きてるだけで十分儲けものですよ」
 言いたくはないが一歩間違えば死んでいた事が何回もあったし、セミリアさんや王様のおかげで仕事をして食べる物が与えられているけど、そうでなければ僕は衣食住の確保すら出来ない人間だ。
 危ないことをしなくていい上に生活の心配も要らない環境を与えてもらっているだけで十分過ぎる。そもそも誰が文句を言わなくとも偉そうになんてしたら姫様が怒るし。
「無欲ねえ。もうちょっと子供らしい物の考え方をしてくれた方が可愛げもあると思うけど、それがコウヘイ君が王様や勇者様に信頼される理由なのかしら」
 ルルクさんが呆れた風に言うと、周りにいる他の女性達も『うんうん』と同意するように頷いた。
 結局僕が言うことは何でも謙虚さや人の良さからくる発言だと思われるばかりで中々伝わってくれないのが僕にとっては姫様よりもよっぽど難儀な問題だ。

               ○

 食事を終えると、僕は城内四階にある姫様の部屋へと向かう。
 中では別の使用人二人が姫様お召し物や身嗜みを整えているとのことだ。
 姫様が部屋を出た瞬間に僕が控えていないとビンタが飛んできそうなので早足で廊下を歩いているのだけど、この時間になると兵士達も目を覚まし、それぞれの持ち場に向かったり鍛錬をしたり城下の警邏に行ったりと城の中の人通りも一気に増えていくことがよく分かる。
「おはようございます、宰相殿」
「おはようございます、僕は宰相じゃないですけど」
 そんなやりとりを三度程して、姫様の部屋の前に到着。
 幸い姫様はまだ部屋の中にいるみたいだ。
 しかし、こんな子供に敬礼しながら挨拶をするのも嫌になるだろうに。
 なんてことを常々思っている僕だったが、兵士の人達は意外とそうでもないらしく僕が敬語を使っているだけで『威張らず気取らずの良い方だ』なんてことを言われてしまったりする。
 分かっていたことだけど、この世界では強さや地位がある人間が偉い。そこに年齢はあまり関係ないらしい。
 ある意味では実力主義とでもいうのか、コネだったり世渡りで出世しちゃうわ未だ年功序列なんてものまである日本とは大違いだし、それはすなわち努力や志が実を結ぶ一社会としては望ましい形態だとは思う。
 とはいっても目に見える強さという概念と違って地位なんてものは与えられればそれが全て。
 兵士のほとんどは僕がその地位を得たというだけで上官扱いするのだから困ったものだ。
 宰相じゃない。と僕が言ったところで彼らにしてみれば『王様がそう言っている』ということが納得する唯一にして最大の理由となってしまう。
「またまたご冗談を」
 なんて、実生活で本当に聞くことがあるとは思えなかった台詞をジョークを言う上司に対する当たり障りのないリアクションの如く半笑いで言われたら僕はどうしたらいいのか。
「あ」
 そんなことを考えていると、姫様の部屋の扉が開いた。
 先頭で出て来たのは姫様ことロールフェリア王女だ。
 薄いピンク色のシンデレラのようなドレスを身に纏い、いつも通り長く綺麗な髪と頭には宝石まみれのキラキラなティアラといういかにもお姫様な格好をしている。
 歳は二十歳。
 美形と言って相違ない綺麗な顔と、一目で気が強いことが分かる目付きにツンツンした表情が特徴的なこの国の王女様である。
「おはようございます、姫様」
 すかさず僕が挨拶を口にすると、姫様はこれもまたいつも通り僕を値踏みするようにジロリと見て、
「おはよう。どうして貴方だけ部屋の外で待機しているのかしら?」
 返って来たのはどこか刺のある口調とそんな言葉だ。
 気のせいかもしれないけど、挨拶を返してくれたのは初めてな気がした。同時に後を付いて出て来た二人の使用人の驚いた表情が気のせいではないと語っていた。
「いつも外で待たせていただいていますが何か問題がありましたでしょうか。流石に姫様のお着替えや入浴の際には席を外すようにと仰せ付かりましたので」
 この数日で身に着けた従者っぽい喋り口調にも慣れてきた。
 というか、これが先に述べた姫様の暴論である。
 自分で言っておいて『なぜ外に居るのか』ときたもんだ。
 勿論それをハッキリと指摘したらビンタだから遠回しにしか言えないけどね。
「ならば明日からは貴方も中で手伝いなさい」
「え……ですがそれでは」
「わたくしの決定に貴方が異論を唱える権限はありません。分かりましたわね?」
「し、承知しました……」
 着替えは百歩譲っていいとして、流石に風呂に付き添わされたりはしない……よね? ていうか、どんな気まぐれでそうしようと思ったんだろうか。
「つまらない食事は早く済ませたいですわ、行きますわよ」
 何事も無かったかの様に姫様がさっさと歩いていくと、僕と二人のメイドさんは慌ててそれに続いた。
 階段を一つ降りて、王族専用の食事部屋へ到着。
 既に十人程の使用人が食事の用意をほとんど済ませており、一番立派な椅子には王様が座って待っていた。
「おはようございます」
「「おはようございます、国王様」」
 僕に続いて二人もリュドヴィック王に頭を下げる。
 リュドヴィック王は白髭を生やした五十過ぎの温厚さが見た目に分かる人物だ。
 王冠や真っ赤なマントがなければその辺を歩いていそうな普通のおじさんという感じ。
「ああ、おはよう。コウヘイや、わしはお主も朝食に誘ったつもりだったのだが、お主の分は要らぬと言うたというのは本当かね」
「姫様も同席されるので親子水入らずの邪魔をするべきではないかと判断してお席を共にすることは遠慮させていただこうかと」
「ふむ……少し話があったのだが、コウヘイがそう言うのであれば食事の後にするとしよう」
 本当は姫様が使用人と同じ卓に付くことを嫌がるだろうという理由であったことを王様は察してくれた様で、それ以上は言わないでくれた。
 王様も苦労してるって言ってたし、さすがは親子といったところか。
「お父様、そんなことはどうでもいいですわ。さっさと食事を始めましょう」
「そうだな、いただくとしよう」
 王と王女の食事が始まる。
 僕はただ黙って傍に立ち、特に会話も弾まない親子の食事が終わる時を待つのだった。

               
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