勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている

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【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている③ ~ただ一人の反逆者~】

【第十五章】 EP① ラブロック・クロンヴァール Part2

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   ~ flashback scene ~


 町に出たクロンヴァール王女は真っ直ぐに教会へと向かった。
 人通りの多い大通りはいつにも増して賑わっている。
 魔王軍との小競り合いこそ続いているものの、兵力の充実している国にあって城下とその近隣の町や村は特に平穏を維持しているし、地方の町村も駐兵の派遣や駐在のシステムの確立、情報伝達の効率化によって被害は常に最小限に抑えてきた。
 魔王軍とて本腰を入れて攻めてきているわけではないだろうが、それでも十分に対抗出来る兵力、戦力を持つ名実ともに世界最大にして最強の国。それがこのシルクレア王国なのだ。
 そして、そんな国の王女であり軍のトップに立つのがラブロック・クロンヴァールの立ち位置である。
 国も、自分個人も誰にも負けない。負けるはずがない。
 そんな自負と自覚が道行く人々や賑わう店の列をクロンヴァール王女を少し誇らしくさせるのだった。
 すれ違う民衆や店頭の主人達に度々声を掛けられながら通りを歩き、やがて町の中心に位置する教会に辿り着くとクロンヴァール王女は勢いよく両開きの扉を開いた。
 扉の向こうにある広い聖堂にあった唯一の人影は折っていた膝を伸ばし、十字架に向かって組んでいた手を解いてゆっくりと振り返る。
 左右に並ぶ長い椅子の列。
 その中央を歩いて来る祭服を着た長髪の男は静かな堂内に響くクロンヴァール王女の声に呆れた様子で諫めた。
「久しぶりだな、ローレンス!」
「ラブ、神聖な教会の中で大きな声を出してはいけないといつも言っていますよ? 扉も乱暴に開けてはいけません」
「乱暴と言われるほど力は入れていないぞ。久しぶりに会ったというのにお前は小言ばかりだ」
 叱責などどこ吹く風、クロンヴァール王女はただただ唇を尖らせる。
 他の誰にも見せることのない、拗ねた様な表情と口調だ。
 二十を超えたばかりの若き王女と歳は四十と少しである世界に名の知れ渡る大司祭という立場の大きく異なる二人の関係は、クロンヴァール王女が幼少の頃から遊び相手、話し相手として慕っている親子の様な、歳の離れた仲の良い兄妹のような、そんな心安い間柄なのだ。
「久しぶりとそれとは話が別です。さあ、中に入るなら扉を閉めて。ハーバルティーでも煎れましょう。せっかく来てくれたのです、ゆっくりしていってっくれるのでしょう?」
「ああ、ご馳走になろう。でもその前にお祈りをしないとな」
「そうですね。では一緒に神へご守護とお導きをお願いしましょう」
 二人は聖堂を進み、正面の十字架の前に跪く。
 ローレンス司祭が再び手を組み目を閉じると、クロンヴァール王女もそれに倣った。
 とりわけ信仰心があるわけでもなく、ただ幼い頃からローレンス司祭がそうしている姿を見ているうちにいつしか同じ様にすることが習慣になっていたというだけの理由でしかない。
 ローレンス司祭の傍で過ごす時間の使い方として、彼にとって大切な時間を邪魔しないようにと思い至ったのが始まりだった。
 それを知るローレンス司祭もクロンヴァール王女を咎めることはない。
 祈る理由は人それぞれで、祈る資格など存在しない。教会を訪れる者全てが神に導かれし迷える子羊である。それがローレンスの考えなのだ。
 目を閉じたまま微かな吐息だけが耳に入る静かな空間で肩を並べることしばらく、ローレンス司祭が立ち上がったところでお祈りの時間も終わりを迎え、クロンヴァール王女は奥にある部屋に通されると二人掛けのテーブルの前に腰を下ろした。
 目の前にはティーカップが二つ並び、ローレンス司祭がポットからハーバルティーを注ぐと甘みのある香りが鼻腔をくすぐる。
「調子はどうですか? 随分と忙しくしているようですね」
 クロンヴァール王女がカップに口を付けるのを待って、ローレンス司祭が世間話を切り出した。
「こう見えても兵士長だ、忙しいのは仕方がない。辛いと思ったことは無いし、遣り甲斐もある。私には誰にも負けない戦士になってこの国を守るという役目がある」
「貴女にはきっとそれが出来ますよ、ラブ。でも、だからといって何もかも一人で背負い込むことはよくありません。人というのは頼ること、頼られることで成長するものです」
「そういうものなのか? 私にはいまいち分からんが」
「そういうものです。貴女には国王陛下や総帥様という頼るべき相手であり手本とするべき人が居るでしょう。傍に居てくれる者に恵まれているというのは誰にでも当て嵌まるものではないのです。そのことに感謝し、いずれ貴女が他の誰かにそう思われるようになって欲しいと思いますよ」
「心配はいらないさ。部下はみんな私に付いてきてくれるからな」
 得意気に笑うクロンヴァール王女にローレンス司祭は僅かに苦笑し、一度カップに口を付けた。
 カップを置くと、いつもの様に優しい表情と諭すような口調で話を続ける。
「ラブ、貴女はセラム総帥から用事を、例えば別の町にいる大臣に手紙を届けて欲しいと言われたらどうしますか?」
「届けるに決まっているだろう。当たり前のことだ」
「それは国の戦士としての地位が貴女よりも高い総帥に言われたから仕方なくそうするということですか?」
「何を言っているローレンス。そんな理由で私が動くと思っているのか? ロスは私の師であり同志でもあるのだぞ。あいつが私に頼むということは私である必要があるということだ、例えいつか私が上の地位になったとしても答えは変わらない」
「そういうことですよ、ラブ」
「ローレンス……いい加減長い付き合いなんだ、そんな説明では私が理解出来ないことをそろそろ理解してくれ」
「ふふふ、そう呆れるものではありませんよ。考えること、理解しようとすることもまた人を成長させるものですからね。何が言いたいかというと、貴女が総帥様に対してそうであるからといって貴女の部下の方々も同じであるとは限らない、ということです。貴女を慕い、貴女を尊敬して付いてくる者も大勢いるでしょう。しかし全員がそうであるとは限らないことも事実なのです。兵士長として王女として、貴女が人の上に立つ定めにあるのであれば肩書きでも地位でもなくその行動と信頼関係を以て他の者に道を示さなければならない。それが貴女が求められている事なのですよ、ラブ」
「ふむ、つまりは私に付いてくれば大丈夫だと思わせるような人間になればいいのだな?」
「そういうことにしておきましょう。貴女はまだ若い、いずれ真の意味を理解出来るようになりますよ」
「随分と意味深なことを言うじゃないか。曖昧なまま濁されては私も気持ちが悪いぞ」
「言われたから理解した、というほど簡単なものではないということです。近い将来、貴女が成長する過程できっと理解出来るようになる。今は信頼し、信頼される関係を少しでも多く作れる人間になりなさい。その絆は何にも勝る武器になります」
「よく分からんが、勇気と強さで兵士達や民を安心させてやればいいんだろう? 部下も民もローレンスも私が守ってやるから安心しろ」
「ふふ、それは頼もしい言葉です。ですが、人の上に立つということはその決断一つが多かれ少なかれ誰かの未来を左右するということです。守るべきものや立ち向かうべき相手を間違わないように常に冷静になって、しっかりと考えてから行動するようにしてくださいね。焦りや逸り、怒りに憎悪、それらは時として判断を狂わせてしまうものです。いつか後悔しないためにも貴女が選ぶ道を間違えてしまわないよう祈っていますよ」
「ああ、祈っていてくれ。ローレンスが祈ってくれるなら私が心配することは何もない」
 それは心から信頼しているがゆえに出る言葉だった。
 いつだってローレンス司祭との時間は小言を貰ったり勉強でもしている気になる会話ばかりだったが、そんな時間も重ねた日々がもたらす安心できる空間に他ならない。
 だからこそ『いつか分かる時が来る』と言われればその通りなのだろうとクロンヴァール王女は思う。
 翻って、今この時点でそれほど理解出来ていなくとも別段気に留めず、そのまま話を進めてしまうことも普段と変わらない。
 それがクロンヴァール王女にとってのローレンス司祭と過ごす時間であり、言い換えればそれは王女でもなく兵士長でもない自分でいられる数少ない時間でもあった。
 そんな二人の時間にあって、今聞いたその言葉をもう少ししっかりと聞いておけばよかったと悔やむことになるのは出会ってから初めてのことだったかもしれない。
 わずか二日後のことだった。

          ○

 翌日。
 日課である午前中の自己研鑽を終えたクロンヴァール王女は晴れない気分で汗を拭った。
 どこかを痛めたわけでも、何か問題が起きたわけでもない。
 しかし到底気持ちの良い汗ではなかったことを改めて感じながら鍛錬室を出て本棟へと向かう。
 全ては鍛錬室に向かう前に姉であるミルキア・クロンヴァールに会ったことが原因だった。
 ひょこひょこと城内を歩いていたミルキアは目が合うなり頬を膨らませて寄ってきたかと思うと、

「聞いてよラブちゃん~」

 と、怒っていても普段と変わらない甘ったるい声でしがみついてきたのである。
 珍しく聞く姉の愚痴の中身は昨日少し耳にした母親との口論に関することだった。
 聞けばミルキアに想い人が居ることに対してああだこうだと文句を言ってきたことが原因であるらしく、それが何とも言えない陰鬱な気分にさせた。
 姉に恋人だったか、それに近い関係だかの相手が居ることは少し前に聞かされていたが、とうとう人間関係にまで口出しをするのかと想うと母親に対するうんざりする気持ちが増すばかりだ。
 それも、あの気立てが良く温厚な姉が口論になるまでに食い下がるぐらいなのだからまた思うがままに暴言を吐き、謂われのない非難を口にしたのだろう。
 どこまでも身勝手な母親だ。
 口癖の様に品位だ気位だと言うくせにただみっともないばかりなのに加え、娘を思っての行動だとは少しも思えないのだから救いがない。
「やれやれ……」
 つまらないことは気にするだけ損だ。
 出来るだけ母に近付かないようにしつつ、姉には後で適度にフォローしておけばいい。
 クロンヴァール王女は無理矢理そう切り替えて本棟への扉を開いた。
 その僅か数秒後。
 まるで普段と異なるその心の内が予兆であったかの様に、城内に警鐘が鳴り響いた。
 カンカンカンカン!
 と、緊急事態を告げる鐘の音があちらこちらから聞こえてくる。
 すぐに一人の兵士が自分の元へ駆け寄ってきた。
「兵士長!」
「何事だ!」
「敵襲です! 南西より魔王軍の軍勢が関所を突破し本城へ向かっているとの報告! その数およそ百余り、一刻もせぬうちに城下へ辿り着くことが予測されるとのことです!」
「すぐに兵士を町の四方へ配置させろ。城内に護衛の部隊を残し、南西には本隊を置く。残る三ヶ所を手薄にさせないように割り振れ。何があっても民に被害を出すなと全軍に通達、カインとロスは本隊に合流するように伝えろ」
「しかし兵士長、カイン副兵士長とセラム総帥はついさっき城を出たばかりでして……」
「なんだと? 私は聞いていないぞ、何の理由があって城を出たのだ!」
「それが、町で無銭飲食をした男が兵士を振り切って逃走したとのことで」
「ケチな食い逃げ犯に構っている場合か! すぐに呼び戻せ!」
「ですが……これは王妃様のご命令でして」
 言いにくそうにする兵士の姿に、またあの女の勝手かとクロンヴァール王女は苛立った。
「構うな、兵士長は私だ! 現場の指揮は私が執る。これは命令だ、すぐに二人を呼び戻せ。異論は聞かん」
「ぎ、御意っ」
 クロンヴァール王女の恐ろしいまでの眼力に負け、兵士は走り去った。
「とうとう奴等も本格的に攻め入る気になったか」
 舌打ちを一つ挟んで、クロンヴァール王女も町を守るべく城を出る。
 魔王が来るか、他の幹部が来るか……誰がどれだけの数で襲ってこようとも、私が蹴散らしてやる。
 そう、心に誓って。
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