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【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている② ~五大王国合同サミット~】
【第二十八章】 責任
しおりを挟む「これは一体……」
思わず声を漏らし、もう一度辺りを見回した。
やはり自然に囲まれている。
壁も天井もないし、木々の匂いがはっきりと感じられることも気のせいではなさそうだ。
うっすらと霧が掛かっているせいで太陽は見えず、同じ理由で視界がよろしくないため目の前に広がる湖の先に何があるのかも確認は出来ない。
しかし、なぜあれだけの仕掛けを乗り越えて辿り着いた先が屋外なんだろうか。
いや、考えようによっては元々この場所に例の水晶が封印されていて、この場所を守るために洞窟を挟んだというパターンもなきにしもあらずか。
「コウヘイ様、あれをご覧になって下さい」
戸惑いと考察の最中、隣に立つマリアーニさんが前方を指差した。
あるのは湖だけ……と思っていたのだが、目を凝らしてみると岸に小さなボートらしき物があるのが目に入る。
霧のせいで見えにくかったことに加え周りの光景に目がいっていたとはいえ、それでなくても気付かなくても無理のないぐらいに小さなボートだ。
大人の男性なら一人、子供や女性でも二人乗れば定員に達しそうな程に。
「ボート……あれで湖を進めということ、なんでしょうね」
「そういうことなのでしょう。大きさを考えてもわたくしとコウヘイ様で進むための物のようですね」
「でも、危険じゃないですか? また何か仕掛けてあるかもしれないですし、先に何があるかも見えやしないのに」
「そうだよ姫、別にボートなんか乗らなくてもあたしが連れて行ってあげるよ?」
マリアーニさんの向こうにいるカエサルさんが疑わしげな目を僕に向けている。
こんな奴に大事な女王様を任せられるか、と遠回しに言いたいんだろうなと分かりたくもないのに分かった。
「いいえエル。この先は国の代表として二人で進まなければならないの。あのボートが意味しているのはそういうことなのよ。それからコウヘイ様、何があるかも分からないというのは少し違いますね。この先に不思議な魔力を感じます。恐らく……いえ、ほぼ確実と言っていいでしょう。湖の先に水晶の眠る祠があるようです」
「そ、そうなんですか」
魔力なんて微塵も感じることが出来ない僕はなんとも間抜けな返事しか出来ない。
意見を求めてセミリアさんに視線を送ってみるが『私などに分かるはずがないだろう』と言わんばかりに首を振られてしまった。
「わたしも間違いないと思いますね~。人や魔物の持つ魔法力とは全然違いますし」
「お二人がそう仰るのであればそうなんでしょうね。僕には全く分からないのでここはマリアーニさんに従って動くということにさせていただければ」
魔法使いであるウェハスールさんも同じ考えとくれば異論を挟む余地もなく。
過去に何度もセミリアさんやジャックが姿も見えないうちから敵の存在を察知することがあったけど、そういう感覚なのだとしたら僕には一生分からないままなんだろう。
とはいえ、だ。
「でも、僕とマリアーニさんの二人で行くのは不味いんじゃないですか?」
「どうしてでしょう?」
「水晶にその魔法力? を補充しなければならないんですよね? ということは少なくともウェハスールさんが居ないと駄目なのでは?」
そういう理由で僕達グランフェルト王国勢はユノ王国とペアになったはずなのだ。
「心配は無用ですよコウヘイ様。こう見えてもわたくしも並の魔法使いよりは魔法力を持っていますわ。攻撃呪文は全くと言っていい程習得していないですしケイトと比べると足下にも及びませんが、水晶に魔力を注入するぐらいであれば問題はありません」
「そ、そうだったんですか……」
じゃあやっぱり僕達プラスマリアーニさんの組み合わせでもどうにかなったんじゃないか。なんて後悔は後の祭り。
一人一人に『あなたは魔法を使えますか?』なんて聞いて回る様な真似が出来るはずもないし、協調性のない人が多いあのメンバーで扉探しをしていたら今こうして無事でいられなかったかもしれないと思うと結局この布陣がベストだった気がするので文句は言うまい。
「では参りましょうか、コウヘイ様」
「分かりました。僕達二人ですらギリギリ乗れるかどうかという大きさですけど」
「元より祠には二名以上で入ってはならないという暗黙のルールもありますので致し方ないのでしょう」
そんなルールは初耳だ。
リュドヴィック王め……さっきから僕が何も知らない奴みたいになってるじゃないか。
と、げんなりしていると。
「でも姫、ほんとに一人で大丈夫なの?」
「大丈夫よ、エル。万が一なにかあったとしてもコウヘイ様が守ってくださるわ」
「………………」
え? そうなの?
僕どう考えてもあなたより弱いんですけど。
「ちょっとあんた、姫になにかあったら許さないんだからね」
「まぁ……僕の身でどうにかなるレベルならそれを最優先するつもりではいますけど」
「なにそれ!? もうちょっと男らしいこと言えないわけ!?」
「こらエル、あまり困らせるものじゃないわ。でもコウヘイ様、くれぐれも我らが姫様のことをよろしくお願いしますね~。姫に万が一のことがあったら戦争になりかねないので~」
「……怖いこと言わないでくださいよ」
プレッシャー掛け過ぎでしょ。
一国の王ともあれば分からないでもないけど、そんなの僕に負い切れる問題じゃないでしょうに。
「コウヘイ、魔物の気配はしないが霧で覆われていて視界も悪い。くれぐれも気を付けてくれ。マリアーニ王もどうかご無事で帰られますよう」
「ええ。ありがとうございます、勇者様」
僕とマリアーニさんはそれぞれセミリアさんと握手を交わすと、ボートの前に移動する。
後ろからマリアーニさんに話し掛けようとするのを寸前でシャダムさんが遮った。
「兄弟、俺の武器を貸してやろうか。この破邪の効果を持つダーク・アローを」
「いえ……使い方も分からないので気持ちだけ受け取っておきます」
ダーク・アロー。
直訳すると闇の矢? 何か凄い能力でも備わっているのだろうか、と思ったのだが。
「コウヘイ様、お気になさらないでください~。勝手に名付けているだけで中身は普通のクロスボウですから~」
と、ウェハスールさんのある意味可哀相な指摘が入った。
どうやら僕の深読みだったようだ。
「凡人には理解出来ぬ領域、それが暗黒の世界たる所以か」
と、わけの分からないことを言うシャダムさんに、
「もうっ、シャダムうるさい」
と、蹴りを入れたのはカエサルさんだ。
怒ってやり返そうとするシャダムさんから逃げる形でそのまま二人は向こうに走って行ってしまった。
邪魔される心配も無くなったので僕は改めてマリアーニさんに向き直る。
「マリアーニさん、皆さんの傍を離れる間これを預けていてもいいですか?」
「これは?」
「なんというか、僕のお守りみたいなものです。もしも何かあった時、きっと役に立つ物なのでどうかお願いします」
「分かりました。ではありがたくお預かりさせていただきます」
了承の返事を受け、自分の首からジャックを外してマリアーニさんに手渡した。
マリアーニさんはそれを自分の首に掛ける。
白いドレスに髑髏のネックレス……論ずるに値しないほどのミスマッチ感だが、僕が自分の身よりもこの人の無事を優先させようと思った時にきっと意味を持つはずだ。
こうして僕達二人は小さなボートに乗り込んだ。
二人乗ってしまうと座ることも出来ないぐらいの小ささに、立っていなければならないことに対するバランス的な意味での怖さを感じる。
というかオールが見当たらないんだけど、どうやって進めばいいんだろう。
そんな心配は、二人が乗った瞬間に勝手に動き出したボートに驚くと同時に解決された。
何から何まで手の込んだ仕掛けだらけだなぁ。なんて思いつつ、ついでに仕掛けとかシステムとかルールとか、ほんと事前に教えておいてくれと改めてげんなりしながら、ゆっくりと岸を離れるボートの上で霧の向こうを見つめるのだった。
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