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【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている】

【第十八章】 発見

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 階段を降りた先には、やはりあの場所と同じ空間が広がっていた。
 箱形の広い部屋の四方には壁代わりにずらりと牢が並んでいる。
 ひんやりとした空気、薄暗く薄気味の悪い雰囲気までそっくりだ。
「皆、何があるか分からん。無闇に列から離れないようにしてくれ」
 セミリアさんは近くにある牢でもなければ内部などほとんど視認できない中で、それでも周囲に視線を送りつつ人影を探している。
 他の四人もそれに続くかたちでキョロキョロと視線を彷徨わせるが、さすがに距離がある階段の下から動かないまま何かを見つけるのは困難だと言えた。
 そんな中、僕だけはの人影がないかと目を凝らし聞き耳を立てつつ、
「ジャック……王様や、それ以外の何かの気配とかって分からないかな」
『正直難しいな。妙な魔力がうっすら漂ってやがるせいか、そういうモンが感じにくくなってやがる。やはりこの最下層にゃ外から探らせないための察知避け呪文クーファースが掛かってるらしい』
「察知避け……」
 自分で聞いておいてなんだけど、避けなきゃ察知出来るという前提がそもそも理解不能である。
 しかし敵とやらも対策はしているということらしい。
 そもそも牢の中に捕らえられていたとして、簡単に助け出す事が出来るのだろうか。
「みのり」
「へ? どうしたの康ちゃん。あ、邪魔……かな?」
 不安そうな顔で僕の服の裾を掴んでいたみのりは心配そうに見上げる。
「いや、それはいいんだけど、虎の人を助けた時って鍵はどうやって開けたの?」
「鍵? 普通に開いたよ?」
「開いた? ってことは鍵は掛かってなかったの?」
「ううん、ちゃんと掛かってはいたんだけど手で開けられたんだよ」
「手で開けられた……うーん、よく分からないなそれじゃ」
「魔法が存在すない世界から来たというボーイズラブには分からんだろうトラが、かつて牢に使われていた類の錠というのは魔法効果によって中からは開けられない様になっているが、外からは簡単に開く様になっているトラ」
「外からは簡単に開くって、どうしてそんな物を使うんですか? 魔法で開かない様に出来るのなら外からも開かない様にすればいいじゃないですか」
『相棒よ、開かないようにするってのは単に力尽くでの行為に対してだけじゃねえ。使用者は稀だが解錠呪文ってのも存在するし、中にはそういうアイテムもある。開かない様にしたとして、結局開けるためには何が必要だと思う?』
「何がって……そりゃ、鍵じゃないの?」
『そういうこった。そして、それがそのままお前さんの疑問に対する答えになる』
 開けるために鍵が必要であることが外からは鍵が必要ないようにする理由になる?
 どういうことだ?
『そもそも、だ。牢にブチ込まれるのが常に人間であるとは限らねえんだ。てめえ等が助けようとしている王がそうされたように、人間だって魔物を囚えることが当たり前の様にあった。理由は報復だったり公開処刑だったり、はたまた実験やら研究やらって胸クソ悪いモンばかりだったがな』
「そんなことが……」
 横で僕達のやりとりを聞いていたセミリアさんも表情を歪めている。
 ジャックは古い時代の話だ、と付け加え、
『今は大っぴらにそんなことをする国もほとんどねえだろう。だが、昔は当然の様に行われていた。そりゃ魔族による人間の被害を考えりゃただ退治するだけじゃ気が済まねえってのも当然といえば当然の思考だからな。しかしだ、その裏で鍵を預かる牢番が次々と犠牲になった。こっちの理由も今のおめえ等と同じ、助けに来た魔物にヤられちまったってワケだ。もっとも、その魔物共に仲間意識があった場合なんざごく僅かだったろうぜ。ただ暴れる口実代わりだったんだろう。それでも助けようとすりゃ鍵が必要だ。簡単に捕まるようなレベルの魔物が牢獄ごと打ち破れるワケもねえからな。そうすりゃ牢番は必然その犠牲になる。魔物の群れに襲われて返り討ちに出来るような奴が牢番なんざしちゃいねえし、出来る奴を牢番に配置する愚将がいるはずもねえ。だからこそ牢番を誰もやりたがらなくなった。それが理由だ。元々人間の囚人の脱獄なんざほとんどねえからな』
 なるほど、鍵を持つから犠牲になる。だから鍵そのものが必要ないようにしたのか。
 殺されて奪われるぐらいなら最初から勝手に連れて行ってください、というわけだ。いささか極端すぎる気もするが、合理的と言えば合理的なのか?
 だったら最初から捕まえて来なければ解決なのでは?
 と、思わないでもないのだけど、ほとんど戦争に近いことをやっているのだ。捕虜を欲する概念は否定してどうにかなるものではないのだろう。
 何にせよ、王様がいた場合に鍵がなくても助けることが出来るのなら今の僕達にとっては好都合だ。
 鍵がないから助けられません、では洒落にもなっていない。
 となれば、また二手にでも分かれて端から探していかないといけないということか。
「セミリアさ……」
 まさにそれを提案しようとしたのと同じタイミングだった。
 ガチャガチャと、乱暴な音が広い空間に響き渡る。
 さながら鉄格子に何かをぶつける様な音だ。
「だ、誰かいるのかっ!?」
 咄嗟の事にそれぞれが身構えたりビクついたりしていると、右前方から叫ぶような声が聞こえた。
 緊迫感の溢れた、男性の声だ。
「「誰だっ!」」
 腰に差していた剣を引き抜き戦闘態勢を取るセミリアさんのとその後ろで丁度持っていた懐中電灯を取り出していた高瀬さんが声のした方向へそれを向けながら声を重ねる。
 光が照らした先にいたのは、ここに来る前に僕達が会いに行った見覚えのある人影だった。
「おい……ありゃもしかして王様じゃねえの? マジでいたぞ」
 高瀬さんの顔から真剣みが失われていくのと同時に、セミリアさんは牢の中からこちらに叫んだその人物へ向かって同じく大きな声で呼びかけた。
「リュドヴィック王!」
「ゆ……勇者クルイードか? どうしてここに……」
「貴方を助け出しに来たに決まっているではないですか!」
 言うなり、セミリアさんは駆け出そうとする。
 駄目だ……これは不味い。
『待てクルイード』
 僕が止めるよりも先に、ジャックがその足を止めた。
 セミリアさんは険しい顔で振り返り、僕の胸元を睨み付ける。
「どうしたのだジャック。話なら後にしてくれ!」
『そう先走るな。単独行動を控えろと言ったのはおめえ自身だろう』
「それはそうだが、今は何をすべきか分からんわけではないだろう! 目の前に王がいるのだぞ」
『だからこそ、冷静になりやがれと言ってんだ』
「……どういうことだ、コウヘイ」
 埒が明かない。
 そう言っているも同じにセミリアさんは敢えて僕に説明を求める。足を止めたままの、自分の衝動を必死に抑えながら。
「前例に学ぶべき点は何か、ということです。牢に捕らえられているからといって本物であると決め付けるのは早計だ」
「馬鹿な……いや、だが城でも私はそう言ってあのざまだった。コウヘイに従おう」
 セミリアさんは悔しそうに、それでいて無理矢理感情を抑え込む様に視線を落とした。
 一刻も早く王を助け出したいという思いは百も承知。しかし、真贋の区別が付かない僕にも働く感性はある。

 あまりにも

 楽な道中だったとは思っていない。
 だけど、それを乗り越え目的地に辿り着いたからといってそれで終わりということがあるだろうか?
 僕達素人にすらどうにか出来る程度の場所に誘い出すために情報を与えたりするものだろうか?
 さっきのボタンの時みたく杞憂に終わればそれが一番いい。そこまでヌルい相手なら楽なんだろうけど。
 と、そこで。
 そんな話になると無駄にテンションが上がる問題児が二人ほど。
「要はあの王様も偽物かもしれないってことでしょ?」
「マジでか。だったらまた俺とゴスロリでブッ放すか?」
「いや、それはちょっと……」
 あれは偽物だったから良かったものの、本物の王様相手だったら今頃は逆に僕達が牢の中で過ごす羽目になっていたところだ。
「ガイコツ、あんたなら分かるんじゃないの? お城でも偽物って感づいてたんじゃなかったっけ?」
 正しくは王様ではなく兵士が人間ではないと教えてくれたのがジャックだった。
『いや……魔族の類とも思えねえが』
「ならば!」
『落ち着けクルイード。偽物だと思える要素が見当たらねえってだけだ。イコール本物であるという意味じゃねえ。ぶっちゃければ、どちらと断言する要素はねえってのが俺の見解だ』
「何それ、役に立たないわねアンタ」
 春乃さんはセミリアさんとは対照的に普通に冷めた目を向けている。
 彼女にとって大事なのはセミリアさんの目的を達成することであって、王様がどうとかは大した問題ではないらしい。
「虎の人はどうですか?」
 ムカデの時も化け物の気配を察知していたことを思い出す。
 しかし虎の人は黙って首を振るだけだった。
『俺とて城に居た野郎がただ人に化けているだけであるなら違和感ぐらいは感じるだろうさ。だがそうじゃねえってことはだ、本物かもしれねえし、ただ姿を変えただけじゃねえ偽物かもしれねえ。先の城に居た偽物同様、気配や匂いじゃ分からないレベルの変態ってのは本来存在するべき魔法じゃねえ。本物ならそれでいいが、そうじゃなかった場合に今偽物だと判断出来るよりも厄介なことになるってことだ』
 ジャックがそこまで言ったところで、再び鉄格子を揺する音が響いた。
 閉じ込められている側にしてみれば助けを求めている状況で何を言い合っているのかという話だ、無理もない。
「何をしておるのだ、早く……早くここから出してくれ」
 王という立場に相応しくない、まさしく悲愴感溢れる訴えだった。
 釣られる様にセミリアさんの顔も傷心によって余裕を失っていく。
「リュドヴィック王! すぐに助け出しまする! ほんの少しだけ時間をいただきたい!」
 牢の向こうにいる王様に叫ぶなりセミリアさんは両手で僕の肩を掴んだ。
 力強く、懇願する様に。
「コウヘイ……頼む、今すぐに行動する許可をくれ。私は……これ以上この状況で冷静にはいられない」
「セミリアさん、一つ質問をさせてください。あそこにいる人が本物の王様であれば助け出すのは当然です。ですがもし、また偽物だった場合は……どうするべきだと考えますか?」
「そ、そんなものは決まっている。この場で成敗せねばならん。奴等の手でどれだけの犠牲が出ていると思っているのだ。そんな真似を繰り返させないためにも私は勇者として剣を振るい魔を討つ」
「分かりました。ではお城の時と同じように、一つあの王様に質問をしましょう。僕がした質問と同じものでいいので」
「城でした質問というと……民がどうとかと言っていた」
「ええ、質問する役はセミリアさんにお任せします。それから春乃さんと高瀬さん」
「へ? あたし?」
「おう?」
「お二人も城の時と同様に武器を構えていつでも攻撃出来る様に準備をしていてください。偽物だと分かったら即攻撃の方向で」
 こればかりは今でも気が進まないが、躊躇っていては城での時と同じでこちらの命が危ない。
 向こうが僕達を殺してもいいと思っている以上、割り切らないといけない部分だ。
「ただし、前みたく勝手に攻撃してしまわないようにお願いします。逆に僕が偽物だと思ったら攻撃の指示を出しますので、その時は躊躇わずにやっちゃってください」
「よしきた! あたしのギターが火を吹く時が来たってわけね」
「ちげーよ馬鹿。あん時は俺の銃の方がぜってー役に立ってたって」
「あんたぬわってただけじゃなかったっけ?」
「ぬわってたとか言うんじゃねえよ!」
 こんな時にまで分かってくれているのかいないのか不安な二人だが、相手が人であれ攻撃するのに遠慮の無い二人なので万が一の時には頼りになる。
 となると重要なのはこっちの方か。
「虎の人には攻撃役の二人が反撃された時の対処をお願いしたいのですが」
 離れた位置からの攻撃とはいえやはり思い出されるのは城でのこと。
 あの時と同じ様に光り輝く魔法の砲弾を放たれた場合に二人には防ぐ術はない。
 虎の人がそういう物に対処出来るのかどうかは不明ではあったが、本人は変わらぬ頼もしさで即答だった。
「任されたトラ」
「助かります。守る、でも回避する手助けでも構いませんいので二人をお願いします。みのりは危ないから僕の横にいて」
「う、うん。でも……わたしだけ何もしなくてもいいの?」
「近付かないで済む分だけ遠距離から攻撃出来る春乃さんや高瀬さんの方が都合がいいし、近距離になったとしても虎の人やセミリアさんがいるからね。僕達はあまり役に立たないっぽいから邪魔はしないようにしないと」
「それは……そうだけど」
 自分だけが蚊帳の外だと感じたのか、みのりは納得がいかなそうに言葉を詰まらせた。
 だがそんなみのりの感情も、それを忖度する余裕の無いセミリアさんの声が抗議の余地を無くさせる。
「コウヘイ、取るべき行動は理解した。すぐに実行に移すぞ」
「まあ、止める理由はないですけど」
 やっぱり随分と焦っているなぁ。
 今すぐ解放しないとどうにかなってしまうって状況でもなさそうだし、僕としては見知らぬ中年を慌てて牢から出すよりも自分達が万全を期す方が大事だと思うんだけど、セミリアさんはそういうわけにもいかないか。
 いつだったか、勇者にとって自国の王というのはほとんど仕えている相手みたいなものなのだと高瀬さんが言っていた。
 ソースが若干信憑性に欠けるが、そんな相手を鉄檻に放置したままその眼前であーだこーだと討論するような不義理な行動は耐え難いものがあるのだろう。
「ハルノ、カンダタ、武器を構えて後に続いてくれ。くれぐれもコウヘイの指示無しに攻撃などしないようにな。虎殿もコウヘイの指示通りに頼む」
「オッケイ♪」「任せろぜ!」
 もはや不安要素の象徴のような二人の素直な返事を受けて、セミリアさんは王様のいる牢の方へと少し近付いた。
 すぐ後ろにギターと銃をそれぞれ取り出した春乃さんと高瀬さんに虎の人を加えた三人が後ろに付く。
 さらにその後ろに僕とみのり立った。
『相棒、お前さんはだと踏んでるんだい?』
「杞憂に終わればいいんだろうけどね、僕はクロだと思うよ」
『はっ、気が合うねえ』
 ジャックが小声で言ってる間に僕達は王の前まで辿り着く。
 距離にして四、五メートルといったところか。すぐに前置きも説明も無くセミリアさんが切り出した。
「リュドヴィック王、私達は貴方様を助けに来ました。すぐにでも助け出したいと思う気持ちには一片の偽りもありません。しかし……その前に一つ聞いておかねばならないことがあります。その答え如何では私達はあなたを攻撃しなければならない……これも事情あってのこと、どうかご容赦願いたい」
 鉄格子を挟んではいるが、セミリアさんは今にも鍵の部分に手を伸ばしそうな雰囲気だ。
 王様は言葉の意味を理解出来ていないらしく、一瞬絶句し僕達の顔を見渡した。
「な、何を言っておるのだ、勇者よ。それに、その者達は一体……」
「リュドヴィック王……あなたが王として、一番大切だと思う物はなんでしょうか」
「何故今ここでそのようなことを問うというのだ……」
「どうか、お答え下さい」
「……どうしても聞かねばならないことだと言うのならば答えよう。だがそんなものは問うまでもない。ページアだ。わしにとってのそれは国そのものであり命そのものだ」
「…………」
 セミリアさんの肩の強張りが解けたのが分かった。
 同時に虎の人を除く他の三人もホッとしたような表情を見せる。
「春乃さん、高瀬さん」
「みなまで言わなくても分かってるわよ、もう大丈夫ってことでしょ?」
 一度肩を竦めて見せて、王様に向けて構えていた武器を下ろそうとする春乃さんへと僕は言った。
「いえ、
「え?」
「は?」
「何だと!?」
 状況が把握出来ていない春乃さんと高瀬さんはポカンとしたまま一瞬顔を見合わせるが、それでも一応は揃って武器を向けた。
「まあ……康平たんがやれってんなら文句はねえが」
「よくわかんないけど……打てってことよね?」
「ま、待て二人とも! コウヘイ! これでは話がちが……」
「急いで!」
 敢えてセミリアさんの言葉を無視し、二人にもう一度告げる。
 もはや、議論の余地はない。
「お、おう」
「そこまで言うんならどうなっても知らないわよ!」
 二人は戸惑ってはいても、やはり躊躇うことはなく、

「「死ねえぇぇぇぇ!」」

 物騒な掛け声を合図に二人の武器が迷い無くその機能を発揮した。
 高瀬さんの銃、春乃さんのギターからは小さな光の砲弾が次々と牢の中にいる王へと向かって発射されていく。
 着弾のたび、小さな爆発音や破壊音の様な騒音、轟音が響き辺りに火薬に似た匂いの煙が充満していった。
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