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【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている】

【第十二章】 ニセモノの正体見たり紫色

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 それからしばらく客室で過ごしたのち、侍女さん達が迎えに来たところで場所を移すこととなった。
 玉座の間よりも少し小さな、それでいて十分な広さと華々しさを備えた晩餐室へ案内された僕達は再び王様の前に横一列に並び宴の開始を告げる言葉を待つ。
 左右に広がるテーブルにはたくさんの料理が並んでいて、イメージで言えば立食パーティーの様な感じだろうか。
「勇者とその仲間達よ、少々時間が掛かってしまったが料理も酒も十分に用意させた。決戦に備えて存分に楽しんでくれたまえ」
 音頭を取った王様はどこか満足げに顎髭を軽く指でなぞった。
 しかし、まさに至高のもてなしとも言えるこの空間にある笑顔はその一つだけだ。
 料理の並ぶテーブルの向こうには壁に沿う様に十数名の兵士が立っており、料理を運んだり給仕をするための侍女などの姿は一人もない。
 兵士達は兜を深くかぶり表情もほとんど見えないような状態で、それが一層不穏さを増長させていた。
 宴の席に似つかわしくない嫌な雰囲気も原因の一つなのだろうが、一人笑顔を浮かべる国王を異質な存在に感じてしまうのは先の話による先入観のせいだけではないだろう。
 そして異質さで言えば僕達の側も同じだ。
 料理に気を取られ目を輝かせているみのりはさておいて、セミリアさんは複雑な心境がはっきりと分かる表情で王様の顔色を伺っているし、春乃さんはあからさまに白けた……というか白い目を向けている。高瀬さんに至っては完全に敵意剥き出しで睨みを効かせている始末だ。
 あれだけこちらの意図を悟られないようにと言っていたのにも関わらずこの体たらくなのだから例の役割を担うのが僕じゃなければどうなっていたことか。
 やはりこの人達に感情を抑えろというのは土台無理な話だったらしい。
 僕に一任するから口を挟まないでくれ。というせめてもの願いだけは届いていているのか今はまだ二人とも黙っているがそれもいつまで持続することやら。
 そうなる前に僕が切り出すべきだろうかと第一声を思案していると、その横で意を決した様にセミリアさんが一歩前へと足を進めた。
 こちらの面々がそんな状態であるにも関わらず、それを気に止める様子もなく笑顔を崩さない王様の前に。
「リュドヴィック王、その前に少しよろしいでしょうか」
「何か急ぎの用かな? そうでなければ先に食事を済ませた方が利口だと思うのだがね。せっかく君達の為に用意させた料理が冷めてしまっては勿体ない」
 国王はそう表情を変えずに、諭す様な口調を並べる。
 それでもセミリアさんは事前に決めた通り、引き下がることなく探りを入れるためのシチュエーションを作るべく同意や了承ではない言葉を返した。
「いくつか聞きたいことがあるのです」
「ふむ……では聞こう。聞きたいこととは?」
「それはこのコウヘイから」
 アイコンタクトを受け取り、僕は視線が集まるのを感じながらもセミリアさんと同じく一歩前に出た。
 この異様な空気の中、一人で発言をするというのは中々緊張するものだ。
 唯一の救いはもう目の前で僕を見下ろしている王様相手に気を遣う必要が無くなったことだろうか。
 ちなみに僕が用意した探りの為の質問の内容は誰にも話していない。
 ジャックが言った通り、こちらがどれだけ正論を並び立てようとも一国の王を上回る発言力などありはしないのだ。
 ならば王様が何かを企んでいるとか、偽物だとかという確証を得てそれを突き付けるよりも看破した上で僕達が危機を回避することが優先される。
 とはいえ、そんな方法はどうやっても思い付かなかったのでとりあえずこちらが行動に出れるだけの材料を出来る限り集めることにした。
 それを事前に知らせてしまおうものなら先走って暴走するであろう二人がいる以上それは愚策だろうという判断の下で黙っていたというわけだ。
 まあそんな保険も今や大した意味を持たなさそうなのだけど。
「君がコウヘイかね?」
「はい、樋口康平といいます」
「珍しい名をしているね」
「この国ではないところから来たもので」
「ほう、そうであったか。して、聞きたいことというのは?」
「あなたは……王として、国民のことを思っていますか?」
「おかしなことを言うものだ。民を第一に考えぬ王など居はしない、わしも含めてな」
「では……あなたの守るべきものはなんですか?」
「どういう意図があってそんな質問をするのかは存ぜぬが、答えは同じくこの国に生きる民だ。どれだけ立派な装いをしていようとも、どれだけ立派な城を建てようとも人がそれを見上げなければ王にはなり得ぬ。民がいてこその国、民がいてこその王なのだ」
「そうですか。では、最後に一つだけ」
「申すがよい」
「あなたは……誰ですか?」
 その言葉を合図に、明らかに王の雰囲気が変わる。
 表面的とはいえ穏やかな笑みは消え、威圧的な眼光で僕を見たまま少し間を空けて答えた誰かの声は打って変わって低いものだった。
「それは……どういう意味かな?」
「あなたは……」
「もういい康平たん」
 怯むものかと自分に言い聞かせ最後の一手を放とうとした刹那、背後から僕の肩に手を置き出掛けた言葉を止めたのは高瀬さんだった。
 ほぼ間違いなく僕の人生で一番と言ってもいいぐらいに大事な場面なのに、どうして空気を読んでくれないのか。
「あの、高瀬さん?」
「やっぱり回りくどいやり方は柄じゃないわね」
 声のした方に顔を向けるなりもう一方の肩にも手が添えられた。
 反射的に百八十度顔の向きを変えてみると、予想通りそこに居たのは春乃さんだ。
「何やってんだ小娘。今から俺が格好付けるところだったんだぞ」
「まーまーいいじゃん。今さら格好なんか付けなくたって十分憑いてるって」
「……字が違くね?」
「気にしたら負けよ。それに今回ばっかりは珍しく意見が同じみたいだしちっちゃいことは後回し後回し」
「ふん、仕方なくそういうことにしておいてやろう」
「それに、あたしの勘が告げるところによるとやっぱこのおっさんは信用出来ないわ」
「奇遇だな、俺の野生の勘もガンガン警鐘を鳴らしてやがるぜ。だが悲しきかな俺とお前の勘はこっちに来てからというもの外れっぱなしだぞ?」
「そんな二人が同じ方向差してんだから一周回って当たってんじゃないの?」
「それもそうか」
 そこで二人は僕の肩から手を離し、すたすたと僕の前に並んだ。
 前にもこうして二人が僕を挟んで言い合いをしたことがあった気がする……というか何をやっているんだ二人とも。
「春乃さん、高瀬さん……一体何を?」
「あたしさあ、あんまり好きじゃないのよね。本心隠して腹の探り合いみたいなことって。人間真っ直ぐに生きなきゃ」
「性格が歪んでいるお前に言われる筋合いがないことこの上ないだろうがな」
「それもそうね。時空の歪みから誤って発生したような生物であるあんたに言われる筋合いもないんだけど」
「どういう意味だそれ」
「そういう意味よ」
 二人は目を合わせることなく揃って腕を組み、王様を見たまま繰り広げられる緊張感の欠片もない罵り合いであったが、王様は特にリアクションを取ることもなくただじっと二人を見つめている。
 変わりにというわけではないだろうが、横からセミリアさんの焦った声が割って入った。
「おいハルノ、カンタダ、一体何をしているのだ」
「「簡単な話だ(よ)」」
「お、おい……」
「「やっぱり一回ぶっ飛ばした方が早い!!」」
 二人は大きな声を揃えると、それぞれノスルクさんから受け取った武器を王へと向けた。
 こうも予定を狂わされると僕とて咄嗟に最善の選択をするのは難しいものがある。
「何をしている! 武器を収めぬか、話が違うだろう! 手荒な真似はせぬと約束したではないか」
 当然ながらセミリアさんは気が気ではない。
 だが二人は特に悪びれる様子もなく、むしろ半分開き直って悪ノリを続ける始末である。
「そんな約束したっけ? 忘れちゃったわ、アホだから。あんた覚えてる?」
「したような気もするが都合良くど忘れしたことにしとくぜ、オタクだから」
「ふざけている場合ではないぞっ!」
 それがとうとうセミリアさんの逆鱗に触れたらしく、セミリアさんは二人を止めるべく前に出ようとする。
 が、すかさず僕がそれを手で制した。
「コウヘイ!?」
「落ち着いて下さいセミリアさん。段取りは全然違いますけど、結果的には多分同じことなので」
 まあどう考えてもこの二人が黙っていることはなさそうだったしね。
 よく考えてみると僕が確たる証拠を突き付ける前か後かの違いでしかない。
「みのりも、色んな事に備えておいて。危ないと思ったらすぐに逃げるように」
「わ、分かった。何だかよく分からないですけど、康ちゃんが大丈夫って言うならきっと大丈夫ですよセミリアさん」
「し、しかしだな……」
 いまだ戸惑い止まぬセミリアさんは僕とみのりを交互に見ている。
 ごめんよみのり……こうなった場合の先のことは全然考えてなかったよ。
 なんて僕の心の懺悔も何処吹く風。
 春乃さんと高瀬さんは僕達のやりとりを横目で見て、再び銃とギターの先端を向けたまま国王へと再び視線を戻すした。
「おいゴス」
「……何よゴスって。ゴスロリの略?」
「違う。ゴスロリ衣装の生意気な小娘の略だ」
「馬鹿にしてるわけ?」
「仮にも一国の王に手を出したら死刑になると思うか?」
「そりゃなるんじゃないの。日本でやったって捕まるでしょ普通に」
「そうか、そりゃ困ったな」
「ねえボス」
「何だよボスって。ようやく俺の家来である自覚が芽生えたのか?」
「全然違うわ。ボストロールみたいな顔したおっさんの略よ」
「……喧嘩売ってんのか?」
「あたし良いこと思い付いたわ」
「仕方なく聞いてやろう」
「もしこのおっさんが本物だったら魔王を倒してその功績でチャラにしてもらえばいいのよ」
「そりゃ名案だ」
 二人はすごく悪い顔でニヤリと笑う。
 何故こうも悪巧みをするときばかり気が合うのだろうか、なんて変に冷静な心持ちで考えている僕も大概か。といっても僕の場合はただの開き直りだけど。
 ともあれこれ以上暴走されてはさすがにただの暴動になってしまうので話の続きをしなければならない。
「春乃さん、高瀬さん少しだけ待って下さい。王様」
「…………」
 二人の後ろから声を掛けるも王様からの返事はない。
 憤慨するでもなく周囲の兵士に何かを命じるでもなくただ冷たい目でジーッとこちらを見ているだけだ。
「これは偶然耳にしたものなんですが、この町は今日々の食事にも不安を抱えるほど深刻な食糧難だそうですね。そんな状態で、国民を第一に思う国王がこの様な宴を開くとお思いですか?」
「…………」
「これは意図して耳にしたものですが、この国の王家の人間は伝統的に国民のことを『ページア』と呼ぶ決まりがあるらしいですよ。古い言葉で『血を分けた家族』という意味だそうです。あなたはずっと『民』と言い続けていましたけどね」
「…………」
「それから最後に、これは教えてもらったことなんですけど、あなたが配置しているこの兵士達……人じゃないとのことなんですけどどう思われますか?」
「…………」
 やはり王からの返事はない。
 もはや疑い様もない明確な状況の中、僕は改めてジャックに確認する。
「そうなんだよね、ジャック」
『ああ、こいつ等からは人の気配どころか魂すら感じられねえ。恐らくは魔力によって作り出された傀儡だろう。この国の王に、いや人間にそんな魔術は使えねえ。こんな真似が出来んのは魔族の術師ぐらいだろうぜ。おい金色』
「は? あたし? 何よガイコツ」
『ためしに一発どいつかにカマしてみろ』
「偉そうに命令しないでよね。ま、今さら躊躇もなにもないしカマすのはいいけどさ」
 そう言って春乃さんはギターを兵士の一人に向けると『とりゃああ!』などと叫びながら右手でギターの下部に付いた魔法弾の発射用レバーを引き、大きな音とともにその先端から光る弾丸を発射した。
 ゴルフボールぐらいの球体が動く様子もない一人の兵士の腹部へとめり込み、その体は吹き飛ばされる。
「うわあ……痛そー」
 打った本人である春乃さんも口元を手で押さえて『やっちゃった~』みたいな顔を向けている。
 残る僕達もその威力とその光景に息を飲むしかない感じだ。
 ジャックの見立てが事実であると証明されていることに最初に気付いたのは高瀬さんだった。
「おいっ、どうなってんだあれ!」
「な、何だあれは……一体どうなっている」
「え……何あれ?」
「あ、慌てて服を脱いで逃げちゃったんですかね?」
「……そんなわけないでしょ」
 目を疑うセミリアさん、春乃さんに次いで混乱のあまり謎の見解を述べるみのりにとりあえずツッコんでおく。
 とはいえそう思ってしまうのも無理は無い。
 吹き飛んだはずの兵士が倒れていた場所に人影は無く、身に付けていた服や兜、鎧に持っていた槍がただ無作為に地面に転がっていたのだ。
 本当に中身だけが消えて無くなった、そんな感じだった。
『こういうこった。実態の無え見せ掛けだけの虚像、黒魔術に間違いない』
 ジャックの色々と手遅れな解説を受け、皆が揃って王様へと視線を戻す。
 あんな物をノリで一国の王に食らわそうとしていたのかと思うと、真偽は無関係に末恐ろしいにも程がある。 
「と、いうことらしいがどうすんだ偽物さんよぉ」
「ま、これで気兼ねなくぶっ飛ばせるってもんじゃない?」
「……気兼ねなんかしてましたっけ?」
「いーのよ、細かいことは。ぶっ飛ばしてから考えるよりは前進でしょ? てわけで……」

「「ぶっ飛ばされろぉぉ!」」

 僕のご指摘など気にするわけもなく、二人は改めて武器を王様に向けると声を揃えて発射した。
 春乃さんは先ほどと同じ攻撃を五、六発連射し、高瀬さんの銃からは春乃さんの閃光弾よりも大きな玉が一発、それぞれ王様に向かって飛んでいく。
 対する王様は逃げたり避けたりという素振りは見せず、無数の弾丸はそのまま胴や肩口に命中し大きな音を響かせると共に辺りを爆炎が包んだ。
「……うわぁ」
 いくら偽物だとはいえ少々やり過ぎではなかろうか……というか死んじゃったらどうするんだろう。
 道徳観や倫理観もそうだけど、何より偽物なのだとしたら誰がどういう目的で成り代わっているのかを問い質さねばそもそも問題の解決になっていない。
 この中では唯一の常識人であると自負していることに加え、あんな風に誰かを攻撃する手段を持っていないとあって僕の頭にはそんな心配ばかりが浮かんでくるが、二人は達成感に溢れる表情で西部劇のガンマンよろしく武器の先端から出ている煙に息を吹きかけていた。
「うわあ……」
「やったのか?」
 みのりとセミリアさんも煙の舞う方を見つめている。
 徐々にその煙が薄れ始めるまさにその時。
『不味いぞ! 避けろ!!』
 不意にジャックが叫んだかと思うと、何事かと思う暇もなく煙の奥から青白い光が漏れた。
 前にいる二人も同じ様で間の抜けた声を漏らすだけだ。
「え?」
「へ?」
 視覚を通じてその何かに気付いたものの、それが何を意味するのかを理解する間もなく眩い光の塊は勢いよくこちらに向かってきている。
 それが高瀬さんや春乃さんが放った攻撃と同じ類のものだと気付いた時には既に手遅れで、二人の弾丸よりも数倍大きな光の玉が一番前に居た高瀬さんの前に迫っていた。
 やばい……そう思ってもどうすることも出来ず、逃げようと体を動かすことも出来ずに反射的に目を閉じ顔を反らした。
「ぬわーーーーっっ!!」
 暗い視界の隅から聞こえてくるのは高瀬さんのそんな声。
 こんな時にまで何をふざけているんだあの人は。高瀬さんに何かあったらどうしよう。僕の所為だ。僕が考え無しにあんなことを仕掛けるから。
 脳裏に一瞬にして様々な考えと後悔が駆け巡る。その最中、

 キィィン!

 という甲高い金属音が辺りに響いた。
 何の音だ? どうして金属音がする?
 思ってはいても恐怖感が拭えず目を開くのも憚られる中、それでも恐る恐るながら瞼を開くとそこには予想し得る最悪の光景は無く、あったのは五体満足で身をよじりながら立っている高瀬さんの姿だった。
 それだけではなくその前には剣を抜いたセミリアさんが居る。
「「「セミリア(さん)!!」」」
 すぐに皆が状況を理解し、二人に駆け寄った。
 つまりはセミリアさんが瞬時に回り込み、あの攻撃を剣で防いたということらしい。
 遅れて理解した高瀬さんは感動と自分が無事である事実に涙すら流している。
「勇者たんんん!」
 自分が無事だったことに対してか、助けてくれたセミリアさんに対してか、またその両方か。
 高瀬さんも自身の体を数度見回してから目の前に立つセミリアさんの存在によって事の次第を理解し感動している。
「まったく、だからあれほど向こう見ずの行動は慎めと言っただろう」
 こちらを振り返るセミリアさんは口調こそ呆れた様なものだったが、その表情はまるで手の掛かる子供を見守るような優しさが感じられた。
 驚きと安堵とが入り混じってもう何だか感情がごちゃごちゃになってきちゃうよ……本当に無事で良かった。
「いや~、マジでびびったわ~。一瞬『あ、死んだ』って思ったもん」
「俺も思わず死に際に言ってみたい台詞ベスト4を叫んでたぜ……」
『ったく、てめえら油断しすぎだっての』
「だってやり返してくるとは思わないじゃん、普通」
「というか……やり返してくるってことは偽物の王様は無事ってことですよね」
「「「はっ!?」」」
 ようやく頭も落ち着いて来た僕が最初に思い至った結論に、みのり以外の全員が一斉にその出所へ目を向け身構えた。
 偽王様に逃げる様子は無かった。
 あんなのを食らって無事だなんてどう考えてもおかしいし、それは僕達にとってとても不味いことの様な気がしてならない。
 僕達がそのまま煙の舞う方向を見たまま固まっていると、徐々にその濃度が薄れていく。
 少しずつ露わになっていく人影がはっきりとその姿を現した時、そこに立っていたのは王様の姿をした誰かでは無かった。
 あれは誰? ではなく、あれは何? と言いたくなる、風貌の薄い紫色の肌を持つ背の低い老人だ。
 深緑色のローブを身に纏っている男は異様に尖った爪がやけに目立つ薄気味悪い手で長い髪を払い、見ているだけで鳥肌が立ちそうな嫌な笑みでこちらを見ている。
「何じゃありゃ……界王神様みたいになってるぞ」
「誰あれ? 何人よあれ? っていうか何人よあれ?」
「あの人もの凄く顔色が悪いですよっ!? さっきの爆発でああなっちゃったんですか?」
 僕のすぐ前で剣を握る手に力を入れるセミリアさんとは対照的になんとも率直な感想を漏らす三人。
 正直今ばかりはそんなお気楽な三人が羨ましい。
 僕はもう目の前のあれが確実にブロッコリー星人や巨大コウモリよりも危険な気しかしないし、そもそも偽物ってそういう意味の偽物だったのかという想定外過ぎる事態の連続に感想を漏らす余裕すらないというのに。
『あいつはちょいとヤベえぞ。魔族の中でも上位階級とみていい』
 誰もが戸惑う中、ジャックが警告を発するとセミリアさんの後ろで高瀬さんと春乃さんももう一度武器を構えた。
 今ばかりはその行動が正しいのだろう。相手も攻撃してきた以上は話し合いでどうにかなる問題ではなくなっているのだ。
 であればまずは自分達の無事や安全を求めなければならない。
 遅れてそう結論付け、武器を持っていない僕は急ぎみのりの前に移動する。
「おい紫野郎! 誰だお前は」
「っていうか何してくれんのよ! びっくりすんじゃないチビ紫!」
 何を思ったのか、武器を構えた二人が挑発を始める。
 ああ……もうほんとにやめてくれ。
 そんな人知れない絶望の中、聞き覚えの無い声がその場を包んだ。
 出所は当然目の前の紫の肌の人だ。
「クックック、猪突猛進な小娘と聞いていたがなかなかどうしてやるじゃあないか。簡単に捕らえられると思っていたが、な」
 その風体と同様に低く不気味な声で謎の老人はもう一度髪を払った。
 総合的に不気味過ぎることもあって後ろにいるみのりは別の意味で怯えきっている。
 が、セミリアさんを含んだ前に立つ三人は怯むどころか敵意全開で食い掛かるのだからある意味尊敬すらしてしまいそうだ。
 そんな態度が頼もしいやら恐ろしいやらな僕はもうどうしていいのやら全くわからないでいるのだから。
「誰だ貴様は! リュドヴィック王はどうした!」
 先頭にいるセミリアさんがすぐさま大ぶりの剣を男に向ける。
 だが、やはり紫の男に慌てる様子はない。
「そう興奮するな勇者よ。ものには順序というものがある、そうだろう? まずは自己紹介だ。我は魔道士ギアン、わけあって少し前からこの国の王の姿を借りていた」
「わけだと!?」
「なあに、そう難しい話ではないさ。これがもっとも簡単に集められる方法だったのでな、人間……いや、死ねば使い捨てればいいだけの便利な労働力と我らが野望のための生け贄をな」
「……貴様」
 セミリアさんの四肢が怒りで震え始める。
 それでも男は嫌らしい笑みを崩すことなくベラベラと挑発的な口調を続けた。
「この町にのみ平穏などという風評を匂わせたのもそのためよ。弱き者共には格好の餌よの、おかげで教団も大盛況だ」
「あれも貴様らの謀だったのか……魔王の差し金だったと」
「シェルム様が? いやいや、あのお方はそんな難しいことは考えてはおられるまい」
「魔王でなければ誰がそんなことをするというのだ!」
「貴様が知る必要のないことだ」
「……リュドヴィック王をどこにやった。返答次第ではただではおかんぞ」
「なあに死んじゃいないさ、ルブフラックに捕らえている。もっとも、あの状態でいつまで生きているかは定かではないがね」
「なんだとっ!」
「国と王を救いたければ助けに行ってみるか? それはそれで面白い。この国という玩具をの代わりに我を楽しませてくれることを期待しているとしよう、クックック」
 怒りに震えるセミリアさんを小馬鹿にする様に笑うと、男はこちらの反応を待たずしてボンッという音を残して姿を消してしまった。
 同時に大勢いた人に非ざる兵士達も姿を消し、晩餐室にいるのは僕達だけとなる。
 悔しげに表情を歪めたまま舌打ちし、武器を下ろしたセミリアさんに続いて高瀬さんと春乃さんも大きく息を吐き構えていた武器を収めていく。
 何が起きているのか、何が起ころうとしているのか。
 この先も考えなければいけないことだらけになりそうだけど、それでも今この場を皆が無事で乗り切ったことに僕は人知れず安堵するのだった。
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