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【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている② ~五大王国合同サミット~】

【第四章】 再び異なる世界へと

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 すっかり日も暮れ、時刻は午後七時を迎えた。
 我が家を出てすぐの曲がり角で僕、セミリアさん、夏目さんの三人で高瀬さんを待っている。
 前もあの人だけ遅れて来た記憶があるけど、その時はヒーローは送れて登場するものだとかって不愉快な理由だったっけ。今回もそういう理由なのだろうか。
 宣言通りすぐに荷物を持って帰ってきた夏目さんは、その後うちでセミリアさんと一緒に過ごしており、延々とセミリアさんに春休みの件を質問し倒していた。
 そして準備を終えた僕も少しの外出から家に戻り、七時になる直前に揃って外に出たという感じだ。
 夏目さんは細身の身体には似付かわしくない大きなボストンバッグを肩に掛けており、格好も女性向け雑誌とかに載っているモデルのようなお洒落な雰囲気がプンプンしていて旅行に行くために来ましたと言わんばかりである。
 もう表情からもワクワクしているのが丸分かりだ。
 逆にその横に居るセミリアさんは随分と落ち着いている。
 前回は精神的に切羽詰まっている様子だっただけに、こうしてまた一緒に行動をすることになりながらも使命感に駆られて余裕を無くしている姿ではないことにどこか安心してしまう自分がいた。ついでに言えば腕を組み遠くを見つめる姿がまた随分と絵になっている。
 そして僕はというと、心の準備だけではなく前回の経験を生かして色々と備えをしてきたこともあってやはり前回あっち、、、に行ったばかりの頃みたいな緊張感や非現実感はそこまでない。
 といっても役に立ちそうな物をあれこれ持って来ただけなのだが、それでも通学用のショルダーバッグがそこそこ一杯になる程度には数も種類もある。
 着替えなども用意したかったのだけど残念なことにこのバッグでは入りきらなかったため、そこは前回同様向こうで用意する必要があるのが懸念材料か。
「待たせたな俺の仲間達~!」
 ふと、通りに大きな声が響く。
 三人が同時にその方向を見ると、確認するまでもなく高瀬さんが歩いてくるところだった。
 例によって変な人形が胸ポケットから覗き、背中には大きめのリュックサックが背負われている。
「悪い悪い。準備と録画予約とたまたま届いたフィギュアを愛でる作業に時間食っちまってよ」
「気にするなカンタダ。私達も来たばかりだ」
「……明らかに後ろ二つはいらん工程ちゃうんかい」
 暖かく出迎えるセミリアさんに続いてボソリ呟く夏目さんだったが、合流即一触即発の春休みに比べてこちらも平和なものだ。
 なんてしみじみ思っていると、その高瀬さんが僕のバッグを指差した。
「今回は康平たんも荷物持って来たのか。俺を手本にするってのは良い心掛けだぞ、うんうん」
「前回手ぶらで後悔しましたからね。多分高瀬さんと違って武器的な物はほとんど無いですけど」
「愛用の魔法銃はあっちに預けたままだけどな。今回もイグニッションファイアーを始め、色々と持って来たぜ。つーかそういう康平たんは何を持って来たんだ? 冒険に行くのに武器以外で必要な物なんてあるか?」
「あっちではあれば便利であろう物って意外と多いですよ? 僕の場合は趣味の混ざった使うことがあるかどうかも分からない物ばかりですけど」
 趣味というか悪趣味というかは難しいところ。
「よく分からんが、具体的には何が入ってんだ?」
「物語の後半になって実はこんな物を持って来ていた、なんて後付け設定で危機を乗り越えたみたいに思われたくないので先に言っておくのもいいかもしれませんね」
「……何の話だ?」
「お気になさらず。僕が持ってきたのは懐中電灯、ライター、それから護身用のスタンガンにICレコーダーと発信器、あとは薬類を何種類かぐらいですね」
「発信器やらスタンガンって、おま……よくそんな物が手に入ったな」
「少し前に護身用の物を通販で買ったんですよ。一番威力が高いやつなので人一人動けなくするぐらいは出来るかと」
「立派な武器だろそれ……ていうか発信器やらレコーダーやらは動くのか? 向こうじゃ携帯も駄目なのに」
「そこは実験的な意味も兼ねてますね。確かに携帯は電源も入らないですけど、よく思い出してみてください」
「寛太は【ふかくおもいだす】を使った。何も思い出せなかった」
「なんですかそれ……あのですね、向こうでは高瀬さんの懐中電灯は使えましたよね? それを踏まえて一つの仮説として、バッテリー系の物が駄目で電池で動く物なら大丈夫かもしれないと思いまして、一応両方とも普通の電池で動くものを揃えました。発信器は小型のチップが単独で電波を飛ばす物なので、この小型のモニタがそれを受信出来れば使えるかもしれないと思って」
「なるほど、そりゃ確かに可能性はあるが……揃えましたってこの二時間で揃えてきたのか?」
「ええ、近所ではないですがその時間で買って帰ってこれる店を予め押さえていましたので」
「押さえてたって無理ゲーだろJK。前々から調べてなきゃ不可能じゃんかよ」
「前々から調べてましたよ? 正確には春休みに向こうの世界から帰って来た次の日に、万が一次に同じことがあった時はこういう物を用意しておかないといけないという物のリスト含め」
「どんだけ準備いいんだよ!」
「それも含めて趣味みたいなものですから」
 無意味な準備や傾向と対策が大好きな僕だった。
 ありもしない不足の事態に備えて対処法を練り、軽くやり過ごしている自分の姿を妄想することが趣味と化しつつある程だ。
 ICレコーダーなんかは思い切り趣味で持っているだけでロクに使ったこともないし。
「各々準備が万端なようで何よりだ。ではそろそろ行くとしよう、みんな手を繋いでくれ」
 セミリアさんのその言葉で一旦お喋りを止め、例によって輪になるように手を繋ぐ僕達。
 一人初体験の夏目さんに軽く説明を挟みつつ、やっぱり道端で輪を作るおかしな風景の一部になっている自分に若干の恥じらいを覚えたりもしつつ、久々のワープの時を待つ。
「アスカ、決して手を放さないようにしてくれ。では準備はいいな、アイルーン!」
 ワープのための呪文? をセミリアさんが唱えると、以前の時と変わりなく徐々に目に映る景色が歪曲していった。
 視界が正常に戻った時、僕達はまたセミリアさんの世界に足を踏み入れることになるのだ。
 今回はどんな出来事が待っているのだろう。そんな、前回とは全く違った心持ちで僕はその時を待つのだった。

          ○

「おいおいおいおいおいおい、なんやこれ? 何がどないなってんの? ていうか、ここどこなん!?」
 ほとんど陽は沈んだ空の下。
 僕達は無事ワープに成功し、またこの世界へとやってきた。
 日差しの有無などほとんど関係無いような薄暗い森の中に降り立つと同時に繋いだ手を放すやいなや、夏目さんは一人で上下左右を何度もくるくる見回している。
 まあ誰でも最初はこうなるだろうと思う。ワープやら瞬間移動を体験してこうならなかった人間を僕は後にも先にも高瀬さんしか知らない。
「ここはエルシーナという街の外れにある森の中だ。城に向かう前に寄るところがあるのでな」
 前にも聞いたような説明を律儀にも夏目さんに対してもするセミリアさんだったが、本人は恐らくほとんど理解できてはいないだろう。
「エルシーナって何!? いや、分かっとるで? ウザい反応してるってことは。康平君に言われた通りいちいちテンパらんと受け入れろって話なんやろうけど、さすがにノーリアクションではおられへんねん。ウチ大阪人やしさ」
「オーサカジンというのはよく分からないが、驚くのも無理はないさ。こればかりは徐々に慣れてもらうほかない、分からないことがあれば聞いてくれ」
「分かった、ありがとうな。しっかし、康平君やTKの落ち着きっぷりを見るに諸々の話はリアルやったって実感するわ。瞬間移動? みたいなもんウチは初めて体験したで、当たり前やけども」
「TKって言うんじゃねえよ」
「いやいや、二人とも済まんかったな。これで二人の話がガチやったって認めざるを得ーへんわ。失礼なこと言ってごめんやで」
「まあセミリアさんの言う通り、それが普通の反応だと思うのでお気になさらず」
「これに懲りたら俺の事は今後……」
「そう言ってくれると助かるわ。んで、寄るところってのはどこなん? こんな森の中にあるん?」
 素直に非を認め、頭を下げる夏目さんは賑やかな言動とは裏腹に最低限の社会性は持ち合わせているようだ。
 ちなみに持ち合わせていなさそうなもう一人は『聞けよ』と一人でツッコんでいた。
 それからは夏目さんの質問攻めを受けつつ少し森の中を歩き、そう時間が掛かることもなく目的地である小さな小屋に辿り着いた。
 木々以外に目に入る物もない薄暗い森の中に不自然にポツリと建っている小屋だ。
 木で出来た扉を、やはりノックもなしに開けて土足のまま入っているセミリアさんに続くと、中には二つの人影があった。
 一人は正面にある一人用の小さなテーブルの前に腰掛けている紫色のローブを着た白く長い髭を蓄えた背の低い老人だ。
 名前はエルワーズ・ノスルク。
 セミリアさんが勇者として戦う中で唯一頼りにしている人物であり、僕達を主に不思議な道具をくれたりして助けてくれる元魔法使いであるらしいおじいさんである。
 目の前には占い師よろしく大きな水晶玉が置かれており、以前と変わらぬいかにも好々爺な優しい表情で僕達に出迎えの言葉をくれた。
「よく来たの、コウヘイ殿、カンタダ殿、そしてアスカ殿じゃったかな」
「お久しぶりです。お元気そうで」
「久々だなおじいたん」
「どうもよろしゅうに。しっかし、この人がノスルクはんかー。ホンマに会う前から事情分かってるんやな……ていうかおじいたんとかワケの分からんこと言うなやTK」
 などと口々に挨拶を済ませる中、僕はもう一人に目を向けた。
 窓際の壁にもたれ掛かるように立ちながら腕を組み、あからさまに不機嫌な顔で睨むように僕達を見ているその女性こそがこの国のもう一人の女勇者サミュエル・セリムスである。
 短めの赤茶色い髪に肩も背中も腹も太ももから下の足も全部出ている露出の多い服装、そしてセミリアさんとは違い、本当に肘と膝にだけ防具を着けているのが特徴的だ。
 子供が自転車の練習をするときに怪我防止のために付けるようなあれを金属製にしたような感じ。
 そして、こちらも前回会った時と同じく細い身体には似付かわしくない大きなククリ刀が二本、背中に装着されている。
 通称を『撃滅の双剣乱舞』というらしいサミュエルさんは人と馴れ合ったり打ち解けることを嫌いシビアな思考や言動が目立つものの、意外と面倒見は良い頼りになる人物だ。
 そんなサミュエルさんがいつにも増して機嫌が悪そうな理由は概ね想像が付くが、余りにも眼光が鋭いせいで気軽に挨拶をしていいものかどうか……。
「コウ、ちょっとこっちに来なさい」
 なんて躊躇していたのが不味かったのか、先にご指名を受けてしまった。
 サミュエルさんは壁に体重を預ける体勢と苛立つ表情はそのままに、人差し指をクイクイと動かして僕を呼び付ける。
 省略した方が呼びやすいからというだけの理由で僕をコウと呼ぶサミュエルさんは確かに短気な方ではあるが、怒られることはあっても殴られることはないと思う。いや、思いたい。
 どちらにしても、そんなサミュエルさんの人となりを知らない夏目さんや高瀬さんも含め、この場にいて初めて口を開いたサミュエルさんをみんなが見ているせいでなんだか公開説教を受ける羽目になりそうな気しかしない。
「お、お久しぶりです」
「別に再会の挨拶をさせるために呼んだわけじゃないわ。私が何を言いたいか、分かる?」
「まあ、いえ……まぁ……」
「ハッキリしなさい」
「なんというか……概ねは」
 もはや不機嫌なのはお前の責任だとでも言わんばかりの責める口調に言葉に詰まる。
 そんな時、いつも助け船を出してくれるのはセミリアさんだ。
「こら、サミュエル。何をいきなりコウヘイに当たっている。そもそも呼び付ける前に挨拶ぐらいするのが礼儀というものだろう」
「黙りなさいクルイード。そもそも全てはアンタが悪いのよ」
「一体何の話をしているのだ。私もコウヘイも前後の会話も無しに悪態を吐かれても事情が把握出来ないぞ」
「悪態吐かれるのも事情を把握出来ないのもアンタが馬鹿だからでしょ。コウはもう分かってるじゃない」
「む、人を馬鹿だなどと失礼な。そんな態度で一方的に文句を言われたところで何も分かるはずがないだろう。コウヘイだってそうに決まっている」
 そうだろう?
 と口で言う代わりにセミリアさんは僕の方を見た。
 半ば口論のようになってしまっているせいか、他の三人も口を挟もうとしてはくれない。
 高瀬さんが喧嘩し始めた時はノスルクさんの咳払いが炸裂すれば沈黙を作る事が出来たはずなのだが、サミュエルさんには効果が無いのか、あまりにも日常茶飯事過ぎて呆れているのか、いかにノスルクさんといえどこの二人の言い合いに割って入ろうとは思わないらしい。
 まあ間違いなく矛先が自分に向くだろうし、分からなくもないけども……。
「要するに……誰がこんなに大勢連れてこいって言ったのよ、ということなんじゃないかと」
 仕方なく、僕は観念して答える。
 ほぼ間違いなくそういう理由か、そうでなければ『いつまで待たせんのよ!』という理由のどちらかだと僕は思っているのだが……。
「そうなのかサミュエル?」
「そういうこと。アンタが呼びに行ったのはコウ一人だったはず、この変な奴は百歩譲って分かるとしても、どうしてどこの馬の骨かも分からない無関係な女まで連れて来るわけ? 馬鹿なの? 馬鹿なのね。馬鹿なんだわきっと」
「馬鹿馬鹿と言うなというに。それに、仕方なかろう。カンタダは元々共に戦った仲間なのだ、同行してくれるというのであれば断る理由は無い。アスカに関しては確かに無関係ではあるが、だからといって王の意志に反したものではないだろう。確かにお前は呼ぶのはコウヘイ一人でいいと言ってはいたが、だからといって他の者の申し出を断ってまでコウヘイ一人であることに拘る必要もあるまい」
「アンタの言いそうなことよね、クルイード。そうやって善意で何でも解決すると思ってるあたり、相変わらず平和な思考回路だこと」
「そういう問題ではないだろう……まったく、どうしてお前はそういう考え方しか出来ないのだ」
 さすがのセミリアさんも呆れて肩を落とした。
 ここでムキになって反論しないあたりは付き合い方をよく分かっているというか、悪い意味で慣れてしまっているというか、きっとそれなりに苦労してきたのだろう。
「まあまあ二人とも、そないやいやい言い合いしなや。確かにウチも無理言ってついてきたけど、別に邪魔したろ思ってるわけやないしよろしくしたってえな。ウチは夏目飛鳥や、よろしく」
 自分達の存在が言い合いの種になっていることを見兼ねてか、夏目さんがこちらに寄ってきたかと思うと自己紹介をしつつ手を差し出した。
 当然ながらサミュエルさんがその手を取って握手をするなどということはない。
「よろしくする必要がないわね。何をしに来たのか知らないし興味も無いけど、物見遊山のつもりならさっさと帰った方が身のためよ」
「なんや感じ悪いなー。初対面でそこまで拒否られたら凹むわー」
「そうだぞサミュたん、ロープレの仲間なんてもんは増えたり減ったりするのが常なんだ。みのりたんや金髪ゴスロリの代わりと思えばいいじゃねえか。俺達は特技【ツッコミ】を持つ奴が居ないと成り立たないパーティーなんだからよ」
 呆れたように高瀬さんが言うと、サミュエルさんは一層鋭い目付きで高瀬さんを睨んだ。
「アンタ達は別に私の仲間じゃない。私には仲間なんて必要ない。それからサミュたんって呼ぶなって何回も言ってんでしょ!」
「サミュたんサミュたんサミュたんサミュたんサミュたんサミュたんサミュたんサミュたんサミュたんサミュたんー! さて問題です一体……」
 何回サミュたんと言ったでしょう。
 そう続けるつもりだったであろう高瀬さんの悪ノリは、サミュエルさんの行動によって途中で遮られてしまった。
 ジャランと。
 金属を擦る音と共に背中から一本の刀を抜いたかと思うと、それを高瀬さんの眼前で高々と振り上げたサミュエルさんは瞳孔が開き殺意の混じった目で睨み付けながら代わりにその続きを口にする。
「さて問題です。アンタの残した最後の言葉は何だったでしょう。答えは自分の口で言いなさい」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!」
「そう、それが正解なのね。答えも分かったことだし、問題通りそれを最後の言葉にしてあげる」
 そう言ってまた一歩高瀬さんの方に近付いたサミュエルさんは、今にも刀を振り下ろしそうな雰囲気だ。
 まさか本気でやらないだろうなと一瞬焦ったものの、その前にセミリアさんがそれを防いだ。
「こらサミュエル。冗談が過ぎるぞ、いい加減にせんか」
 高瀬さんの前に割って入ったセミリアさんの真剣な表情にサミュエルさんは一度肩を竦め、ようやく刀をしまう。
「冗談で済んだだけありがたいと思いなさい。とにかく、私とそいつらは無関係だからアンタが面倒見ることね。勝手についてきて勝手に死ぬことになったって知ったことじゃないわ」
 吐き捨てる様に言って、サミュエルさんは反応を待つことなくそのまま出入り口の方へ行ってしまった。
「お、おいサミュエル。どこへ行く」
「戻ったらその日の内に城へ来いって話なんでしょ。だったらさっさと準備してさっさと出発させなさい。ジジイも渡す物があるなら早くして、外で待つわ」
 バタンと大きな音を立てて、サミュエルさんは出て行ってしまった。
 以前と全く変わらない我が道を行く感じだなぁ。
「ほっほっほ、相変わらずじゃな」
「笑い事ではないぞノスルク。カンタダもアスカも嫌な思いをさせて済まなかったな。口や態度は悪くとも悪人というわけではないのだが、どうにも協調性に欠ける奴でな」
「ま、サミュたんのツンデレは今に始まったことじゃないから俺はむしろ萌え~だけどな」
「ウチもまあ、そこまで気にしてへんよ。ツンツン娘がいてるゆーのは例の小説でもそうやったから予想はしてたし。その小説も結局どこまで事実なんかって疑問は再燃しつつあるわけやけど」
 お姫様のくだりとか。
 と、ジト目で付け加える夏目さんだった。
「そう言ってくれると助かる。ではノスルク」
「うむ、城に向かう前にコウヘイ殿とカンタダ殿に渡す物があるのじゃが、時間を掛けるとまた怒鳴り込んで来かねぬし済ませてしまうとしようかの」
 ノスルクさんは立ち上がると、壁際の棚から小さな木箱を持って来てテーブルに置いた。
 以前も貰った首飾りでもくれるのかと思ったが、それなら僕達二人にだけというのもおかしな話だし、何よりセミリアさん達がそれを付けていない以上その線はなさそうだ。
「なあじっちゃん、二人に渡すもんってなんなん?」
「以前この二人に授けたマジックアイテムじゃよ。さすがに二人の世界に持ち帰るわけにはいかないということでここで預かっていたのでな。まずはカンタダ殿じゃ」
 小さな木箱の蓋を開けると、そこには見覚えのあるリボルバー式のエアガンだかガス銃だかが入っていた。
 前回の冒険の時に高瀬さんが使っていた武器で、弾が出ない代わりに火やら電撃やらを発射することが出来るという物理的説明が不可能な文字通りノスルクさんが魔法によって仕様を変えた摩訶不思議アイテムだ。
「おー、懐かしいぜマイベスト装備!」
「もしかしてこれが例の炎やらエネルギー弾が出る銃かいな」
「そうよ。こいつのおかげでどれだけの敵を蹴散らしてきたことか」
 目を輝かせて手に取った銃を様々な角度から見る高瀬さんのテンションが徐々にゲーマー兼オタクモードになってきた。
 あれをエネルギー弾と表現するあたり、この場に限った性質じゃないのだろうけど……。
「あとはコウヘイ殿じゃが、下の部屋に置いてあるので少し付き合って欲しい。セミリア、先に外で待っていてもらえるかの。すぐにコウヘイ殿も向かわせる」
「うむ、わかった。カンタダ、アスカ、私達も外で待っているとしよう」
 まるで僕一人を残そうとするかの様な口振りのノスルクさんの意図を汲み取ったのか、セミリアさんは二人の背中を軽く押しつつ小屋を出た。
 二人は銃に夢中で若干おかしな事の運びにも気付いていないようで、あれこれ評論しながら誘導されるがままにセミリアさんに次いで部屋を出る。
 結果、騒がしい連中が揃って居なくなり小さな部屋には僕とノスルクさんの二人が残された。
「すまんの、おかしな事をすると思ったじゃろう。下の部屋に案内するので少しだけ時間をおくれ」
「あ、いえ、全然それはいいんですけど。というか下の部屋というのがあったんですね」
 下に降りる階段らしきものは見当たらないけど……と部屋を見渡していると、ノスルクさんは持っていた杖で床をトントンと、二度突いた。
 直後、ガチャリという音と共に床板の一部が開き、下に繋がる階段が出現する。
 なんというか、絡繰り屋敷みたいでちょっと格好良い。
「凄い仕掛けですね」
「下の部屋はわしの書物を保管しているだけの部屋じゃがな。さあこっちじゃ」
 先導して階段を降りるノスルクさんに続いてひんやりとした薄暗くて視界の悪い石段を降りていく。
 先にあった部屋は言葉通り四方に本棚が並んでいるだけの空間だった。蝋燭が何本も立っているが十分な明かりとは言えず、さながら占い師の館のような不気味な雰囲気だ。
「まずはこれを」
 差し出されたのは高瀬さんが受け取った物より一回り小さな木箱が二つ。
 僕の貰ったアイテムは指輪だったので小さいのは当然だけど、なぜ二つなのだろうか。
 疑問に思いつつ、一つ目の箱を空けると、そこにはやはり指輪が一つ収まっていた。
 ノスルクさんに貰ったこの指輪はキーとなる呪文を唱えることで見えない盾を出現させることが出来る凄い物だ。
 この指輪のおかげで僕は敵の攻撃をこの身に受けることなく乗り切ることが出来たし、仲間の盾になることも出来た。
 これを貰っていなければ僕は前回の旅であっさり死んでしまっていただろう。そのぐらい重要な役割を果たしたアイテムだ。
「この指輪じゃが、少し改良しておいた。カンタダ殿の手前皆の前で言うのも少し抵抗があってな」
「そうだったのですか。配慮に感謝します」
 僕の分だけ改良されたと聞けば高瀬さんは憤りや妬みを抱く可能性が高い。それで僕一人を残したのかと思うと確かに納得のいく話だ。
「具体的には二つ。一つはシールドの出現位置をゼロ距離にしたのじゃ」
「ゼロ距離? ということは……」
「そう、かざした手の少し前に出現するよりは使い易くなったということじゃな。かざした手そのものが盾となるような感覚になった分、攻撃を防ぐにあたっての計算目算も立てやすければ敵に対してハッタリも効く」
「ふむふむ……」
 確かに手の数十センチ前に現れるよりは分かりやすい気はする。その分受ける攻撃が近くなって度胸も必要としそうではあるが、それは贅沢を言い過ぎか。
 そしてハッタリというのはどういう意味かと考える。この透明な盾を使っている自分を想像してみると、すぐに合点がいった。
「つまり……この盾の存在を知らない相手にしてみれば僕が腕一本で攻撃を防いだように見える、と?」
「そういうことじゃな。さすがに頭の回転が早くて助かる」
「いやあ、そんなに持ち上げられても困りますけど」
 そもそも敵が誰で、どういう状況でまたこれを使うことになるのかということに関してはどれだけ頭を働かせても想像出来ないし。
「それから二つ目じゃが、これは前回の失敗を生かした改良じゃな」
「前回の失敗?」
「うむ、この盾を使って攻撃を防いだものの衝撃に耐えきれずにダメージや傷を負った場面が何度もあったじゃろう?」
「あぁ……確かにそういう場面は何度もありました」
 盾を出現されて攻撃を防いでも威力に耐えれずに身体ごと吹き飛ばされ、壁に叩き付けられるという二次災害は痛烈なものがあった。
 こればかりは僕の筋力的な要素が原因だし、まともに攻撃を受ければその前に死んでいただろうから文句を言う筋合いはないと諦めていた部分だ。
「その反省を生かして、重力の無効化が出来るようにしたのじゃよ」
「重力の……無効化」
「その盾に触れた物がどれだけの衝撃や重量があろうとも、それをゼロに出来るということじゃ。言うなれば絶対防御じゃな」
「絶対防御……それは凄い」
「もっとも、攻撃に気付かなかったり、気付いていても発動する前に受けてしまっては効果は得られんがの。それでも攻撃用の装備でなければ戦闘要員ではなかった分、君は常に自分と仲間の身を守るためにその指輪や頭を活用していた。それに相応しいアイテムになったとわしは思っておる」
 じゃが、と。
 僕がお礼の言葉を返すよりも先にノスルクさんは続ける。
「残念ながらこれ以上の改良などは期待しないで欲しいのじゃ。わしももう歳での、これらのアイテムを作ることも含め魔法力を駆使するここともそろそろ限界が来つつある。今回また君達の世界に行ったセミリアの様子は見ていたが、あの水晶を使ってあの子達の旅を見届けるのもそれが最後になるじゃろう」
「そうだったんですか……いや、でももう十分過ぎる程によくしてもらったと思っています。前回僕が生きて帰ってこれたのもノスルクさんのおかげですから」
 この人が何歳なのかは分からないが、見た目だけで判断しても相当な年齢だろう。六十や七十できくかどうか、そのぐらいの年齢だと思う。
「そう言ってくれると無理をした甲斐もあったというものじゃな。それでは指輪の説明は終わるとしよう。もう一つも開けてごらん、そろそろ待ちくたびれておるじゃろうしな」
 にこりと笑うノスルクさんに促されるままに二つ目の箱を開ける。
 その口振りで中身も予想出来てしまったが、それはそれで僕にとっては懐かしく嬉しい再会だったりもする。
 小さな箱の中には予想通り、綺麗に収納された髑髏を模したごついペンダントトップがついた銀色のネックレスが入っていた。
 ただのアクセサリーではなく、指輪と同じく僕を助けてくれるものの一つであり大切な仲間だ。
 名前をジャックといい、意志を持ち、言葉を操る、元々は人間だったという不思議なネックレスは僕が声を掛けるより先に色々と言いたいことを爆発させた。
『おっせーよ相棒!! エルワーズ、てめえもだ。ごちゃごちゃ話する前に俺を出せよ!』
 まるで変声期で変えた声みたいな奇妙な音声が小さな部屋に響く。
 どういう原理なのかという説明を求める無駄はし飽きたので省くとして、何から何まで懐かしい限りだ。
「ほっほっほ、それは先に指輪の箱を開けたコウヘイ殿に言うてもらいたいのう」
「久しぶりだね、ジャック」
『久しぶりはいいが、酷い仕打ちを受けたぜ』
 半ば拗ねるように言うジャックを手に取り、自分の首に掛けてみる。
 ちょぴり重量感のある不便さもまた、懐かしいものがあった。
『やっぱ俺はぶら下がるなら相棒の地味な首がいいぜ。クルイードの奴じゃガンガンガンガン鬱陶しいったらありゃしねえ』
「地味ってのは別に言わなくてよかったよね。それにしても、ずっとこの中に居たの?」
『んなわきゃねえだろ。エルワーズがお前さんと二人で話をするために入ってやってただけだ。おかげで俺一人再会の喜びを分かち合うことも出来ねえってんだぜ?』
「そりゃ災難だったね。でもまあ、元気そうで良かったよ」
『相棒も変わりないようで何よりだ』
「また今回も分からないことだらけだろうけど、アドバイスよろしくね」
『任せときな』
「じゃあノスルクさん、僕もそろそろみんなのところに……」
 そろそろ待たせている時間も長くなってきた。
 余り待たせるとバッシングの嵐が待っていそうで怖いし、話が終わったのなら早めに合流したいところだ。
「うむ、と言いたいところじゃが、もう一つ渡したい物があるのじゃよコウヘイ殿。むしろ二人で話をしようとした理由としてはこっちがメインじゃな」
「はぁ……渡したい物、ですか」
 この他に受け取る物があっただろうか。
 思い返してみても心当たりがない。新しいアイテムとか?
『なんだよ、まだ渡してなかったのかエルワーズ』
「順序というものじゃよジャック。コウヘイ殿、これなのじゃが」
 と、背後の本棚からノスルクさんが取ってきたのは五冊の本だった。
 古い書物のようで羊皮紙のような材質であると思われる、まるで広辞苑のような分厚さのある、それ事態が武器にさえなりそうな重量感たっぷりの本が五冊、目の前のテーブルに積まれた。
「えっと、これは一体なんの本なんでしょうか」
「これはわしが書いた物での。わしも長く生きてきた中で、色々な経験をしてきたと自負しておる。あらゆる土地に行き、魔法使いとして長きに渡って戦いも繰り返して来た。その経験を元に体験したこと、見てきたこと、聞いたこと、知ってきたことの全てを記した物じゃ。五冊それぞれが異なった内容となっておる。一冊は魔術と呪術について、一冊は魔族について、一冊は世界の歴史について、一冊は天界について、そして一冊はわし自身の冒険譚をそれぞれ記しておる。名付けてノスルクの書じゃな」
「ノスルクの書……」
 話の流れが急過ぎて把握することが出来ず呆気にとられてしまう。
 魔術、呪術、天界……聞き慣れない言葉だらけでこれを受け取ってどうしろというのかもいまいち理解出来ていなかった。
『相棒、受け取ってやってくれ』
「ジャック……」
『ネーミングセンスは絶望的だが、正直世界中のどこを探してもこのじいさん以上の知識や経験を持つ人間はいねえ。それをお前さんに授けようってんだ、これはこれ以上ない誉れなんだぜ?』
「でも……どうしてまたそんな貴重な物を僕に?」
「コウヘイ殿が戸惑うのも無理はない。じゃが、この先また戦渦が世界に広がることがあるかもしれないとわしは思うておる。そして、もしもそれが兵力に乏しいこの国にも災いをもたらすようなことがあればセミリアやサミュエルは戦地に赴くことになるじゃろう。そうなれば、あの子達がまた君を頼ることもあるかもしれない。その時に君にあの子達を助けてやって欲しいと思うているのじゃ。君の人柄や賢さはきっとあの子達だけではなく、この国や世界の助けになるとわしは思っているのじゃよ。勿論、決めるのは君じゃがな」
「僕が……あの二人や国を助ける」
『エルワーズの勘ってやつは結構当たるんだぜ。要するに隠居するじじいの後を継いで奴らの仲間としてサポートしてやってくれって話だ』
「そんなことが僕の様な平凡な人間に出来るとは思えないんですけど……」
 何度も言いたくはないが、僕はどこにでもいるただの高校生だ。
 人に自慢できるようなものも特にない、何の変哲もない人間でしかない。
「君がそう思うのであれば今はそれでもよい。それに、あまり大袈裟に考えずともよいのじゃよ。もし君がまたこの世界に来ることがあるのなら、知っておいて損をする情報などないじゃろうというぐらいの意味だと思ってくれればよい。暇潰しに目を通すだけでも構わないし、今後この世界に来ることがなければ記念にでも持っていてくれるだけでもよい」
「まあ……確かにこの世界では見る物聞く物知らないことだらけではありますけど、そんな曖昧な理由で受け取ってもいいものかどうか」
「わしは全て頭に入っておるし、他に読んでもらえる人間もおらんのでな。価値や思い入れなどあってないようなものじゃし、気にせずともよい。ジャックにも拒否されたしのう、ほっほっほ」
『俺ぁ文字を読むのが嫌いなんでな。そんな分厚い本なんざ一瞬で嫌気がさすぜ』
「その辺は相変わらずじゃな。じゃが、そういうことじゃよコウヘイ殿。これは君に何か使命や責務を課す意味は一切含んでおらん。君の知識が増えればその分セミリアやサミュエルにアドバイスしてくれる事も増えるかもしれない、その程度の認識で十分じゃ」
「………………」
 それはそれで結構な重責というか、プレッシャーみたいなものがある気もするが、ノスルクさんの口振りでは軽い話なのか重い話なのかの判断も難しいところだ。
 またこの世界にくることがあるのかどうか、それは今の僕には分からない。だけどそうなった時に生き残るための術や誰かの助けになるだけの情報が増えるのは決して悪いことではないとも思う。
 全ては今僕が何を求められていて、それに応えるだけの器量や度胸があるのかどうか、そういうことなんだろう。 
 一番上にある本を一度適当にめくってみた。
 書いてあることはさっぱりだったが、少なくとも今こうして会話が成立しているように文字も僕が読めるようになってはいるらしい。
「何も悩む必要はない。これをどう使うかは君が決めればよい。さあ、そろそろ他の者達も待ちくたびれておる頃じゃろう。さすがに持ち歩くには重量があるじゃろうし、この本は帰る時に改めて渡すことにしよう」
『難しく考えたって仕方ねえよ。貰えるもんは貰っときゃいい、そんだけの話だ。誰も相棒にこれを使って戦って来いなんて言ってんじゃねえんだからよ。さ、俺達も行こうぜ』
「うん……そうしようか」
 ひとまず全てを保留し、僕もみんなが待つ小屋の外へと向かうことになった。
 
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