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【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている② ~五大王国合同サミット~】

【第三章】 サミット

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「どうぞ」
 予期せぬ再会を果たした異世界の勇者セミリア・クルイード。
 何故ここに居るのか、どういった用で現れたのか、色々と聞きたいことだらけではあったが、話を聞くにもひとまず座って貰い飲み物を出すことに。
 ソーサーに乗ったカップに入っているのは以前うちに来た時にも出したホットココアだ。始めて飲んだらしいココアを甘くて美味しいと気に入っていたので今回も同じチョイスにしておいた。
 四人掛けのテーブル席で興奮する高瀬さんと再開を喜び合っているセミリアさんは一度懐かしむように眺めてからカップを口元へと運ぶ。
 ちなみに、タイミング的に仕方ないことではあるが夏目さんも同席したままだ。
 むしろ彼女が一番聞きたいことがありそうな顔で隣に座るセミリアさんを凝視している。
「ありがとうコウヘイ。久しぶりだな、このココラも。やはり良い匂いだ」
「ココラではなくココアですよセミリアさん。それで、本題ですけど……」
「そうだぜ勇者たん。なんでまた急に現れたんだ?」
 僕の言葉を遮り、高瀬さんは興奮状態を維持したまま身を乗り出さんばかりの勢いだ。
 暴走されても困るので僕が戻るまでは言いたいこともお預けになっていたのだけど、とうとう我慢出来なくなったらしい。
「突然訪ねてすまなかったな。なにぶん事前に連絡を取る手段もない、それは容赦してくれると助かる。しかし、コウヘイに会いに来てみればまさかカンタダまで一緒に居たとは私も驚いた」
「僕も驚きましたよ。噂は人を呼ぶとはよくいったものです」
「噂? それはどういうことだコウヘイ?」
「今ちょうど勇者たんと旅をした時の話をしてたところなんだよ。そしたらまさかの本人降臨だ、うっかり俺が召還魔法を使っちまったのかと思ったほどだ」
「ほう、そうだったのか。お主等に思い出してもらえることがあるというのは私も嬉しい限りだ」
「ったりめーよ。あれだけの冒険をしたんだから忘れるわけがねえ」
「うむ、あの時は世話になった」
 と、セミリアさんが言った時だった。
「あの~、ちょっとええ?」
 僕達の会話を黙って聞きながら割って入るタイミングを窺っていた夏目さんが始めて口を開いた。
 あれだけズケズケと物を言っていた先程までの姿が影を潜めているあたりまだ目の前の勇者という存在への戸惑いは拭えていないらしい。
 そりゃそうだ、何の説明も出来ていないんだもの。
「ああ、私ばかり話してしまって申し訳ない。挨拶も出来ていなかった、貴女は二人の友人だろうか?」
「お二人とも説明が出来てなくてすいません。セミリアさん、こちらは夏目飛鳥さんです。高瀬さんの知り合いでして、今日は高瀬さんに会いに来ていたんですよ。それで、夏目さん、こちらはセミリアさんです。説明が難しいですが……僕や高瀬さんの知人です」
 慌てて夏目さんはセミリアさんの方へと椅子を近づける。
 ちなみに高瀬さんは『こんな女俺は知らん』とまだご立腹の様子だ。
「そうだったのか。私はセミリア・クルイード、勇者をしている。よろしく頼む」
「それやそれ! セミリアさん言うた? それ例の小説に出てくる女勇者とおんなじ名前やで! その格好もそうやし、今自分でも勇者てゆーたし、あんたそのコスプレはどういうことなんよ?」
「コスプレ? というのは意味がよく分からぬが、小説とは何の話だ?」
 食い付く夏目さんの言葉にセミリアさんはただただ首を傾げる。
 僕も最初会った時はしばらくコスプレごっこだと決めつけていたし、この反応ばかりは無理もない。
 こうなると思ったからこそ説明が難しかったわけだ。
「小説というのはですね、高瀬さんが前回御一緒した時のことを文章にして公開しているんですよ。夏目さんはそれを読んだみたいで……」
「ほう、そうだったのか。カンタダはその様なことまで出来るのだな」
「俺様もあの戦いは後世に伝えなければならないと思ったからな。勇者一行としては当然のことよ」
 絶対に違う目的だったのは問うまでもなさそうだが、そんなことはさておき夏目さんが二人の会話から事情の把握をするのは困難だと判断したらしく、僕の耳元に口を寄せた。
「康平君……ちょっと頼むわ。ウチに分かるように説明してくれん? 何がなんやら分からへんし」
「まあ……概ね夏目さんのリアクションが正しいんだと思いますよ。僕も最初はコスプレだと思い込んでいましたし。ただ高瀬さんの小説に出てくる勇者の名前が同じであるなら、この人が本人ですよ。もうこうなったらハッキリ言いますけど、僕や高瀬さんはこの人と一緒に異世界にも行きましたし魔王と対峙もしました。簡単に信じられる話でもないですし、信じる方がどうかしてるとは僕も思いますけど、それでいいと思います。無理に納得しなくても。このまま同席しているならおかしな話してるなーって感じで聞いておけばいいと思いますし、勿論席を立つならそうした方がいいでしょうし」
「そんなん言われたら余計混乱してくるやん……」
 夏目さんはがっくりと一度肩を落としたが、すぐに開き直ったように顔を上げる。
「よっしゃ。ウチも大阪人や、ややこしいことは分からんけど余計な口は挟まん。だから最後に一個聞かせて欲しい。セミリアさんよ」
「なんだろうか」
「あんたがこの二人と一緒に魔王と戦ったり王様助けたりしたっちゅうのはホンマなんか?」
「ああ。正確にはこの二人と別にもう二人、この世界から付いて来てくれた者が居るが、それについては間違いなく事実だ」
 もう二人。
 一人はみのりで、もう一人は春乃さんというこの辺りの大学に通う女子大生だ。
 その春乃さんも何度かこの店に顔を出してくれいていて未だ交流のある共に冒険した仲間の一人。
「そうか……やっぱりウチにはよー分からんけど、邪魔してすまんかったね。もう黙って聞いとるから話続けてくれや」
 席を立つという選択肢はなかったらしい夏目さんは腕を組んで正面を向いた。
 まあ、聞かれて困る話でもないだろう。
 吹聴されたところで痛い目を見る、というよりは痛い目を向けられるのは本人でしかないわけだし。
「それで、えーっと……セミリアさん。今日はどういったご用でこちらに?」
「そうだったな。説明が後回しになってしまってすまない」
「まさかまた魔王が復活したんじゃねえだろうな勇者たん」
「いや、そのようなことはない。あれ以来我が国は平穏を取り戻せているし、徐々にではあるが以前の活気を取り戻しつつあるぐらいだ」
「それは何よりです。でも、だからといって遊びに来てくれた、というわけでもないんですよね?」
「さすがにおいそれと遊びに通うことは出来まい。それが出来ればお主等とももう少し顔を合わす機会もあっただろうがな。今日はリュドヴィック王の遣いで来たのだ」
 リュドヴィック王。
 セミリアさんの暮らす国の国王の名前だ。
 一度目に会った時は偽物だった。
 本物の王様を助けるために冒険したりもしたし、魔王を追い払った後には大層持て成してもらったのも今にしてみれば懐かしい。
「あの王様ですか。元気にしているんですか? あの方も僕達が居る間だけでも結構な災難に見舞われた身ですけど」
「ああ、今は国の復興に向けて忙しくしておられる。ゆえに私が王から指令を与えられたというわけだ」
「指令とは?」
「うむ、二日後にサミットがあるのだ」
「サミット……ですか」
「サミットってなんかニュースで聞いたことがある単語だな。詳しくは全く知らんが」
「主要国の代表が集まって国際的な問題や世界情勢などについて話し合う場ですね。あくまで僕達の中での認識でいえば、ですけど」
「いや、その認識で間違いはない。さすがはコウヘイといったところか。そのサミットは世界でも五大王国と呼ばれる五つの国の代表が集まる場でな。そこにコウヘイも同行して欲しいと王は考えておられる。ゆえに私がそれをお願いしに来た次第だ」
「僕をですか? どうしてまた……というかセミリアさんの世界は五つの国に別れているんですね」
 地球と比べるととんでもない少数に感じられる。
 もっとも、あの世界が地球ではないどこかであるのかどうかも定かではないのだが……。
「小国を含めれば他にも国はあるが、世界の中心となるのはその五大王国だ。シルクレア王国、サントゥアリオ王国、ユノ王国、フローレシア王国、そして我らがグランフェルト王国の五カ国だな。サントゥアリオ王国は現在共和国と名前を変えているが、数百年の歴史の上ではこの五つの王国によって世界が築かれてきたというのが私達の世界における共通認識とも言える」
「なるほど……」
 行った経験のあるグランフェルト王国も含め、やっぱりどれも聞いたことのない名前だ。
 もっとも、ワープしたり化け物がいたり魔法を使える人間がいたりということが当たり前の様な世界が聞いたことがある場所にあっても困るわけだけど……。
「それで、どうして僕をそのサミットに?」
「話したことがあったかもしれないが、我が国は兵力が乏しい。目立って腕の立つ者も居なければ、国に仕える兵士の量や質もシルクレアやサントゥアリオには遠く及ばない。他国には有名な戦士も多くいて、今回のサミットにも王の護衛として同行してくるだろう。ある種それも駆け引きというか、自国の戦力をアピールする意味合いが強いのだがリュドヴィック王の護衛としてそれらの国に通用するのは精々私やサミュエルぐらいのものだ。実際に戦闘になることはないだろうが、やはり公の場で他国と比べて劣っている様がはっきりしすぎているのは面目も立たないというものだろう。そこで王は魔王討伐の折に私やサミュエルと共に戦った者を呼べないだろうかと私に相談したのだ」
「それで僕を……」
「ああ。異なる世界の住人であることは王にも説明している。だからこそ全員は無理でもせめて一人や二人ぐらいは、ということだった。そして私やノスルクの推薦によりコウヘイに白羽の矢が立ったというわけだ」
「推薦してもらえるのは信頼されているみたいで嬉しいのですが、そのサミットの場に僕なんかが居ても何も出来ないと思うんですけど……知っての通り護衛をしようにも僕は戦ったりは出来ないわけですし」
「先程も言ったが、実際に戦闘になることはないさ。コウヘイに期待しているのは、いわば大臣のような役割だろう。我が国には秀でた大臣も中々いない、ゆえに王も苦労しているようなものでな。言うなれば頭が良く、側近の立ち位置を演じることが出来ればそれでよいということだと思う」
「なるほど……大臣、ですか」
 大臣って具体的に何をする人なんだろう。日本で言う政治家の大臣とは違うよね、きっと。
「事情は分かりましたし、まあ……王様はともかくセミリアさんやノスルクさんにそう言われてしまってはついて行くぐらいのことは吝かではないんですけど、今の話を聞くに兵力的には五カ国中三番手ってことですよね? であればそこまで見栄に拘る必要もないのでは?」
「三番手と言ってよいかどうかは難しいところがあるのだ。残る二つの国だが、ユノ王国はそもそも軍隊を持たない国だしフローレシアに至っては兵士どころか国民が存在するのかどうかすら不明という始末でな」
「国民がいるかどうか分からないって……それで国として成り立つんですか?」
「成り立っているからこそ王国を名乗るのだろうが、あの国は徹底した相互不干渉主義なのだ。他国の者が出入りすることすら不可能で、何一つ情報を明かさない。ゆえに国際社会からも孤立しているし、黒い噂が多いこともあって強く情報の開示を要求されているが聞き入れることもない。少し前にそれが原因でシルクレア王国と小競り合いがあった程だ。しかし、世界一の兵力を持つシルクレア王国の船団を沈めるということは相応の力を持っていることの証明でもあるということだろう」
「なんだか難しい話になってきましたね」
 歴史と時事問題の勉強を同時にしている気分だ。
 というか、魔物との争いが終わったばかりなのに国と国が争ってどうする……というのはこの世界でも何ら変わりないことなので口にしていいものかどうか。
「少し話が反れてしまったな。言ってしまえば兵力云々や国際社会の問題などはコウヘイはおろか私にも関わりがあるものではない。そう難しく考えずともよいさ」
 それで、と。
 セミリアさんは一度ココアに口をつけてから本題に戻した。
「どうだろうか。同行してもらえれば私も嬉しく思うが、無理を強いるつもりはない。あくまでコウヘイの意志や都合を考慮の上で検討してもらえればいい」
 ふむ。
 そう言われては僕としても断りづらいものがある。
 前みたく危ない目に遭うこともなさそうなので嫌がる理由はないが、そう何度も異世界への旅を経験していいものだろうかと思うのも事実。
 何よりも、その大臣の代わりが僕に出来るのかどうかはとても重要な問題な気がする。
 国の代表が集まるような場で粗相があっては国というとんでもない単位のものに迷惑を掛けてしまうのではなかろうかと思えてならないが、しかしまあ、あのノスルクさんが大丈夫だと思ってくれているならそこまで難しい話ではないのかもしれない。とも思う。
 さらに言えば、僕らしくない感情かもしれないけどセミリアさんが頼ってくれるのであれば無碍にしたくはない気持ちも当然あるのだ。
「セミリアさんから見て僕が付いていくことに問題がなさそうであれば僕に断る理由はない、という答えでいいですか?」
「そう言ってくれるか。ありがとうコウヘイ。私はコウヘイを推薦した身だ。何も不安はない」
「では……」
 段取りなどを聞こうとすると、珍しく黙って聞いていた某氏が待ったを掛けた。
「ちょっと待てい!」
「どうしたカンタダ。急に大きな声を出して」
「勇者たん、戦力が必要なら俺様を忘れてもらっちゃ困るぜ」
「忘れているわけではないが、お主も同行してくれるのか?」
「無論よ。勇者一行の切り札、最後の砦とは俺のことだ」
「では是非お願いするとしよう。王は魔王討伐メンバーを可能ならば二人ぐらいはと言っていた。しかし、そう簡単な話でもないことは理解しておられるからこそ少なくともコウヘイだけでも、という結論に至ったのだ」
「ったく、あの王も困ったもんだ。俺を忘れるとは」
「………………」
 大丈夫だろうか。
 この人礼節なんて知ったことじゃないって感じだからまた王様に無礼を働くだけなのでは……不安だ。
「よし、ではコウヘイとカンタダの二人に頼むことにしよう。それで、いつここを出発するのが都合がいいだろうか」
「俺はいつでもいいぜ」
「んー、準備もあるでしょうし出来れば今日の夜がいいんですけど」
「今日のうちでよいのか? 明日でも私は構わないが」
「それが普通なのかもしれませんけど、出来ればみのりには知られたくないんですよね。またついてくるって聞かないでしょうし、極力そうして欲しくないもので」
「ふっ、相変わらず仲良くやっているようだな。二人揃ってお互いの心配ばかりなのもどこか懐かしい。ではコウヘイの希望通りにしよう」
「ありがとうございます。セミリアさんは前の時みたくそれまではうちで過ごしてもらって大丈夫なのでゆっくりしていてください」
 母さんもまた歓迎してくれるだろう。
 みのりへの口止めだけはしっかりしておかねば。
「高瀬さんも、一度帰られますよね?」
「ああ、装備を取ってこないとな」
「では今が五時前なので……二時間後にまた集合ということでいいですか?」
「おけ、二時間後にシャボンディー諸島だな」
「違います。うちの店です」
「では私はコウヘイの世話になるとしよう。母上にも挨拶せねばな」
 そんなわけで話は纏まった。
 母さんに事情を説明して店番を代わってもらわないといけないし、お客さんが居ないうちにセミリアさんにも会ってもらおう。
 そう決めて立ち上がろうとすると、再び待ったが掛かった。
 今度は女性、すなわち夏目さんの声だ。
「ちょ、ちょっと待ってえな」
 僕達の話を自分で言った通りずっと黙って聞いていた夏目さんが両手を広げて立ち上がる僕達を制する。
「どうしたんですか、夏目さん」
「つーかお前まだ居たのか」
「ずっとおったわ。それよりやな、康平君、セミリアはん」
「セ、セミリアはん?」
 恐らく始めて耳にするであろう大阪弁に戸惑うセミリアさんを他所に、夏目さんはなぜか両手を合わせて僕とセミリアさんに向かって頭を下げた。
 〇〇はん、というのが大阪弁なのかどうかはいまいちよく分からないけども……どちらかというと京都のイメージか。
「正直言うてあんたらが話してることがどういう次元の話なんかはよう分からん。でもホンマに他所の世界なり他所の国なりに行こうとしてるんやったらウチも連れて行ってもらえんやろか。この通りや!」
「ちょ、ちょっと夏目さん。どうしたんですか急に、頭を上げてください」
「そうだぞアスカ、どうしたというのだ」
「アンタらのしてたその春休みの話……内容はウチが小説で読んだんとほとんど一緒やった。だからって異世界っちゅうもんがホンマに存在するとは簡単には思われへん。でもこいつはともかく康平君やセミリアはんみたいな人がありもせん世界の話を人前で熱心に演技で語るとも思えへんねん。異世界やなくてもどこかに行って、探検というか冒険じみたことをしようとしてるんやったらウチも一緒に行かせて欲しいんや」
 まるで懇願する様に言って、夏目さんはもう一度頭を下げた。
「却下だ。諦めろ」
「お前には頼んでへんわ。なあ、ええやろ二人とも」
「いやぁ……どう考えてみてもやめておいた方がいいかと」
「うむ、私も同感だな。かつてこの世界で見ず知らずの人間に助けを求め、連れ帰った私が言えることではないかもしれないが、やはり勝手知らざる者には色々と危険が多い」
「危険って、具体的にどういうもんなん? ブロッコリーの化けモンとかでっかいムカデとか?」
「そこまで知ってるんですか……でもまあ間違いではないというか、その辺りは序の口だったというか、僕や高瀬さんも含め皆揃って何度も死にかけましたからね。最終的には大小それぞれとはいえ怪我で済みましたけど」
「コウヘイも最初はそうだったが、この世界の人間は魔物の存在も魔法の存在も知らないものなのだろう。今になって思えば、それゆえに危険度も増していたとも思う。カンタダはそういう物の存在も知っていたようだが、皆に言わせればそれは特殊な部類だと言うし」
「特殊な部類というか……ただのゲームやアニメの知識ですしね」
 それを現実としてあっさりと受け入れた順応性はそのおかげなのかもしれないけど……そう思うとある意味特殊な人間なのか?
「そういうことだ。俺たちゃ命懸けで魔王を倒した勇者と女勇者とその仲間達だ。それを信じもしないお前が今更一緒に行きたいとは虫が良過ぎるんじゃねえのか、ああん?」
「……高瀬さんの立ち位置は勇者なんですね」
 自分が主人公としてあの出来事を小説にするなら、この人はきっとそうするだろう。別にそれは自由だけどさ……。
「それは分かっとる。そやし、今でも異世界ってもんが存在すると完全に理解したわけでもない。やけど、もしホンマやったとしたら、そうやなくても何か特別な事をしようとしてるんやったら……ウチも体験してみたいんや。ある作家先生が言うとった。知らん世界を表現したいと思うなら、いくら資料を買い集めるよりも実際に海外旅行の一つでもした方がよっぽど良いもん描けるって。ウチはまだまだ実力も何も無いけど、色んな体験が生きるんやったらそのチャンスを逃したくない。だから頼むわっ」
 必死の様相にどうしたものかと反応に困る。
 セミリアさんと顔を見合わせてみても、お互いに困ったという表情をすることしか出来なかった。
「中々良いことを言うなその先生は。同じ創作者としてはよく分かるぜ、その言葉」
 そんな中、高瀬さん一人が腕を組み、うんうんと頷いていた。
 よく分かるってあんた引き籠もりって自称してるのに……。
「そやろ? あんたも実際その体験があってあんな面白い小説書いたわけやから、うちの言ってることも分かってくれるやろ」
「まあ、あんな体験は普通できねえだろうしな。俺も運が良かったと思ってるぜ。たまたま二ヶ月振りに家を出たら仲間を募集してる勇者たんの告知を見つけたんだからな」
「あんたにとってそれが運やったら今ここに居合わせたことがうちにとっての運やと思うねん。運も実力の内っていうか、のし上がる人間にはそういうのも絶対必要やと思ってるからこそ、や。もしあの小説がホンマの話なんやったら、他にも色々凄いのんがおるんやろ?」
「す、凄いのん?」
 既に目を輝かせ始めている夏目さんの興奮は収まらず。
 繰り言になるが、その小説を知らない僕にはどこまで事実に則っているのか分からないだけに信じるなら信じるで鵜呑みにするのはどうかと思ったりするわけで、僕の名前が一応変えられているにも関わらずセミリアさんはそのままだというし、高瀬さんのことだから有ること無いこと追加されて自分が格好良く描かれている気がしてならない。
「その小説には紫の肌した魔法使いのじいさんとか出て来たし」
「偽物の王様のことでしたら、まあ確かにいましたけど……虎の人がやっつけたという話でしたっけ」
「虎の人! それって筋肉ムキムキの虎やろ? おったおった」
「虎っていうか虎のマスクをかぶった人間なんですけどね……」
 元気にしてるかなぁ、あの人。
「他にも覚えてるで。喋るネックレスとか」
「ジャッキーな」
「正しくはジャックですけど……そういばセミリアさん、ジャックはどこに?」
 ある禁断の呪術によってネックレスになった元は人間である意志を持ったネックレスのジャック。
 最初は胡散臭い存在でしかなかったけど、結局最後まで僕を助けてくれたっけ。
 あっちの世界から帰る時、僕が持って帰るわけにもいかずセミリアさんに預けたんだけど、セミリアさんの首にはジャックは掛かっていない。
「ジャックならノスルクの家に預けてきた。ジャックもコウヘイに会えるのかと嬉しそうにしていたぞ」
「そうですか。ならまた向こうに行ったら僕の首にぶら下がっていてもらわないといけませんね」
「ああ、そうしてやってくれ。私が持っていると胸当てが固くて居心地が悪いと文句ばかりでな」
「はは、それはジャックも災難だ」
 懐かしい話の数々があの時の記憶を呼び起こしていく。
 こうして再びセミリアさんに会えなければいつかは現実の出来事ではなかったのではないかと記憶も薄れていきそうな経験だっただけに、どこかホッとした。
 様々な出会いと様々な冒険、危険、そして思い出が嘘ではなかったのだと自覚出来るというのは中々に感慨深いものがある。
「んで最後に魔王倒してローラ姫とかいう人と結ばれるってのもホンマなん?」
 そこで不意に不安的中。
 やっぱりそんなことまで書いていたのかこの人は……。
「いや、そこはフィクションですね……そういう名前の人は実在するみたいですけど、僕達がいる間にはお城に居なかったので会ってないですし」
「フィクションじゃねえ、あれは予定だ。王と約束したからな」
「してないでしょ。ローラ姫っていう人の話は確かにしてましたけど、その相手は偽物の王様でしたし」
「だとしてもだ、お姫様ってのは勇者と結ばれるもんだろ?」
「だろ? って言われても定番的なものは僕には分からないですけど……」
 第一あんた勇者じゃないし……。
「何よりも、お城に居ないんじゃ会うことも出来ないのでは?」
 と、僕が言うと。
「いや、姫はすでに城に戻られているぞ? 今回のサミットにも同行することになっているしな」
 セミリアさんが言わなくていい情報を高瀬さんに与えてしまった。それが事実なら向こうに行った時点で分かってしまうんだろうけどさ。
 案の定高瀬さんが興奮し始めてしまったことを踏まえるとここは言わないでおいた方がよかったのは間違いなさそうだ。
「マジで!? やっとローラ姫に会えるのか。つーかローラ姫って美人?」
「ああ、とても高貴で綺麗な方だぞ」
「うっひょー!!! テンション上がってきたぜぇぇ」
 だからといって失礼の無いようにな。
 というセミリアさんの言葉は聞こえていないらしく、高瀬さんは異世界の前に妄想の世界へ先に一人で入ってしまった。
「やっぱその辺は嘘やったんか。まあこいつやしな、姫様と結ばれるとかあり得へんわな。しかし、セミリアはんよ」
「なんだ?」
「その姫様がナンボ綺麗かは知らんけど、あんた鏡見たことあるか?」
「いくら私でも鏡ぐらいは見るが……何か付いているのだろうか?」
 セミリアさんは不思議そうに自分の顔に手のひらで触れた。
 夏目さんはきっとそういう意味で言ったんじゃないだろうし、事実呆れた顔をしている。
「いやいや、そこで天然出されても。自分の方がよっぽど綺麗なんちゃうのって話やんか。正直うちはあんた程綺麗な顔した人間見たことないで? 髪の色もそやし、何よりビジュアル的にテレビや写真で見たのを合わせてもズバ抜けて次元が違うっていうか、もはや女でも目ぇ合ったらちょっと照れてまうレベルや」
 夏目さんはまじまじとセミリアさんの顔を見つめる。
 そして、その大いに気持ちは分かる。僕だって初めて見た時には中々目を合わせられなかったものだ。
 恋愛感情なんて抱いたことがない僕ですら、こんなに綺麗な女性がこの世にいるのかと思ってしまった程にセミリアさんが美人であるという認識は今も変わりないぐらいの外見である。
「それは持ち上げ過ぎだぞアスカ。私は戦うしか脳の無い人間だ、外見など大した意味も持たないさ」
「はぁ~、勿体無いなぁ。まあうちがとやかく言える話でもないけど。それより、そういうわけやからうちも付いていっていいやろ? 一生のお願いや」
「む、そう何度も頭を下げられると私としても心苦しいのだが、どうしたものだろうかコウヘイ」
「お、その口振りやと康平君がええって言ったらオーケーってこと?」
「私は戦闘以外で適切な判断が出来るほど頭が良くないのでな。そういう場合は基本的にノスルクかコウヘイの意見や指示に従うことにしている」
「へぇ~、随分と信頼されてるんやね康平君は。それやったら康平君、頼むっ!」
「困りましたね……」
 化け物退治に行くわけじゃない以上危険度は薄れるのだろうけど、王様に頼まれて行くサミットの場に興味があるからという理由で勝手に連れて行っていいものなのだろうか。
 ということを言ってみると、
「それは一理あるかもしれんな。だがサミットに同行するかどうかは別としても私達の世界に来るだけであれば問題がないようにも思う。無論誰も彼もというわけにはいかないだろうが、お主やカンタダの知人であれば理解してあげたい気持ちもないわけではないし、何より王も恐らく今回の事情からしても反対はするまい」
「なるほど……それは確かにそうかもしれませんね」
「へ? どういうこと? なんで王様は反対せーへんって思うん?」
「要するにですね、僕に大臣? 的なポジションを演じて欲しいと思っていると言っていたように、よその国に魔王を倒した時の勇者の仲間が同行していると思わせることが重要なのであって、事実はあまり関係無いということですよ。僕達は明らかに向こうの世界では目立ってましたし、その僕や高瀬さんと一緒に夏目さんが居れば夏目さんもその内の一人だと思わせることは難しくないでしょうから」
 見た目も格好も浮きまくっていたせいで何度も芸人扱いされたからね。
 数だけ居ればいいなら春乃さんやみのりを呼んでもいいんだろうけど、二人も怖い思いばかりして怪我もしちゃっただけに極力こちらから巻き込みたくはないのが本音だ。
「なーるほど、そういうことか。ていうかよく今のセミリアはんの言葉だけでそこまで理解出来るな康平君」
「コウヘイの頭の良さは私が保証する。例え生命に関わる問題であったとしても私はコウヘイにこの身を委ねることが出来ると断言出来るぞ」
「うわ、格好ええこと言うなぁ。信頼を通り越して二人デキとるんちゃうん?」
「そういうのじゃないですって……それに、それこそ持ち上げ過ぎな気もしますし」
「そう照れなって。そんで、行くにあたってなんか心掛けとかはあるやろか?」
「…………」
 勝手に同行することに決定していた。
 まあ興味本位ってだけじゃなくて自分の夢のためにって真剣に頭を下げているわけだし、断固として反対することもないか。
 彼女の言う通り、これも何かの縁というか、この場に居合わせた事が彼女の運だったのだと理解してあげよう。
 何より、これは例の『はい』を選ぶまで無限ループのパターンっぽいし、僕が折れておくしかない気もする。
「簡単に言うとですね、本当にゲームとか漫画の世界だと思ってください。僕達の常識はほとんど通用しないですけど、いちいち驚いていたら身が持たないのでこれはこういうものなんだと納得することが大事になると僕は思いました」
 これは僕の台詞ではないんだけどね。
 以前の旅で春乃さんがそう言ってくれたことで随分心持ちが楽になった。その時の受け売りだ。
「なるほど、了解や。じゃあうちも準備してから戻ってくるわ。なんか用意しといた方がええもんとかは?」
「女性なら着替えとか衛生用品は持参した方がいいかと。そういうものはほとんど向こうでは手に入らないので」
「なるほどな。まあうちも二、三日はこっちで泊まるつもりで来たからその辺は持って来てるけど、どのみちホテルに取りに帰らなあかんわ。チェックアウトもせなあかんし、一時間もあれば戻ってこれる思うけど」
「あー、それなんですけど、チェックアウトはしない方がいいかもしれないです」
「なんでや? そのサミットとかいうのが二日後ってことは少なくとも帰ってくるのは三日後とかになるんやないの?」
「理屈は説明出来ないですけど、あっちとこっちでは時間軸? みたいなのが違うみたいで、仮に三日間向こうの世界で過ごしても多分こっちに帰ってきた時には日も変わっていないと思います。あと携帯は電源も入らないので」
「なんやのそれ? いや、まあええわ。いちいちツッコんでたらアカンて今言われたとこやしな。けったいなことやけど康平君がそう言うんやったらそういうもんやと思っとくことにする」
「理解が早くて助かります」
 こればかりは僕にも全く説明出来ないことだ。
 以前の時には一週間ほど向こうの世界で過ごした。しかし、帰ってきた時に経過していた時間は数時間だったのだ。
 おかげで僕は怒られずに済んだものの、化け物や魔法の存在よりもよっぽど謎な現象だった。
「ほんなら一旦ホテル戻ってからまた来るわな。二時間後に間に合わんてことはないから」
「ええ、戻るのが早くなるのであればセミリアさんと同じでうちで時間を潰してもらって構いませんし、逆に慌てて戻られなくても大丈夫なので」
「そーか、ありがとうな。じゃあまた後で」
 夏目さんは立ち上がると、僕とセミリアさんに向かって片手を上げ、そのまま店を出て行った。
 あ…………コーヒー代もらうの忘れてた。
「では僕も準備しますかね。セミリアさんもうちへどうぞ」
「ああ、そうさせてもらおう。しかし今回はコウヘイにも準備があるのだな。以前は手ぶらだったろう?」
「ええ、その経験も踏まえていくつか持って行こうと思っている物もあるのでその準備をしようかと。高瀬さんもそろそろ戻って来てください」
 虚ろな目でぶつぶつ言いながら例のお姫様との生活を満喫していた高瀬さんの肩を揺すって現実世界へ呼び戻し、一旦この場は解散するのだった。

         
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