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【第五十一話】 腹ぺこマリアの災難?

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「マリアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!! どうしたああああああああああああああああああああ!!」

 ちょいと出稼ぎに出掛けてから丸一日半。
 すっかり日も暮れた頃に相変わらず薄暗い森の中を歩かないと帰宅も出来ないことにびびりながら風蓮荘に戻ると、玄関を開くなり絶叫の声が響き渡った。
 発生源は言うまでもなく俺である。
 ついぞ三十分程前に王都へと帰り着いた俺はフィーナさんやバンダーと別れ、帰ってから出掛けるのが面倒なのでそのまま買い物を済ませて徒歩で帰ってきた。
 体力的にも、緊張感からくるメンタルな消耗も相俟ってヘトヘトだったのでゆっくり風呂に浸かって早くベッドで横になりてえとか思いながらようやく帰宅を済ませたはずが、なぜ開口一番荷物をほっぽり出して叫ばなければならないのか。
 その原因は至極単純。
 玄関を開けるなり目に飛び込んできた、膝を抱えたまま横たわるマリアの姿だった。
 あまりにびっくりして疲れは一瞬で吹っ飛ぶ。
「おいマリアっ、どうした!? 何があった!?」
 何が何やらサッパリ分からないままだが、兎にも角にも慌てて駆け寄り肩を揺する。
 二度三度と名前を呼ぶと、そこでようやく生気の無い目が俺を捕らえた。
 そして返事や挨拶よりも先に、ものっすっごい腹の音が玄関に響いた。
「……お前、もしかして」
「ゆうき………………お腹、減った」
 やっぱりか。
 と思うと急激に気が抜け、がっくりと項垂れてしまう。
 同時に、廊下を歩いてくる複数の足音が聞こえてきた。
 顔を上げる先にいたのはソフィーとリリだ。
「悠希さん、お帰りなさい」
「おう、ただいま……は、いいんだけどこいつはどうしたんだ」
「昨日昼過ぎに起きてきてからずっとそこで悠ちゃんの帰りを待ってたんですよ~。いくら言っても動こうとしませんし、こちらもどうしたものかといった感じでして~」
「……まじでか」
 確かに出発した時にはマリアまだ寝てたから一泊してくることは言ってなかったけど。
「仕事で帰りは明日になるって伝えたんですけど、きっとマリリンは待ちきれないぐらい寂しかったんですね~」
「いや仮に寂しかったんだとしても倒れるレベルで腹減ってんのはおかしいだろ。飯食ってねえの?」
「一応パンは勧めたんですけど……半分ぐらいで食べるのやめちゃいまして」
「なんで?」
「悠ちゃんの作ったご飯じゃないと嫌なんですって」
「お前なあ、そう言ってくれるのは嬉しいような、俺はちゃんこ番じゃねえんだぞと言いたいような複雑な感じだけどさ、そんなんなるまで我慢することねえだろ」
 言いつつも、ひとまず病気とか怪我とかではなかったことに安堵し体を起こしてやる。
 マリアは何も言わずに弱った小動物みたいな寂しそうな目で俺を見つめるだけだ。……それはそれで可愛いなおい。
「幸い帰りに買い物はしてきたし、すぐ飯作ってやるから。一泊の甲斐あってそこそこギャラ貰えそうだし、奮発して肉買ってきてやったからな。いっぱい食えよ」
 コクリと頷きが返ってきたところで二人に荷物を任せ、マリアをテーブルまで運ぶとさっそく晩飯作りに取り掛かることに。
 俺はどちらかというと魚も好きなタイプなのだが、ここの連中は肉が好きな奴が多いので肉を買うことが増えてきている今日この頃。これも所謂貧乏あるあるなんだろうか。
 この辺の村は港から遠いこともあって肉と魚の値段に差がないからエンゲル係数的には問題ないんだけどね。
 王都の方は流通が多いのでもうちっと安いんだけど、距離を考えると毎日通うのはぶっちゃけ御免被る。
 せめてチャリとか用意してくれよマジで。
 つーか値段の話をするなら、奮発したはいいがギャラの分け前まだ貰ってないんだけどな。
 明日またフィーナさんに会う約束はしてあるので大丈夫だとは思うが、あの人結構な守銭奴だけに不安が無いと言えば嘘になろう。
「悠ちゃん、お米は炊いておきましたので~」
 なるほど、それでソフィーはエプロン姿なのね。
 絶対良い奥さんになるよ、それどころじゃなかったからリアクションは控えたけど内心マジ萌えたもの。
「そりゃ助かるわ。そこまでやったならおかずも用意して欲しかったところではあるが」
「それが出来ればよかったんですけど~、わたしは料理はからっきしなもので」
「悠希さん悠希さん、わたしはお風呂掃除とかお洗濯をやっておきました」
 なぜか隣で期待に満ちた顔で見上げるリリである。
 言われてみれば飯作ってから風呂掃除なんて絶対やりたくないし、何なら俺が今一番風呂に入りたいのにそれが出来ないというのは中々にテンションの下がる事実であったと言えよう。
 代わりにやってくれたのなら、それはもうナイス過ぎる。
「そうかそうか。リリも偉いぞ~、そういう助け合いの精神は大事だからな~」
 そんな気持ちを込めて頭を撫で撫でしてあげた。
 リリも『えへへ』と、まんざらでもなさそうだ。
「つーか、二人にありがとうと言いたいのは本音だけど、俺の手伝いって意味じゃなくとも最低限の家事や料理は身に着けておいた方がいいってのも事実だぞ? 特にマリア、飯ぐらいは調達出来ないとお前が一番困るんだからな? 俺だっていつまでここに居るかも分からないんだし、そんなんじゃ独り立ちしたときどうすんだ」
「……………………ずっと悠希といる」
「え」
 何それプロポーズ?
 うーむ……それは何とも嬉しいことを言ってくれる。
 マリアは良い奴だし顔も可愛いし胸も大きいし男としては大歓迎な気がしないでもないけど……冷静に考えると長所を相殺して余りある自堕落さのせいでずっとこの生活を続けるとなるともはや介護な気しかしないんですけど。
 果たして喜んでいいのやら悪いのやら。
 いや、勿論マリアがそんな意味で言ってるわけじゃないことぐらい分かってるけどね。ちょっとぐらい夢見たっていいじゃない?
「そうですね~、悠ちゃんには末永く管理人さんでいてもらわないと困ります♪」
「末永くこの貧乏生活を続けるなんて俺は嫌だ」
 そんなマリアを微笑ましく思ったのか、にこにこしながら暢気に同調するソフィーに呆れ顔を返す。
 この場で唯一、俺がここにいる理由を知っているリリは若干複雑そうな表情をしていたが、気を遣わせるのもどうかと敢えて気付かないふりをしてそのままキッチンへと向かうことにした。
 布袋に入っているのは少しの野菜とステーキ肉だけである。
 米の用意が出来ているならぶっちゃけすぐ終わる。
 時短というか疲れているため手間暇を惜しんだ結果の選択だ。
 デカめの肉を十枚ぐらい奮発して買ってきたため割高になってしまっているのは確かだけど、まあこうして家事を任せてしまったお詫びと、まあ二百五十万入るからたまには贅沢もいいかってなところか。
 というわけで肉はそのまま焼いてソースをぶっかけ、スープ作るのも面倒臭いので野菜も洗うだけでその横に添えてやることでものの数分の晩飯が完成する。
 あんなになってまで俺の帰りを待っていてくれた(という表現が正しいのかどうかは分からんけど)マリアだけはいつも通り余分に三枚くれてやった。
 謎の行動と思考であることに違いはないが、不憫に思ったのはソフィー達も同じだったようでご飯の量は普段の一、五倍ほど用意されていて、そろそろ米の残量も寂しくなってきたなぁ……というか徒歩で米担いで帰ってくるとか地獄じゃね? とか、別のことを考えたりしながらも、日頃と変わらぬ賑やかな夕食を迎えるのだった。
 一人会話にも参加せず黙々と料理吸収マシーンと化しているマリアに部屋から出てこないジュラ、まだ帰ってきていないレオナも含め、こんな楽した献立でもありがたがってくれるんだから悪い気はしない。
 だけど、やっぱり俺はちゃんこ番ではない。
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